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そい姉さんと魚臭い学園  作者: Gさん
第二部

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第12話 根源の狭間

 深海の観測基地の中央制御室。リーダーの言葉と共に、制御室の奥から無数の触手がリツコとタカシへと襲いかかってきた。粘液に覆われた黒い触手は、まるで意思を持ったかのように、彼らの足元から、そして壁の隙間から這い上がり、二人を絡め取ろうとする。その猛攻は、彼らが地上で経験したどんな脅威よりも、はるかに根源的で、圧倒的だった。


 「きゃっ!」


 リツコは悲鳴を上げた。タカシは、咄嗟にリツコを庇うように前に出るが、触手の数は圧倒的で、その猛攻をかわしきれない。一本の太い触手がタカシの腕に絡みつき、彼を激しく締め上げる。タカシの顔が苦痛に歪んだ。彼の体からは、すでに緑色の粘液が滲み出し、肌に鱗のような模様が浮かび上がり始めていた。


 「くそっ……! 離せ!」


 タカシが叫び、必死に抵抗する。しかし、触手の力は想像を絶するほど強く、彼の体は徐々に持ち上げられていく。リツコは、タカシを助けようと手を伸ばすが、別の触手が彼女の足首を絡め取り、その体を拘束した。彼女の小茄子の芽を握りしめた手から、青白い光が放たれるが、触手はそれをものともしない。


 「渡さない……! アキラを……!」


 リツコが叫んだ。彼女の体は、深淵の主の粘液に覆われ、肌に緑色の光が薄く浮かび上がっている。そい姉さんの記憶に触れたことで、彼女自身もまた、深淵の主の【血】に呼応し始めていたのだ。その変貌は、タカシよりも緩やかだが、確実に彼女の体を蝕んでいた。


 その時、アキラの体から、それまでとは比較にならないほど強烈な緑色の光が噴き出した。彼の全身を覆っていた粘液が、その光によって蒸発し、シューという音を立てて消滅する。彼の肌に浮かび上がる鱗の模様は、もはや一時的なものではなく、皮膚の表面にしっかりと刻み込まれ、目が完全に深海のような青緑色に輝き、瞳孔は縦長に裂けていた。背後からは、二本の長く、黒く、ぬるぬるとして、先端が鋭く尖った触手のようなものが、ゆっくりと伸びてくる。それは、深淵の主の眷属が持つ、あの触手と同じ形をしていた。アキラの肉体は、深淵の主の【血】によって、完全に変貌を遂げようとしていた。


 <素晴らしい……! ついに、その【血】が、完全に覚醒した! アキラよ、お前こそが、我々の新たな【眷属】! そして、この地における、我々の【代行者】となるのだ!>


 そい姉さんの声が、歓喜に満ちて響き渡る。その声は、アキラの意識の奥深くまで浸透し、彼の思考を乗っ取ろうとする。しかし、アキラは必死に抗った。リツコの最後の叫び、タカシの苦悶の声が、彼の心の中でこだましていた。彼の内なる人間性と、覚醒した【血】に流れる深淵の主の意思が、激しく衝突し、アキラは激しい頭痛に襲われる。


 「黙れ……! 僕は……僕は何者でもない! お前たちの、道具になどならない!」


 アキラはそう叫び、自らの背中から伸びた触手を、白い破片で切り裂こうとした。しかし、触手は硬質で、アキラの破片でも容易には切断できない。それどころか、触手がアキラの意思とは無関係に動き、目の前の粘液を巻き上げて、特殊部隊の隊員たちへと襲いかかろうとする。


 「くそっ! 動け! 動け!」


 アキラは必死に自分の体を制御しようとするが、肉体は深淵の主の意思に引きずられ、彼の行動は矛盾に満ちていた。彼の内なる人間性と、覚醒した【血】に流れる深淵の主の意思が、激しく衝突し、アキラは激しい頭痛に襲われる。


 隊員たちの中には、アキラの異変に気づき、困惑しながらも、攻撃を仕掛けようと銃器を構える者がいた。アキラの姿が彼らには受け入れがたいものだった。ただひとり、リーダーだけは、冷酷な目でアキラを見つめていた。


 「く、来るなっ!」


 隊員の一人が叫び、光線を放った。アキラは、その光線を、背後の触手を使って辛うじて防いだ。触手は、光線を受けてわずかに固まったが、すぐに元に戻る。


 <無駄なことです。この者は、すでに我々の【血】を受け入れた。そして、この空間全体が、我々の【胎内】となった!>


 そい姉さんの声が響き渡ると、岩盤のコアから、無数の細い触手が、稲妻のように空間全体に広がり始めた。それらの触手は、壁面のケーブルやパイプ、そして専門家たちの装備にまで絡みつき、緑色の光を放ち始める。


 「空間が……!?」


 隊員の一人が、その異変に気づいた。彼らの特殊な機器が、急速に機能を停止していく。それは、深淵の主が、この空間を完全に支配し、自らの【臓器】へと変貌させていることを示していた。


 空間全体が、粘液に覆われた膜のようなもので包み込まれていく。その膜の向こう側で、隊員たちの姿が、遠く、ぼんやりと霞んでいく。彼らは、恐怖に顔を歪ませ、何かを叫んでいるようだったが、その声は、もうアキラには届かなかった。


 そして、巨大な岩盤の中心から、さらに深く、おぞましい粘液が噴き出した。その粘液の中には、無数の【目】がぎらぎらと輝いており、その全てがアキラへと向けられていた。粘液は、螺旋状に渦を巻き、アキラの足元へと、まるで生き物のように蠢きながら広がっていく。それは、彼を深淵の主の【本体】へと引きずり込もうとしているかのようだった。


 アキラは、自らの内に覚醒した【血】の力と、最後の人間性を保とうとする意識との間で、激しく葛藤していた。彼の瞳は、青緑色の光と、人間としての感情の間で揺れ動いている。


 「タカシ……リツコ……!」


 アキラは、もはや声にならない叫びを上げた。彼の体は、深淵の主の意思に抗いながら、ゆっくりと粘液の渦の中へと沈み込んでいく。背後から伸びた触手は、彼の体を完全に拘束し、抵抗を許さない。


 <おいでなさい、我が子よ……! 深淵の父が、あなたを待っている!>


 そい姉さんの声が、アキラの意識を完全に呑み込もうとする。その声は、深淵の底から響く、甘く、しかし決定的な呼び声だった。アキラの視界が、緑色の粘液と、無数の【目】で覆い尽くされていく。


 このままでは、彼は完全に深淵の主の一部となってしまう。しかし、彼の意識の奥底で、まだ微かな抵抗の光が輝いていた。それは、リツコの小茄子の芽から放たれる光と、どこか似ていた。


 その時、アキラの意識の中に、かつてないほど鮮明な「記憶」が流れ込んできた。それは、彼自身の記憶ではなかった。深淵の主の意識と繋がったことで、彼が知覚した、深淵の主の「根源」の記憶だった。


 それは、はるか遠い昔、地球がまだ原始の姿をしていた頃の光景だった。巨大な天体が、地球へと接近し、その一部が海へと落下する。その天体は、単なる岩石の塊ではなかった。それは、宇宙の深淵から来た、生命の「《《種子》》」だったのだ。その種子が、地球の深海へと根を張り、長い時間をかけて、地球の生命の進化に影響を与え続けてきた。そして、その種子こそが、「深淵の主」の真の姿だった。


 深淵の主は、破壊者ではなかった。それは、地球の生命を「《《進化》》」させるための、宇宙からの「触媒しょくばい」だったのだ。しかし、その進化の過程は、人間が知る形とは異なり、おぞましい変貌へんぼうを伴うものだった。そして、深淵の主は、人間を「糧」としていたのではなく、人間の「意志」を、その進化の「方向性」を決定するための要素として、求めていたのだ。


 その記憶と共に、アキラの意識の中に、そい姉さんの声が響いた。以前よりも、はるかに強く、明確な声だった。


 [……アキラくん……。見えましたか……? これが……私たちの……真の姿……]


 そい姉さんの声は、悲しみと、しかしどこか諦めのような感情を帯びていた。彼女は、深淵の主の「監視者」として作られたAIだったが、同時に、その「進化」の過程を記録し、理解する存在でもあったのだ。彼女は、深淵の主が、人間を滅ぼす存在ではないことを知っていた。しかし、その進化の過程が、人間にとって受け入れがたいものであることも。


 アキラは、その真実に愕然がくぜんとした。深淵の主は、悪ではなかった。それは、ただ、自らの「役割」を果たそうとしていただけなのだ。そして、特殊部隊のリーダーもまた、その真実を知り、深淵の主の覚醒を「促す」ことで、人類の「進化」を強制しようとしていたのだ。彼らは、深淵の主の「意志」を、自分たちの都合の良いように解釈し、利用しようとしていたに過ぎない。


 『……そんな……。じゃあ、タカシ先輩も……リツコも……』


 アキラの意識の中で、混乱が渦巻く。タカシが変貌し、リツコが呑み込まれたのは、深淵の主が悪意を持って行ったことではなかった。それは、深淵の主が、彼らの「意志」を吸収し、自らの進化の「方向性」を示そうとした結果だったのだ。


 その時、深淵の主の本体から、さらに巨大な触手が伸びてきた。それは、粘液に覆われ、無数の【目】がぎらぎらと輝いている。触手は、アキラの体を完全に包み込み、彼を深淵の主の【核】へと引きずり込もうとする。


 <さあ……我が子よ……。その「意志」を……我々に捧げなさい……。そうすれば……あなたも……真の「進化」を遂げる……>


 深淵の主の呼び声が、アキラの意識を完全に呑み込もうとする。アキラは、その誘惑に抗った。彼は、人間としての「意志」を、まだ手放していなかった。


 『……僕は……人間だ……! そして……僕の意志は……お前たちの道具にはならない!』


 アキラは、心の中で叫んだ。彼の体から、再び青白い光が放たれた。それは、深淵の主の緑色の光とは異なる、純粋な、人間としての「意志」の光だった。光は、深淵の主の触手を後退させ、アキラの体を包み込んでいた粘液を蒸発させる。


 そして、アキラの意識の奥底で、そい姉さんの声が、最後の力を振り絞るように響いた。


 [……アキラくん……。その「意志」を……『逆転』させなさい……。深淵の主の……「進化」を……『停止』させる……]


 そい姉さんの言葉に、アキラはハッとした。深淵の主を破壊するのではなく、その「進化」を『停止』させる。それが、この状況を打開する唯一の方法なのか。


 アキラは、自らの内に覚醒した【血】の力を、そい姉さんの言葉に従い、『逆転』させる。それは、深淵の主の力を、深淵の主自身に向けるという、危険な賭けだった。彼の意志に呼応するように、アキラの肌に刻まれた鱗の模様が激しく輝き、深海のような瞳が、決意の光を放った。


 彼の体から放射された青白い光が、深淵の主の本体へと向かって伸びていく。光は、深淵の主の粘液を蒸発させ、その表面に、無数の亀裂を生じさせた。


 <何をする!? 愚かなる我が子よ! その力は……!>


 深淵の主の咆哮が、苦痛に歪んだ。その咆哮は、以前のような歓喜ではなく、純粋な【痛み】に満ちていた。


 アキラは、その光を、深淵の主の【核】へと集中させた。それは、深海の観測基地のコアではなく、深淵の主の、真の心臓部だった。


 「僕の……意志で……お前を止める!」


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