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セミファイナル…(蝉じゃない方)

ギルバート・アウシュタインという1人の人間の話をしよう。走馬灯と言うに差し支えないかもしれないが、彼は一応まだ死刑台には立っていない。…それに近しい状況にはあるが。


「な、んだ…これは…!?」


目覚めた第一声は、そんなありふれた事しか言えない。

その対象は物理的に半壊に近い自身の城か、はたまた…未だ自分に命があったことか。一体何に驚愕したのかは不明だが、一度それは置いておこう。後で嫌でも知ることになる。


ギルバート・アウシュタインは、この国の王となる者として生を受けた。第一王子であり、正妃の子であり、立場的にもその地位を危ぶまれる事も無く、本人も元々大人しい性格の上で厳しく教育を受けていた為か、多少自己評価が低めではあるが公正な王になるだろうと期待されて生きてきた。


期待された通りに、生きてきた。


物語に出てくるような王子様と言うに差し支えのないような王子になった彼が、物語のヒロインのように突然現れた聖女に惹かれたのは当然だったのかもしれない。しかし、落とし穴はどこにでも存在する。聖女と結ばれめでたしなどとはとてもじゃないがなるはずもない。つまり、彼についてはハッピーエンドは存在しない予定だった。


聖女が偽物で、その上今最も国が存亡の危機に陥っている1番の原因であったと判明したその時、彼のハッピーエンドは容易く砕け散った。普通ならばそこで偽物を追放するなり罰を与え、臣民たちの怒りを集めて、自分の立場を守ることが何より先決であり賢明な判断というもの。…しかし、今回はそうならなかった。


大臣達の誤算があったとするならば、彼が思ったよりもロマンチストだったことだろうか。


彼は思ったのだ。自分が愛した人が何者であっても構わないと。彼女を守る為ならば、全てを賭けようと。

だから彼女を自分の妃にする事を撤回しなかった。それどころか先王に咎められた際にその王位を簒奪し、誰も文句を言えないよう対策を講じた。大陸全土の統一、大国の姫との婚姻もその1つ。たった1人を守るためにそれだけの事をした。


「その一途さは認めましょう。相手が何者であっても変わらない強い意志には、曇ることのない美しさを感じます。カティアの興味が出て誘拐されてあげようと思った気持ちも理解できますね」


天井が消え、壁が割れ、瓦礫が彼方此方と転がっているこの部屋は、本来王の間の筈だった。もはや見る影もないが。しかし、形が崩れているものの残っている調度品や、壁、床の装飾は間違いなくその部屋だと示している。まともに形が残っているのは、数段高いところにある特別な椅子だ。

ただし、先日城を出るまでは自分の玉座だったそこに座っているのは、シュリーヌ・ディ・ティアーゼ女皇帝。その側に控えているのは最強の魔術師レオン・ジルベルト。近くに用意されている椅子に優雅に座っているのは女皇帝に瓜二つの皇女、カティア・エステランテ。彼女らを護るように騎士たちが臨戦体制でギルバートを睨んでいる。

騎士たち以外は興味のなさそうにしている中(恐らく本当に興味はない)で、唯一会話をする気があるのは彼だけだ。

…縛られて膝をつかされているギルバートに対峙している、カティアの婚約者と正式に発表されたセイン・ステファノス。勿論彼は手も足も自由だし、表情すらも対照的だ。


「で?貴方が答えなければ答えないだけ貴方は自分の味方を失っていきますが…こんなにも多大な犠牲も自らの価値すら投げ打って守ろうとした想い人がどちらにいるのか、本当に知らないのですね?」


失礼、会話ではなく尋問だった。それでも興味があるだけまだ優しいかもしれない。ギルバートは無言で睨みつけるだけだが、それを肯定とセインは受け取ることにした。


「…聞き方を変えましょう。では、隠し通路で確保したハルフィナという女性に心当たりは無いのですね」

「…知らない」


一瞬の動揺をセインは見逃さない。付け入る隙を見落とさない。僅かに開いた瞳孔、その間だけ止まった呼吸、特徴も聞かずに返事をしたこと。それら全てが知っていることの肯定でしかない。


「成程、ハルフィナと名乗ったあの女性が、今回の迷惑の種ですか。まあ先程ここに連れて来た時もカティアを見て怖気付いたのでそうだとは思っていましたが」

「っ、彼女に何をした!?」


セインは答えずただカティアに向けられた敵意を視線ごと遮るように立ち位置を変えた。

カティアが自分が何かしたかのような言い方やめてと目線だけで訴えているが、セインは背中に刺さる圧を綺麗に無視する。


ギルバートの手を縛る縄が軋む。側で控えた騎士たちの緊張が高まる。簡単に外れるようにはしていないし、だからといって緩くはないはずのその結び目からぶつり、と音がしたのはすぐだ。

バラバラと音を立てて縄が落ちて、ギルバートは立ち上がり何処からともなく出したナイフを構えた。この北の大陸において魔法に頼らない武力というのは近接戦闘に他ならない。その為模範的な王子である彼は剣術を磨くと同時に、暗殺者撃退の為の暗殺術も否応なしに叩き込まれた。隠しナイフの装備など基本中の基本であった。


「やはり、仕込み刃くらいは持っていましたか」


…それでもすぐ目の前にいるセインは勿論、カティア、シュリーヌ、レオンは動じない。その程度で動じる彼らでは無いし、そうあってはならない。反撃を許す様な甘い生き方をしていない。合図一つで見えない手が伸び、再びギルバートは拘束された。


「…仮にも王座を持つ者よ。なぜお前は負けたと思う」


傍観に徹していた女帝が退屈そうに聞いた。聞いたというより、答えさせる為ではなく考えさせる為に問いかけの体をとっているだけにカティア達からは見えていた。


「我らに斬りかかるにせよ逃亡するにせよ、なぜ今の絶好の機会を逃した」


拘束を解いて自由な時間が十数秒あれば、女帝なら間違いなく1番近くにいる人間を始末する。ゼクトなら脱走する。つまり何が言いたいかというと、判断と行動が遅いと言いたかったのだろう。


「得たいものを得る為の万全を期さないというのに、なぜ身の丈以上が手に落ちると本気で思った」


玉座から立ち上がり、ゆっくりと前に出てくるシュリーヌは、全く責めているつもりはない。呆れているつもりでもない。ついでに答えにも興味はない。強いて言えば、大陸の覇者に相応しい器か試そうとはしていた。


「お前は目的の為に必要なもの、必要な事はわかっていた。手順も間違わなかった。ではなぜ得られなかったと思う」

「っ…敵戦力の全てを把握しきれなかったから、…侮ったからだと言いたいんだろう!?」


だが、一国の…しかも娘の誘拐が全く意味を成さない事や弾幕を人力で捌き切る人間が存在する事など、誰が想像できただろうか。苦々しくも忌々しげにギルバートはシュリーヌを睨んだ。しかし女帝は意に介した様子もない。


「それもあるのかもしれんが違うぞ。第一、我が国ではそんな事前調査、した所でアテにしないしな」

「は…?」

「自国を治める為の大陸支配。その為のカティアの誘拐。…の為のレオンの暗殺、の為も含めた拳銃の密輸。もしかしたらもっと遡って涙ぐましい細工をしていたのかもしれないが…。とりあえず、全て失敗したからお前達は負けたのだ」

「…全て、失敗だと?密輸は成功した!本体と一部の部品しか手元には届かなかったのは事実だが、それを元に完成品を揃えられた!!

姫を計画どおり我が城に幽閉する事はできた!人質としての価値を発揮しなかったのは予想外だったが、レオン・ジルベルトの暗殺さえ成功していれば…!」


激昂するギルバートをシュリーヌは温度のない目で見下ろした。試すまでもなかった。こんな小僧では王になどなり得ない。落胆を隠すことも無く、シュリーヌは再び玉座に掛けた。


「…そう、レオンの暗殺を完遂していたなら、それをやり切る実力さえあれば、カティアを人質に取らずとも我が国を落とせたことだろうな」


反論は出来なかった。言葉が見つからなかった。


「お前は先程、意中の女が捕まったと聞いて気を立てただろう?…ああ、なに、それ自体を悪い事とは言わんぞ。どこにでもいる世間知らずで無神経なだけの小娘に惚れてればああいった反応になる。それはどうでもよいのだ。

気を立てた理由は、自分が守るべき対象、自分以外は守れないと思っているからだな」


だからなんだと言わんばかりに黙って女帝を見返すギルバート。それに対して女帝は淡々と事実だけを述べる。


「ならば尚更、お前はあの小娘に分らせておくべきだった。自分がいかにこの国において害悪であるのかを現実として突きつけ、無自覚な傲慢を叩き折るべきだった」


女帝は続ける。


「お前はそれすら出来なかったのだ。守り切るだけの実力も無く、癇癪持ちの小娘1人手懐ける事すらできない。だから私はきちんと、忠告してやったのだ」


忠告とは何のことか、ギルバートが思い浮かばずにいると女帝は首を傾げた。訝しげに。カティアとレオンは何のことかわかっている様で、軽く体を震わせて笑っている。身内にしか伝わっていない。それはカティアもよく陥る状況の為、母親に似たんだなぁという納得と既視感から笑ってしまったのだ。それを受けて女帝は今度は本当に問いかけた。


「…よ、読める字で書いてあっただろう?

せめて魔物とまともに戦える程度の実力をつけてからこいと…!」


宣戦布告に対しての返答には、たしかにそう書いてあった事をギルバートは思い出した。あれは皮肉を込めた挑発ではなかったのか。

真意が全く伝わっていなかったことを自覚した女帝は、嘆かわしいと盛大な溜息をつく。


「私の親切心を見事に無駄にしておいて、私どころか我が娘の相手にすらされていなかったとは呆れて物も言えん!」


…と、尊大な様子を見せるが、娘達には恥ずかしいのを隠している事が丸わかりだった。ただし、他の人からすれば堂々と理不尽な非難をしているように見える為体裁は保たれていたが。

再度溜息をついて落ち着き、未だ顔を逸らして爆笑中のレオンをシュリーヌは睨みつけ、既に素知らぬ顔で目を逸らしているカティアに視線をやってから、再びギルバートを見下ろした。


「…レオンに聞いたそうだな。カティアを何故見捨てた、助けに行かなかったのかと。

答えは簡単だ。その程度の事が出来ないならその座に相応しくない。私の娘として、彼の国の唯一の皇女として、その座を持ちながら自分の意思を殺さずに生きるのなら、自分で身の安全を確保し脱出する事くらい出来て当然だ。我儘も自由も通す為には実力が必要不可欠。そのための努力をする機会を、私達は総出で与えてきた。あとは本人次第だが、これ以上は言わずとも分かろう」


そうしてカティアを見るシュリーヌにつられてギルバートもそちらを向いた。既にセインはカティアの隣に控えている。

カティアは真っ直ぐにギルバートを見ていた。慣れた手つきで扇子を閉じる。


皇女でありながら、私の思うままに生きるには、完璧である事は大前提だとカティアは言う。


「勿論私の家族達は私がどれだけ情けないほど何も出来なかったとしても、見捨てないですし愛してくれるでしょう」


過保護すぎるほど過保護に、どこにでもいる皇女の1人として大切にするだろう…と。ギルバートが、唯一あの令嬢を守ろうとしたように。

そしてあの令嬢同様に、それに甘んじてただ守られるだけの存在であることもできただろうとも。


「ですが、私が望んだ在り方はそうではありません。

私は、守られているとわかる以上に、私の大切な方達を守りたい。私が、私の意思で、私の立場を保った上で、私の身を守り誰かを守る力を、知恵を家族はくれた。私はそれを望んだ。

結果、私自身が、私の愛する家族以外の有象無象に気味悪がられようが、恐れられようが、貶されようがどうでもよろしい。例え醜いとすら言われようと、私は、私の愛を守り切る為に私の愛する方々がくれた私を恥じない、隠さない、裏切らない」


カティアの雄弁な姿をギルバートは初めて見ている。挑発しても脅しても、カティアはただ静かに張り付けた笑みを浮かべて皮肉を言う程度。今のように話したことは一度もなかった。つまりシュリーヌの言葉通り相手にされていなかった。

しかし、語られる事柄はよく理解できた。というか共感に難くなかった。それは自分が思っている事とほぼ変わらない。世間の自分の評価がどうなろうと、ハルフィナを自分が幸せにする為に必要なものならば手に入れるし、そこにかける努力は惜しまない。自分に待つのは破滅だとしても、その努力をした自分を、自分の在り方を、自分は恥じることはないだろうと。


ここまできて漸く、ギルバートは自分とカティアがよく似ている事に気がついた。



「貴方は恐らく、あの令嬢の幸せを守れるなら、自分の苦労や感情などどうでもいい。…そう思っているのでしょう」


全くもってその通り。ギルバートは彼女もまた自分たちの考え方が似ていると理解しているだろうと思った。


「私は、貴方が私たちとよく似ていると思います。だから本当に、私なりのやり方でですが手を貸してあげてもいいと思って、わざわざ船での長旅にも興じて差し上げました。開戦までは大人しく捕まっていました。こういうのは相手側が対応の仕方を変えるのが1番早いと身をもって知っているので、あの令嬢に会いに行きました。……けれど、何とも悲しいことに、彼女は貴方を愛していなかった」

「嘘をつくな!黙れっ!」


嘘では無い。ただ事実なだけで。


カティアとセインの関係は、互いに互いのあり方を否定せず、番という関係がある事で結ばれていたものの、想いあってはいてもあとひとつ遠い場所にいた。カティアがらしくもらしくない問題行動をとった事で漸く決着がついた。まだぎこちないが、その決着とて気持ちと、…叶える実力があるからこそ出来ることだ。


「貴方も知っていたのでしょう。彼女は生き延びる為に貴方の好意を利用しているだけだと。話していてよくわかりましたが、あの方が1番好きなのは自分です。悪い事だとは思いませんが、私の家族に害が及ぶのであれば話は別なので痛い目を見てもらうことにしました。そして、…貴方は、利用ですら嬉しかった。悲しい事に、私達はそういう愛し方をする。私は貴方に同情した。理解できるからこそ、貴方を憐れみ、同情する他なかった」


力がないなら力は貸せる。けれど、想いは貸しようが無い。


「彼女が本当に貴方を想っていたのなら……いえ、もうこれ以上はよしましよう。

…先刻、ゼクトおにい様があの令嬢の妹君の呪いを解きました」


ゼクトとは、カティアの従兄にあたる礫とした南大陸の人間だ。この地に縁もゆかりもないはずで、ギルバートが今回の策略に勘定に入れていなかった、ノーマークの人間。いるはずの無い人間が、何故北大陸にいる上に、どうやって解けるはずのない呪いを解いたというのかと、疑問のままぶつける前にカティアは続けた。


これでもう、彼女を罰せない理由がこの国には無くなった。…と。


当然の事。しかし、ギルバートにとっては一大事だった。逆恨みにしかならないが、なんてことをしてくれたのだと瞬間的に怒りが沸く。縛られていなければ感情のままに暴れたかもしれない。

怒りと悲しみと…それを掻き乱す焦りと縋るような色の混じり乱れた視線を、カティアは静かに受け止めた。目を逸らすこともなく。


「…先程、貴方が起きる前に彼女に選ばせました。常に身の危険を感じながらもこの国に残り罪人となる貴方の側でいつか命を終えるか、この国を出て縁もゆかりもない地で1人で生きるかを。…結果は、後程嫌でも分かるでしょう。私は、貴方に同情したから、あの令嬢に選ばせました。それが今回の、私から貴方への温情です」


ギルバートは、急に力が抜けた。拘束が緩んだが、ついた両膝を上げて隠し持った武器を構える気はもう無い。それどころか背を丸めて前に体を倒した。まるで、頭をさげるかのように。小さく呟かれたその言葉に、カティアは控えめに微笑んだ。


「…私がただのお節介で口出しできるのはここまでです。私は巻き込まれた被害者なだけで、本来お母様の国と貴方の国の問題ですから。……まあ、猫が入り込んで何か吹き込んだのは紛れもない事実ですし、ちょっとした責任は、なくは無いですから」


最後の方はギルバートには距離があって聞こえなかった。首を傾げるが、カティアは腰を上げると、セインに手を引かれ退室していった。護衛として何人か付いて行く。


「…さて、それでは本題に入るとしよう。戦勝国と敗戦国としての、な」


本番はここからだぞとシュリーヌが女帝らしく笑っていた。

読了ありがとうございます。


次が最終話です。

そしてコミカライズ最終巻発売日!

私の書き下ろしも載せていただいてる上に、小鳩先生が私の書き下ろし番外編を描いてくださいました!

コミカライズ含め、最後まで読んでくださることを祈ってます。

最終話は12/24 0時投稿。

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