第5話 お犬様、分身を呼ぶ
「埒があかないなあ」
「きゅ?」
マシロを連れていると必然的に歩みが遅くなるのに気付くディラニィ。
森の探索が遅々として進まないのも、一歩の差が2匹ともまったく違うのだから。ディラニィの数歩で簡単にマシロは置いていかれる羽目になる。
くわえるか背に乗せて行こうかと思ったが、マシロが嫌がる素振りを見せるのでその選択肢は却下された。マシロはディラニィの後ろで、常に付かず離れずの距離を維持しながら着いて来る。
マシロなどのハネネズミたちは森の中のヒエラルキー最下層に位置するため、ディラニィの庇護下から離れた途端にその命を散らされかねない。
(なら試しにスキルでも使ってみるか)
自身のスペック確認も兼ねて、使ってみることにした。
使用するのは【分身スキル】。
本来であれば、パートナーの気に入った血縁者を守護するために、自らの分身を作るためのものである。
メリットは分身も本体と同じ強さを持つことと、分身の得た経験値は本体に統合されること。デメリットは分身が増えた数だけ個々のサイズが小さくなるのと、スキルが一切使えないことである。
出て来たのは全高1メートル程になった分身が5体だ。
『やあ、本体』
『呼ばれましたわ』
『なんぞ用かいのう?』
『クックック。俺が今から本体に成り代わってやるという野望を『やめんかいっ!』ぶぎゅる』
「…………」
「きゅきゅっ!?」
出現した途端に好き勝手なことを喋りだした分身たちに唖然とするディラニィ。驚いてその背後に隠れ、身を震わせるマシロ。
「……なんだこりゃ」
分身1号は爽やかな青年風口調。
2号はお淑やかな女性風口調。
3号は老人風口調で、心なしか目尻も垂れ下がってる気がする。
物騒なことを呟いた4号がややイントネーションの訛った5号に潰されて、ディラニィの前に並ぶ。
ゲーム中では個別AIすらもなく専用の対応コマンドがあった程度だ。それすらも[Y/N]ぐらいだっただけに、この状況が益々分からない。
『なんだ、とは失礼だね』
『いつものように用事があるのでしょう?』
『そのためにワシ等がこうやっておるのじゃしのう』
『ハッ、愚問に愚問で返すなど愚の骨頂。さっさと用件を言え、この愚bぶふぉえっ』
『あ、本体。この馬鹿の言葉は話半分にきいとけや』
5号が4号に地獄突きをかまして地に沈め、けろっとした顔で話を続ける。
「あ、ああ……。えーと、だな……」
気にしたら負けかと思い、話を続けた。周辺の探索兼、食料調達をお願いする。4号が愚痴ったものの、5号の物理説得によって渋々了承した。
山脈が見える北側へ4号と5号に向かってもらう。1号は東側方面へ、2号は西側方面だ。3号はちと不安だったが南側へ向かってもらった。
『ハッ、ダイジョブかよジJおごふぇっ!?』
『こいつの世話はワイに任しときゃあええねん』
『世迷い言をいうでない。まだまだ若いもんには負けんわい』
『おちびちゃんは何を食べるのでしょうね』
『それでは皆、行こう。なに心配することはないさ。ここにいる皆は所詮“キミ”だからね』
1号の号令で東西南北へ散っていく分身たち。何とも言えない感情を持て余したディラニィは「よろしく頼む」とだけ告げて彼らを見送る。
「きゅ」
「うん、まあ。気にするなマシロ。ここで待つのもなんだ、移動しよう」
マシロと移動したのはディラニィが目覚めた場所、石神の神殿前である。
座り込むディラニィの横でマシロは腹ばいになってくつろいでいた。警戒心の強い小動物として、その態度はダメだろう。と呆れるディラニィ。
なんとなく脳裏にスキル表を開き、先ほどの【分身スキル】に付随する説明文を確認してみた。
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【分身スキル】
貴方の分身を作り出す技能。
出現する分身は貴方の精神に内包される側面を顕在化します。数が増えるほどグダグダになる可能性があるので注意が必要。ゲームでのデメリットは神によって取っ払われました、よろしこ。
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見なきゃ良かったと盛大な後悔に襲われ、両前足の間に頭を突っ込んで自己嫌悪に陥る。自分には4号の側面なんかない、……とは言い切れないかもしれないかもしれない。
(ないと言い切れるといいなあ)
――実際問題、出て来ているのだからあるのだろう――
他の説明文も似たようなのが並んでないことを祈る。読まなくても悪寒が止まらないが。
『何をこんな所でウンウンと唸っているのですか?』
「あ、ああ。お帰り。早かったな」
広場から獣道が続いている西側から姿を表した分身2号が声を掛けてきた。見た目はディラニィと同じだが、微妙に異なる気配に飛び上がったマシロが背後に隠れる。
『西には丘を下ったところに村がありましたわ。一応は伺う程度に留めましたけれど。不都合がありましたら自分の目で確認してらして』
「分かった。ご苦労さん」
ディラニィとすれ違うようにしてスゥっと消えていく分身2号。同時にディラニィの記憶には空を飛ぶように地を駆け森を抜け、ステルススキルを使って村の外側を一周して回る。という映像が残された。
(ファンタジーだな。ゲームの文明とそんなに差異はないか?)
見る限りでは100人にもいかない小さな村のようだ。今のところは用がないからいいが、ディラニィの巨体で向かったら大騒ぎになってしまうだろう。
次に戻ってきたのは分身3号である。南側には前人未踏の大森林が広がるばかりらしく、20キロメートル程駆けてUターンしてきたとか。ついでにマシロが食べられそうなドングリの類も渡された。
早速かじりつくマシロ。そのちんまり膨らんだ食事姿に、モフりたおしたい衝動を抑えるディラニィであった。
お腹いっぱいついでに頬袋にも詰め込んで、更に丸い毛玉っぽくなるマシロ。それくらいの時間が過ぎて4号と5号が帰還した。何故かあちこち煤けてボロボロになった4号を引きずって。
「何をやらかした?」
『いやー、ついはしゃぎ過ぎてしまいましたわ。4号には骨を折ってもろうたんです』
『人を餌にして諸共巻き込んでぶっ放した奴のセリフじゃねえええっ!!』
5号は晴れ晴れとした口調で、4号は絶叫文句と共に姿を消した。
さっぱり要領を得ない説明に増えた記憶を確認したディラニイは、なるほどと頷く。どうやら山脈までは足を運んだようだが、そこに生息していた獣に5号が目を付けたらしい。挑発して怒らせたところに4号を投げ込んで囮にし、魔法で諸共ふっ飛ばして一網打尽にしたようだ。アイテム欄にはその獣、──羊とカモシカと狼を掛け合わせた姿のモフルフ── の毛皮が大量に収められていた。
自分の側面のとんでもない行動に、しばらく自己嫌悪に陥ったけれど。
『まあ気にしないことをお勧めするよ』
最後に戻ってきたのは1号である。
東側には森を抜け、平原を抜けた先に海が広がっていることを口頭で説明した。ついでとばかりに洋梨に似た青い実を幾つか転がし、『僕たちには嗜好品以外での食べ物なんて必要ないと思うけどね』という捨てゼリフと共に姿を消す。
「……先に言えよ、そういうのは」
初めてアバターのボディで食べる異世界の果実は、甘すぎるスイカのような味だった。




