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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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最終話/弐 君は僕に似ている ―Remembrance/Prayer―

 自由を求めた兄は、最後に掴み取ったもの全てを奪われて死んだ。

 それが幸か不幸か、当人が逝った今となっては誰にも分からない。

『ダウンフォール作戦』を強行し、都市に多大な犠牲と損害をもたらした愚物。政治家としては優秀だったが軍人としての素質には恵まれなかった男。『異種間戦争』が終結して三年が経った現在、蓮見タカネという人物の評価はこのように落ち着いていた。


「なあ、牧村さん。俺は兄貴は最期の瞬間にようやく、楽になれたと思うんだよ」

「……」

「自由の奴隷だった兄貴を解放してやれたのは、この世界で死神ただ一人だったってことさ。まあ……兄貴の死にそれらしい理由付けをしたいだけなんじゃないかと言われれば、それまでなんだけど」


 墓前で押し黙る牧村に黒羽ツグミは鷹揚な口調で語る。

『異種間戦争』の終盤、『プルソン』に撃墜されたツグミだったが、運命の女神に微笑まれたのか奇跡的に生還を果たしていた。

 首から下の右半身が麻痺する後遺症を負った彼は現在、牧村に介助されながら車椅子生活を送っている。

 

「盲目な崇拝者でしかなかった私に、あの方を語る資格はありません。私はあの方の根底にあった欲求に気づくことすらできなかった。あの方を本当の意味で満たすことも……」

「だそうだよ、兄貴。でも悪いのは兄貴さ。自分に惚れ込んだ女にさえ本心を曝け出せなかったお前の弱さが、破滅を呼んだ」


 咥えた煙草に火をつけ、男はニヒルに笑う。

 兄はどこまでも馬鹿で、愚かで、どうしようもない人間だった。

 それでもたった一人の肉親として、弟が飛躍できると信じ続けてくれた。それを口にしたのが死に際になってやっとだったのは、やはり許しがたいが――そんな素直ではないところも兄らしいと思える。

 

「結局、俺も単なるガキだったってことかな。兄貴に認めてもらえれば、それでよかったんだ。もしも、そのことにもう少し早く気づけていたら――」


 今さら何を言ったところでどうにもならない。

 それでもあり得たかもしれなかった「もしも」を夢想してしまうのは、人の弱さか。

 男が煙草を吸い終わったタイミングを見計らって、女は黙って灰皿を差し出す。

 押し付けられた燃えカスに視線を落とし、溜め息を吐くツグミは牧村を見上げ、言った。


「キャンバスを用意してくれ。この前の続きを描きたい」


 目の前に立て掛けられたキャンバスに向き合い、ツグミは震える左手で絵筆を握る。

 不格好な筆遣いで未完成の絵に色を継ぎ足していく彼は、ゆっくりと描き進めながら淡々と語っていった。


「元『黒羽組』の連中は『シンビアント』でそれぞれ頑張ってる。事務員をやってる奴もいればパートで清掃員をやってる奴もいるし、戦える奴らは『対異隊』でSAMに乗ってるよ。特にショウなんかは風縫隊長に気に入られて、日々しごかれてるらしい。休みの日にはちょくちょく俺んとこ来て色々愚痴ってるよ」


 責任を果たせ。

 その兄の遺言に従って、ツグミは都市警察に『黒羽組』の解散届を提出した。

 平和な世の中に暴力団の存在など要らない。これはつけるべきケジメだった。

 組がなくなれば行き場を失う者たちも出てくる。ツグミは彼ら一人ひとりと向き合い、三年の時間がかかったもののほぼ全ての構成員たちを新たな職場へ送り出した。

 それを為せたのは彼自身が持って生まれた手腕もあったが、最も大きかったのはミコトの陰からのサポートと、彼とミコトとを繋いだ牧村の交渉術であった。

 

「ミコト殿下は懐が深いお方だ。どんな日陰者にも手を差し伸べ、笑顔を向けられる。あの優しさは俺たちが一緒だった小さい頃から何も変わっちゃいないんだ」


 牧村の手引きで再会を果たしたミコトの涙に濡れた瞳は、今もツグミの脳裏にありありと焼き付いている。

『変わることが悪いわけではありません』

 項垂れるツグミにミコトはそう言った。

『大事なのは変わってしまった自分を受け入れ、それでも前に進むことなのです』

 温かい腕で抱擁しながら彼女は耳元で囁いてくれた。

 だからツグミはこうして元『黒羽組』の者たちの活躍を後ろから見守ることができている。それに、幼少の頃以来に筆を執ることも。

 

「良い絵ですね。本当に……」

「だろ? 蓮見ツグミ画伯の最高傑作さ」


 キャンバスの中に広がる庭園。澄み渡る水を湛えた池の畔、橙黄色の花を咲き誇らせる金木犀に背中を預けて、少年二人と桃髪の少女が微睡んでいる夕景がそこにあった。



 ひんやりとしたアスファルトに背中を預け、頭の後ろで組んだ腕を枕代わりにする。

 眺める薄明の空は仄かな赤色だ。

 凍てつく海は波の音を立てない。潮風も今は吹いていない。

 感じるのは自分の鼓動だけだ。冷え切った大気に包まれる身体は生命を主張するように温度を放ち、脈動している。

 静かに呼吸を繰り返す。騒々しかった思考が段々と研ぎ澄まされ、凪いでいく。


「……ここにいたのですか」


 声を掛けられて青年は何度か瞬きした。

 まるで自分以外の人間の存在を忘れ去ってしまったかのようなその反応に、声の主であるもう一人の青年は溜め息を吐く。


「外に出るときは一言声をかけてください。目が覚めて隣にいるはずだった人がいなかったら、ボクでなくても心配しますよ」

「ご、ごめんって。なっ何だか考えごとしちゃって……こっ、ここにいたら落ち着くかと思って……」

「気持ちは分かりますけど……とりあえずこれ着てください」


 寝間着一枚で横になっているカナタの顔の上に、レイは薄手のコートを放り落とした。

「うへっ」と声を漏らしながらそれを引っぺがし、身体を起こすカナタはもそもそと袖に腕を通し始める。

 カナタと色違いのコートを羽織っているレイは静かに彼の隣に腰を下ろし、そっと肩を寄せた。

 

「……いなくなると、寂しいですから。君はもうちょっと、君を想う人の気持ちを考えるべきだと思います」

「ごっ、ごめんよ」

「……い、いま隣にいてくれるのなら、それでいいです」


 言ってから思わず頬を染めるレイは、俯いて前髪で顔を隠した。

 そんな彼の細い肩に腕を回して抱き寄せ、カナタはレイの項に顔を埋めて囁く。


「ぼっ、僕もだよ。きっ、君がそばにいてくれることが……いっ、い、一番、嬉しい」


 そう言って顔を真っ赤にしてしまっているのだろうと、レイは肌に感じる温度で察した。

 照れくさくて互いに顔を合わせることもできない。変なところで似たもの同士だ。

 それからしばらく二人はくっついたままそうしていた。

 静かに吹き始めた穏やかな風が、その火照りを少しずつ和らげていった。


「……ず、ずっと、考えていたんだ。ぼ、僕たちがしたことは本当に正しかったのかって」


 ぽつり、と。

 カナタは胸のうちにあった思いを吐露した。


「たっ確かに、【異形】とヒトの戦いは終わった。ぼっ僕たちは共生に向けて進みつつあるし、実際、ザガンさんたちの協力を得て人類は地上への進出を果たすことができた。そっ、それでも……ひ、人々が抱える【異形】への憎しみはなくなっていないし、『シンビアント』の活動に異を唱える人たちもいる」


【異形】を取り巻く問題の全てが丸く収まったわけではない。

 蓮見タカネの行動は時期尚早であったが、その理想は間違いではなかった――そう主張する者たちも未だ、存在する。

『レジスタンス』派と『リジェネレーター』派の対立。あの分断が再び起ころうとしているのではないか。そう、カナタは危惧していた。


「かっ、彼らの言い分も十分、理解できる。いっ【異形】が人類に残した傷は大きい。い、『異種間戦争』で家族を失い、新たに怒りや憎しみを抱いた人だって、たくさんいるんだ」


 目を向けずにいることなんて出来ない。

 自分たちの理想だけを見据え、それ以外の人たちを顧みなければ、あの蓮見タカネと同じ過ちを犯すことになってしまうから。


「正しさとは、一つではありません。人の数だけその人にとっての正しさがあって、それは尊重されるべきだとボクは思います」


 人の数だけ主義も主張も違う。生き方も価値観も異なる。

 その差異が軋轢を生むこともあるだろう。だが、違いを理由にぶつかり合っても傷つくだけで満たされない。自分たちはそれを『プルソン戦役』や『異種間戦争』で思い知らされたばかりだ。


「大事なのは話し合うこと。単純ではありますが、それを訴え続けるのがこれからのボクらの役割なのでしょう」

「そ、そう、だね。ぼっ、僕たちは互いに、相手を活かすことができる。そっ、その可能性を持ってる。ぼっ、僕と君が出会い、分かり合い、好き合えたように……」


 どちらからともなく手を重ね合い、きゅっと指を絡める。

 見渡す海岸線の向こうからは日が昇り、眩い光が瞳を突き刺す。

 目を細める彼らの耳朶をくすぐるようにどこかで鳥が鳴いて、果てなき空へと飛び立っていった。

 

「つっ、つぐみだ。ふっ普通、群れて北へ帰っていくのに……仲間と逸れちゃったのかな」

「でも、力強く羽ばたいています。きっと家族のもとに戻れますよ」


 天を振り仰ぎ、都市上空を越えていく一羽のツグミを見送る。

 その輪郭が小さな点となりやがて消えていった後、レイは立ち上がってカナタに手を差し伸べた。


「ボクらも帰りましょう。皆のところに」


 微笑む相棒にカナタも笑みを返し、その手を借りて立ち上がった。


「うっ、うん。かっ、帰ろうか」


 手を取り合いながらゆっくりと、二人は仲間たちの待つ場所へと歩いていく。

 夜明けの光が彼らの道を照らすように差し込み、その未来を温かく祝福するのであった。


(完)

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