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そい姉さんと魚臭い学園  作者: Gさん
第二部

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第4話 監視の目

 学院長から手渡された政府機関の身分証明書は、タカシの手の中で、ずしりと重く感じられた。それは、彼らの秘密の探求を、学院長公認の「任務」へと変えるものだったが、同時に、彼らが深淵の闇へと、さらに深く足を踏み入れることを意味していた。地図に記された深海の座標と周波数、そして解読された暗号の断片は、アキラが今いる場所と、深淵の主の活動を監視する秘密の観測基地の存在を示唆していた。


 その夜から、タカシとリツコの秘密の調査は、新たな段階へと突入した。彼らは、学院長の身分証明書を慎重に使いながら、政府機関のデータベースへの再アクセスを試みた。タカシは、以前の失敗を教訓に、より高度な迂回ルートと、痕跡を残さないための対策を練り上げていた。リツコは、タカシの作業をサポートしながら、学院内の不審な動きや、彼らを監視している可能性のある人物がいないか、常に周囲に目を光らせていた。


 数日後、タカシはついに、政府の「未確認現象調査局」の内部データベースへのアクセスに成功した。それは、彼らが想像していたよりもはるかに広大で、膨大な情報が格納されていた。深淵の主に関する古文書の解析データ、過去に発生した類似の未解決事件の記録、そして、深海観測基地からのリアルタイムデータまで。


「これだ……!」


 タカシは、興奮を隠せない様子で、モニターに表示されたデータの一部を指差した。そこには、アキラの「被験体A」としての詳細なデータが記録されていた。彼の身体的変質、深淵の主の「血」との共鳴度、そして、深海の特定の座標における生命反応の変動グラフ。そのグラフは、アキラが深淵の主の活動を、微弱ながらも「抑制」していることを示唆していた。


「アキラは、やっぱり生きてる……! そして、深淵の主を、一人で食い止めているんだ……!」


 リツコは、安堵と、しかし胸を締め付けられるような思いで、モニターを見つめた。アキラが、どれほどの苦痛と孤独の中で、戦い続けているのか。その想像に、彼女の心は震えた。


 データベースには、深海観測基地の設計図と、そこに至るための詳細なルートも記録されていた。観測基地は、学院の沖合、水深5000mの地点に位置し、特殊な潜水艇でしか到達できないようになっていた。基地には、深淵の主の活動を抑制するための「封印装置」が設置されており、その装置の起動には、深淵の主の「血」を引く者、つまりアキラの協力が不可欠であることも明記されていた。


「封印装置……。アキラは、それを起動するために、そこにいるんだ」


 タカシは、そう(つぶや)いた。しかし、同時に、観測基地のセキュリティシステムに関する情報も目に留まった。基地は、厳重な監視体制下に置かれており、外部からの侵入は不可能に近い。さらに、アキラのデータには、「被験体Aは、深淵の主との共鳴度が高く、暴走の危険性があるため、厳重な監視下に置く」という記述があった。


「監視……。アキラは、政府に囚われているってことなの……?」


 リツコは、不安そうに言った。アキラを助け出すには、政府機関の監視を掻い潜り、観測基地へと潜入する必要がある。それは、彼ら学生にとって、あまりにも無謀な挑戦だった。


 しかし、彼らは諦めなかった。アキラが一人で戦っている限り、彼らもまた、戦い続ける義務があると感じていた。


 その日から、二人は、観測基地への潜入計画を立て始めた。タカシは、基地の設計図とセキュリティシステムを徹底的に分析し、侵入経路と、監視カメラやセンサーの死角を洗い出した。リツコは、学院の備品や、インターネットで購入できる資材を組み合わせ、潜水艇の代わりとなる、簡易的な潜水装置の製作を検討した。それは、無謀な計画だったが、彼らには、アキラを救うという、揺るぎない意志があった。


 そんな中、学院内で、再び不穏な出来事が起こり始めた。


 まず、水耕栽培棟の異常な成長を遂げた植物から、あの生臭い匂いが、以前よりも強く漂うようになったのだ。匂いは、風に乗って学院全体に広がり、生徒たちの間で、再び不安と動揺が広がった。夜になると、寮の窓の外から、微かな「歌声」が聞こえてくるという報告も増え始めた。それは、アキラが以前聞いたという、甘く、しかし不気味な響きを持つ歌声だった。


 さらに、学院の敷地内で、奇妙な「失踪事件」が相次いで発生し始めた。行方不明になったのは、いずれも、あの事件の直後から精神的に不安定だった生徒たちだった。彼らは、夜間に寮を抜け出し、そのまま姿を消したという。学院は、彼らの失踪を「家出」として処理しようとしたが、リツコとタカシは、それが深淵の主の活動と関係していることを直感した。


「深淵の主が、再び『糧』を求めているんだ……」


 タカシは、そう呟いた。失踪した生徒たちの共通点は、あの事件のトラウマを抱え、精神的に不安定だったことだ。深淵の主は、彼らの心の弱さに付け込み、再び彼らを「贄」として引きずり込んでいるのかもしれない。


 リツコは、失踪した生徒たちの情報を集め、彼らが最後に目撃された場所を特定しようとした。すると、驚くべき共通点が見つかった。彼らは皆、最後に、封鎖された試験栽培棟跡地の近くで目撃されていたのだ。


「まさか……地下の封印が、弱まっているのか……?」


 リツコは、青ざめた。あの厳重に封鎖されたはずの地下から、深淵の主が、再び手を伸ばし始めているのだとしたら、学院全体が、再びあの悪夢に呑み込まれてしまう。


 二人は、学院長にこの事態を報告した。学院長は、彼らの報告を聞き、顔色を変えた。彼は、政府機関との通信が完全に途絶していることを告げ、もはや外部からの助けは期待できないことを示唆した。


「君たちに、頼るしかないのだ……。アキラ君を救い、この事態を食い止める。それが、我々に残された、唯一の希望だ」


 学院長は、そう言って、二人に深々と頭を下げた。彼の目には、絶望と、しかし最後の希望が混在していた。


 その夜、リツコは自室の窓辺で、あの小茄子の芽を眺めていた。芽は、以前よりもさらに強く、微かな振動を放っている。その振動は、まるで、アキラからの「警告」であるかのようだった。


 『……急げ……時間がない……』


 リツコの頭の中に、微かな声が響いた。それは、アキラの声のようでもあり、そい姉さんの声のようでもあった。あるいは、その両方が混じり合った、異様な響きだった。その声は、深淵の主の胎動が、確実に強まっていることを示唆していた。


 タカシは、潜水装置の製作を急いだ。彼は、学院の物理実験室に忍び込み、特殊な素材や部品を調達した。リツコは、生徒会業務の合間を縫って、彼をサポートした。彼らの行動は、学院の監視の目を掻い潜りながら、密かに進められた。


 しかし、彼らが知らないところで、彼らの行動は、すでに「監視」されていた。


 学院の敷地の外、人里離れた海岸線に、一台の黒いバンが停まっていた。バンの内部には、複数のモニターが設置されており、そこには、陽南水耕学院の敷地内を映し出す、無数の監視カメラの映像が映し出されていた。そして、そのモニターの一つには、リツコとタカシが、夜な夜な図書室で密会している様子が映し出されていた。


 バンの奥に座る男が、冷徹な目でモニターを見つめている。彼の顔には、深い傷跡があり、その目は、まるで深海の闇を宿しているかのようだった。彼は、政府の「未確認現象調査局」の、特殊部隊のリーダーだった。


「被験体Aの共鳴度が、再び上昇している……。そして、その影響か、学院内で、新たな『糧』の確保が始まったようだな」


 男は、低い声で呟いた。彼の隣に座る部下が、タブレット端末を操作しながら報告する。


「リーダー。被験体Bリツコ被験体Cタカシの動きが活発化しています。彼らが、被験体Aの情報を探っているようです」


「ほう……。面白い。彼らは、我々の計画を、どこまで理解しているのか……」


 男の口元に、不気味な笑みが浮かんだ。彼の視線は、モニターに映し出された、深海の観測基地の映像へと向けられた。観測基地の周囲では、深淵の主の本体が、ゆっくりと、しかし確実に、その巨大な姿を現し始めていた。


「計画は、最終段階へと移行する。被験体Aの『覚醒』を促し、深淵の主を完全に地上へと呼び覚ます。そのためには、あの二人の『意志』が必要となるだろう」


 男は、そう言って、不気味な笑みを深めた。彼の目は、深海の闇と同じ色をしていた。


 リツコとタカシは、自分たちが、すでに巨大な陰謀の渦中に巻き込まれていることを、まだ知る由もなかった。彼らは、アキラを救うという純粋な思いだけで、深淵の闇へと、足を踏み入れようとしていたのだ。そして、その足元には、見えない「監視の目」が、常に光を放っていた。

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