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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百九十九話 新時代へ ―End of a period of intense fighting―

 爆風が吹き荒び、漆黒の魔力粒子が花吹雪のごとく舞い散った。

 視界を満たす白い光はやがて薄らぎ、風は和らいでいく。

 機体に制動をかけて吹き飛ばされまいと踏ん張っていた少年少女たちは、暁光の空を静かに仰ぐ。


「終わった……のか……?」


 そう呟いたのはシバマルだった。

 見上げる先の空は雲一つ無く晴れ渡り、そこにはあの【花唇】の残像すら浮かんでいなかった。

 鳴り響き続けていた戦闘の音も、もはやどこからも聞こえてこない。

 戦場であった場所にはただ、静謐せいひつだけがあった。


「お、終わったんだよ。ぼっ、僕らの戦いは、これで……」


 カナタは「そうだよね」と胸中で問いかける。

 その言葉に返す声はない。『コア』は完全に破壊され、そこに刻まれていた少女の魂も共に逝ったのだ。


「みっ見て……き、綺麗な空だ。ぼっ、僕らの夜明けの空だよ……」


 喪われた心に寄り添うように、銀髪の少年は穏やかに語りかける。

 マナカとマオに代わって動かなくなった機体を支えるレイは一言、「ええ」と微笑んだ。


「みっみんなも、ありがとう……」


【ラファエルO】の沈黙に伴って魔力体を維持できなくなった歴代SAMたちの姿が、徐々に薄らいでいく。

 彼らとの別れは寂しい。それでもカナタは目元をごしごしと擦り、前を向いた。

 

『それでええんやで、月居さん。うちらはここでさいならしてまうけど、思い出はずっと、月居さんの胸の中で生き続けます。そやさかい、大丈夫です』

「いっ、入野さん……。そっ、そうだね、だいじょうぶ、だよねっ……!」

『ああっ、泣いてもうた! 元気づけるつもりやったのにー!』


 あちゃー、と頭を抱える後輩の顔を透かし見て、カナタは涙ぐみながらもくすっと笑みをこぼした。

 光の粒子となって崩れ去る【イェーガー・空戦型】五機を見送る少年の横顔は、凪のように静かで優しくて。

 さよならと向き合う真摯な眼差しを感じ取ったパイロットたちはそれぞれに笑みを浮かべ、そして、自らの機体と共に暁の空へと溶け込んでいった。


『良かったのですか、カナタ。最後にお母様と話をしなくて』


 新旧【七天使】や【ドミニオン】、【リベリオン】、【イェーガー】、そして【輝夜】。

 蘇った歴代SAM全てが消滅した後、レイはカナタに訊ねた。

 

「う、うん……いいんだ。ぼっ僕と母さんの気持ちは、あの『事変』の後、確かに繋がってた。そっ、それで十分なんだ」


 母のためにSAMに乗った少年は、理想を違えた母親と真っ向から激突した。

 命と信念を賭した戦いの果てに、カナタはカグヤを打ち破った。

 決着の後、言葉を交わし、抱擁を重ねた母と息子は互いの温度を感じ合った。

 分かたれることのない深い深い愛。

 それを確かめることが出来てようやく、カナタは本当の意味で母と解り合えた気がする。


『カナタ、レイ。改めて……おかえりなさい。そして、ありがとう存じますわ』


 胸に手を当て、ようやく噛み締めることの出来る喜びを口元に湛えてミコトが言う。

 汗に汚れてもなお美しい桃髪の少女をモニターのウィンドウに認め、カナタはばつが悪そうに俯き、レイは深く頭を下げた。

 

「みっミコトさん、みんな……ぼっ、僕たち、みんなにいっぱい心配かけて、」

『ごめんなさい。あなたがどれだけ涙を流したか、皆がどれだけ悲しんだか、分かっていたにも拘わらず――』


 誰よりも慈愛に満ちたミコトは特に、何も出来なかった己の無力を責めただろう。

 その悲哀を思うと二人の胸は引き裂かれんばかりに痛んだ。

 だがミコトは緩やかに首を横に振り、そして真っ直ぐな瞳で彼らを見つめた。


『もう、よいのです。あなたたちにも生存を報せられない事情があったのでしょう。ならば仕方のないことですわ。今、言うべき言葉は一つ。お分かりでしょう、わたくしの――いえ、わたくしたちの騎士ナイト


 カナタとレイは画面越しに顔を見合わせ、頷く。

 

「「ただいま」」


 示し合わせずともぴったり重なった二人の声に、ミコトのみならずシバマルやユイ、カオルたちも笑みをこぼした。


『わお、見事なハモり』

『全く……遅すぎますよ、二人とも! 本当に、遅すぎですっ!』

『マジ、めっっっっっっっちゃ時間かけて捜したんだからね! 何度も何度も捜したんだからね! 捜索にかかった費用、本気で全額請求してやるから!!』

『俺らに心配かけやがった慰謝料も上乗せだな。地獄の果てまで取り立ててやるから覚悟しとけよ、てめぇら?』


 思わず口笛を吹くシバマルに、ぷんすかと頬を膨らせるユイ。

 カオルは画面にぐっと顔を近づけて凄み、腕組みするカツミはドスの利いた低い声で二人に脅しをかけた。


「ごっ、ごめんって、風縫さん、毒島くん……!」

『あなたたちが言うと冗談だと思えなくて怖いんですよ!』


 平謝りするカナタと冷や汗を流すレイ。そんな二人にくすっと笑い、カオルは言った。


『いなくなった分の埋め合わせは、これからゆっくりしてくれたらいいよ。ね、みんな?』


 彼女の言葉に【機動天使】の面々は一様に頷く。

 顔を見合わせたカナタとレイは視線を『ザガン』たち『楽土』の理知ある【異形】へと移し、口ごもった。

 カオルたちがその様子を怪訝に思う中、『ザガン』は歌うような口調で二人へ助け船を出した。


『いいんじゃないの、お二人さん。こんな大戦を生き抜いた仲間同士なんだ、喜びを共有するのも悪くないだろ?』

「でっ、でも、いいんですか? 『楽土』を知った僕らは二度と帰れないって、『ザガン』さんが――」

『それは前までの話だ。ヒトと【異形】が共生を目指す第一歩を踏み出したというのに、俺らの側がヒトを拒絶しちゃ何も変わらん。そうだろう、女王様?』


 訊かれた美女の【異形】は不快そうに『ザガン』を睨み付ける。


『妾は主らの女王などではないわ。好きに決めればよかろう』

『……だ、そうだ。というわけでよろしく頼むよ、ミコト殿下』


 声を掛けられたミコトは【ガブリエル】を降り、『ザガン』の前まで歩み寄る。

 カナタとレイ、シバマルたち【機動天使】の面々もコックピットから出てミコトの後ろに並び立ち、交わされる握手を共に見守った。


「ヒトと【異形】が相争うことなく、平穏に生きてゆける世界が永久とわに続くことを祈りますわ。こちらこそよろしくお願い致しますわ、『ザガン』さん」

『ああ。だがヒトの社会は一枚岩ではないだろう? さっそくだが君の手腕が試されることになるな』


 挑戦的な笑みを送ってくる『ザガン』に、ミコトは決然とした眼差しを返す。


「あなた方との条約の締結。それと並行して、都市の復興と政治・軍事双方の体制を立て直さなければなりません。やるべきことは山積みですが、やり遂げてみせますわ。あの方の……蓮見タカネの過ちを二度と、繰り返させないために」


 一人の皇女として、ミコトは新時代を牽引する覚悟を表明した。

 その言葉にカナタたち人間も、『バラム』たち理知ある【異形】も静かに頷き、それぞれに思いを噛み締めるなか――子供たちの弾む声がその静謐を破ってのける。


「ミコトっ!!」

「みんなっ……!!」


 駆け寄って思いっきり胸にダイブしてくる群青色の髪の少女を、ミコトはその細腕で抱き留める。

 ニネルの勢いに押されてよろめきそうになる彼女をカナタとレイが後ろから支えるなか、遅れてやって来たテナはちょっと迷った後、ニネルの上からミコトにぎゅっと抱きついた。


「ミコトっ、ミコトっ……よかった、生きてて……ほんとによかったっ!!」

「怖かった……怖かったけどっ、ぼくたちがんばったよ……!」


 胸に顔を押し付けて泣きじゃくってくるニネルとテナの頭を慈しむように撫でる。

 今この時だけは皇女の仮面を外し、ミコトは込み上げてくる熱いものに心を委ね、二人の生還を思いっきり祝った。


「よく、よく生き残ってくれましたね、二人とも。本当に頑張りました。本当に……生きていてくれて、ありがとう、ニネル、テナ……!」


 涙で顔をめちゃめちゃにしながら、みっともなく震えた声でミコトは二人の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 まるで母親のような彼女を遠巻きに眺めるアスマは、ここにはいない敵であった獅子面に思いを馳せる。


「あんたがかつて大切にしていて、そして運命さだめのなかで忘却の彼方に置いてきてしまった幸福の一つが、あれだ。地獄から見てるか? 暁の光の下で、あれだけ眩しく輝いている……」

「おおっ、アスマ! なんだかすっげーカッコいい言い回ししてんなー!」

「そういうのは確か……えーと、『ちゅーにびょう』っていうんですよね!」


 一人で感慨に浸っていたアスマの肩をシバマルが遠慮なく叩き、ユイが最近覚えた日本語で追い打ちをかける。

 顔を真っ赤にして縮こまる黒髪の少年はそそくさとその場を後にしようとするが、その首根っこをシバマルに後ろから掴まれてつんのめった。


「づっ!? 危ないですよ!?」

「おー、わりわりい。なんか言いたいことがありそうに見えたから、つい」

「つい、ってなんすか!? 戦いの後でボロボロだってのに、下手したら怪我するようなことするのやめてください! 余計なお節介です!」

「まあそう言うなって。――ほら」


 先輩にとんと背中を押され、アスマはミコトの前に出た。

 頬の赤みが引かないままの彼は顔を上げたミコトと目が合い、もごもごと口を動かす。

 

「アスマ? 何か、ご意見があるのですか?」

「ぁ……えっ、あー、その……」

「ヘタレボーイだな、全く! 俺たち仲間なんだから、言いたいことは言えばいいの!」


 シバマルにケツを叩かれ、ぼさぼさの髪をがりがりと掻きながらアスマは意を決した。

 ミコトたち【機動天使】のメンバーと向き合い、掠れた声で申し出る。


「……僕が至らない奴だったから、蓮見司令の暴走を止められなかった。マシロの……『バラム』の裏切りにも気づけなかった。僕が作った機体が、多くのヒトや【異形】を死なせてしまった。戦いがここまで酷いことになってしまった原因は、僕にもある。その責任は負うつもりです。でも……それでも僕は、お、お姫さんたちと一緒に自分に出来ることをしたい」


 咎められるのは承知の上だった。だが、ミコトたちの誰も首を横に振りはしなかった。


「ありがとう、アスマ。あなたがいてくれれば百人力ですわ」

「うっ、嬉しいよ、九重くん。いっ一度、君とSAMについて語ってみたいと思ってたんだ!」

「共に新時代のSAM技術を拓きましょう。ボクも色々とアイデアを温めていたんですよ」


 ミコトが微笑み、カナタが瞳を輝かせ、レイがその手を差し出し。

 戦場は違えど戦いのなかで同じ理想を目指した少年少女たちは、アスマを快く歓迎した。

 

「青春とはいいものだな。なぁ、冬萌大将?」

「ああ、まったくだ。ミラー大将」


 焦土と化した地面に降り立ち、わいわいと盛り上がっている若者たちを遠目から見守りつつ、ミラー大将は豊かな顎髭をさすりながら唸る。

 眩しそうに目を細めるゲンドウは戦友に同感し、そして自分たち大人のこれからの責務を胸に刻んだ。


「若者たちの笑顔を守り抜く……それが我々、年長者の務めだ。『レジスタンス』と『学園』の関係、それも変えていかねばならない」

「ええ……きっと、マトヴェイ閣下も同じ事を仰るでしょう」


 ミラーと共に何度も死線を乗り越えてきたグローリア中佐は、理想に殉じた『リジェネレーター』最高指揮官に思いを巡らせた。

 マトヴェイからニネルとテナ、アスマたちへと渡された命のバトンは、こうして『プルソン』のもとへ辿り着き、彼に大切なものを思い出させた。


「戦いは終わった。死んだ甲斐があったな、坊主……」


 赤らむ空を見上げてミラー大将は感慨深げに呟く。

 と、そこで。彼は背後から聞こえる足音に振り返った。


「どうやら、俺の中の『阿修羅』はようやく死ぬことが出来たらしい」


『アーマメントスーツ』姿でそこに立ち止まった青年は、憑き物が落ちたかのような表情でそう口にした。

『プルソン』のワームホールで戦場から追放されたはずの彼に問いかけようとするグローリアに先んじて、センリは事情を語る。


「飛ばされてしばらく経った後……ワームホールが俺をこの近くまで運んでくれた。機体は置き去りになってしまったが、不思議とそれでもよかったと思える……」


 消化不良感は一切なかった。『阿修羅』という名の呪縛、ミオがそれを解いてくれた瞬間から、センリの戦闘への執着は完全に失われていたから。


「おっ、湊先生! あんたも生きてたのか!」

「その声は、来栖くるすくんか!? 僕はてっきり――」


 ミラー大将らと共に生存していた湊アオイ大尉は、懐かしく感じる教え子の声に耳を疑った。

 ニネルたちを見守っていたアキトとフユカは呆然とし、よろよろと声の主のもとへ近寄る。


「死んだと思ってた、って言いたいんだろ? 僕のサバイバル能力舐めんなっつーの!」

「ゆ、幽霊……!? やだっ、怖いよっ……!」

「ちょっ、幽霊じゃねーし! ただ『獣の力』で【異形】ども喰らって魔力吸って生き延びてただけ! ここに来れたのはなんかワームホールが出てきて僕を送ってくれたからで」

「ゴキブリみたいな生命力だな、ハル。……ちょっと引く」

「酷くない!? せっかく生きて戻ってきたのに! 僕の兄弟薄情すぎじゃね!?」


 カナタたちが談笑するなか、こっちはこっちで騒がしくなるのだった。


「最後の戦い、ナツキも来てくれてたんだよ。敵のSAMの光線を跳ね返して、私たちを守ってくれたの」

「ナツキが!? 一体、どういう……!?」

「詳しくは後で話そう。今は、身体を休めるのが先だ」


 驚愕するハルの肩に手を置き、アキトは『丹沢基地』の方を見やる。

『レジスタンス』兵の死闘も虚しく、『悪魔型』や【イェーガー・ヴァリアンテ】の猛攻によって『基地』は中破し、その機能を半壊させていた。


「『レジスタンス』も『リジェネレーター』も関係ない。全ての負傷者は『小田原基地』で受け入れる。すぐに【エーギル】を手配しよう」

「感謝する、ミラー大将。『丹沢基地』も完全に破壊されたわけではない……我々陸軍もやれるだけのことはやろう」

『「楽土」としても復興への協力は惜しまないつもりだ。人々の感情を鑑みて都市での活動はまだ出来ないだろうが、地上での支援なら可能だろう?』


 海軍、陸軍、そして『楽土』。

 ヒトと【異形】それぞれの勢力のトップがさっそく行動の指針を打ち出し、始動する。

  

「ぼっ僕たち、これからどうしようか」

「戦いが終わったばかりだというのに、もうそんなことを考えているなんて。馬鹿なんですか君は」

「え、えっ?」

「やることなんて決まってるでしょう。分からないんですか?」


 小馬鹿にしたような嫌みったらしい口調のレイに、カナタはうーんと首を傾げる。

 ミコトが先ほど言ったようにやるべきことは山積みだ。都市の復興、SAMの整備、『楽土』と人類側との橋渡し、他にも挙げていけばきりがない。

 考えすぎて目をぐるぐると回してしまうカナタに溜め息を吐き、大袈裟に肩を竦めてみせたレイは――にこっと微笑み、それから解答を明かした。


「休むんですよ。思いっきり寝て、食べて、戦いですり減った心身を回復させる。無理をしすぎてはいけない――君が教えてくれたことです、カナタ」


 初めて相棒に涙を見せた夜のことを思い出しながら、レイは言う。

 その答えに目をぱちくりさせるカナタ。

 少しの間を置いて彼は口元をくすっと綻ばせ、戦友にして親友の肩にぐでーっと寄りかかった。

 

「じゃ、じゃあ僕、寝るねぇ……あとで起こして、レイ……」

「はぁっ!? こ、ここで寝ろとは言ってませんよ! ……って、もう寝息立ててるし! この馬鹿カナタ! 信じられません!」


 すぅすぅと非常に健康的な寝息を立て始めている相棒の非常識っぷりにぷりぷりと怒るレイ。

 その光景にミコトやシバマル、ユイたちが誰からともなく笑みを漏らすと、つられてレイも肩を揺らして笑い出した。



 新暦22年7月30日。

 後に『異種間戦争』と呼ばれることになる『ダウンフォール作戦』は【悪魔の花唇】の破壊を幕引きとして、双方の合意のもと終戦となった。

 その一ヶ月後、人類は理知ある【異形】との恒久的な不戦条約を締結。

 ヒトと【異形】が共生を目指す新時代の黎明が、こうして訪れたのだった。


 そして――三年後、新暦25年4月。

 人類は地上へと新たな一歩を踏み出していく。

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