第3話 お犬様、説明す
また説明回に……
しばらく茫然としていたディラニィは、真っ先に自らの体を確認する。それと同時に聴覚と嗅覚で周囲をも認識するという初めての体感を行った。
新鮮な感じ方ではあったが、その身には馴染む感覚だ。どうやら体の動かし方や五感は、最初からそれが“当たり前”であるものと最適化されているらしい。
ディラニィがいまいる場所は緑に囲まれた山の中。周囲に敵となるモノはいない。小鳥や小動物といった匂いは嗅ぎ取れるが、こちらとはある一定の距離を空けて近寄ってこない。
それだけ確認してから、まじまじと体の前に伸ばした両手を見つめた。青みがかった白い体毛に包まれた獣の前脚が2本。
首を回して下半身へ視線を向けると、無駄な肉のないスラリとした胴体。自分の意志にそってクイクイと動かせる後ろ脚がある。尻尾はフサフサな長い毛に覆われているが、彼の内心を表すように、くたりと萎えていた。
そうして初めて背後に建つ祭壇と石像に気付く。危なげなく自然な動作で立ち上がり、石像と向かい合う。
頭頂部にピンと立った耳。顎をやや上向きにした犬科の顔立ち。無駄肉のない引き締まった胴体。そこから伸びる力強い四肢。愛嬌のある丸まった尻尾。
「俺……とよく似ているな……」
ボソッと呟いた言葉は半開きになった口から紡がれる。それすらも違和感はない。
違和感の無さ過ぎに頭を抱えたくなったが、それをやろうとするならば頭を地面に付けなければならない。それすらも動作を考えるより先に脳裏に導き出され、うなだれるしかない。
「ぬおおぉお~。なんであんな行動を取ってしまったんだ俺の馬鹿馬鹿バカバカーッ!」
ぶんぶんと首を左右に振りながら苦悩するディラニィ。風切り音が聞こえるだけに、何かに当たった威力は推して知るべしだ。
ひとしきり首を振ったことで後悔分は足りたのか、ため息をひとつだけ。そうして現状と向き合う決心を固める。未練たらたらとは言いたいけれど、愚痴をこぼす相手もいない。覆水盆に返らずときっぱり諦めるしかないだろう。
幸いにも彼をここに喚んだ存在から簡潔な説明は受けている。ここで色々な何故? を突き詰めるとキリがないので横に避けて置くことにする。
① 彼をこちらの異世界に喚んだのは、この世界を管理する女神の妹神である。
② この世界を管理していた女神には2人の使徒、【勇者】と【魔王】がいた。その2人と連携しながら、数百年に渡り世界の天秤をとっていた。
③ ところがある時、その2人がほぼ同時に権力争いの渦中で毒殺されてしまう(なんで勇者や魔王が毒で死ぬんだ? と思ったが、2人とも人の域にいるだけの存在だったらしい)。
④ しかもその毒殺劇が今までに連続して行われていたため、怒った女神は使徒を引き上げさせてしまう。ついでに世界の維持も最低限を残してお隠れになってしまった。
⑤ 使徒がいなくなったため人心が少しずつ歪み始めた。妹神と女神の眷属は世界を支えるのに精一杯で、人の世にまで干渉するヒマがない。
⑥ 妹神は彼女の使徒となるべき力ある者を別世界から喚び出すことにした。そうした理由で連れて来られたのがゲーム世界のアバター、ディラニィである。
ここまでは彼がここに連れて来られるまでの経緯だ。しかしながら『世界に対してどうするべきか?』の部分については、『ディラニィの自主性に任せる』と丸投げ状態だ。これも神々が直接人の世に干渉出来ないようになっている弊害らしい。
女神の使徒も転生のたびに明確な指針の元に行動していた訳ではないらしいのだが、異世界初心者のディラニィにそれと同じことを求めるのは酷なものだろう。幸いにも妹神にゲーム時代と同じことができるスキル&魔法&技術を与えられている。生活するのに(動物のボディであることを除けば)不都合はなさそうだ。
多少違うところはゲーム時のようにステータス等の表示をするウィンドウが、アバターの前面ではなく脳裏に浮かぶところ。12種類しか格納できなかったアイテムボックスが、どこまで入るのか不明なほど拡張されたこと。調合や鍛冶などに使う材料の知識がこちらの世界のものに変わったこと。それに合わせて動植物の知識も追加されている。ざっと確認したところはそれくらいだ。
ただし圧倒的に足りないところもある。
「……地理の知識がないとかおかしいだろう……」
現在地がさっぱりわからないのことに不満を漏らすディラニィ。
替わりにインプットされているのは、地理の教科書の最初に表示されているような大陸地図だ。あとは自分で埋めろということかとディラニィは自己解釈した。
「さて、自由にしろと言われてもなあ。まずは生活基盤からか?」
そう呟いてディラニィは自分の体を見下ろした。
ぶっちゃけ巨体である。頭頂部までゆうに5メートルはある。生物学的にいう全高、肩の高さまでなら4メートル、アフリカゾウ並みの巨体だ。この身を維持する食料を探すだけでも一苦労な予感を感じているディラニィであった。




