書籍2巻発売記念SS 『婿様の悩み』
本日、エピソード複数&巻末番外編を追加した書籍第2巻が発売!
それを記念したSSとなっております。
レーバン事件が解決し、組織改革をはじめて半年後――ルカーシュはとある悩みを抱えていた。
(女性が喜ぶってことって、何をすればいいんだ?)
王宮から屋敷までの帰路、アルベルティナの背に乗って空を飛びながらルカーシュはむむっと唸った。
以前よりヴィエラは、ドレッセル室長から『男性が喜ぶリスト』というものを手に入れている。
情報源が自分以外の男性という部分は面白くないと思いつつも、ドレッセル室長は愛妻家でありヴィエラへの下心は微塵もないことは明白。それに情報の内容は一級品のため、今では感謝しているくらいだ。
(特に膝枕は良い。仕事の疲れが飛ぶ)
神獣騎士の団長であるルカーシュは現在、国王の身勝手さで生じている組織の歪みを正そうと、王宮内の命令系統を整理しているところだ。
だがやはり甘い汁を啜り、手放したくない人物は少なくなく、反発がどうしても生じている。
そういった人物を排するために不正調査も同時におこなっているため、いつも以上に神経を使って騎士団長の仮面を被っているルカーシュはストレスを溜めていた。
すると、疲れを見抜いたヴィエラが「ルカ様、膝ならいつでもお貸ししますよ」と言ってくれるのだ。
ルカーシュはもちろんちゃっかり甘えるのだが……婚約者の膝枕の程よい柔らかさと温かみ、ほんのり甘い香りはあっという間にストレスを消し去ってくれる。ときにはそのまま癒され、寝てしまうときもあるほどだ。
(俺からも何か、ヴィエラが喜び癒されるようなことをしてあげたい。でも高価なものは恐縮させてしまうだけだし、俺の思うままに構ったら恥ずかしがらせてしまうばかり。一体、誰に相談すればいいのか)
女性のことは女性に聞くのがいいとは分かっているが、いかんせんルカーシュには女性の知り合いが少なすぎる。
母、義姉ふたり、義妹エマ……彼女たちは身内。親しいからこそこの手の話を聞くのはどこか気恥ずかしいし、彼女たちもルカーシュ相手に自分の喜ぶことを打ち明けるのは躊躇うはずだ。
そう思ったら、ストレートに上司に聞き取りをしたヴィエラの勢いと、正直にいくつもの経験談を伝授したドレッセル室長の器の大きさに感服する。
膝枕以外にも、ヴィエラは切り札をまだたくさん持っているのだ。
「なぁ、ティナ。ヴィエラの喜ぶことを調べたいのに、方法がないのだが……どうすればいいと思う?」
公爵家の厩舎に着くなり、装備を外しながら相棒に相談する。
「キュル」
「なさけないのは、俺自身で分かっているさ。じゃあ、そういうティナこそ、ヴィエラの喜ぶことを知っているのか?」
アルベルティナが鼻で笑うので、ルカーシュは思わずムッとして言い返す。
するとアルベルティナは、さらに尊大そうにルカーシュを見下ろした。
「キュールルル、キュキュ!」
「……確かに!」
毛並みを触らせてあげれば、すべて解決するらしい。
ヴィエラはアルベルティナを撫でるのが大好きだ。いつも蕩けるような表情を浮かべ、放っておいたら他の男には見せられない顔になってしまうほど癒されている様子。
しかし、それはアルベルティナの力であってルカーシュの力ではない。
あくまでもルカーシュは、自分の手で婚約者を喜ばせたいのだ。
「キューキュ―」
「これまで自分が嬉しかったことを、そのまま返す……か」
肩を落としたルカーシュを励ますように、アルベルティナが助言をくれる。
「キュ!」
「そうだな。うじうじ悩んでも仕方ないから試してくよ」
そうと決まれば実行に移すのみ。早速ルカーシュは次の休み、ヴィエラを空の散歩に誘った。
***
「わぁ! 王都の近くにこんな綺麗な花畑が広がっているなんて!」
王都と隣の領地のちょうど境界にある森の奥には、自然の花畑が広がっている。空を移動できる神獣騎士や神獣乗りしか寄れないような場所であり、運よく今日は貸し切り状態。
着陸するなり、ヴィエラは無邪気に喜んでくれた。
だが、この程度で満足するようなルカーシュではない。
「ヴィエラ、休憩もなしに飛んだから疲れただろう? 少し休もうか」
そう言ってルカーシュは花畑の上に腰を下ろし、自身の膝を叩いた。
ヴィエラは分かりやすく動揺する。
「えっと……乗れと?」
「それでもいいけれど、今日は膝枕してあげようかなと。ほら、いつもしてもらってばかりだから。な?」
「……では、失礼して」
しっくりこない顔をしつつもヴィエラはそっと体を横にして、ルカーシュの太ももに頭を預けた。ふんわりとしたイエローブロンドの髪が流れ、いつも隠れているうなじが露わになる。
ルカーシュの視線は思わず引き寄せられるが……そこは真っ赤だった。表情を見れば、緊張がありありと帯びているではないか。
「落ち着かない?」
「は、はい。ルカ様の膝枕……情報が多すぎてドキドキが収まりそうもありません!」
太ももの感触と温かさといった自分にとっては癒しポイントも、ヴィエラにとっては刺激になってしまうらしい。
男性として意識してもらえていることは嬉しいものの、本来の目的から見れば失敗だ。
するとヴィエラは体を起こし、彼女自身の膝を叩いた。ポジション交替と言いたいのだろう。
「俺はこんなにも安らぐのに」
ルカーシュは苦笑を漏らしながらコロンと横たわり、婚約者を見上げた。
青い空をバックにしたヴィエラは、黄色い髪色もあって陽だまりそのもののようだ。
「私は膝枕してあげる方が好きなので、これで良いじゃないですか」
「そうだったのか?」
てっきり自分のために仕方なくヴィエラは付き合ってくれていると、どこかルカーシュは思っていた。
「だって、ルカ様がこんな風に甘えるのは私だけって思うと嬉しいですし。緩んだルカ様の表情を見ていると、私も顔が緩んじゃいますし。互いにお得ですね」
そう告げながら、ヴィエラは照れ笑いを浮かべた。ルカーシュに遠慮して嘘をついている様子はなく、本心だと分かる笑みは愛おしい。
ルカーシュの心はあっという間に鷲掴みにされる。
喜ばせるつもりが、結局は自分の喜びが増しただけ。
(ヴィエラには敵わないな。そんなこと言われたら、もっと甘えたくなるじゃないか)
格好良い姿を見せていたいと思いつつ、軟弱と言われかねない面まで受け入れてもらえると分かったら抗えない。
花畑の真ん中でルカーシュは、しばらくヴィエラの膝に頭を委ねたのだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
このSSの様子は書籍2巻の表紙カバーから想像してくださると嬉しいです!
表紙デザインは、ページ下部にて掲載。
ぜひチェックを!







