【ギガンツ】江栗 秀人 背番号15
野球ゲームしたい。
「デッドボール!」
審判の叫びは、マウンドにまで響いた。
ホームチームの陣取る一塁側ベンチから怒声が飛び、球場じたいも、どよめきと野次で包まれる。
アウェイの宿命とはいえ、背中にはしる冷たい汗は何年、プロのマウンドに立っても変わらない。
あてたほうが痛いなんて、言いまわしもあるが。たしかにノーアウトで、勝ち越しの走者を出すのは面白いものではなくとも、足をひきずりながら一塁へむかうその姿に、投じた本人であるおれからは、そんなことばは言えない。帽子をとって、深めに頭をさげると、彼もつくり笑いを浮かべながら、右手をあげて合図してくれた。「気にするな」と。
主軸打者にぶつけられて、殺気立っていた一塁側ベンチが、その様子を見てようやく落ち着く。今夜の対戦チームは、リーグ随一の凄みある首脳陣をかかえた地方球団。そのなかにあって敵将たる監督は、えたいの知れない威圧感はあるものの温厚な——というか、非暴力主義で知られる元天才打者。これが、前任の闘将が政権をとっていた時代なら、おれは外野の左翼手の定位置まで逃げ出して、ベネズエラ出身の外国人選手に守ってもらうところだった。
ふうっ。まあいい。
気をとりなおしていくとしよう。きりかえの早さも、プロの一軍選手には必要なものだ。主軸に単打を打たれたのだとおもえば、たいした問題ではない。後続さえ抑えてしまえばいいのだ。
とはいえ、次の打者にまでぶつけてしまっては、さすがにしゃれにならない。慎重にならざるをえないおれの投じたボールは、やや甘めのコースへ。
ボールとバットの衝突音!
だが、今回のそれはややにぶく。
三塁手がうしろへ退がって、小さく打ちあがった打球を捕球ると、アウトが宣告される。
ワンアウト。
一死。
そうか。こいつも「死」か。
さきほど、おれがぶつけたデッドボールも死球。
こちらも「死」であるはずなのに。
ぶつけられた打者は死とはならずに、生きて一塁へとむかった。
「死」なのに「生」。
そう考えれば。足をひきずりながら、よたよたと一塁へと歩くその姿は、ゾンビのように見えなくもない。
死球。
なんとも、矛盾した呼称だ。
ぶつけられて死ぬなんて、それじゃまるで野球じゃなく、ドッジボールだ。
そんな雑念に囚われていたにもかかわらず。
続く打者を二塁手 → 遊撃手 → 一塁手!
足をまだひきずる一塁走者ごと、しとめることに成功した。
はぁっ。なんとか無事にかたづいた。
スコア的にも、トラブル的にもだ。
三塁側、アウェイチームのベンチへと帰るおれの汗は。さしたるピンチでもなかったわりに、この回を投げるまえに着替えたアンダーシャツのべっとり感がひどい。
新しいタオルといっしょに、こちらも新しいものを手にとり。雫を飛ばしながら、肌に纏わりつく長袖を脱ぎ捨てる。
球数から考えても、ここまでか、長くとも次の回を投げきればお役御免だろう。あとは、リリーフ陣がふんばってくれて、おれの勝ち星が消えないことを祈るばかり。
冷蔵庫に入れずに置きっぱなしだったため、ぬるくなったスポーツドリンク。そのひとくちめを、のどに流しこまずに、うがいしていたおれの耳に、またもや不穏などよめきが聞こえたのはこのときだった。
ベンチから身をのりだして、グラウンドのようすをうかがうと。打席でうちの若手野手がうずくまっている。
どうやら、ボールをどこかにぶつけられたらしい。
さっきのおれの死球に対する報復か?!
かるく血の気がひくおもいがしたおれと、怒気をはらむベンチ内のチームメイトの目に、一塁側ベンチからむこうの投手コーチが出てくる姿がはいってきた。
あちらさんの凄みある首脳陣のなかでも、曲者揃いの助っ人外国人を束ねる役目もしているほどの彼である。ボールをぶつけた、マウンド上のドミニカ出身の投手に野次をとばしていた、うちの選手たちも一瞬、その口を閉ざす。
すると、投手コーチは。
こちらのベンチにむけて帽子をとり、ぺこりとお辞儀をしたではないか。
彼にうながされて、マウンドの外国人投手も帽子をとって頭をさげる。
どうやら、いまのは報復ではなく、ほんとうに失投だったようだ。
わざわざ投手コーチが出てきたのは、それをこちらに示すため。そりゃそうだ。非暴力主義である監督の方針に、あきらかに反する指示を与えるような人物ではあるまい。コワモテとはうらはらのやわらかい物腰や、漢気と人情のある物言いに、チームの内外、国籍に問わず信奉者も彼には多い。
おっと、うずくまっていたうちの若手野手が立ちあがると。まだ痛そうにはしているものの、小走りで一塁へとむかうではないか。よかった、たいしたことはなさそうだ。
ぶつけられたら、ぶつけかえす。
そんなのが、暗黙のルールになっているところもあるようだが。おれにはとうてい、受け容れられないはなしだった。
おれが投手だから、それもある。
だが、いちばんの理由は。
おれたちがやっているのは野球であって、ドッジボールではないことだ。
ドッジボールなら、それにみあった柔らかさのボールを使う。あてられるほうも、一方的に狙われる役を負うこともないし、バットなんて物騒なものをにぎらせもしない——ぶつけられて怒り狂った打者に、あれを頭に振りおろされたら。想像したことのない投手がいるだろうか? 守備についているときは、打者とはちがって、ヘルメットをかぶってはいないのだ。
そこまで考えたころには、うちの若手野手は一塁に着いていた。まだ痛そうに、ややよたよたはしているが。新しいゾンビの誕生である。
だが、この光景を見て、おれが深い安心感をおぼえたのも事実。
やはりこれは野球だ。
断じて、ドッジボールではない。
もしも、ドッジボールであったのなら。
ぶつけられたうちの若手野手は、内野にある一塁でとまることなく、そのまま外野まで出ていたことだろう。
そして、敵チームの誰かにぶつけかえすまで、内野には戻ってこれなくなっていたはずだ。
そんなものは、野球ではない。
注)「外国人」は差別的な言葉ではなく、野球の選手登録における用語です。
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江栗 秀人
【ギガンツ】背番号15 先発投手 右投右打
球速MAX 143km/h
スタミナ ☆☆☆★★
コントロール ☆☆★★★
カーブ ☆☆★★★
シュート ☆☆☆☆★
打撃技術 ☆☆★★★
打撃パワー ☆★★★★
走力 ☆☆★★★
守備肩力 ☆☆☆★★
守備技術 ☆☆☆★★
守備確実性 ☆☆☆★★
選手作成ばっかりで、試合しないこともありがち。




