ある意味チャレンジ
「せっちゃん、ポッキーチャレンジしてみない?」
「ぬ?」
学校帰りに立ち寄ったコンビニにて、紫苑がお菓子コーナーの箱を指してそう言った。
「ポッキーバトンのダンス。いまSNSで流行ってるみたい」
「ああ、そういう」
「え、知らない?」
目を丸くした紫苑が手本を見せるように腕を振る。てってれ~とテンションの低い鼻歌が流れて、動きもかくついている。
真顔で揺れる紫苑がシュールで、んふっと咳払いでごまかした。……あ、眉間に皺寄ったから吹いたのごまかせてなかったわ。
「忘れて」
すべったと思ったのか、紫苑が手で顔を隠して背を向けた。ごめんて。肩を掴んでフォローする。
「かわいいから海馬から離れなくなった」
「いま口説く流れじゃない……その、せっちゃんならとっくに踊って上げてると思ったのだけど」
「私見た目ほどパリピってわけじゃないっすよ。全方位にアンテナ張り巡らせてるわけじゃないし」
「そ、そうよね」
むしろ紫苑は踊るって嫌がりそうだし、振ってきたのが意外すぎた。夏祭りの盆踊りですら遠慮してたのに。
スマホで調べると、グ○コ公式による企画らしい。バトンダンスを踊ってコンテストに参加してみようとHPに記載されている。
そういや、今週末だっけ。ポッキーとプリッツの日。11月って行事らしい行事ないから忘れかけてたよ。
「今まで流行とか流行らせようとしてるものって敬遠してたのよね……こんなの誰がやるんだろ、便乗した他企業や芸能人くらいじゃないのって」
「確かに、しーちゃんは流されなさそうね」
「けど、バイト始めてから考えが変わって。どの企業だって生き残ることに必死だから、常に市場を調べて戦ってるんだなって」
ああ、だからお店のリサーチにもあんなに積極的なのか。
永遠にお菓子売り場から消えなそうなこいつらですら、新商品は毎年登場する。
ポッキーダンスだの秋のポキ旅だの、定期的にキャンペーン開催して顧客獲得にも余念がない。
いまは情報の選択肢が多すぎるから流行の寿命は短い。
社会現象規模のコンテンツですら、エンジョイ勢とガチ勢とミーハーで細分化されてるしね。
「いいよ、やろっか。しーちゃんが誘ってくれるなら、私はだいたい乗っかるよ」
「……いいの?」
「一人なら興味が湧かないものでも、恋人となら思い出をたくさん作っていきたいから」
「わ、私も……同じこと考えてた」
もう付き合って半年くらい経つのに、友人からさらに特別な関係へと発展したことを意識すると照れる。紫苑も同じようで、すぐに耳が赤くなってた。かわいい。
いつまでもコンビニで惚気けてるわけにもいかないので、カゴにいくつかポッキーとプリッツをつっこんでいく。私はプリッツ、紫苑はポッキーを4箱ずつ。対象商品を複数買うと、オリジナルグッズの抽選に応募できるってあったからね。
「プリッツって食感がぱさぱさしてるからあんまり食べなかったんだけど、この超カリカリシリーズは興味あるかも」
「うん、若者が好きそうな味をよく研究してると思う」
「ポッキーも夏場は買わないから久しぶりだなー。家に帰るまでに溶けて癒着するから」
「最近は4月も夏並みの気温に上がることがあるものね……11月なのに夏日の日もあったし」
とはいえ、今日は丸一日曇り空だし急遽コートを用意したほどには寒い。ずーっと暖かったから油断してたよ。毎年11月は実質冬だったもんね。
寒暖差の影響か、休んでる子もそこそこいた。カンナのクラスはインフル出ちゃって学級閉鎖の危機らしい。まあ、あのクラスは年中出席率やばいけど。
「んじゃ、このあとカラオケ行こっか? 家でダンス動画撮るとなると近所の目があるし」
「そうね。あ、半分食べる?」
袋から出した豚まんを紫苑に勧められる。くれるならもらうけど、いまコンビニ出たばっかだし食べたかったら買ったほうがいいような気もするな。
と、切り出すと紫苑はマフラーで顔半分を覆い隠しながらぼそぼそと言った。
「一回やってみたかったの。寒い日に中華まんはんぶんこして、一緒に食べるってシチュエーション」
「ああ、いかにもカップルっぽいねそういうの」
突っ込むなら私ら、小さいときからはんぶんこはやってたんだけどね。紫苑は病弱だし少食だったから。
……いや、半分どころか紫苑が数口ぶん、残り全部が私のって配分だったな。傍から見ればいじめに見えてたかもしれない。そんだけ食が細くてよく生き延びたと思うよ振り返ると。
まあお菓子だけで生き延びてる偏食さんもいるし、そう簡単に人は死なないようにできてるのかもね。
「ああー、ジューシーな味わいがお腹に染み渡るー」
「ほんと……寒い日に食べると格別」
口元をほころばせながら、豚まんを頬張る紫苑に微笑ましくなる。
あの頃は食にも興味が薄そうで、いつも給食やお弁当を無表情で詰め込んでたからなあ。
お弁当は何回か作ってもらったけどどれも美味しいし、レパートリーも多い。今から将来が楽しみになってくる。
……そのためには私ももうちょっと花嫁修業しなきゃなりませんね。未だピーラーなしには皮むけないもんで。
食べ終わって、並んで歩き続けて。自然と指先が触れ合い、互いを求めて絡めあっていく。
付き合いたての頃はいちいち握っていいですかと同意のやりとりを挟んだものだけど、今はどっちからともなくつなぐようになったからな。この感触にも慣れ親しんだものだ。
「私、コンテンツにハマるのってブームが過ぎ去った頃が多くて」
会話が途切れて沈黙が流れ始めた頃、紫苑が話題を振ってきた。
「その頃には共有できる相手も少ないし、期間限定のグッズやイベントにはもう手が届かない。もっと早く手を出しておけば、って何度後悔したことか」
「私もあるよ。サ終間際のソシャゲだったり、打ち切り漫画だったりすると辛いよね。ン十年前のジャンルとかだとリンク切れのHPばっかだし……」
「だから、逆張りせず旬のうちに楽しもうと思ったの」
「それも分かるけど、追えるものには限りがあるじゃん? 必ず面白いと感じるかは分からないし。好きになるタイミングは人それぞれだから仕方ないんじゃないかなー」
そう、例えば私達のように。
紫苑がいつ私を好きになってくれたのかは分からない。教えてくれなさそうだし、聞いて掘り起こす無粋な真似もしたくない。
私も初恋をずるずるこじらせていたとはいえ、噛み合わなかったらどこかで吹っ切れていたかもしれない。なにせ友人に戻れたのも運だったわけだから。
タイミングという名の奇跡が重なって、今がある。
紫苑ほどの美人だったらいくらでも相手はいるだろうし、同性愛者となるとさらに確率は狭められる。
叶わないことのほうが圧倒的に多い人の人生を見れば、私はそうとう幸運なんだろう。一生分の運を使い切ったと言っても過言ではないくらいに。
「ところでしーちゃん」
「なに?」
にぎにぎと、指の腹をモールス信号みたいに押しながら切り出す。
「いかにもカップルっぽいってことしたいなら、ポッキーゲームやろうとは言わないんだ?」
ポッキーでなにかするって言ったら、そこしか発想が行き着かなかったもので。
ポッキーチャレンジと最初聞いたときも、え、咥えたカップルフォトSNSに上げるリア充しか参加できないことやるの? って先走りそうになった。喉から出なくてよかったわ。
口にしたあとに横を向くと、うつむく紫苑の横顔があった。マフラーに沈みそうな勢いだった。というか自分でゆるめて顔に巻きつけている。
ほんと、わかりやすいなあ。
「……したいけど、恥ずかしいからダンスから入ろうと思ったの」
「そういう奥手なとこ、ほんと好き」
とっさに口説いてしまった。めっちゃ握った指に力いれられたけど、握力がそこまででもないからか爪立ててしがみついてくるうちのなずなにも及ばない。あいつは加えて噛んでくるからな。化粧でごまかしてるけど、生傷は絶えないのが猫飼いの宿命だ。
「しまった、普通のポッキーにすればよかった。買ったポッキーぜんぶココア味だった……」
「私もココア好きだからいいけど、しーちゃんそんなにココア一筋なん?」
「なかなか見かけないから、ついテンション上がって大人買いしちゃって。……どうかむせませんように」
「ある意味チャレンジだね、それ」
お互いくだらないことに笑って、すっかり頬も手も視線も熱を帯びている。付き合ってからずっとこんな調子だ。もう夏とっくに終わってるのにね。
ちょっとのことで舞い上がって、ぽかぽかと心が疼き立つ。
浮かれてるってことなんだろうけど、止め方を知らないからどうしようもない。
ようはバカップル。でも、あつあつでいられるならバカップルでもいい。
そう開き直って、私は紫苑の手を引く。
いぇーい、と相変わらず棒読み気味の歓声を上げた紫苑が、腕を振り上げ軽やかなステップを踏み出した。
見事に遅刻しましたすみませんm(_ _)m
久々にこの2人を書けて楽しかったです。ナッツポッキー食べながら書いてました。




