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螺旋ノ刻(3)


 “求める物”とは、それぞれによって異なる物……。そしてまた得られ、到達する答えもまた人によって大きく異なるのだ――。

 回廊を走り続けるシェルシ。その靴音が奏でるリズムも彼女の吐息の音も、彼女が選んで彼女が歩いた道を踏み固める一歩……。柱と柱の影の向こうへと駆け抜け、ただ願いを思い描く。戦いを――。悲しみの連鎖を打ち砕く為に。

 何故こんなにも人は悲しみを繰り返すのか。少しずつズレてしまった何か大切な物がお互いを傷つける事を強制する。血が、叫びが、魂が――。時に自分自身さえも否定し、その手を争いの道具へと伸ばしてしまう。

 力があれば、その力が生み出す余波に巻き込まれずには居られないのだ。大きな渦の中心へと巻き込まれるように、人は時に無力に争い続ける。その先にどんな答えが待っているのかも知らずに……。だからこそ、諦めず前に進まなければいけないと思った。迷う事は、己を殺す事だと思った。それさえもまた、誰かの選択肢を奪い去っている現実だという事に誰もが気づかないままで――。

 玉座が衝撃で吹き飛ばされ、白い電脳の鎧を纏った少女が舞う。その腕に、その足に、高圧の電流を帯び――踊るように髪を靡かせて。指先から放たれた雷撃を受け、ホクトはその身体を焦がし血を吐きながらも食いしばっていた。その動きは明らかに鈍く、ガリュウの暴走は彼に大きなハンディキャップを与えている様子だった。

 大地へと着地し、ステラは低い姿勢から一気にホクトへと駆け寄っていく。下段から身を丸めるような屈伸による回避、そして放たれる蹴り――。ホクトの顎に踵が減り込み、男は遥か空中へと打ち上げられる。ステラは全身に装備された円刃を一斉に放ち、ホクト目掛けて射出した。

 ステラの脳裏に浮かぶ、ざわつくイメージ……。それはホクトと対峙してからより一層強くなり始めていた。目を閉じ、魔力を収束すれば思う――。彼女は自分が戦う理由を思い出す。そう、振り切りたい過去を――。


「――――これが、ステラがした事の全様ですよ」


 プリミドール開戦前、ステラはケルヴィーの部屋で監視カメラの映像を見つめていた。その瞳には珍しく動揺の色が浮かんでいた。画面に映し出されている映像はシェルシと共にホクトを奪還した時の様子であり、そこには帝国の追っ手と一人で戦うステラの姿が録画されていたのだ。

 にわかには信じられない――しかし、“やはりか”と思う。そうとしか思えない手ごたえは確かに残っていた。それに、他に魔剣狩りが脱出出来た理由も考えられない。ぎゅっと握り締めた拳を見つめ、ステラは振り切れない迷い胸に切なく唇を噛み締めていた。


「この事は、他の人には黙って置きましたから」


「え……? そ、それは……」


 明らかな反逆行為――。ケルヴィーはハロルドに絶対の忠誠を誓っているし、彼は帝国の為にあらゆる努力を惜しまなかった科学者だ。そのケルヴィーの意外な一言にステラは驚きを隠せなかった。


「過ぎてしまった事をネチネチと言っても、仕方が無いですからねえ……。それよりステラ、貴方はどうして魔剣狩りを助けたんでしょうねえ?」


「魔剣狩りを助けた……理由……?」


「僕としては、その辺りが気になりますねぇ……あ、別に責めてるわけじゃないんですよ? 僕がどうやっても貴方が手に入れる事の出来なかった“ゆらぎ”を生み出した彼の存在に興味が沸いてきただけですから」


 両手をじっと見つめ、ステラは目をきつく瞑った。それから胸に手を当て、ケルヴィーを見つめた。言葉に出来ない様々な思い……。それを言葉にする事を今までしてこなかったから。ステラは異常なまでに自分の気持ちを他人に伝える事が苦手だった。ケルヴィーはそれが判っているからそっと歩み寄り、優しく肩を叩くのだ。


「落ち着いて、ゆっくりと考えて見ましょう? それがきっと、僕の研究の為にもなりますからねえ」


 勿論、魔剣狩り――ヴァン・ノーレッジはステラにとって特別な人間だった。彼女が与えられた任務の中で、彼だけが何度戦ってもしぶとくしぶとく生き延びた。同じSランクの魔剣使いだったという事もある。気づけばステラの仕事の殆どはヴァンを追いかける事になっており、ステラはあちこちでヴァンと戦った。

 ヴァンはいつもミラと一緒に居た。ミラはヴァンへと襲い掛かるステラに食事をご馳走したり、手当てを施したりもした。ステラはミラの事が嫌いではなかった。ミラの事は殺せとは命令されていなかったし、ヴァンもいつもステラを殺そうとはしなかった。ステラがヴァンを追いかければヴァンは必ずステラの相手をしてくれた。そしてミラはそんな二人の桁外れな喧嘩を、いつも優しく見守っていたのだ。

 そんな日常が永遠に続くと思っていた。けれどそれは敵わなかった。今日こそはと決着をつけようと意気込んで戦ったステラは翔魔剣ミストラルを制御しきれず、全方位に放たれた攻撃は近くにいたミラをも巻き込んだのだ。ヴァンはミラを庇おうとしたが、間に合わず……ヴァンもまた攻撃を受け、倒れる事となった。雨が降りしきる寂しい日の事だった。ヴァンはミラを抱き、泣きながら慟哭した。捕獲する事は、恐らく容易だったのだ。だが――ステラはそうせず逃げ帰った。

 彼女は自分が何をしたのかが良く判らなかった。元々人間らしい感情など設定されていなかったし、手加減も出来るタイプではなかった。でもヴァンは全力を出してもきっと全力で応えてくれるから、手加減など要らないのだと勘違いしてしまったのだ。武装もしていないミラに放った狂刃――。その代償は彼女の心の中に大きく楔を打ち込んだ。

 何とか、何とか過去をやり直したくなった。そんなステラがステラなりに考え、そして魔剣狩りヴァンと共に記憶を失って出会った事……それは恐らくは無意味ではなかったのだろう。そう、きっと理由ならあったのだ。あのうさ子と呼ばれていた少女がホクトと共に在ろうとした事も。いつも笑顔で居ようとした事も。ホクトを笑顔にしてあげたいと思った事も――。

 インフェル・ノアの外部装甲、人の近寄る事のないその場所で落とし物を探すステラの姿があった。彼に剣で貫かれた時、手を伸ばしても届かなかった大切な物……。もう戻らない、あの楽しかった日々……。風に吹かれ、ステラは初めて涙を流した。それは言葉に出来ない感情を発露させるかのように、さめざめと彼女の頬を伝い続けた。

 どうしてこうなってしまったのだろう? どうしてこうするしかなかったのだろう……? 考えたところで答えはきっと出ないのだ。答えが出せるほどステラは長く生きては居ないし人生も経験していない。人間らしい生活もしてこなかった。でもこの心のどこかにまだ残っているのだ。楽しかった、ほんの僅かな一時の事……。ステラがヴァンに、うさ子がホクトに、何かをしてあげたいと思った事……。


「確かめるしかないんですよ、ステラ」


 風を受け白衣を靡かせながらケルヴィーは言った。


「確かめていくしかないのです。研究も実験も同じ事ですよ。判らない事は、確かめてみるしかない。そうしなければ確実にはならないから。判らないから。だから確かめてみなさい、ステラ。そして自分の思うように……やってみるといい」


「ケルヴィー……」


「貴方は僕の生涯の研究成果ですからねえ……。事貴方に関しては、僕は応援し続けますよ。それこそ父親のように……ね」


 頷き、ステラは振り返る。ケルヴィーの手を握り締め、ステラは初めて優しく微笑んだ。その美しい笑顔にケルヴィーは頷き、それからそっと差し出すのだ。あの日、ステラが手を伸ばして届かなかった物――。黄色くて可愛い、小さな小さなプレゼントを――。

 ケルヴィーは自分を肯定してくれた。だからステラは自分の意思でこの戦場に居る。役割という後押しを受けて。それでも己の両足で舞台へあがったのだ。演目は殺戮者でも、それでも何かを掴んでみせる。心の中でわだかまっているこの思いを確かめて見せる。きっとそう、彼なら――。自分の全力を受け止めて、それでも彼なら――。


「ホクト……ッ!! 貴方を倒し、私は私を認識してみせる……ッ!!」


「ごちゃごちゃ……うるっせぇんだよ、ウサギがッ!!」


 空中から襲い掛かる無数の刃の流星――。体中を刻まれながらもホクトはガリュウを何とかギリギリの部分で制御し、黒い刀へと落ち着かせる。空中で構えたそれを振り下ろし、ステラへと叩き付けた。迸る白と黒の光――。少女はうさぎの耳を棚引かせ、雷の拳で闇を打つ。ホクトは大剣を解除し、全身に闇を纏ってステラの拳を片手で受け止めた。


「流石、最速の魔剣だな……。剣じゃ追いつけねえが、拳ならどうだ?」


「インファイトの応酬ですか――実に面白い」


「私は面白くないんだがなッ!!」


 二人纏めて吹き飛ばすようにシルヴィアが魔剣を大地へと叩きつける。吹き飛ばされたホクトが後退し、ステラはその場で転んで見せる。瓦礫に頭を突っ込んだステラが抗議するような目でシルヴィアを睨むが、王はまるで気にする様子もない。


「ふん、なんなら二人纏めてかかってきても良いんだぞ、雑魚どもが」


「ホクト、少し落ち着きなさい! ガリュウの衝動に呑まれて戦ってたら持たないわよ!」


「わーってるよ、ったく……。めんどくせえことになったぜ……!」


 ホクトとブラッドが体勢を立て直し、再び剣を構える。それに応じるようにステラとシルヴィアが走り出し、四つの影は再び激突する。その激しい攻防の彼方、玉座の間へと続く扉を開くシェルシの姿があった。汗を流し、息を切らし、シェルシは足を止めず駆け寄っていく。嵐のように渦巻く、四人の魔力の中心へと――。




螺旋ノ刻(3)




 プリメーラが放つ回転攻撃――。それは確かに物理的な威力は高く、決してホクトの一撃にも引けを取らないだろう。しかし相手は二人であり、そして片方はSランク魔剣使いである。昴は剣を居合いのように構え、精神を集中する。リフルは魔剣でメロディを奏で、昴の剣へと周囲の魔力を掻き集めていく。

 収束した力は光となって鞘から溢れ、眩く熱の世界を照らし出した。直進してくるプリメーラの刃を受けた瞬間、昴はその全てを一刀に乗せ、一気に振りぬく――。カウンターで放たれる技、“鳴神”――。文字通り、結晶の音色を響かせながら斬撃は大きく放たれた。その威力は本来昴の持つ斬撃威力に敵の攻撃力を足した物――。それがリフルの援護もあり、尋常ならざる威力を発揮していた。一瞬で通路ごとざっくりと刻み、真っ直ぐに進んでいたはずの連絡通路はずるりと落ちるようにズレ込んでいた。当然プリメーラの胴体は両断され、腰から上がどさりと落ちる事となる。


「い、一撃……!?」


「…………この間は借りを作ったが、二対一ではこんなものだ……。諦めろ、ルキア。お前の負けだ」


 膝を着いたルキアの前、昴はユウガを突きつけて目を細める――。だがしかし、ルキアの表情に焦りのようなものは見えなかった。むしろ達成感のようなものさえ感じ取る事が出来る。違和感を拭う為に周囲を警戒しようとしたその時、ルキアを庇うように前に出るエレットの姿があった。先ほどまで気絶していたくせに、堂々とした様子でルキアを護らんとエクスカリバーを構える。


「そ、そこまでです白騎士! これ以上少将をいじめさせるわけにはいきません!!」


「…………。さっきあっさり蹴散らされたくせによく庇えるな……。まあ――悪いが死にたくなかったら避けてくれ。私もいい加減、体力的に限界だからな――」


 ユウガを振り上げる昴。その瞳が冷酷さを彩りながらも輝いた――その時である。ルキアがエレットの影で小さく笑い、通路の何処かでカツンと、何かを引きずるような音が響いた。それに反応出来たのは音を使う魔剣の主であるリフルだけ。リフルは慌てて走り出し、昴へと手を伸ばした。


「避けろ、昴ッ!!」


「え――?」


 音を立て、火花を立て、何か大きな“得物”が大地を薙ぎながら斬り上げる――。昴の真横には何故か、いつの間にか――。理由は判らなかったが突然現れたビッグホーンが振り上げる剣が昴へと迫っていた。当然反応など出来るはずもない。つい先ほどまではその存在の欠片さえも感じ取る事はなかったのだから。

 伸ばされた指が昴を突き飛ばす――。昴の足をビッグホーンの剣が切り上げ、しかし致命傷には至らない、代わりに昴を突き飛ばしたリフルの脇腹から刃は胴体へと深く食い込み、しかし寸前の所でリフルは剣を受け止めて胴体の両断だけは避けていた。しかしそれでもビッグホーンの巨体から繰り出される斬撃は重く、深く、激痛と共にリフルの身体を蝕んでいく。夥しい量の出血を伴いながらもリフルは戦意を失わず、ビッグホーンを睨んで見せた。


「…………き、さま……ッ!? その、剣……!?」


『…………』


 ビッグホーンが剣を引き抜くと、リフルはよろめきながら後退する。壁に背中をぶつけ、そのまま力なくずるずると倒れていく。足を斬られた昴が倒れたまま身体を起し、血の海に沈むリフルを見つめ瞳を揺らした。


「リフルッ!!!! くそ……なんで気づかなかったんだ……!? リフル! しっかりしろ、リフルッ!!」


「無駄でしょ……? 死んだよ、そいつ……」


 ルキアが突き放すようにそう呟いた。昴の中で何かが音を立てて千切れ、少女は絶叫と共に立ち上がった。斬り付けられた足からは血が流れ続けている。痛みは激しく脳に警鐘を鳴らしている。だがそんな事はどうでもよかった。アドレナリンが沸騰するかのように、彼女の心の中から痛みの感覚は全てが吹き飛んでいた。片手を翳し、リフルの全身を凍結させる――。それは温度を奪う凍結ではなく、時間を止める凍結――。勿論長時間は魔力が持たない。だがこれなら、リフルを助ける事が出来るかもしれない。

 一歩も動けない足を引きずり、昴は前進する。血塗れた剣を片手に、鬼気迫る様子で戦いを止めようとはしない。一度目はミュレイを助けられなかった。二度目は他の全部を護りたいと思った。しかし実際やってみればこの様で。仲間一人、助けられない――。


「――――いい加減、ウンザリなんだよ……」


 歯が折れるほど、噛み締めて。昴は無事な両手でしっかりとユウガを掴む。ここから先に行かせればまた仲間が傷つく事になる。だからもう、一歩も退けない。ここを一歩だって、通してはならない――。

 瞳に宿るのは失意でも絶望でもなく、確固たる意思だった。リフルを救い、自分も生き延び、そしてミュレイも護ってみせる――。そんな無理難題を己に課した、戦士の顔である。その迫力にルキアは思わず後退し、ビッグホーンは武器を構えて拮抗する。

 そう、退くわけにはいかないのだ。それは最初から同じ事――。相手が誰だろうがなんだろうが。抗ってみせる。例えこの身が砕け散ろうとも――。




 例えこの身が砕け散ろうとも――。願いをかなえる為にする努力の全てが無駄ではなかったのだと、そう信じていた――。


「戦いを――止めてくださいッ!!」


 シェルシの叫び声――。それで手が止まったのはホクトだけだった。ホクト以外には彼女の声は届かなかったのだ。振り返った男は駆け寄ってくるシェルシを見つめ、それから舌打ちして叫んだ。


「来るなシェルシッ!!!!」


 ホクトの怒号、しかしシェルシは止まらない。目の前では剣を振り上げたシルヴィアと雷撃を放つ直前のステラの姿がある――。汗を迸らせるホクトの視界、時が止まったかのように記憶が思い起こされる。駆け寄ってくるシェルシ――。そう、あの時も――来るなと言ったのに。

 雨の中、駆け寄ってくるミラの姿を思い出した。それは魔剣ヴァンが抱いたもう一つの記憶――。雨の中、助けられなかった命――。何故、無謀にも飛び込んでくるのだろうか。ホクトの苛立ちは一気に限界を突破した。シェルシはこの戦いがどれだけ過酷なのかわかっていないのだ。判っていないから、あんな無防備に駆け寄ってくる事が出来る。

 いや、そうだろう。しかしそうでもないのだ。彼女は危険だとわかっていてもその身を晒すのだろう。戦いを止める為に――その為ならば何も厭わない。己の命さえも……。判っている。だからミラは。だから彼女は――雨の中に血を混ぜながらでも微笑んで逝ったのだ。

 シルヴィアもステラも、戦いに集中していて気づいていない。当然だ、わざわざ戦闘中に――精神を削るほど集中して刃を振るっている間に、他の事など気づくはずもない。ホクトが気づけたのは奇跡か、あるいは――“二度目”だからか。

 人の気も知らず、シェルシは走ってくる。ホクトは歯軋りし、それから――ガリュウを投げ捨てた。放り出した力、そして何も持たないありのままの自分で戦いに背を向けた。ホクトは両手を広げ、シェルシへと振り返る。そしてその華奢な背中を抱き、大きくその場から跳んだ――。

 衝撃が爆ぜ、王の間に光が迸った。大理石の床が砕け散り、残骸と砂埃が飛び散る――。そうして漸くその場に居た全員がシェルシが飛び込んできた事に気づき、愕然とした。その当の本人は――。ホクトに片腕で強く抱かれ、きつく目を瞑っていた。死んだかと思った――いや、死ぬつもりだったのかもしれない。けれども目を開けば、そこにはホクトの横顔があった。背を向けながらも片手でシルヴィアの剣を受け、ホクトはぼろぼろになりながらも立っていた。背中はステラの電撃で焼け焦げ、服は弾け飛んでいる。片手で張った魔力障壁では防ぎ切れなかったシルヴィアの剣の威力がホクトの身体中を切り刻み、刀身を受け止めた片手は刃を深く受けて血を噴出していた。

 ホクトはボロボロだった。シェルシの頬に血が零れ、それが直ぐにわかった。震える姫を片腕で抱きしめ、ホクトは口の端から血を流しながらも優しい眼差しでシェルシを見つめていた。急に悪い事をしたような気がしてシェルシは涙ぐみ、じっとホクトを見上げている。


「…………馬鹿が。それで戦いが止まるとでも思ったのかよ……」


「…………ホクト……!?」


「いいから、ちょっと黙ってろ……。直ぐに、片付けっからよ……」


 エリシオンを押し返し、ホクトは振り返る。手の中にガリュウを再召喚し、傷だらけの姿で男はしっかりと剣を構えていた。シルヴィアもステラも、その堂々とした様子に思わず言葉を失う。彼のしたことは矛盾している。だがそれでも――貫き通す姿勢だけは伝わってくるのだ。


「シェルシを庇ったか、ヴァン・ノーレッジ……。愚かな事を。戦場に飛び込んでくるなど愚の骨頂……そのまま我が剣で斬り伏せてやったものを」


「…………。あんまりそう、意地悪ばっかり言うなよシルヴィア……。それに、斬るのは勘弁してやってくれ。俺の女に――――手を出すな」


 優しく微笑み、冗談交じりにそう笑った。ガリュウから憎しみの念は消え去り、今は純粋な気持ちで力を扱う事が出来そうだった。ホクトは改めて剣を掲げ、それから魔力を大きく解き放つ――。


「コード“剣創ロクエンティア”……発動」


 しかし次の瞬間、戦闘は完全に中断されていた。ホクトの封印術式の解除も中断され、その場に居た全員が周囲を見渡した。激しい地鳴り――。尋常ではない揺れがルーンリウムを襲っていた。


「こ、これは……!? “浄化作戦”……?」


 ステラの一言で全員が状況を飲み込んだ。帝国の浄化作戦――。プレートを切り離し、落とすという史上最悪の作戦である。しかし、これでは話がおかしい。切り離すのは敵国であるククラカン……それが当たり前の事である。ステラもザルヴァトーレを切り離すなどと、そんな話は全く聞いていなかった。

 地鳴りは一気に激しさを増し、いよいよ立っている事も出来なくなる。ホクトはシェルシを片腕で抱きしめたまま、空を仰ぎ見た。ゆっくりと……そして確かに、世界がズレ始めている。第四界層プリミドール……その西側の大陸が、徐々に下へと沈み出していたのである。

 結合部分の大地が爆ぜ、爆発と火花が大地を奔る――。やがてそれが両端を繋いだ時、ザルヴァトーレの終焉が始まった。堕ちて行くプレート……逃げ場など何処にもない。シルヴィアはステラの胸倉を掴み上げ、怒号を上げた。


「どういうことだ!? 帝国は一体何をしている!?」


「こ、これは……帝国の作戦ではありません……。別の何者かが、ディアナドライバのデスティニーに干渉しているとしか……」


「別の何者かって、どこの誰よ!?」


「ホ、ホクト……ッ!?」


 怯え、ホクトにすがりつくシェルシ。何故だろう、さっきまで死ぬ事は怖くもなんともなかったのに、ホクトの寂しげな笑顔を見てしまった瞬間から急に死が恐ろしい物になってしまった。否、きっと恐ろしいのは自分の死ではないのだ。この人が……大切な人が死んでしまう事が……。そして自分が死に、彼が苦しむ事が……。姫はたまらなく恐ろしいのだ。だから泣きそうな顔でホクトを見上げる。男は姫を抱きしめ、優しく耳元で囁きかけた。


「大丈夫だ、俺にしっかり捕まってろ。ただ落っこちるだけだ。何とかしてみるさ」


「……何とか……ですか……?」


「何せ俺は不死身の魔剣狩り――ホクト君だからな――」


 悪戯っぽくホクトが笑った直後、轟音と共にプレートは落下を開始した。ついに維持が出来ず、次々に街が瓦解し瓦礫の塊となって散らばっていく。それはルーンリウムも例外ではなく、城はホクトたちも含めたまま、丸ごと切り離され虚空へと落ちていく。絶叫と悲鳴の中、ホクトは空中でガリュウを掲げた。黒い剣は巨大な魔法陣を浮かべ、その中心でホクトはありったけの力を込めて空にその力を解き放った――。


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