愛と番と鼬ごっこ(1)
第三章はちょっと書き方変えてみようと思います。ちょっと疲れるかもしれません。そのうちカティア視点で統一にすり替わってるかもしれません。
よろしくお願いします。
芸術の街ルーティルッタを王都とし、それを囲む4つの領地を持つその国は、国としては小さいが昔から貿易が盛んで、領地の西側には大きな商船がいくつも泊まっている事はよく知られた話である。
そんな芸術の街、ルーティルッタは、西側の領地で漁業や貿易をする一方、他国と接触する東側には深い森が広がっている。
鮮度が求められる魚や肉といった貴重品を運ぶ際に商人はその中の道をよく使うのだが、同時に盗賊も多かった。
それが分かっているから、この国との外交をする国は大抵、王都の北の領地、又は南の領地側から入ろうと、その森を迂回する。
暗黙の了解というやつだ。
盗賊に襲われるのが嫌なら、東側の最短ルートを諦める。ただそれだけの話。
命には代えられないので、ここ数年、人はろくに通らなかった道である。そして、それは盗賊にとってはかなり都合が良かった。隠れやすいし、国境に近い場所という事で、国王も特に兵を差し向けない。だがどうしても偶に人は通るからである。
偶に通る人間ほど、実は少し遠い国の、金持ちだったりするのだ。大抵は後ろ暗いところがあるか、亡命か、又は余程の馬鹿か。そしてそれが通るなら、普段から稼がなくても大丈夫な程の財が手に入ったのだ。
以上の理由により、盗賊達はその森を塒にしていた。
因みにその日も、最短ルートである森の中を通る馬車があった。特に紋は入っていないが、使われている木の質や手入れをよくされた様子からするに良い馬車。……つまり、金持ちが乗っている馬車だった。
盗賊達は大喜び。森からその馬車が出る前にその馬車を襲った。
ただ1ついうなら、盗賊達はその日だけは息を潜めてその馬車を見送るべきだった。
なぜならそこを通ったその馬車に乗る人物達は、
そこに盗賊がいるのを分かった上で、
盗賊程度簡単にのしてしまえる実力を持っていて、
襲われる事を見越した上で、
返り討ちも視野に入れて、
……最短ルートをわざわざ選んでやって来ていたからである。
まあ盗賊達には知る由もないことであったが、この時敢えて襲わなければ、彼らはある意味ヒーローにすらなれたかもしれない。
彼らがこの森に居座ったままであったなら、とあるものの侵入を防ぐことができたからである。
現実はまあ、返り討ちに遭って、そのままお縄につき、1番近い衛兵の駐屯地まで引き摺られて彼らの盗賊人生は終わったのだが。
つまり何が言いたいのかというと、小さな問題を解決すると、何故か大きな問題が発生するのである。
例えば……そう。
どこかの国の公爵が追い剥ぎに遭って、国際問題だと騒ぎ立てられるとか、
盗賊をのさばらせておくなど国の怠慢では無いかと責め立てられるとか、
あとは……そう。
「……カティアが拉致されました」
……とか。
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時間はカティア達の馬車が盗賊に襲われ、撃退して騎士の詰所に突き出した後まで遡る。
「祭りを見に来たというのに、来て早々これですか」
「まあまあ、落ち着こうよ。芸術祭が見たくてわざと強行軍したんだし」
2人が詰所から馬車に戻った先で、最初の迷惑な問題が起きていた。馬車から出ないようにといっておいた従妹が、馬車の外に立たされていたのである。その正面にいるのは小さな少女である。少々お転婆らしいそのご令嬢の目は、不躾にもカティアを値踏みしていた。
「……兄上、アレは何でしょうか」
「さあね。でもカティアが無視しなかったってことは、それなりの価値のある人間なんじゃない?」
従妹溺愛のトーリは正直な話、直ぐにでも間に割って入って、相手の目を潰してやりたい気分だったが、価値ある人間と聞いてやめた。果たしてそれがどんな人間に対して価値ある存在かは知らないが、使えるものは使う主義として、便利道具があるに越したことはない。
……だからといって、許すわけでもないが。
とりあえず、ということで影から様子を伺う。
「貴女何で顔を隠してるわけ?」
「そうですねぇ……。あまり見せられるような顔をしておりませんの」
美しすぎて。という言葉は言わなくても従兄達には分かっていた。だがその言葉は傲慢などではなく事実だし、彼らもまた美しい顔立ちであるので、気にしない。
……まあ、大抵初対面の人間がこのセリフを聞くと、なぜか逆の意味で取るのだが。
「ふぅん……じゃあ貴女、亡命して来たのね?」
はい?と、カティア達は首を傾げた。いや、一体なぜそんな風に受け取ったのかと疑問に思ったのだ。
「だって顔を見せられないんでしょ?紋の入ってない馬車に、その飾り気のないドレス。しかも東の森を抜けてきたんでしょう?どこからどう見ても亡命中じゃない」
いや、なぜ亡命と決めつける。お忍びという可能性も十分あるだろうが。それにカティアが着ているのは旅の為の服でありながら、その素材は超一級品。見る人が見れば少女自身が着ているものよりも数段質の良い布が使われていると分かっただろう。
王族というのは常日頃から高級品を身につけているわけではないが、最高級ではないだけで、かなり質の良いものを使っているのは確かである。装飾の有無に関わらず、だ。それは純粋な献上であったり、賄賂だったりするのだが、まあどちらにしろ身分があるからである。
それを享受することすら教育の一環で、日々の些細な事柄すら見逃さずに教材にしているのは帝国だけかもしれないが、……一先ず少女は身に付けているものからそれなりの令嬢と分かるが、同時に、余りにも無知だと言えた。
カティアは唖然としていた。だって、身分の割には余りにも無知すぎる。従兄達とは、少し違った意味合いで驚きを隠せずにいた。
「あら、図星なのね!ふふ!一体どこの国から忍び込んだのかしらっ!」
「ひ……お嬢様。そろそろお時間です。帰りましょう」
「えっ、もう!?……はぁ。貴女のせいで時間を無駄にしたじゃない!罰として貴女、私の話し相手になりなさい。もちろん衣食住は保証してあげる。ついて来なさい」
いや、時間を絡まれて無駄にしたのはこちらである。しかも上から命令される筋合いはない。トーリが動こうとしたのがカティアには分かったのか、魔道具から通信が入る。
『おにい様、私は大丈夫ですから、暫く様子見でお願いいたします』
『カティア!?』
『……大丈夫ですから』
カティアはそのまま、令嬢の馬車に乗せられていく。トーリといえば、直ぐ様ゼクトを引きずって、馬車に乗り、カティアが乗る馬車を追いたかった。しかしゼクトは先に弟を落ち着かせるのが先だと分かっていた。従妹から、自分たちが馬車を出た後で何が起きたのか、魔道具を通して随時送られて来ていたからだ。従妹は今のところ無事のようだし、どうやら王都に向かっているらしい。
「カティアは一体、どういうつもりなんだろうね?」
「カティア……。ティア……」
「ああもうこのシスコン!その無駄に回る頭使ってカティアの狙いとか、奪還策とか考えてよ!」
さて、取り残された従兄達を他所に、何故カティアがわざわざ歳下の不躾な令嬢に従ったのかを言ってしまおう。どうせ皆釈然としない気持ちでいるだろうから。
「シアねえさまの所に向かいなさい」
「……お嬢様。まさかとは思いますがそちらのご令嬢をロスティーニ公爵のところに押し付けるおつもりですか!?」
「失礼ね。私のメイドにするわ。お父様に許可をもらうから、その間預けるだけよ」
「……失礼ですが、フランベル王女殿下。
私を貴女の侍女にするのですか?どこから来たかもわからない令嬢の、私を?」
「あら。私の事を知ってるのね。まあわたし、王族だし、当たり前といえば当たり前ね。そうよ。亡命した令嬢なんて働き口はないでしょ?感謝なさい。もし2番目のお兄様が貴女のことを気に入ったらお兄様に見初められることも……ああ、その顔じゃ無理ね。
有能だったら、捨てないであげるわ」
カティアが大人しくついて来たのには理由があった。それは相手が、どんなに無礼であろうが王族だったからだ。
自分も皇族である以上、位だけ見れば対等だ。なので従う義理はないが、突っぱねて国際問題に発展させてはいけない。そしてなにより、このお姫様はどうやら余りにも無知らしい。それもまた、カティアにとっては都合が良かった。身分だけ考慮に入れれば、あとは今まであしらって来た令嬢たちと同じ対応で済む。
言葉の意味に気付かず、腹の探り合いもしないで自分の好きなように推し進めている少女には悪いが、カティアは敢えて言い出さずに、全てをなるように任せてみようと思った。
普段のカティアならば、有り得ない判断だ。計画のうちならば分かる。だが今回、彼女は何の打算も策も立てずに、ただなるように逆らわない。
帝国までの旅はこの国と、もう一つ先の国を抜けたら終わりだ。だからここらで彼女は確かめようとした。試そうとしたともいえるかもしれない。
丁度、"セイン・ステファノスの番だと自称する少女"が目の前にいるのだから、と。
「……しかし、お嬢様。いくら何でも見知らぬ令嬢を、お嬢様の侍女にしようなど、陛下もお許しにならないはずです」
従僕が止めようとするが、彼女の意思は固いらしく、頑として首を縦に振らない。
流石に一国の王女が、知らなかった事とはいえ話も聞かずに自分勝手に連れて来た挙句他国の皇女を召使にしたなんて噂が立てば、双方にとって良くないことになるのは明白だと、この場で唯一、すべての情報を得ているカティアは分かっている。
いざという時のために、馬車から降りるに至った経緯や少女との会話の一部始終、現在に至るまでを全て映像に収めているので、身を任せるとは言っても最低限の対策はしている。
本当にいざとなれば、その記録から、この国の王女が、他国の皇女を拉致し使用人のように扱った事を立証できる。
……そうでなくとも拉致はもう起こってしまった事実である。
何故身分を明かさなかったのかと問い詰められたら、カティアは「私が1人だけになった所に声をかけられた上に、相手方には男性の護衛がついていました。盗賊を引き渡したおにい様たちが何故か長時間聞き取りをされてしまっていたので、ここで無理に抵抗して、何かされたらと思うと怖くて従うしかありませんでしたの……」と、言えば万事問題なし。全て他国の兵と姫と従僕のせいに出来る。
……これで無策でとか、流れに身を任せて、とかって詐欺だと思いません?
相手は歳下だし、無知だし、従僕もどうやら自分たちが目の前にしているのが、それなりの令嬢だと分かりつつも王女のやる事だからと余裕に構えている。
だがこれで最後にお嬢様のわがままで連れて来た上に使用人として使ったカティアが実は他国の皇女でしたーなんてバラしたら、首が飛ぶ事態になりかねない。
身の保身はしっかりして被害者という立場を得ていつつも、一応カティアは騙している側となるので、多少の慈悲はある。そこで少しだけ状況を整えることにした。
「……名乗り遅れて申し訳ございませんが、私、亡命中ではなく、旅の途中でしたの」
「え?……でも、護衛もつけないで?」
「多少の武芸の心得はございますので。
帝国の隣国、フェントラスト王国から参りました、カティア・クロムクラインと申します。肩書きは公爵令嬢、ですわ」
その名乗りに、というか、明かした格に対して姫と従僕の反応が分かれた。
「えっ」
「あら、そうなの?じゃあ流石にメイドは無理ね。でも帝国の隣の国ってことは、あの国の習慣とかも知ってるわよね?」
他国の旅の途中の公爵令嬢を誘拐したも同然と気付いた従僕は顔を青ざめさせる。しかし姫はそれには気付く様子もなく、カティアの目論見通り使用人にするのは諦めた上に、更に思惑通りにカティアを戻すという考えなど浮かべずに飛びついた。
そう、重要なのは帝国の隣国という事。
姫君が飛びつくはずだ。何せ、"自称"セインの番なのだから。
「使用人は無理だけどお友達なら良いわよね。それならもっと良いじゃない!お父様もすぐに客として招く事を許してくれるだろうし、お義姉さまとも歳が近そうだから、快く泊めてくれるわ!」
「姫さま!今すぐに馬車に戻りましょう!」
「大丈夫よ!私が客人として、……この国の王女が他国の公爵令嬢を招くの。公爵令嬢なんだから王女である私のいう事を聞くのは当然でしょ!」
「し、しかし、公爵令嬢の旅なのですから使用人や護衛の方は……」
従僕は姫君が言い出したら聞かない事を知っている。なのでカティアを見る。実際見えるのはその仮面だけだが。カティアは大丈夫ですと伝える。
「魔道具で私の居場所は分かっていますし、先程、恐れ多くも光栄なことに、この国の王女様にお誘いいただいたので、ついて行きます。ご心配なく、と連絡をしておきましたので」
「魔道具!?帝国だけじゃなくて隣国にもあるの!?」
従僕はあからさまにほっとしているが、彼は残念ながら知らない。カティアが馬車を出てから今に至るまでの会話を含めて、全て映像に収められて逐一彼女の従兄達に送られていることなどは。そして、無邪気に魔道具に興味を示す姫もまた、知るはずが無かった。
カティアは当たり障りのないように話をしながら、あくまで無意識に自分すらも知らぬ間に蜘蛛の巣を張りつつ、仮面の下でそれはそれは美しい笑顔を浮かべていたのだった。
読了ありがとうございます。
次回予告です。『令嬢の煩瑣もしくは煩累』の主人公が出てきます。読まなくても問題ないように書く予定です。
興味のある方、読んでくださるという方、いてくれたら嬉しいです。でも読まなくてもこの話に影響はありません多分(大事なことって何で2回繰り返しちゃうんでしょうね?)
長くなりましたが、年内中にでも完結予定です。
どうか最後まで見捨てずに、お付き合いくださったら嬉しいです。よろしくお願いします。




