コミックス1巻発売記念SS『婿様は噛み締める』
本日(9/5)コミックス1巻が発売となりました!それを記念したSSとなっております。
コミックスの詳細はページ下部にて!
【追加情報】YoutubeのPASH!公式チャンネルでボイスコミックスが公開!ルカーシュ役は古川慎さん、ヴィエラ役は奈波果林さんです!
ユーベルト子爵家の裏庭には、アルベルティナの厩舎がある。
そのすぐそばでは、ルカーシュの妻であるヴィエラが手作りの石オーブンの中を真剣に覗いていた。
「ヴィエラ、薪は足りそうか?」
ルカーシュは大量のかぼちゃが入った木箱を手に、背後からヴィエラに問いかける。
「はい。オーブンの中も温まってきたし、弱火でじっくり焼くので、薪はもう大丈夫です」
「それなら良かった。はい、かぼちゃ。洗って拭いてきたから、そのまま焼けるはずだ」
「ありがとうございます。ティナ様、待っていてくださいね! 美味しいかぼちゃのグリルを作りますから!」
「キュル〜♡」
アルベルティナが、かぼちゃをオーブンに入れるヴィエラの後ろで目を輝かせた。
今日は、ユーベルト領で初めて迎えるアルベルティナの誕生日。
焼いたかぼちゃが大好物のアルベルティナのために、かぼちゃパーティーを開催するのだ。
グリフォンは雑食だが、基本的に肉を好む。
しかし、育ての親であり兄でもあるルカーシュが色々と与えていたら、野菜好きの珍しいグリフォンになってしまった。
ルカーシュが「誕生日に何を食べたい?」と聞いたら、かぼちゃのグリルと茹でとうもろこしと即答するくらいには、人間の食べ物が好きである。
なお、とうもろこしは旬が過ぎて手に入れられなかったので、代わりにいろんな品種のかぼちゃを集めて大量に焼くことにしたのだ。
「あ、ルカ様! かぼちゃ全部入りましたよ!」
「なんとかなったか。頑張った甲斐があった」
子爵家の屋敷のオーブンは小さくて入りきらないので、急ぎルカーシュがレンガを集めて屋外にオーブンを作ってみたのだが、ちょうどよいサイズだったらしい。安堵で胸を撫で下ろした。
すると、アルベルティナがルカーシュに頬ずりをする。
「キュルル」
「どういたしまして。ティナのためだ。それに今後は他の料理にも使えるから、いい機会だったよ」
「キュキュ!」
お礼にルカーシュとヴィエラの誕生日には、山に入って熊や鹿を捕まえて来てくれるらしい。
実に頼もしいが……。
「ジビエ料理が食べられそうなのは楽しみだが……熊や鹿なんて、俺に捌けるかな?」
魔物の討伐で、動物の死体や血には慣れているが、ルカーシュに解体の経験はない。本を読んで勉強するか?と思っていると。
「それなら、お父様も私もできるので任せてください! もしかして、ティナ様が獲ってきてくれるんですか?」
「……あぁ。ヴィエラや俺の誕生日に、って」
自分の妻が、想像以上にたくましい。まだ知らないヴィエラのポテンシャルに、ルカーシュは子爵家の教育の凄さにあらためて感心しながら返事をする。
「わぁ♡ それは楽しみです!」
「キュル!」
「そのときは、またこのオーブンが活躍しそうですね。ルカ様が大きめに造ってくれましたし、夢の丸焼きが実現できるかも……!」
「キュルルルゥ〜♡♡♡」
熊か鹿の丸焼きを想像しているのか、ヴィエラとアルベルティナはうっとりとオーブンを眺めている。
そんな彼女たちの姿に、ルカーシュは柔らかく目を細めた。
ヴィエラが小柄というのもあるが、並ぶとアルベルティナの大きさが際立つ。
(ティナの卵を拾って十八年か。ここまで大きく育って良かった)
ルカーシュがグリフォンの卵を拾ったのは八歳の頃。領地の屋敷の裏にある森を散策しているときのことだ。
「わぁ、ツルツルして綺麗な大きな石! 一昨日はなかったのに」
緑が生い茂る森の中で、“それ”は発見された。
大きさはふかふかの枕ほどで、表面は光沢があって硬質。色は白っぽく、花崗岩のようなまだらな模様がところどころにあった。
試しに抱えてみれば子どもであるルカーシュの力でも持ち上げられ、見た目より重くはない。
「不思議~こんな石はじめて! 兄上たちにも見せてあげなきゃ。きっと驚くぞ!」
アンブロッシュ家の無邪気な末っ子は、“それ”を抱えて屋敷へと走っていった。
そして持ち帰られた“それ”を兄弟で仲良く囲む姿を見た父で公爵のヴィクトルは、一瞬にして顔を強張らせた。
「お……お前たち、どこからそれを持ってきた!?」
「俺が拾ったんだよ。屋敷の裏の森の中で見つけたんだけれど……父上、どうしたの?」
「ルカ、それは神獣の卵だ。近くにグリフォンの成獣はいなかったか? 空を飛んでいたりは――」
「卵……? えっと、わからない。ごめんなさい」
「そうか。とにかく急いで親を見つけて、返してあげなければ」
ヴィクトルが使用人に卵の親であるグリフォンを探すよう命じた。
だが一週間ほど周囲を捜索しても、領民に聞き取りを行っても、グリフォンの情報はゼロ。親グリフォンが何らかの事情で卵を放棄した可能性も浮上。
その際は、専門家である王宮の神獣乗りに卵を預け、彼らと契約しているグリフォンに育ててもらう必要がある。
そう大人がバタバタしている間、ルカーシュが卵をそばで見守っていたのだが……方針が決まる前に突然、卵の殻にヒビが入り、グリフォンの子どもが生まれてしまった。
子どものグリフォンは、猫ほどの大きさで、ルカーシュをじっと見ていた。キュイキュイと心細そうに鳴く。
慌てて抱きかかえてあげれば、グリフォン目を細め、ルカーシュの腕の中で丸くなった。
「可愛い……じゃなくて! う、生まれちゃった……! 父上ぇぇ~!!」
ルカーシュはグリフォンを抱き締め、ヴィクトルのところへと走った。
そしてその姿を見たヴィクトルは「まさか、もう生まれるなんて」と頭を抱え、一呼吸置くと、膝をついてルカーシュの両肩に手を載せた。
「こうなったら仕方がない。いいかい? グリフォンは、最初に体温を感じた相手を親と認識する」
「俺、この子の親になっちゃったの!?」
「あぁ、幼獣のうちはその親から与えられたご飯しか受け付けないし、どこにいくのにも一緒じゃないと寂しがる。グリフォンは我が国の神獣――神の使いだ。私たち家族が全力でサポートするからルカーシュ、この卵を拾い、親になったからには、責任を持って育てなさい。国への事情説明と、飼育申請は私がしておくから」
「!」
突然のことに、ルカーシュは丸くて大きい瞳をさらに大きくした。
グリフォンは神獣であることは知っていたが、育て方なんて分からない。
これからヴィクトルが色々な専門家に相談して育て方の資料を集めてくれるというが、人間がグリフォンを育てた事例は数えるほどしかないらしい。その事例はどれも神獣乗りという、グリフォンの専門家たちが育てた記録ばかりだという。
(俺にできるんだろうか……っ)
そんな不安が、少年を押しつぶそうとした。
「キュイ?」
「……あ」
ルカーシュを見上げるグリフォンと目が合った。
そしてグリフォンはスリスリとルカーシュの胸元に頬擦りをして、甘えてくる。ヴィクトルが言ったように、本当に自分を親と認識しているのだと実感が湧き上がってきた。
ルカーシュを必要としている小さな存在。自分がいなければ、生きていけない可愛いグリフォン。
これは運命の出会いだ――と感じた瞬間、覚悟が決まった。
「いっぱい勉強して、俺が立派に育ててあげる。よろしくね?」
「キュ?」
包み込むようにもう一度抱き締め、ルカーシュはグリフォンにそう告げた。
それからグリフォンに「アルベルティナ」という名前を付け、付きっきりで世話をするようになった。
食事も散歩も寝るときも一緒。
三年ほど経つと、アルベルティナが馬ほどの大きさになって屋敷の中で暮らせなくなった。裏庭に厩舎を建てたのだが、彼女はかなりの甘えん坊。
アルベルティナが外に慣れるまでルカーシュも一緒に厩舎で寝ることになって、寒かったり暑かったり大変だったが、今となっては良い思い出だ。
外へ出かけられないことで友達が作れないという寂しさもあったが、アルベルティナの可愛さと愛しさに癒され、いくらでも我慢できた。
さすがに空の飛び方は教えられず、父の伝手を使って引退した神獣騎士とグリフォンがいる家へと通った。ルカーシュの心配を吹き飛ばす様にアルベルティナが華麗に空に舞うようになったときには、感動で泣いてしまったのが懐かしい。
そしてルカーシュが成人を迎える直前の十四歳のとき、アルベルティナが神獣契約を申し込んできた。断る理由など、どこにもない。
「ずっと一緒にいようか、ティナ」
「キュルゥ―!」
こうしてルカーシュとアルベルティナは、親子であり、兄妹であり、唯一無二の相棒となった。
一緒に空を飛ぶようになり、戦場で生き抜き、苦楽を共にして支え合い、ついにアルベルティナは十八歳を迎えた。
すっかり美しい成獣のグリフォンになったと、心からルカーシュは思う。
「そろそろ小さいのは焼きあがりそうですね!」
「キュキュー♡」
アルベルティナは、楽しみで仕方ないと表すかのように体を横に揺らした。
このようにまだ子どもっぽいところはあるが、アルベルティナの魅力を損なうものではない。
むしろ可愛さが増すだけだ。
(ふっ、本当にかぼちゃが好きだな。よし――)
ルカーシュはくすりと笑いを零すと、ヴィエラの隣に立った。
「ヤケドをしたら大変だ。俺がオーブンから取り出すから、ヴィエラは屋敷で義母上のほうを見てきてくれないか? そろそろ俺たちの料理も仕上がるだろうし」
「ありがとうございます。ルカ様もヤケドしないでくださいね」
そう言うと、ヴィエラは屋敷の中へと入っていった。
それからルカーシュがかぼちゃを出している間に義父トーマスがオーブンの近くにテーブルをセッティングし、ヴィエラと義母カミラが料理を運んでくる。
並べ終えたら、家族だけの小さな誕生日パーティーのはじまりだ。
「キュルル―♡」
早速かぼちゃのグリルを食べたアルベルティナが、嬉しそうに鳴いた。
そんな姿を眺めるヴィエラの目尻は下がり、義両親も微笑ましそうに眺めている。
アルベルティナを心から受け入れ、誕生日を祝ってくれている表情。
自分と同じく、過剰に神聖視することなく、ただの家族として可愛く思ってくれている証だ。
そしてアルベルティナも無邪気で無防備な姿を見せていることから、ユーベルト家の皆を好いている。
(あぁ、幸せだ)
真心を込めて育てたグリフォンは立派に成長し、愛する妻と素敵な義両親を得られた。彼女らと過ごす時間が、たまらなく愛おしい。
ルカーシュは幸せを噛み締めるように、料理を口にした。
お読みくださりありがとうございます!
オオトリ先生作画のコミックス版酔い知ら婚、発売となりました。
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