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アニマ覚醒(1)


「…………ガリュウの能力を超えた超回復能力……か。データにはない力……それが成長というものか」


「それもあるけどな。男は自分の頭の上に限界なんてもんは作っちゃいけねえんだよオデッセイ。てめえの頭の中にだけ天井作って喜んでろよ、バカが」


「根性論でどうにかなるものでもあるまい……貴様、一体どうやって……」


 正面から睨みつけるオデッセイをホクトは無視し、怪我をしたシェルシの様子を気遣っていた。冷や汗を流しながらも気丈に笑みを浮かべて振舞うシェルシ……それが逆にホクトの怒りを煽った。

 燃える黒炎の光は彼の爆発しかけた静かな感情を体現している。ふつふつと煮えたぎる怒り……。シェルシを置き去りに男は歩き出した。ガリュウと言う名の魔剣を肩に乗せ……。

 神を名乗る男とそれに反逆する男、この世界で最も強い力を持った男が二人、額と額をぶつけて睨みを利かせていた。渦巻く膨大な魔力……。オデッセイが笑みを浮かべそれに応じるようにホクトもニヤリと笑った。


「勝てるとでも思っているのかね? この私に……」


「勝てるとでも思ってんのかよ? この俺に……」


「「 当然だ。勿論……ああ、思っているとも――! 」」


 二人の男が同時に剣を振り上げる。激しく振り下ろされ打ち合う刃が二つ――何度も影を重ね、強く強く音を響かせた。力は圧倒的にペルソナが上回っている。打ち合うたびに崩壊するガリュウを高速で再構築し、ホクトはそれに何とか食らいついていた。

 

「この世界を終焉に導くにあたり、君は実に便利な道具だったよホクト君……! 君はあらゆる争いを巻き起こし、それに無様に立ち向かってきた! 世界が憎悪に満ちていくその最中、君は無関係なつもりであらゆるものを壊していたのだよ!!」


「…………チッ! ベラベラ良く回る舌だな……! ああ、そうだよ! 俺はどうせ嫌われモンだ! 壊す事しか出来ねえ……! 闘うしか能がねえ! でもな、男はそんなもんで丁度いい! どうせ男は何かを生み出すのには向いてねえんだからなッ!!」


「私は万物を創造する力を持ち得た! 君には到達できない世界に足を踏み入れたのだ! 壊す事しか知らない君が、造る者である私に叶うはずも無い!!」


 ペルソナの一撃で破壊されたガリュウ、その隙を穿つオデッセイの一撃――。切っ先がホクトの胸を貫き、心臓を射抜く。だが男は口から血を吐きながらまだ闘志を失ってはいない。それどころか更に熱く燃え上がるかのように、ホクトの感情は前へ前へと猛り続けていた。


「どうした……? 俺を殺したいんだろ!? この程度で創造神気取りとは笑わせるぜッ!! テメエに何が出来る!? さあ、証明してみろよ……神の力ってヤツをなァッ!!」


 その時、ホクトの背後から電撃が迸った。それはオデッセイへと直撃し、男は吹き飛んでいく。よろけて倒れそうになるホクト……それを支えたのは血まみれのステラであった。


「…………ホクト……貴方はこんな時でも、決して諦めないのですね」


「当然だ。ちっと、待ってろ……。今アイツを……ぶっ殺してくっからよ……」


 と、口では強がって見せるがその足取りはよろけていた。ホクトの肩を支え、ステラは優しく微笑んだ。そうしてその手をホクトの手に重ね、そっと指を絡める。


「貴方の可能性に賭けてみたくなりました……。だから……うさ子、貴方も力を貸してください……」


 目を瞑り、ステラは淡く光を放ち始めた。ミストラルの術式が刻まれたステラの太股が輝き、その光が失われていく。それに呼応するかのようにホクトの肉体は一気に回復し、そしてガリュウの術式は大きく拡大していく……。


「こいつは……ミストラルの術式……? ガリュウに食わせようってのか……!?」


「私は……もう、闘えそうもありません。だから、貴方に……。貴方なら、きっと……。信じ、てる……。だから……ホクト君……がん、ばって――――」


 立ち上がり、電撃を受けても無傷だったオデッセイはホクトとステラへ駆け寄ってくる。繰り出されるペルソナの一撃――それをホクトは素手で防いでいた。否――その腕にあったのは白く輝く光の輪である。ホクトの術式が黄金に輝き、雷撃を纏ったガリュウの一撃がペルソナを弾き返した。それと同時にステラは倒れ、ピクリとも動かない。ホクトの背中に黒い翼が現れ、男はミストラルを纏った拳をぎゅっと握り締めた。


「……ステラ……。悪いな……うさ子。力は確かにもらったぜ……」


「この状況で、Sランク魔剣の継承……!? 統合を行っていない、儀式もなしで継承を行えば複数の大罪は身を滅ぼす……」


 そう、大罪は一つですらその所有者に多大な影響を与える。複数の大罪を所有すれば、その悪影響は計り知れない――。実際、タケルはその影響で心まで壊れてしまった。だがホクトは違う。圧倒的な精神力もそうだったが、だが彼にはタケルとは違う、たった一つだけ異なる力があった。


「ああ、聞こえるぜうさ子……。そうだな、ぶっ飛ばそう。あいつをぶっ飛ばして、全部終わらせようぜ……!」


「誰と……話している……!?」


「行くぞ……! オデッセェエエエエエエエエエエエエイィイッ!!!!」


 雷を纏ったガリュウを担ぎ、男は黒き翼を羽ばたかせて飛翔する。雷の如き速さで一瞬でオデッセイの間合いへ踏み込み、ガリュウを叩き込む。爆発的速度と圧倒的火力を掛け合わせたその一撃の威力はペルソナでも相殺しきる事は出来ない。

 吹き飛ばされるオデッセイへ剣が無数に放たれ、電撃が降り注ぐ。その猛攻を受け、しかしペルソナの一振りで遠距離攻撃の嵐を無力化する。まだ、威力が足りない……。舌打ちするホクト、その背後から投擲されたものがあった。


「ホクト、これを使えッ!!」


「イスルギ……!? って、これガリュウと……エリシオンか!?」


「お主なら使いこなせるはずじゃ!! 大罪だろうがなんだろうが……お主は“魔剣狩り”――! その名の如く、神の力全てを使いこなして見せよッ!!」


 ホクトの足元に突き刺さったガリュウの片割れとエリシオン……それをホクトは同時に引き抜き、分解してそれを取り込んだ。身体に刻まれる罪の術式……。爆発的な魔力が男の体内に流れ込み、激痛と同時に意識の混濁が発生する。

 ガリュウが一つに統合されていく――。本来彼が持つ力が、彼の中で溶け合い、交じり合い、一つの形へと変貌していくのだ。それを妨害するかのようにペルソナから紫色の閃光を放つオデッセイ……。だがそれは間に割って入ったネイキッドの鎧で防がれていた。


「使え、魔剣狩り……! 奴に勝てる可能性があるのは、最早貴様だけだ……! ネイキッドを……余の力を……! 貴様に、くれてやる――!!」


「行くのじゃ、ホクト!! 全てを終わらせろ!! もう、これ以上悲劇を産み落とさない為に……!! お主が護るべき、“女”の為に――――ッ!!!!」


 ネイキッドが分解し、無数の機械的なユニットとなってホクトの周囲に展開する。それに次々に放たれたソレイユの剣がドッキングし、黄金の炎を噴出す鎧となってホクトを護り固めた。足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、男はより強固に、巨大に、鋭く、そして密度を上げたガリュウを両手で握り締めた。


「ば、馬鹿な……!? 生身の人間が……大罪の内、五つを取り込んだだと……!? 耐え切れるはずがない! 精神が崩壊するだけだ!!」


「……だから……勝手に……! 俺の限界をォオオオオオッ!! テメエが偉そうに決めてんじゃねええええええええええええええッ!!!!」


 ホクトの身体から光が放たれ、それが空へと立ち上っていく。莫大な魔力は一気に男の身体に逆流するかのように収集し、ガリュウを今までとは違う形に変貌させていく。黒き大剣……それはより機械的に、生命的に、虹にも似た光を纏い、美しく……神々しく、力強く輝いていた。


「ば、馬鹿げている……。なんだこの魔力の収束は……!? 永遠機関であるエリシオンの力か……それとも……!?」


「御託はいいからかかって来いよ……!! そっちから来ねえなら……こっちから行くぞ!! 輝け、ガリュウ……!! あいつを……ぶっ潰せぇえええええええッ!!」


「う、うおおおおおおっ!!」


 虹の剣を担ぎ、男は猛然と突っ込んでくる。そして、それに負けじと走り出すオデッセイ――。神に限界まで近づいた男二人の激しい攻防が始まった。剣と剣が激突し、魔術と魔術が飛び交う。周囲の地形を破壊し変貌させながら、二人の男は戦いを続けていた。

 エデンの大地を砕き、二人は空中で何度も交差する。ホクトの速度は最早目で捉えられるようなものではなく、オデッセイはそれに何とか対処するのがやっとであった。状況は明らかにホクトに傾きつつある……その事実にオデッセイは戸惑いを隠せない。


「何故だ……!? 万の月日を生きた私が……!! 全ての大罪の力をコントロールしているはずの私が、押されている……!? そんなことが……。そんな、馬鹿げた事が……」


「俺たちはなあ……! 一人じゃ何も出来ねえ!! 人間は皆誰かと繋がってなきゃ生きていけねえ!! 何も出来ねえ無力な存在だ……! だけどな、絆ってのは……どんなものでも乗り越える力になるんだよ!!」


「絆だと……奇麗事を……! そんな空虚な絵空事が現実に打ち勝てるはずがない!!」


「うっせえ馬鹿がッ! テメエとは背負ってるモンの重さが違うんだよ!!」


「背負っているものならば私の方が重い! 私はこの世界を背負っているのだ!」


「世界だとかそんなもんはどうだっていいだろがッ!! 俺が護りたいモノはなあ……ッ!!」


 ペルソナの防御を突き崩し、ガリュウの一撃が繰り出される。それはオデッセイの身体を斬りつけ、血飛沫が舞い上がった。


「クソ生意気な団長が率いる、クソくだらねえ地味~なマイナー海賊組織とかな……!」


「が……っ!?」


 続けて剣を振り上げ、それをオデッセイへと叩き込む。目にも留まらぬ連続攻撃……体中を切り刻まれ、オデッセイは逃れる事も出来ずサンドバックのようにただ一方的に斬りつけられるだけであった。


「やたら食うわりこれといって能もねえ、文字通りうさ脳の小娘……! こえーこえーククラカンの姫と、その周辺機器……! かつて一緒に闘った仲間……! 気まぐれで拾った女の子! それに――やったら捕まりまくる、クソ頑固な馬鹿姫……!!」


 大切なものなんて、なくなったと思っていた。大切なものなんて、ないほうがいいと思っていた。

 護りたくても失うばかりで、自分が何の為に存在するのかもわからなかった。どこにも帰る場所はなくて、どんなに闘っても孤独が付きまとっていた。

 居場所は無いと……そう殻に閉じこもり仲間に嘘をついた。誰も心の中に入れようとしなかった。信じようとしなかった。それでも戦いの中で少しずつ仲間が増えて、少しずつ打ち解けて……。氷が溶けて行くかのように、暖かさは少しずつ身に染み込んで行った。

 自分の為に泣いてくれる人が居た。自分の為に笑ってくれる人が、怒ってくれる人が居た。それだけで十分だと思ったのだ。それ以上に必要なものなんかなにもない。それがこの世界の全てに匹敵する。別に多くを求めなくたっていい。幸せだと思える瞬間があればそれでいい。

 下らない仲間達だ。どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。皆我侭で、個性的過ぎてどうにもなりそうもない。それでも一緒に歩いてきた。別に誰かがそうしようと言い出したわけじゃない。自然とみんな、同じ道を歩いていたから。


「下らないと笑われてもいい……。それでも、俺は……この世界を愛してる。そうだ、皆を愛してる。あの女を――愛してる! “愛”だ! スゲエ言葉だろ!? 何だって出来る! 何だってやれる! “愛”ってだけで、全てが限界を突破する! 俺は――この世界が好きだあああああああああああああああああッ!!!!」


 もう会えないと思っていた妹と再会できた世界。何も無い自分に居場所をくれた世界。大切な仲間達をくれた世界。自分を愛してくれる人に出会わせてくれた世界。世界、世界、世界……。全てを奪った世界。でも、世界は全てを与えてくれる。

 万物には与えられた刹那がある。運命とは存在しない、ただの逃げの言葉なのだ。全ての物に平等に選択肢があり、平等な力がある。生まれ持った物だけが全てではない。勝ち取った物だけが全てではない。失ったとしても、得たとしても、それでも世界は与え、奪い、それを繰り返す――。

 剣はオデッセイへと深々と食い込んでいた。しかしオデッセイは最後の気力を振り絞りそれを弾き返す。体中から血を流し、空に浮かぶ二人……。その狂気的な様子は崩れていくエデンを背景に、より非現実的なエッセンスを加え、まるで神話の一ページを見ているかのようだ。


「素晴らしい力だ……! それが……魔剣を司る思いの力か……!」


「頭ガンガンいてえ程に伝わってくるんだよ……。うさ子の……ハロルドの……ミュレイの……! そこにタケルとシルヴィアを加えてやってもいい! 皆の熱いハードが、俺に戦えと叫んでいる!」


「では、私もその想いに応じよう……! ペルソナの真の力を味わい、無間地獄の中へ落ちるといい――」


 ペルソナの輝きが周囲を飲み込んでいく。それを防ぐ先手必勝――ホクトのガリュウがオデッセイの首を刎ね飛ばした。だが……手ごたえがまるで無い。オデッセイの死体はぐにゃりと溶け、まるで粘土のようにうねっている。

 突如、ホクトの身体中を襲う激痛――。見れば全身を数え切れないほどの剣が貫通していた。天地が逆転し、頭から大地に落下していく……。見る見る大地が近づき、頭部がぐしゃりと潰れた。だがまだ意識がある……。ホクトは頭がつぶれ、脳がぶちまけられた自分の身体を俯瞰していた。

 理解の及ばぬ不気味さと極限まで引き伸ばされた激痛に悲鳴を上げたくなるが、しかし既に声帯が機能していない。喉を食い破って現れたのはぞろぞろと群れる黒い虫だった。ホクトの身体をむしゃむしゃと食い破り、虫は体内から次々と増殖し続ける。

 余った肉体を無数の茨が絡めとり、そしてその茨はどこからともなく発火する。身体は灰となり、風に舞った。そのミクロの一粒一粒に感覚があり、ホクトは言葉に出来ない絶望的な気持ち悪さに喘いでいた。

 身体がなくなっていく……いや、もうそれは人間だとは言えない。灰は大地に降り注ぎ、大地からはホクトの腕や、足や、眼球や髪の毛や、脳味噌の一欠けら一欠けらが生えていく。奇妙な光景だった。そしてそれは驚異的な速さで成長し、肉体は大地の上でぐらぐらと揺れる。

 絶叫したかった。しかしそうする事すら赦されない。そのまま何年も何年も月日が過ぎ去り……大地はホクトの肉で出来た樹林に覆われていた。その頃になると既に意識は限界まで磨耗し、自分が何をしているのか、そもそも自分がなんだったのかもわからない。ただそこに在る景色を俯瞰し続ける……そうして月日が何百年も流れた――――ような、“気がした”。


「――――っはあ」


 ホクトは空中に浮かんでいた。普通に浮かんでいる。先ほどまで意味不明の経験をしていたかと思えば、今度は普通に浮かんでいる。夢でも見ていたのか……だがそれにしては余りにもリアルな、余りにも気が遠くなるような夢だった。まだ意識がはっきりせず、各神経の接続がカットされたかのように身体が自由に動かなかった。視線の先、オデッセイは小さく笑みを浮かべている。ペルソナの光は無慈悲にホクトを絡め取ろうとしていた。


「……おや、先ほどまでの勢いはどうした? ペルソナの夢はそんなに強烈だったかな?」


「…………ゆ……め……?」


 意識がはっきりせず、いまいちオデッセイの言葉の意味が理解出来なかった。そう、幻魔剣ペルソナの真の能力……それは超強力な、相手に対する催眠なのである。

 先ほど見せられた幻覚は完全にホクトの五感を支配した。そしてありもしない幻想を見せ付けられたのである。だがホクトの肉体はそれを現実だと認識しており、故に脳も麻痺しているし肉体も命令が行き届かないのだ。だらりと、ただ空に浮かぶホクト……それを遠巻きに眺めてオデッセイは笑う。


「君は強かった……だが、私のペルソナだけはオリジナル……。君の持たない力だ。君にこの幻想を――踏破する力はない」


 次の瞬間、ホクトは何故か全身血まみれになっていた。その目の前にはガリュウが突き刺さったミラが立っている。ミラの身体はボロボロと崩れ去り……そして拭い去れない剣の感触だけが残った。


「や、止めろ……」


 振り返れば剣を突き刺され、バラバラに引きちぎられたうさ子の死体がある。ホクトは闇の中、涙を流しながらそれから遠ざかっていく。


「俺のせいじゃないんだ……」


 炎が巻き起こった。気づけば子供の姿になっていたホクトの周囲、人々が焼け死んでいく断末魔が響き渡った。少年は耳を塞ぎ、その場に膝を着いた。


「俺のせいじゃないんだ……! しょうがなかったんだっ!!」


 地下深くの牢屋の中、服を引き破られて複数の男に陵辱されるシャナクの姿があった。それをホクトは牢屋の向こうで見ている事しか出来なかった。


「俺は護ろうとした! 助けようとしたんだっ!!!! でも出来なかった……仕方なかったんだ!!」


「本当に……? 本当に仕方がなかったのか……?」


 振り返るとそこにはもう一人のホクトの姿があった。ホクトは血に染まったガリュウを握り締め、引き裂かれたシャナクの死体を踏みつけている。


「シャナクを殺したのはお前だ」


「違う……! シャナクが殺せと言ったんだ!」


「お前は自分の母親のように思っていた彼女が見ず知らずの男に犯されるのを見て失望したんだ。だから殺したんだろ?」


「違う――!」


「お前は寂しいヤツだよ……。母親の愛情も知らず、マンホールの下で暮らしてきた……。父親のように思っていたブガイにも逃げられ、母親はあんなザマだもんな」


「…………俺は……俺は、孤独なんかじゃない……」


「お前は家族からも疎まれていたじゃないか。本当は昴の事だって重荷で仕方がなかったんだろ? 昴を殺そうとして……しくじったからビルから堕ちたんだろ?」


「違うッ!!」


 ビルの屋上、二人は立っていた。昴は突然背後からホクトへと抱きつき、強い力で死へと導いていく。それを振り払った瞬間、昴は笑いながらビルから堕ちていった。ぐしゃりと、肉が爆ぜる音が響く。下は……見る事が出来なかった。


「お前は本当は死にたかったんだろ? もうウンザリだったんだろ?」


「俺は昴を護りたかったんだ……」


「でも、護れなかったのよね?」


 振り返る。雨が降りしきる荒野の中、ミラがじっと見つめていた。優しい声で、ホクトに微笑みかける。それすらも恐ろしく、男は震えながら後退した。


「護ろうとした……護ろうとしたんだ。来るなって俺は言った! なのにお前が勝手に割って入ったんだ!!」


「そう……。そうやって責任を他人に転換するのね。貴方はいつもそう……正面から私と向き合った事なんて一度もない」


「……やめてくれ……!」


「貴方は自分を真っ直ぐに見られる事が恐ろしくてたまらないのよ。憎しみに満ち溢れ、壊す事しかしらない世界を呪った存在……その醜さを見透かされたくないのよ」


「もう、やめてくれ……」


「貴方は哀れよ……」


「頼む……もう、やめてくれ……」


「貴方は……本当に、哀れな人――」


 暗闇の中、ホクトは一人きりで立ち尽くしていた。一歩も動く事が出来なかった。もう、誰も彼を責める人間はいない……。だが、歩く事は出来そうになかった。ただもう……静かに終わっていくだけだった。

 そんなホクトの背後、歩いてくる誰かの足音が聞こえた。振り返る事も怖くて耳を塞いだ。けれどその肩をそっと叩き、誰かが優しく抱きしめてくれた。そっと振り返る。そこには……白い影があった。ただ、白い……とても白い影があった。


「もう、いいんだ……。俺に、皆と一緒にいる資格なんてない……。俺は……俺は、世界を憎んでいた。恨んでいた。何もかもぶっ壊したかった。でもそうする勇気もなかった……。俺は、臆病者だ……」




 ――――貴方は、孤独なんかじゃありません――――




 どこか、遠くから声が聞こえた。突然闇の中に光が走る――。凍えた魂に火が点る。エンジンが回り出す。その声一つで、目を覚ます事が出来る気がした。


「貴方は……! 貴方はこんな所で負けるような人じゃない! そうでしょう……!? ホクト……! ホクトォオオオオオオオオオ――――ッ!!」


 目を見開き、男は剣を握り締めた。幻想の闇が崩れ去り、ホクトは光の降り注ぐ空に戻ってきた。頭上を見上げると、エデンの浮島から大声で叫んでいるシェルシの姿が見えた。もう目が覚めたのに、まだぎゃあぎゃあ何かを喚いている……。苦笑を浮かべ、男はしっかりとした視線でオデッセイを捉えた。


「……ペルソナの幻想を……!? ならばもう一度……!」


「もう同じ手は効かねえよ――」


 剣を一振り――それは、過去を振り払うイメージ。闇を打ち砕くイメージ。それは幻覚の光を拒絶する光……。真上に、戦いを見ている人がいる。愛を注いでくれる人が居る。負けてしまったら格好がつかない。ここでやられたら――好きな女にいい格好が出来ない。

 だから、前へと進む。剣を振り上げる。そうだ、何もかも等しく自分なのだ。それをひっくるめて愛を与えてくれる……そんな人の為に。今は何もかもを忘れて馬鹿になろう。カラッポの頭でただ、この終焉を駆け抜けよう――。


「終わりだ……オデッセイ!」


「馬鹿な……!? そんな事、あるはずが――ッ!?」


 その身体をガリュウが鋭く斬りつけ、オデッセイは落ちていく――。遥か彼方、次元の狭間まで……。ホクトはそれを見届け、そして静かに目を瞑った。


「…………俺は、弱い。でもな……強がりでも、いいだろ? それでも……誰かを愛しても……。いいよな――ミラ……?」


 オデッセイの断末魔の声を聞きながらホクトは空に舞い上がる。そうして愛する人が待つ場所へと降り立ったのだ。白い光が舞うその大地の上、シェルシは両目に涙をいっぱいに溜めてホクトへと飛びついてきた。もう二度と離さないといわんばかりに、傷だらけの胸に顔を押し当てて……。


「ホクト……! ホクト、ホクト……!」


「……あいよ」


「ホクト……よかった……。生きててくれて……よかった……」


「おう」


「信じてた……。貴方なら、負けないって……。絶対に勝つって……私……」


「当然だろ?」


「ホクト――」


 二人は見つめ合い、ホクトの指先がシェルシの涙を拭った。二人は強く互いの身体を抱き閉めあう。心を重ねる……。光が降り注ぎ、世界が二人の愛を祝福しているかのようだった。

 目を閉じ、ホクトは思う。自分の存在の否定……苦悩……孤独……。これまで様々な事があった。だが、今は彼女を護る……ただそれだけの為に生きている。これからも、ずっと……。


「……さあ、帰りましょう……ホクト。皆が待っています」


「ああ、そうだな。ハラもへったし……きっとうさ子がおなかぺこぺこなの~って待ってるぜ」


「ふふふ……そうですね。それじゃあ、私が特訓した料理の腕を披露してあげましょう」


「それは……戦闘の後にはチト厳しいぞ……」


「むー……。それはどういう意味ですか? 全く貴方は本当に、意地の悪い……あっ」


「ん?」


 シェルシは無言でホクトを突き飛ばした。よろめき、首をかしげるホクト。その脇を鋭い刃が通り抜け、シェルシの胸を貫いた――。何が起きたのか判らないホクトの目の前でシェルシは血を吐き、身体を震わせながら微笑んだ。


「…………よか、った……」


 そうして刃が引き抜かれるとシェルシの身体はふわりと崩れ、仰向けに倒れた。ホクトはその身体を抱き留め……ただ目を見開き目の前の受け入れ難い現実を見つめ続けていた――――。




アニマ覚醒(1)




「シェルシ……? おい、しっかりしろ……シェルシ!」


 しかし、シェルシは何も反応を示さなかった。瞑った瞳から涙が頬を伝い、その最期の姿はとても穏やかだった。“よかった”と、彼女はそう言った。何がよかったのか……。その剣が……自分を貫かず……よかったと、そう言うのだろうか。

 何一つ良くはない。そんなもの、何もよくはなかった。どうしてこんな時にまで他人を優先するのか? だから止めろと何度も言った。何度も何度も危険だと言ったのに。ここまででしゃばってきて、自分を助けて死んだ……。そんなものが、この物語の結末なのか――。


「おい…………。冗談だろ……? シェルシ……。なに……何死んでんだよ……おまえ……」


 震える声で語りかけ、涙を流した。脳裏を過ぎる数え切れない思い出……。その中でシェルシは笑ったり、拗ねたり、怒ったり……。叫んだり、走ったり、闘ったり……。お姫様なんて思えないくらい、生き生きしていて。光を眩く放っていて。

 何もかもを失った瞬間、ホクトは言葉にならない叫びを上げて振り返った。倒したはずのオデッセイがそこには居て、ホクトは感情を爆発させる。黒き光が世界を飲み干そうと動き出す……。そしてそれこそ、本当の意味での終焉の序曲であった。


「さあ……アニマを覚醒させるんだ……ホクト君! 君ならば……君ならば出来る!」


「オデッセェエエエエエエエエエエエエエエエエイィイイイイイイイッ!!!!」


 ガリュウの一撃がオデッセイに袈裟に減り込み、その身体を玩具のように引き裂いていく。大量の返り血を浴び、それでもホクトの怒りは収まらなかった。慟哭と同時に天を巨大な魔法陣が被い、そして世界は――滅びの時へと動き出すのであった。


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