20.依頼(めいれい)?
北方諸国の「すべての国と組織の連合」大使、つまり国連大使の人たちは同一規格で建てられた大使館に落ち着くと、早速挨拶回りと称する観光を始めた。
ちなみにこの大使館はヤジマ財団から「すべての国と組織の連合」に譲渡されていて、お家賃は驚くほどリーズナブルになっている。
国連大使は別にその大使館を使う義務はないんだけど、使わないんだったら自費でどっかの建物を借りないといけないので選択の余地はないということらしかった。
もちろん列強は別で、ソラージュの国連大使は王城にある事務所を大使館として使うということだったし、その他の列強諸国もそれぞれ王都内に立派な建物を構えたようだ。
ソラージュ大使館とは別だ。
ユマさんが教えてくれた。
「当然でございます。
各国のソラージュ大使は外務省所属ですが、国連大使は政府直属となっております」
なるほど。
政府というのはつまり支配者だ。
帝国なら皇帝直属だし、ララエなら大公会議の直下だな。
エラは国王陛下か。
「エラは少し違うと聞いております」
ユマさんが微笑みながら言った。
何か嫌な予感がしたので忘れることにする。
話を戻して、国連大使が全員揃わないと総会を開催出来ないということで、大使の人たちは思う存分遊び回って……じゃなくて視察して回っているらしかった。
希望者にはヤジマ商会系列企業の優待券を配ったため、鯨公演やセルリユ興業舎のサーカスなんかも見放題。
ご家族も同伴可能だ。
そう聞いて一家総出で赴任してくる大使が後を絶たないどころか親戚まで急遽呼び寄せたりして。
いいのかなあ。
甘やかしすぎなのでは。
「人を従わせるにはやはり飴が有用でござりますれば。
鞭は必要に応じて」
怖っ!
やっぱヤジマ財団って悪の組織だったよ!
ユマさんは徹底していた。
大使のご家族はともかく、ご本人はそうそう遊び回るわけにはいかないということで社交場を開いたんだよね。
場所は「すべての国と組織の連合」の仮会議場の一角だ。
つまり大使の皆さんにとってはそこで人に会えば仕事していることになる。
社交場はたちまち各国大使や随行員で溢れた。
総会が始まる前にお互いに知古を深めたり色々と話し合ったりする大使の人たち。
これも計算ですか?
「うふふ」
すでに仮会議場には小さな食堂がオープンしていたし、少し離れているけどヤジマ学園の学食も利用出来る。
どちらもヤジマ財団の費用で利用し放題だ。
各国政府では国連大使館勤務の人たちへの怨嗟の声が溢れたという。
やはり食い物で釣ったわけね。
もういいです。
俺は知らん。
それにしてもこれだけ自由にやって金は大丈夫なんだろうか。
さすがのヤジマ財団でもヤバいのでは。
「我が主の資金に加えて各国からの投資分を回しております。
いずれは債券という形で償還されます」
そういう仕組みか。
結局の所、何をしても最終的にはヤジマ商会の利益になるように出来ているのだ。
悪魔の計画だね。
生産と流通と消費を全部抑えてあるんだもんなあ。
しかも消費物は娯楽や食い物だから元手がそんなにかからない。
日本で言うとIT系の娯楽産業に似ている。
スマホゲームなんか、いったん作ってしまえば運用費は驚くくらい安く上がるからね。
設備産業や重厚長大な建設業に比べたら投資金額に対するリターンが凄いのだ。
これを費用対効果が良いという。
情報処理試験とかに受かるためのクソ勉強の成果がまだ俺の脳に残っているな。
受験勉強や大学で習った専門知識は全部忘れたのに。
やっぱ実務を伴う知識って身につくんだろうか。
俺、何か北聖システムでは変に色々やらされていたからなあ。
俺の同期の連中なんか、みんなずっと同じ仕事していて羨ましかった。
まあいいか。
昔の事だ。
暖かくなってきたので子供たちをヤジマ屋敷の庭で遊ばせていると、ジェイルくん一家が訪ねてきた。
ソラルさんが赤ちゃんを抱いている。
まあ、ジェイルくんの屋敷ってご近所なんだけどね。
娘と息子が興味津々で赤ちゃんの小さな手を握ったりしていた。
息子の後ろにくっついている同じくらいの女の子はハマオルさんの娘さんだ。
ティラナちゃん。
やっぱ俺、女性だと幼女でも覚えるな(笑)。
母親のリズィレさんはいつもの通り嫁のそばに控えてくれている。
将来的にはティラナちゃんを息子の護衛にするつもりらしい。
遠大な計画だなあ。
ちなみにリズィレさんも妊娠している。
ハマオルさんもやるときはやる。
しかし、こうしてみると何か次の世代が育っている感が強いね。
俺も二児の父親で、三人目が嫁の腹にいるからな。
「良い事です。
ヤジマ大公家が益々栄えるわけですから。
次はどちらが良いですか?」
ジェイルくんが聞いていたので適当に応える。
「どっちでもいい。
まあ、女の子だとちょっと大変な気がするけど」
何か世界中の王家が嫁取りに狙ってきそうで嫌だ。
「男の子でも同じだと思います。
ヤジマ大公家に生まれる者の宿命ですね」
嫁が達観したような事を言った。
さいですか。
嫁自身が何か物凄い宿命というか何と言うかを背負っているからな。
自分一人の力で国を傾ける事が出来るんだぞ?
普通の人なら耐えられまい。
「マコトさんなら指先で国のひとつやふたつは潰せますが」
ジェイルくんが真面目な口調で言った。
そういうのは止めて。
「失礼しました。
マコトさんを煩わせることがないようにしますので」
何か違うと思うけどまあいいか。
子供たちはジェイルくんの息子を一通り見た後は中庭に出て遊び始めた。
最年長の娘がリーダーだ。
といってもまだ3歳になってないからね。
よく判らない事を叫びながら走り回っている。
その後を息子とティラナちゃんがトテトテという感じでついていく。
野生動物護衛の皆さんが周囲を飛び跳ねながら警戒していた。
誰かがコケたら即座に地面にダイビングして受け止めるんだよ。
一応芝生なのでそのままコケても大丈夫な気がするんだけど。
「いずれは。
現状では万一に備えて完全警護をさせて頂きます」
護衛犬のリーダーである何とかいう巨大な黒犬の人が言った。
さいですか。
護衛責任者であるハマオルさんから命令が出ているのだろう。
これを覆すことは例え俺や嫁にも出来ない。
別にいいけど。
よろしくお願いしますね。
俺は気を取り直してジェイルくんに聞いた。
「それで、何か用があるんじゃないの?」
秘密の話なら別室で聞くけど。
でも俺、秘密なんか守れないよ?
「とんでもありません。
いえ、お話があるのは本当なのですが」
ジェイルくんが姿勢を正す。
やっぱあるのか。
「わたくしたちは遠慮しましょうか?」
嫁が気を遣ったけどジェイルくんは激しく手を振った。
「奥方様に秘密にするような事ではありません。
実はリネト王子殿下の事なのですが」
ああ、そうか。
リネト殿下はミラス王太子殿下とフレア王太子妃殿下の息子さんだ。
そう、無事生まれたんだよ。
寒い日だったけど、王宮から発表があると王都中が喜びに沸いた。
王太子の世継ぎで、次の王太子だからね。
エラと違ってソラージュ王家にはあまり男子がいない。
なぜか娘さんばっかなのだ。
何気に日本の天皇家に似ている気がする。
もっともソラージュは女王を認めているのでそんなに危機感はないらしい。
「リネト殿下が何か?」
ミラス殿下ならあまり無理は言いそうにないと思うけど。
「王太子殿下ではなくソラージュ国王陛下です。
密かに呼び出されて依頼されました」
それはまたご無体な。
ジェイルくんは子爵に昇爵したばかりだし、昇爵してくれた国王陛下に命令されたらどうしようもないだろう。
ていうか貴族だからどっちにしても従うしかないんだけど。
「また何か無理を言ってきたの?」
「無理という程ではありませんが。
その。
リネト殿下をですね。
なるべく早くシーラ様と会わせてやりたいのでよろしく、と」
もうかよ!




