第二百九十八話 最終決戦 ―The Last Winner―
【悪魔の花唇】を喰らう。
それが、レイがカナタに授けた策であった。
これまでの戦いで『獣の力』を発現させたカナタは【異形】を捕食し、その魔法を獲得してきた。
同じ要領で【悪魔の花唇】の本体から魔法を――SAMのコピーを誕生させるシステムを己のものにする。
(相手は【異形】でもSAMでもない、いわば魔力で出来た『魔法そのもの』。出来るかは分からない、それでも――やるしかない!)
僚機を置き去りにするほどの速度で飛び出し、更なる加速。
光線の弾幕の間隙を縫い、掻い潜り、本体への接近を試みた。
が、敵もそう甘くはない。
風を切って肉薄せんとする【ラファエル】という脅威を感知した【悪魔の花唇】はその雄しべを揺らし、一気に花粉をばら撒く。
「っ――!?」
禍々しい紅の粒子が宙を舞う。
視界を遮るスモークか――そう直感するカナタだったが、その予測は即座に裏切られた。
直後、右側から横殴りに肩を削られる衝撃に突き飛ばされる。
赤い煙を裂いて姿を現したのは、忘れもしない最強のプロトタイプ――【輝夜】であった。
『ただでは喰らわせない……そういうことですか』
そして、同様の現象は本体以外の株でも起こっていた。
今や戦場全体に散布された花粉によって株同士は種子を交換し、新たな機体をその「実」から産み落としている。
吹き荒ぶ風が瞬く間に受粉を促し、そして空を塗り潰していた粒子を流し去った。
晴れた視界に映るのは、全体に銀の光沢を纏う、『甲虫型』のような前翅と後翅を背に生やした新型の【イェーガー】。
『わたくしたちも知らない機体を、この場で作り上げた……!?』
『悪い、それは多分俺たちのせいだ。俺らの【異形】の『魔力液』――それを吸収した株が種子散布によって全株にその情報を共有し、生成するSAMに独自の進化をもたらしたんだろう』
『ザガン』の推測は的中していた。
【異形】の遺伝子情報を組み込んで進化した白銀のSAM――いわば【イェーガー・ヴァリアンテ】とでも呼称すべき機体たちが翡翠色の魔力光線を乱射し、『楽土』の【異形】たちを圧倒していく。
『出力は我々の「飛行型」を超えるか……!』
『ちっ、面倒なものよ。もはや僕らに頼ってはいられぬか!』
『ベレト』が歯噛みし、『アスモデウス』が眉間に皺を刻んで吐き捨てる。
閃光に呑まれて消滅していく【異形】の軍勢を横目に、彼らが気にするのは【機動天使】の少年少女たちであった。
『くっ――!?』
『不味いッ、装甲が……!?』
緑光の連打が【ガブリエル】の桃色の大盾を焼却し、【ウリエル】の『ナノ魔力装甲』をも打ち消してその機体を丸裸にする。
撤退戦の最中に回復を挟んだとはいえ、連戦を乗り越えてきた【機動天使】たちはもう満身創痍だ。
このままでは【イェーガー・ヴァリアンテ】の軍勢に押し潰され、敢えなく敗北するだけだろう。
『【ブラックオーロラ】!』
【メタトロンO】の展開する漆黒の極光が、【ヴァリアンテ】の放つ死の閃光を遮断する。
仲間たちへの攻撃全てを受け止めながらレイは【花唇】の本体側を見上げ――そこで【アザゼルΧ】と相対するカナタの武運を祈った。
激突する。
【ラファエルO】の抜き放つ【招雷剣】が【絶対障壁】に弾かれ、すぐさま肩部のガトリング砲から撃ち出す弾丸が漆黒の光線に撃墜される。
それでも焦らずカナタは【ジャッジメントウィング】を飛び回らせ、縦横無尽のオールレンジ攻撃で【輝夜】を翻弄した。
「ちっ近づくことさえ出来れば――」
戦いは全くの互角、膠着状態にあった。
両者とも相手の攻撃を寄せ付けず、接近を許さない。
幾度も幾度も撃ち合い、防ぎ合い、凌ぎ合う。
互いに決定打が得られない状況。
だが、有利なのは【輝夜】の側だ。
『邪魔すんなっての!!』
入り込む横槍。烈風を纏いし【ヴァリアンテ】の大光玉が群れを成して襲い来る。
苛立ちを露にするマオは黒き羽根たちの制御をカナタから引き継ぎ、迎撃した。
「――っ!」
間髪入れずに切り込まれる二刀の太刀。それを剣で受け流しながら『対異形ミサイル』の残弾をばら撒き、飛び退る。
「【マーシー・ランス】!!」
鋭く突き出す雷の剣から伸長する光の一槍。
彼我の間に割り込んだ【ヴァリアンテ】が肉壁となり、その背後から飛び上がった【輝夜】が再びの連撃を【ラファエルO】へ浴びせかける。
二刀が纏う漆黒の嵐。
それに対しカナタは剣の雷鳴を唸らせ、轟かせ、切り結んだ。
触れ合う刃が伝える膂力と衝撃がカナタの骨を軋ませ、罅を刻む。
その苛烈なる剣捌きに、カナタはかつて一度だけ戦った『阿修羅』の姿を幻視した。
一切の無駄を削ぎ落とした殺すことのみを目的とした武の技が、一撃、また一撃と【招雷剣】へ着実に負荷を掛けていく。
「ぐっ――!!」
圧倒的な斬撃の暴威に少年は歯を食い縛り、眦を吊り上げた。
技術では劣っているかもしれない。記憶という名の経験量では情報の集合体である敵に敵わないかもしれない。
それでも――気持ちだけは、思いだけは負けていないから。
平和を望む何よりも固く強い意志で、破滅を望む哀しき殺意を乗り越えてみせる。
「はああああああああああああああああああッッッ!!!」
凄烈なる剣戟を演じ続けた【招雷剣】の刃が砕け散る。
得物を失った敵機へ【輝夜】が無情に止めの双撃を叩き込まんとした、その刹那――カメラアイに映る【ラファエルO】の輪郭が、消えた。
『――――――――』
次なる情報処理を行おうとした時には既に遅い。
背に突きつけられた銃口から迸る白光の乱射に『コア』を穿ち抜かれた【輝夜】は沈黙し、僅かな間を置いて爆砕した。
直後、許容範囲を逸脱した加速に耐えきれなかった【ラファエルO】の『魔力液チューブ』が膨れ上がって破裂し、全身の装甲下から鮮血が噴出する。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ――――!!」
肉体を苛む激痛に少年が絶叫する。
だが限界を超える痛みに仰け反る彼からその感覚を奪い取ったのは、マナカであった。
引き延ばされる一瞬の中、カナタの脳内に少女の声が響く。
『こんな、痛み……カナタくんにも、マオにも、味わわせたくなんか、ない……苦しむのは私だけで……いい……』
「はぁっ……はぁっ、まっ、マナカさん、ダメだっ、僕が、やったことなんだから……!」
【輝夜】を出し抜くために、カナタはマオとマナカの意思を無視した超加速を断行した。
代償としての痛みという責任は自分が取る。そう主張する彼に、マナカは悶え喘ぎながらも首を横に振ってみせた。
『行って、カナタくん……! 私のことはいい、今、この戦いを終わらせることが、出来るのは……君だけ、だから……!』
マナカだけに痛みを押し付けるような悲しいことはしたくない。
それでも、自分が戦い続けるにはそうするしかないことはカナタ自身も理解していた。
彼女の苦痛に報いるためには、意味を持たせるためには、カナタがその牙と力を以て【悪魔の花唇】に食らいつかなければならない。
――僕は、行くよ。
謝罪と感謝の念を込めて、少年は少女へ出撃を告げる。
装甲が剥げ落ち『魔力液』を流出させる襤褸切れ同然の機体で、カナタは推進器の魔力を爆発させた。
最後の推力に押されて【ラファエルO】が【悪魔の花唇】本体の花弁へと迫っていく。
『彼が最後の希望だ!』
『行くのじゃ餓鬼! 邪魔者どもは妾らが消し飛ばす!』
『ベレト』の火焔を纏う斬撃が【ヴァリアンテ】を滅却し、『アスモデウス』が鉄扇の一振りで生み出す見えざる刃がその機体を瞬く間に両断していった。
『ヒトと【異形】が共生する未来に、辿り着くために……!』
『純粋さとは何にも代えがたい宝石だと、そうは思わないか「プルソン」!?』
抱いた理想を叫ぶ『バラム』は緋色の熱線を一斉掃射し、少年の精神性を賛美する『ザガン』は周囲の魔力から生成した無数の『魔力光線砲』を以て敵を撃墜する。
人類と理知ある【異形】。
その二者が死力を尽くし、力を合わせて切り開いた勝利を掴むための道筋。
そこへ飛び込んだ少年は瞳を赤く滾らせ、開口した。
「おおおおおおおおおおアアアアアアアアアアアアッッ――!!』
着地と同時、食らい付く。
触手に絡みつかれるのも厭わずに【花唇】の雌蕊へと禍々しい牙を突き立てた【ラファエルO】は、その肉塊を咀嚼し呑み込んだ。
どくん――邪悪なる魔力が体内に流れ込み、血潮がざわめく。
人工筋肉と骨格を露出させる腕を蔓の鞭が縛り上げ、締め落とそうとするなか――純白なる光の剣が触手を両断し、カナタを解放する。
『死なせない――死なせるものですか!!』
「れっ、レイ……!」
桃色の光芒を帯びた『太陽の輪』から伸びる、【マーシー・ソード】。
振るわれる慈悲の刃が幾多もの悪意の手を断ち切る。
仲間たちを理知ある【異形】に任せ、自らの身体を擲って飛び出したレイは、装甲を失った痛々しい姿である【ラファエルO】の脇に腕を差し込んで抱え、【悪魔の花唇】の直上へ舞い上がった。
「かっ……【花唇】の力は、手に入れた……あっ、あとは……」
『言われずとも、分かっています!』
得た力を用いて【悪魔の花唇】を倒す。
都市まで根を張ったそれを焼き尽くせるかは未知数だ。成功したとしても都市もろとも消し飛ばされるだろう。
だが、それでも――どれだけの犠牲を払おうとも、この悲劇の産物はなくさなければならない。
覚悟は既に定まっている。たった二人で最後まで生きようと誓い合ったその時から、カナタとレイは過酷なる運命に抗い続けると決めたから。
「さあ――カナタ」
相棒の呼びかけに銀髪の少年が頷きを返そうとした、その瞬間だった。
二機の頭上に漆黒の裂け目が開き、そこから四肢を無くした一人の男が現れたのは。
『――私を喰うのだ、少年!!』
紅に染まった双眼をかっ開き、カナタは天を仰いだ。
重力に引かれ、剣山のごとき牙の並ぶ天使の口腔内へと『プルソン』が落下していく。
その身を噛み砕いた刹那、少年は理解した。
『プルソン』が託してくれた魔法の使い方と、彼の最期の後悔を。
「たっ確かに……受け取りました。あっ、あなたの贖罪の意思を……みっ皆を救う可能性がある、力を……!!」
理知ある【異形】の血液を取り込んだ機体が、齎された人知を超えた回復力を以て全身の『魔力液チューブ』を再生させていく。
剥落した装甲までもが即座に修復を始め、彼を抱き留めていたレイを驚愕させるなか――漲る力に胸を波打たせるカナタは一気に飛び立った。
抜き放つは彼の原点たる機体の得物であった、『白銀剣』。
『コア』の記憶をもとに再現された魔力の剣を掲げ、その柄を握る手に固く固く力を込める。
刃に収斂する紅の煌めき。
想いを燃やす少年は静かに、その剣を眼下の【悪魔の花唇】へと振り下ろした。
「――おっ、終わらせよう」
現れたのは夜の湖面のごとき巨大な大穴だった。
ワームホール。
これまで人類を苦しめ続けてきた『プルソン』の十八番たる魔法が、地中に張られた根ごと【悪魔の花唇】を呑み込み――そして。
大気圏を越えて宇宙に開いたもう一つの穴へと、転移させた。
根から茎、枝葉から花弁まで全てを晒した【悪魔の花唇】が、大地の引力に従って落ちていく。
『これで【花唇】は都市から引き剥がせた!』
「うっ、うん――!」
レイの歓呼の声にカナタは笑みで応える。
それから彼は瞳を閉じて、胸の前で祈るように指を組んだ。
「さあ、おいで――」
刹那、【ラファエルO】の背中から生え出でる赤き結晶の翼。
それは緋色の光耀という名の羽根を纏い、空を覆わんばかりの広がりを見せた。
誰もがその輝きに目を奪われ、息を呑み、胸を震わせていた。
気づけば空は紫と赤の境界たる暁の色に変わっていた。
「ぼっ、僕の身体を皆に貸すよ!!」
高らかに少年は宣言する。
その時――ひたむきに平和を願う彼の思いに共鳴するかのごとく、暁光の中から白い輝きを帯びたSAMたちが実体なき魔力体として顕現した。
【サハクィエル】や【イスラーフィール】、【マトリエル】や【ガギエル】、【ラミエル】、【レリエル】といった【七天使】機。
その強化版たる九重アスマ製の新【七天使】の六機。
加えて【イェーガー】やその亜種である【リベリオン】、【ドミニオン】、更には【異形】に改造された新型【イェーガー・空戦型/指揮官機】の姿もある。
最後に――カグヤとタカネ、二機の【輝夜】も。
「歴代の【七天使】!? それに……!」
『おぉ、その声は犬塚か!? こうしてもう一度会えるなんて、思ってもみなかったぜ……!』
脳内に響く同級生にして戦友だった少年の声に、シバマルは瞠目した。
七瀬イオリ。行方不明となり再会を果たすこともできず『狂乱事変』で命を落とした彼の登場に、ユイもレイも思わず目を潤ませる。
『あのでけぇ花みたいなのをぶっ壊せばいいんだな、カオル?』
『ごめん、かっちゃん。アタシ、姉失格だったけど……一緒に戦わせてくれる?』
兄の言葉にカオルはぶっきらぼうに「うんっ」と返し、姉の確認にカツミは「当然だろ、馬鹿姉貴」と肩を震わせた。
『指揮はあなたに任せますよ、カナタくん♡』
『僕らの身体は君が貸し与える魔力に過ぎない。存分に使っておくれよ』
艶っぽく微笑む宇多田カノンに、機体の半身を【ラファエルO】へと向けて言ってくる水無瀬ナギ。
大気圏突入時の断熱圧縮によって赤く炎上する【悪魔の花唇】を見上げながら、蘇りし英雄たちは戦いの決着を少年に託した。
そして、カナタは。
「こっこれを、SAM最後の戦いにする! つっ月居カナタ、【ラファエルO】――行きます!!」
矢神キョウジの夢から始まり、月居博士の手によって生を享け、月居カグヤのもとで多くの人々が関わって進化を遂げてきたSAM。
生まれては壊れていった彼らに込められた想いは、その戦いという名の役目を終えた後も輝き続けるだろう。
【異形】と共生する未来を歩む、少年たちの胸の中で。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
信念の咆吼。
構えた銃口から迸るは一条の慈悲の光だ。
【マーシー・ソード】。マナカとマオ、レイ、ミコト、それからこれまで共に戦ってきた沢山の仲間たちが教えてくれた精神が、そこにはこもっている。
その一撃を号砲として――カナタの呼び出した歴代SAMたちも、一斉攻撃を開始していった。
『『【ジャッジメントウィング】!!』』
『『【蝶々のカノン】!!』』
『『【プリズムレーザー】!!』』
『『【バイオレンスレイン】!!』』
黒き羽根の刃が舞い、神経機能を完全に殺す悲しみの調べが奏でられ、七色の光線が空を切り裂き、毒液の弾丸の詰め込まれたクラスター弾が炸裂する。
牙を剥く新旧【七天使】の魔法。着弾したそばから【悪魔の花唇】の数多の株を爆砕させていく彼らの攻撃も、本体を破壊し尽くすには至らない。
最後の足掻きとして生み出される【イェーガー・ヴァリアンテ】の軍勢。
それに対し盾を掲げるのはナギとシズル、マシロだ。
『【マーキュリーイージス】!』
『『【ブラックオーロラ】!』』
水銀の盾が【異形】と融合したSAMたちを物理的に押し留め、漆黒の極光が緑色の閃光を塗り潰して遮断する。
敵の攻勢が弱まった隙を突き、彼らを押し返していくのは、『魔力光線砲』をはじめとする【イェーガー】やその亜種たちの撃ち出す弾幕であった。
『心の弱さが過ちを生み出す。そしてぼくたちは誰もが過つ可能性を持つ、弱者なんだ。それはヒトも【異形】も変わらない。この心がある限り、誰もが弱者なんだ――』
哀しみを瞳に湛え、似鳥アキラは呟く。
その声を隣で聴いていたのは御門ミツヒロであった。
『でも、ヒトはその弱さを抱えた上で、罪を償いやり直すことができる。お前も、俺も、また一緒に前へ進むことができるんだ……!』
アキラの『魔力光線砲』を支えるように、ミツヒロの【クリスタル・レイ】が重なる。
イオリやユキエ、サキ、ナツキたち元二年A組のパイロットたちは後方から援護射撃を行い、二人の光線が討ち漏らした【ヴァリアンテ】の頭部や心臓など急所を的確に撃ち抜いていった。
『あのSAMたちを一掃するのよ! 目標は本体、何としても最後の一撃をあれに届かせなさい――!』
冬萌ユキエが仲間たちへ指示を打つ。生前同様に指揮棒を揮う彼女の姿に、地上で膝を突く冬萌ゲンドウ大将は嗄れた声で娘の名を呼んだ。
『ユキエ……!』
ユキエの下で旋回するナツキの【ドミニオン】が敵の光線を反射し、イオリやサキの銃撃が狙い違わずカメラアイを貫通して機能停止させた。
それでも激しく抵抗する【花唇】が果実を弾けさせ、新たなる【ヴァリアンテ】を産み落とす中――現れた五機の【イェーガー・空戦型】がその首をすかさず討ち取る。
『カナタ班は不滅です! うちらの魂はずっと、月居カナタ班長と共にある!!』
瞬く流星のごとく空を翔る【空戦型】たちの綿密な連携。
敵の反応速度を凌駕するヒットアンドアウェイを繰り返し、息つく間もなく爆発の連鎖を空に彩らせる。
その硝煙の中を突っ切って残る【花唇】の株へと迫るのは、【輝夜】だ。
『――【絶空】』
静かに紡ぎ出す一言は、魔法を封じる結界の名。
燃え盛って消し炭と化していく根から茎、枝までを寸断する白銀の軌跡が空に瞬く。
さらにタカネの【輝夜】が結界の範囲外から黒薔薇の茨という名の触手を繰り出し、カグヤへ鎌首をもたげる花唇の一株を粉砕した。
『【異形】と分かり合うことなど不可能だと、今でも思う。人々はそう簡単に憎しみを捨てたりしないだろう。だが……対話という理想がこの人間社会を存続させる光となるのなら、助力は惜しまん』
自由を求め、支配に傾倒した男はかつての自分の箱庭を死守せんと茨の鞭を振るう。
タカネは少年少女の理想を自らの感情に従って否定する。同時に、理性でその可能性を肯定する。
理知ある【異形】がヒトに力を貸し、共闘する光景を彼はその目で見た。
それが都市を滅びから救う唯一の道筋であるなら、タカネは己の信念を曲げてでもカナタたちの刃となろう。
『見せてみなさい、カナタ。あなたの理想が映し出す、世界の真実を!』
そして月居カグヤは自らの根源的な感情に身を任せて、カナタを信じる。
遠い彼方にある平和へと歩んでいけるように――そんな最愛の人の願いを名に持つ我が子が今、その平和を掴み取るために命を燃やしている。
それは誰に与えられた使命でもない、カナタが自ら選んだ道だ。
母との戦いを乗り越え、『新人』との邂逅を果たし、自分の本当に為したいことを考え始めた彼の人生に、目一杯の祝福をカグヤは贈りたい。
『か、母さん――ぼっ僕は、皆と一緒に、生きたいんだ……!』
心の底から湧き上がる欲求を叫ぶカナタのもとに、学びも戦いも共にしてきた仲間たちが集う。
シバマル、ユイ、カオル、カツミ、ミコト、最後にレイ。
『嬉しいこと言ってくれんじゃんか、ツッキー!』
『生まれた国や言語が違っても、私たちは仲良くなれました。きっと、ヒトと【異形】も……』
『考えの対立、その解決に戦いを持ち出しちゃいけないんだ。だって、アタシたちは話し合うことができるんだから……!』
『ああ……無意味に殺し合う時代なんざ、ここで終わらせてやろうぜ』
シバマルが屈託無い笑みを浮かべ、ユイは異なる他者と相互理解を目指す希望を語る。
戦いの中で兄姉と引き裂かれたカオルとカツミは胸に燃える瞋恚の炎を言葉に換えて、武器を執らずに済む未来の実現を願った。
『穏やかに生きたいと……ヒトも理知ある【異形】もそれだけを願っていたはずなのに、その理想を目指す過程でわたくしたちは血を流しすぎました。ここで果てなき争いに終止符を打ち、犠牲者たちに報いるのです』
武力だけでは平和は訪れない。最後に必要になるのは言葉だ。コミュニケーションなのだ。
互いに妥協できる終着点を模索し、その線引きの上で争いなき未来を構築する。
それが次代を牽引するミコトの務めだ。
一人の皇女として彼女は凜然と御旗を掲げる。
そのフラッグのもとで砲を構えるのは、レイだ。
『姉さん……あなたが手を伸ばし、そして届かなかった平和に、ようやく辿り着く時が来ました』
姉や友人に逃がしてもらうことしか出来なかった幼い少年はもういない。
学友たちと高め合い、度重なる死闘を乗り越えてきた早乙女・アレックス・レイは、過去の傷を内包しながら未来へと歩み続ける。
『決着を。――カナタ!』
「うっ、うん! みっみんな――僕の想いに応えておくれ!!」
熱く激しく鼓動を響かせて、カナタは叫んだ。
カナタはレイが好きだ。マナカが好きだ。ミコトが好きだ。シバマルが、ユイが、カオルが、カツミが、ニネルとテナが好きだ。『学園』や『レジスタンス』、『リジェネレーター』で関わってきた皆が好きだ。
そして、そんな大好きな人たちと一緒に生きるこの世界も好きだ。
だから。
全てを破壊する哀しき意思を、皆と共に打ち払う。
『「さん、にぃ、いち――!」』
パイロットの少年と『コア』の少女、オーバーラップする二人のカウントダウン。
既に【ラファエルO】は巨大ワームホールの生成と歴代SAMの召喚で限界まで魔力を消費している。ここで最後の力を解き放てばその負荷に耐えきれず、『コア』は砕け散ってしまうだろう。
それはマオとマナカという存在の死を意味していた。記憶は『コア』にデータとして記録されるが、現在の人格としての形状は失われる。
本当はまだ、マオもマナカもカナタと一緒にいたかった。何もかもを擲ってでも罪を共に背負うと言ってくれた彼と、小さな身体に大きな愛を湛える彼と、この先の未来も隣で歩み続けたかった。
それでも、マオは罪を犯してしまったから。黒い炎に身を任せ、数え切れない数の兵士を殺してしまったから。
その贖いとして都市に残された人々の命を救い――少年を夜明けへと送り出す暁の車となりたい。
『「マーシー・ソードッッッッッッ!!!」』
重なり合う咆吼、溶け合う意志。
肩に担ぎ構えたライフルの銃口から黄金の閃光が迸り、銃身から機体の腕や肩、『コア』の宿る胸部までを爆裂させる。
少年と少女の最後の一撃が打ち上がると同時、【機動天使】と理知ある【異形】、そして蘇りし戦士たちの魔法も一斉掃射された。
燃え盛りながら落ち行く一輪の黒百合へ、一心に平和を願う者たちの叫びが轟いていく。
その【花唇】はたちまち純白の光に包まれ――




