第4話 お犬様、愛玩動物を得る
森の探索に歩き出したディラニィの脳裏には、レーダーのような周囲の状況が表示されている。周辺の動物などは緑色の光点となって、ゲームと似たような仕様である。敵となるべき赤い点で表示されるモノは見当たらないようだ。
誰かに習った訳でもなしに茂みや木立を避けてスイスイ通り抜けることが出来る自分に感心していく。途中見掛ける草花は薬の材料となるもの、食用として問題ないものと自動的に判別されるようだ。
まだ何が自分の利益、不利益になるか分からないので慎重に進む。
未だたっぷり水を含んだ草地をゆっくり踏みしめて行くと、やや開けた場所にでた。それは同時に、この世界で初めてとなる他の生物とのご対面でもあった。
相手側は小動物の群れだった。
一匹の大きさはハツカネズミ程度。毛並みは野良猫のように黒だったり、ブチだったり、虎縞だったり、三毛だったりと様々だ。尻尾は長く後ろ脚は跳ねるのに特化していて、カンガルーとハツカネズミを掛け合わせた姿をしている。
一般的な名称はハネネズミだ。
慎重だったディラニィは無意識のうちに【隠密スキル】を発動させていたため、警戒心の高い相手側も分からなかったらしい。目を丸くさせ、毛を逆立てて驚いている。
ディラニィも一瞬呆気に取られたが、捕食する訳でもないので見つめあったままの姿勢で停止していた。
勿論彼に与えられた知識の中には、牙と爪で獲物を捕獲→解体→食事となる一連の動作もある。しかし本人にはハネネズミ、イコール食用という図式はない。
永遠に続くと思われた見つめ合いは、ハネネズミの群れが動き出したことで終わりを告げた。ハネネズミたちはフンフンと仲間たちで匂いを嗅ぎ合い、話し合いをしているように見えた。
その群れから毛並みがまっ白な一匹が進み出て、ディラニィに向かってぴょんぴょんとやってくる。
群れの方はその背中を名残惜しそうに見送ると、反転して広場から去って行った。
単独でディラニィの足元までやって来た白いハネネズミは、腹を上に向けてころんと横たわる。
「うえぇぇっ!?」
これの意図すべきところはすなわち「皆を見逃す代わりに私を食べて」であろう。
手足の細さに比べて、柔らかそうなもこもこした毛皮に覆われた腹を晒すハネネズミ。
「……うっ」
頭頂部にちんまりとある短い毛の生えた丸い耳。
「……うぅっ」
無数の長いヒゲが生え、もっこりと膨らんだ鼻筋からの口回り。何よりも雄弁にハネネズミの心境を語る黒銅色のまあるい瞳。自己犠牲を覚悟しながら潤んでいるようにも見える。
あまりの儚さに耐えきれなくなったディラニィは、ついと視線を逸らした。
「お前を食べるつもりはない」
それだけ告げてその場を離れようとしたが、数歩も行かないうちに振り返って足元を見た。
そこには「きゅっ」と鳴いて、ディラニィの後ろ脚へすがりつくように身を寄せるハネネズミがいた。視線が合うと再びころんと転がって腹を見せる。
仕方なくディラニィは頭をハネネズミまで下げ(届かないので伏せた)、ハネネズミを群れが去った方へと押しやる。
「ほら、お前の仲間の下へ戻れ」
「きゅきゅっ!」
押されて転がったハネネズミはかん高く鳴くと、ディラニィの鼻先にすがりつく。
なんとなく群れには戻れないような懇願だと感じたディラニィ。
自分と鉢合わせなければ、このハネネズミが自らを生け贄にすることはなかっただろうし、群れを抜けることもなかっただろう。この孤独になってしまったハネネズミに責任を感じるディラニィの脳裏にひとつのコマンドが発生していた。
――[ハネネズミを貴方の群れに加えますか? Y/N]――
(……そういやーこんな機能もあったっけな)
ゲーム時で群れに加えられるのは戦って勝った動物に限られていた。犬族なディラニィでは四足獣、または陸上の生物という制限があるものの、こちらでは多少変わっているところもあるようだ。
「お前、俺と来るか?」
「きゅっ!」
肯定のような鳴き声に聞こえたディラニィは迷わず[Y]を選択。ゲームと同じであれば次に続く表示は……。
――[ハネネズミが群れに加わりました。名を付けますか?]──
「よし、お前の名は“マシロ”だ。どうだ?」
「きゅ~きゅっ!」
真っ白な体毛からの安直な名前。他に彼の知り合いでも居たら「またお前はそんな発想で……」とか呆れただろう。少しは過去の会話を思い出したものの撤回はしない。
ピコンとハネネズミの頭上に一瞬だけ“マシロ”と表示される。
嬉しそうにその場で飛び跳ねるマシロ。
「俺はディラニィという。よろしく頼むな」
「きゅっ!」
1人でいた時より幾分気持ちも軽やかになったディラニィは、リーチの違うマシロが遅れないようにゆっくり歩き出すのであった。




