表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
けもつく!  作者: Ceez
7/11

第7話 お犬様、村娘に遭遇す

 

 今年で11歳になるアニーサは母に教わり、薬師見習いをしながら日々を過ごしていた。


 彼女は石神さまの神殿がある丘陵地の麓のモトフ村に母子2人で暮らしている。

 村で唯一の薬師である母親に師事し、毎日を手伝いと勉強に費やしていた。


 彼女の父親は行きずりの旅人だったらしいが、アニーサが生まれて少しした頃、再びどこかへ旅立ってしまったというのは母親の談である。


「まあ、私も少しはロマンスを求めていた気もするけどねぇ」

「……母さん」


 そのことを母親であるメルマは苦笑して語る程度には吹っ切れているようだ。何よりも小さい村のこと、助け合いを心情とする村人たちにより母娘の生活は貧しいが充分な支えになっていた。




 そんな厳しくも穏やかな日々が続くと思われていたある日のこと。


「――メルマの具合はどうじゃ?」

「あ、村長さん……」


 片手に杖を突いた初老の男性。

 モトフ村の村長が薬師宅を訪れた。対応したのはアニーサだけである。


「オヌシもきちんと休んでおるのか? 酷い顔色じゃぞ」

「でも……」

「とは言うものの、この状況で休めというのは酷なことじゃな。後でうちの娘をよこすから、アニーサも少しは寝ておくとよい」

「……はい」


 村長の気遣いに力無く頷くアニーサは傍らのベッドへ視線を向ける。そこにはつい2、3日前まで屈託のない笑顔で娘と会話していた母親が静かに眠っていた。


 ただ眠っているだけならばまだいい。

 先日の朝、彼女はいつもの日課で森の浅い所へ薬草採取に出掛けた。そして夕方になって石神さままで続く道に倒れていたところを猟師によって発見され、すぐさま村へ運び込まれたのだ。


 揺すっても叩いても大声で呼び掛けてもまったく目覚める気配がない。

 わずかな外傷から村の猟師が判断したのは蛇に咬まれたのではないか、ということらしい。彼が旅人から又聞きしたという話で、獲物を眠らせる毒を持つヘビによるものではないかとの見解だ。


 毒によるものだと、ただの気付け薬では目覚めることもなく。解毒と言っても幾つもの種類があり、アニーサもそのすべての処方を知っているわけではない。


 彼女は家にある数少ない書物を調べに調べ、母親が作ったレシピ帳の中からようやくそれを発見した。


 そこに至るまでに書き記された失敗例は数十ページにも及んでいた。

 万能薬と記されたそれは、母親でさえも完成させたことの無い薬のようだった。他に母親を目覚めさせる方法がないアニーサにとっては、その万能薬に一抹の希望を賭けるしかない。


 だが万能薬のレシピを調べ、記載されていた材料を確認したアニーサは愕然とした。

 見たことも聞いたこともない草花が混じっているわけではなく、比較的ありふれた薬の材料であるが生えている場所が問題である。


 それは『石神さま』近辺に生えているものだけに限定されていた。

 あの場所は清浄なる気に満ちているためか、周辺に生える草木も同じような効果をたっぷり蓄えているらしい。


 村の外で活動することは母親と同じく未知の獣に襲われる可能性もある。村の猟師でさえもおいそれと近付かない場所にある石神さま。


 魔物が出るようになってからは道程の危険も倍増している。


 他にも猟師が森の北側に突如出現した水晶のような搭を見たという話も村内の噂になっている。森に何かの異変が起きているのではないかと、村人たちは日々不安をつのらせていた。


 だからと言ってこのまま母親が食事も取れない状態が続くと命の危険もでてくる。精神的に追い詰められていたアニーサは、母ひとり娘ひとりでいた世界に捕らわれていた。


 視野狭窄状態に陥ったアニーサはとうとう一人ででも材料を探しにいく決意をする。


 村長の娘に母親の看病を任せると、自室に引っ込むフリをして外に出る。

 自衛のための短剣を握り締めて誰にも告げず相談せず、悲壮な覚悟を胸に村を離れた。


 村人の誰かに見つかったら止められるのは分かっているので、人目に付かない西側の空き家のある裏手から林に入る。そのまま村の周囲を半周し、東側の道へ抜けたら緩やかな坂を一直線に走り始めた。



 以前は月いちで馬車などが通るため、ある程度は踏み固められた(わだち)の跡も多少は残っていた。

 ここ最近は巡礼者も訪れないため、膝くらいの高さに成長した雑草に覆われている。足元が覚束ないので小石や樹の根に躓きつつ走る。


 『もうすぐ母を助けられるかもしれない』という想いと、『自分がいない間に母が亡くなるかもしれない』という考えに涙を零しつつわずかな小道を黙々と進む。

 足元のよく見えない雑草だらけの道を、時折転びそうになりながら進むアニーサ。その前に左側の茂みから突如フクロオギツネが飛び出した。


 突然のご対面にアニーサは驚きよりも早く右側の茂みに飛び込み、わき目も振らず一目散に走り出した。


 フクロオギツネはしばしの間アニーサの飛び込んだ茂みを眺めていたが、石神さまのある丘の上に向かって「ケンケンケーン」と甲高い声で森へ警鐘を伝える。途端に森のあちらこちらから小動物や小鳥の鳴き声が響き渡り始めた。普段なら一個体の群れで行動をしてない限り彼等はこのようなことをしないが、現在この森には(ヌシ)がいる。


 その騒々しい音はディラニィまで届き、動物語まで理解してなかったがあまりの騒々しさに彼は寝そべっていた身を起こしていた。


 フクロオギツネは肉食獣と認識されているため、アニーサにとってはハイイログマに次ぐ脅威である。

 しかし、逃げ出した先でアニーサはその第1脅威筆頭であるハイイログマの仔と出会ってしまった。仔を連れた親に遭えば、彼女の命は風前の灯でしかない。


「こらコマさん。何があるか分からないから、先に進まないのよ」


 母親を助けることも出来ず志し半ばで終わるかと絶望しかけたアニーサは、ハイイログマの後方から声が掛けられたのに気付いた。

 「何でこの森に人が?」と顔を上げてみれば、その先の存在にびっくりして声を詰まらせる。

 その先にいたのは1メートル程の体躯を持つ、真っ白なケモノであった。


「い……いしがみ、さま?」


 本体に頼まれてコマやミケ、マシロを散歩させていた分身2号はアニーサに鋭い視線を投げかける。


「人の子がこの森に何用ですか?」


 2号はコロコロと転がりながら戻ってきたコマを庇うように立つ。

 その後ろには頭にミケを乗せたマシロが毛を逆立たせてアニーサを威嚇していた。


「あ……、す、すみまっ、せん……。わ、わたっし、私は……」


 しどろもどろになりながら薬草を採りに来たことを話す村娘(アニーサ)。彼女に脅威がないことを確認した2号は本体の采配を伺おうと決めた。


「ついてきなさい」


 それだけ言い放ち、マシロたちへ巣に戻ろうと促す。

 ミケを頭に乗せたマシロが先頭に立ち、その後ろを転がったり走ったりとコマが進む。2号はアニーサがきちんと着いて来ているか後方を確認しつつ『石神』の座まで移動していった。



 ◇


 一方、ディラニィは数日前の悪意を封印した直後から、積極的な行動を開始していた。


 まずは改めての自身のスキル確認である。

 ゲームの都合上、彼等の使えるスキルは種族の隔たりはない。ただし魔法は種族の設定によって違いがあった。


 ディラニィは四足獣なので『地』。毛並みが白いので『光』、瞳が青いので『水』と派生する『氷』が使用出来る。


 種族選択時に鳥類であれば『風』が使えたり。

 毛並みが赤ければ『火』が使える。


 ――と、いった仕様のゲームだったので、ディラニィの使えない属性は自身のカラーリングにない『火』や『風』であった。


 ところがステータスをよくよく確認したところ……、『地』『水』『氷』『光』しかなかったところに、『火』『風』『闇』が追加されていたのである。


「『闇』って反発属性じやないか、威力落ちてる……のか?」


 使える魔法一覧を表示させるが、この3種類属性は習熟度が1しかないので一覧表の上にある幾つかの使用が関の山だ。

 『闇』はディラニィが主属性として使う『光』の反属性なので、ゲーム上は威力が落ちるのがシステムの都合であったが。転移先のこの場ではそのような表示はない。



 後はアイテムボックスが空なので、森の中で採れる薬草を使ってポーションを作り置きしておく。【ポーション作成】の習熟度は100なため、一度のスキル使用で2~3個の作成が可能だ。


 回復薬や毒消しや麻痺消し、材料が揃っていたからと万能薬などを作った後にステータスを再確認したところ、【ポーション作成】の習熟度がカンストから1ポイント上昇していた。


「なんだこりゃ。上限が開放されたのか?」


 おそらくは追加されたスキル、【妹女神の加護】の中に特典が諸々詰まっているのだろうと推測する。


 アイテムボックスの中に回復薬が表示されるだけで安心感が違う、と実感している最中に森が騒がしくなる。様々な動物や鳥の鳴き声を、聴覚が自動で『警戒レベル上昇』へと変換してディラニィに伝えていた。


「なんだ?」


 起き上がりつつ周囲へ目を走らせる。マシロたちは今し方2号に散歩を頼んだばかりである。心配になって動き始めると音と風が人の匂いを運んできた。


 その手前にマシロや2号の気配があるものだから、当然のようにディラニィは仲間が追われているのだと勘違いした。


「オオオオオオォォンンッッ!!」


 戦闘用に相手を威圧する遠吠えを放ち、四肢に力を込めて大跳躍。

 森の1番高い樹の梢すらも越える高度から群れの居場所を掴むと、空を蹴って2号の背後に降り立った。


 アニーサには地面が爆発したようにしか見えなかった。

 母親を救わなければという使命感と、『石神さま』に咎められたという誤解。


 緊張感ギリギリなところに唐突なコレである。緊張の糸が切れ、ぷっつりと意識が落ちてしまうのも当然であろう。

 朧気な意識が闇に呑まれるほんの数秒、聞こえた会話は彼女の耳に届いてはいなかった。




「貴様ーっ! オレの可愛い群れに何用……、って、アレ?」

「ちょっ、何やってんの本体!? 何の罪も無い村娘になんつーことを!」

「す、スマン。てっきりマシロたちを狙う狩猟者なのかと……」

「あーもう、気絶しちゃってるじゃない。運ぶの手伝って!」

「お、おう……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ