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けもつく!  作者: Ceez
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第9話 お犬様の井戸端会議


 何の気兼ねもなしに村へ出入りすることが可能になり、ディラニィは小躍りして喜びたい気持ちでいっぱいであった。


(これでようやくまともに会話が出来る!)


 なにせ今までの相手ときたら意志疎通しているかも怪しい小動物と、本体を本体と思わない分身(多重人格的な自分)である。とにかく阿吽(あうん)の呼吸とまでは望まなくとも、会話出来る相手に飢えていた。

 まあ、ディラニィのことを神の使いと崇めている村人たちが、普通に会話するとは思えないが。


 分身たちは朝から機嫌を示すバロメーターである尻尾をぶんぶんと振りながら、足取り軽く出掛けていくディラニィを微笑ましく見送った。


「きゅきゅっ!」

「ヴォフ」

「きゅっ!」


 それを並んで見送るマシロたち。

 未だ本能が野生側なマシロたちにとって人間は恐ろしい捕食者である。人間の村に着いていくなどという我が侭を言うモノは居なかった。


 村にディラニィが姿を現すと、畑仕事に出掛けようとする者や水仕事をするために外へ出て来た者たちに平伏される。はっきり言ってコレジャナイ感がありまくりなディラニィであった。


 さすがに「友人のような感じで接して欲しい」と言っても信心深い者たちがそれを受け入れる訳もなく。

 仕方なしに「会釈程度に留めるくらいでお前たちの心は女神に届く」と詐欺スキルを使い、村人に会う度に信じ込ませるのであった。


 薬師母子の家の前で2人が平伏して待っているのを見た時は、どうやって言いくるめるかと思うくらいに、諦めの境地に達していたくらいだ。

 すったもんだの末、「命を助けた対価として旅人のように接して欲しい」ということを渋々と納得させるのが精一杯であった。



「ではこれが下級ポーションだな」

「で、では拝見します……」


 目の前に置かれた小さな瓶の中には薄桃色の液体が揺れている。

 おそるおそる手に取った母親のメルマは、そのポーションに【鑑定】を掛けて目を見張った。


「こ、これは……」

「うん。安物ではあるな」

「いえ、違います。中級ポーション以上の効果です! 王都でも銀貨8……、金貨2枚はするかも!!」

「はあっ!?」


 その反応に「あるぇー?」と驚きたいのはディラニィも一緒だった。

 まず最初に貨幣価値の説明を受けて、ポーションを提供したのだ。


 これは薬師であるメルマが、自分を治したポーションの一端を見てみたいと申し出て来たからである。

 説明によると銀貨1枚が銅貨100枚、金貨1枚が銀貨10枚だと言う。

 銅貨20枚も出せば安宿に泊まれるらしいから、相当高額商品になっているようだ。


 ゲーム時代だった頃はHP(ヒットポイント)の8%を治す程度の効果でしかなかった。最下級ポーションならばNPC露店で120ソルも出せば手に入る一般的なアイテムで、回復量は5%程度の効果である。自作すれば少し上がるがそれでも微々たるものだ。


 実のところこの効果はプレイヤー用であって、ディラニィ側と表示される情報が違っているだけである。

 ディラニィたちはその巨体故に、普通の人間を遥かに上回るHP(ヒットポイント)を持つ。その8%という数値だけで、戦士職に身を置く者からすれば瀕死から全回復するだけの効果を及ぼすのだ。


 つまりはこのポーションはディラニィには全体の8%という微々たる効果で、この世界の者に対しては8%分の数値そのものが適用されるのである。


 次に作り方からして違うのでまた驚かれた。

 こちらの世界の一般的なポーションは幾つかの薬草を擦り潰し、成分を抽出させて絶妙な具合で合成するという、ひと手間もふた手間もかかる工程で作成される。


 ディラニィの本来の工程ならばインベントリの中で済む。

 今回はお手本を見せる意味で外で行った。

 適当な切り株の上に並べ、ひとつひとつリズミカルに鼻で触れていけば、2つの薬草が瓶に入った薄桃色のポーションへと早変わりする。瓶がどこから出て来たなどと聞いてはいけない。

 ディラニィの頭の中にファンファーレが鳴ったので作成クリティカルが適用され、完成品は4本となった。


「「…………」」


 当然それを眺めていた母子は目を丸くし、あんぐりと口を開け、言葉も無いほど絶句している。ディラニィが声を掛けるまで呼吸をすることすら忘れていたような有り様だった。


「ざ、残念ながら、石神さまのようなやり方は私たちには無理だと思います」


 アニーサは意気消沈したようだったが、母親のメルマはディラニィの作ったポーションを鑑定し、目の輝きを増していた。


「何をしょげてんだいアニーサ。それでもあたしの娘かい!」

「いっ痛いっ! 痛いよお母さん」


 興奮して力加減もなしの母にばしばしと肩を連打されるアニーサ。

 身をよじってなんとか母の手より逃れる。メルマは今さっきディラニィが作成したポーションとその材料の薬草を娘の前に並べた。


「よく見てごらんよ。私たちの作る物と石神さまの作る物は材料が同じさ」

「う、うん」

「察しが悪いねえ。つまり私たちの作る物も極めれば、このポーションと同じ効果が得られるってことさ!」

「あっ!」


 手を取り合って未来への希望を高める母子に「ポジティブだなあ」とディラニィは感心する。

 ひとしきり喜びあった2人が落ち着きを取り戻したところで、ディラニィは万能薬の作成も公開した。こちらは薬草と毒草を2本ずつの4本をリズム良く鼻先で突つき、ポコンと小さな煙が立ち上って完成である。


 『けもつく!』の作成スキルはリズムゲームの要素が組み込まれている。

 材料を用意し、作成する物を選択すると短い音楽が流れるので、その演奏中にタイミング良く材料をタッチしていき品物が作成するのである。


 万能薬の方はクリティカルはせず、2本の薄水色の液瓶が出来上がった。

 母子は穴が開くんじゃないかと思われるくらい液瓶を凝視している。

 ディラニィが促してから恐る恐る手に取り、鑑定を使ったメルマがクラリと立ち眩みを起こした。


「お、お母さんっ!?」

「どうした。読み取れなかったのか?」

「い、いえっいいえっ!」


 壊れ物でも扱う慎重な手付きで薬瓶を下ろしたメルマは、見るからに強張った体から力を抜く。


「こ、これをあたしに使ったん、……使ったのですか?」

「お前が状態異常に掛かっているとは聞いたが、手持ちの中ではそれしかなかったからな」


 うむうむと頷くディラニィと薬瓶を見比べ、遠い目でメルマは肩を落とした。


「金貨100まい……」

「ええっ!?」

「ひゃく?」

「貴族なら金貨100枚出しても買います! オークションに持っていったらそれ以上になるんじゃないかとあたしは思う……、思います」


 おおよその予測を立てたメルマの言葉に、アニーサの表情から音をたてて血の気が引いていった。メルマも同じように蒼白である。

 平民にとっては一生を過ごすうちでそんな大金にお目にかかることはまずないからだ。それを“使った”“飲んだ”と自覚すれば、それに匹敵する恩をどう返せばいいのか。


 石神さまに情けない姿を見せたくなくて、卒倒するのを気力で押し留める母子であった。




 ディラニィが村での交流を楽しんでいる頃。


『さて、しばらくは本体も戻って来ないと思うけれど、早いところ決めてしまおうか』


 石神の像前では1号から5号までの分身体が輪になって座り、会議を始めようとしていた。


 マシロたちは食事を終え、ひと塊になって昼寝モードである。

 寝ているからと言って安心していると、いつの間にか姿が見えないことが多々あるので目を離すことはない。それを踏まえて石神像の周辺には不可視の壁が張り巡らされている。

 一度だけミケが失踪したことがあり、過保護になったディラニィの手に依るものだ。

 まあ、当人はすぐそばの茂みの下に穴を掘っていただけで、発見は容易だったが。


『おそらく本体はある程度の地理情報が得られれば、ここを旅立つだろう。だからその前に決めておかねばならない……』


 1号が全員の顔を見回して言葉を続ける。

 2〜5号は真剣な表情で頷きながら次の言葉を待つ。


『誰がこの地に残るのかを』

『儂じゃっ!』

『我だっ!』


『『『……』』』


 3号と4号が揃って名乗りをあげたことで不安げな沈黙が辺りに漂う。

 同時に声をあげた2匹はお互い顔を見合わせた。


『4号よ。ここは老人に譲るところじゃろう』

『いやいや、3号に幼子の世話などさせられんよ』

『『…………』』


 穏便に引かせようと思っていた2匹の目付きに、剣呑な鋭さが混じる。


『オヌシに育てられてはちびたちがとんでもないアバズレになりかねんわい』

『老い先短いジジイはあ奴等を残して涅槃に旅立つ予定なのだろう? 組織にでも攫われたら悲惨だぞ』


 2匹が立ち上がって牙をむき出し唸り始めたところで、5号が4号をぶぎゅると踏み潰す。3号は2号に『はいストップ』と間に入られて、威嚇を止めた。


『邪魔するでない。これは儂とあ奴の『マシロたちが怯えてるでしょ』……すまんかった』

『はふへほへはひふほふふはへふんはー!』


 4号は潰されたまま自分の境遇を嘆き、3号は2号にいさめられてすごすごと定位置に下がった。ちなみにマシロたちはその騒ぎにも動じず、熟睡していたのである。


『これは本体に決めてもらうしかないかもね』


 じたばたともがいている4号を見た1号はヤレヤレとため息を吐いた。



 夕方になって戻って来たディラニィは2匹の主張を聞き、少し考えた後に「マシロたちに決めて貰おう」と提案した。3号と4号を横に並ばせてマシロたちに任せたのだが、2号の方に行ってしまうという結果に終わった。


 次に2匹以外を顕現させずに行った場合は、ディラニィの方へ行ってしまうので勝負以前の問題である。


 どよーんとうちひしがれる3号と4号に、どうしようかとアイコンタクトを交わす一同。

 ならばと1号がさらなる提案を捻り出した。


『これから本体がこの地を旅立つまで、マシロたちの面倒を2人がみればいいんじゃないかな? 少しは彼らも君たちに慣れるだろうし。その後改めて決めて貰おうよ』


 今までディラニィが留守の時は一度分身全員を出して希望者に面倒をみる役をやってもらっていた。

 大半は1号や2号が立候補していたので、その他の3匹は食料調達に回っていたのである。

 次からは保父役を3号と4号に任せ、1、2、5号は食料調達や見回りに回ることとなる。


『わかったぞい』

『了解した』


 頷いた2匹は早速とばかりにマシロたちの近くへ陣取る。

 世話については分身の誰かが得たデータをディラニィに戻ることで纏めているので、3号たちも戸惑うことはない。距離を置いて腰を落ち着ける2匹を見て、1号たちはひとまず安堵した。


『それで本体。情報の方はどのくらい得られたんだい?』

「貨幣とこの辺りのことについてかな。国の中でも相当東の端の方らしいぞ。王都まで馬車で10日程掛かるとかいってたな」


 メルマがディラニィの薬に触発されてやる気になり、家の中に引っ込んでしまったので情報の出所はアニーサからだ。


 彼女は村で生まれ育ち、他の場所へ移動したこともないので、ほとんどがメルマからの聞きかじりでしかないそうだ。メルマは薬作りに熱中すると話し掛けても聞こえないそうなので、また明日と約束をして戻ってきたのである。


 石神を蔑ろにしているんじゃないかとアニーサがもの凄くびびりまくっていて、「そんなことはない」となだめるのが一苦労だったという。



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