第二百九十六話 最後の援軍 ―Psychomachia gathering―
「きっ、来てくれると思ってたよ、レイ……!」
『当然です。そして、間に合ったのはボクだけではありません!』
想いが通じたことに感謝するカナタに、レイは微笑みを返す。
銀髪の少年の青い瞳に映るのは、桃色の光粒に彩られた本物の【機動天使】たちであった。
『よぉー! ツッキー!! お互い生きてたみたいで良かったぜ!!』
『レイさんが私たちの撤退戦を助けてくれたんです! おかげでここまで戻れました……!』
『命からがら戻ってくりゃあ、何だァこりゃあ? ふざけるのも大概にしやがれ、くそったれ!』
『【機動天使】勢揃い! って訳だね。マジ、テンション上がるわぁ~!』
『離れていた間も、わたくしたちの想いは一つでした。だから、ここでこうして再び巡り会えたのです。最後まで戦い抜きましょう。そして、共に勝利を掴み取るのです!』
シバマル、ユイ、カツミ、カオル、そしてミコト。
新たな姿となった二機を加え、七機の【機動天使】がここに集結していた。
『これを引き起こしたのは、プルソンさん……あなたなんだね』
【メタトロンO】の肩に腰掛けて【悪魔の心臓】を見下ろし、『バラム』は遣り切れなさを滲ませる声音で呟く。
一歩間違えれば自分も、この終末を導いていたかもしれなかった。その恐ろしさと戦慄を感じながら、『バラム』は【メタトロンO】から身を投げ出す。
浮遊魔法で空中に躍り出た彼は熱線を乱射し、今にも倒されんとしていた『レジスタンス』兵たちを襲撃から守った。
「い、【異形】が、俺たちを助けた……!?」
思わず足を止める兵士の一人が、そう驚愕する。
信じがたい光景だ。しかし事実として、理知ある【異形】の一体に自分たちは命を救われた。
『リジェネレーター』の掲げていた【異形】との共生。絶望的な災厄を前にしてようやく、彼らはその理想に一筋の光を見出す。
だがその束の間、兵士は足元から伸び上がった茎の一本に機体を呑み込まれ、亡き者となった。
【機動天使】たちの参戦に応じて、花唇の茎が戦場の各所で新たに芽吹いていく。
『まだ増えるのか、クソが!』
『――増えるのなら間引けばいい。その役目は我々が請け負おう!』
カツミが悪態を吐いたその時――流星のごとく空に走る光が、三条。
幻獣の翼を生やした漆黒の雄牛、その背に乗るのは黒ローブを纏った青い肌の男である。
「ざっ、ザガンさん……!」
『参戦が遅れたことを謝罪しよう、少年。だが、それだけの時間をかけた甲斐はあった!』
歓呼するカナタに答えるのは『楽土』に住まう理知ある【異形】の一人、『ベレト』だ。
甲冑を身につけた偉丈夫の彼が仁王立ちしているのは銀色の雲――のように見えた。
だが、その雲が無数の光線を雨のごとく降らせたのを目にし、カナタはその正体に気づく。
『さぁ僕たちよ! 妾の命に従うのじゃ!!』
女王の高らかな声を号令として、彼女が率いていた群体が一斉に散らばる。
一切の羽音すら立てずに散開する、銀色の光沢を有する『飛行型』の軍隊。
間断なく放たれる緑色の魔力光線の連射が敵SAMのみを的確に狙い撃ち、追い立てた。
【イェーガー】のみならず【ラジエル】や【ミカエル】といった【機動天使】の装甲をも焼き切り、溶かし、破壊する。
『つ、強え……! 何だよあの銀色の『飛行型』!?』
『理知ある【異形】の方々と、彼らの率いる【異形】の軍勢が、わたくしたちを助けてくれている――。感謝致しますわ、カナタ、レイ。あなたたちがヒトと【異形】の架け橋になってくれたことを……!』
シバマルが瞠目し、ミコトがその胸を震わせて感謝を告げた。
各々の得物を手に戦う彼らと合流したカナタは、三名の理知ある【異形】を順に見つめて言う。
「べっベレトさん、あ、アスモデウスさん……! 良かった、間に合ったんですね……!」
『間に合った、というには少々犠牲が出すぎたようじゃが……ともかく、これで此方側の頭数も揃った。雑魚どもは【異形】らに任せ、主らはあの花唇を切り落とすのじゃ!』
圧倒的な物量には、同じだけの物量をぶつけるまで。
だが、それだけでは『第一級』をも呼び出し、さらに付与魔法で強化できる『プルソン』には到底敵わない。
故に『楽土』に棲まう電脳化した【異形】たちをアップデートし、更なる力を引き出す必要があった。
それには『コア』への干渉が不可欠。しかしブラックボックスたる『コア』に情報を書き込むことは困難を極め、【ラファエルO】と【メタトロンO】が完成するまでは試すことすら出来ていなかった。
全ての電脳化【異形】を更新し、出撃の準備が完全に整ったのは【悪魔の花唇】が芽生える直前であった。
「わっ分かりました! いっ行くよ、皆! ぼっ、僕たちであの花唇の本体を破壊する!!」
『『『了解!!』』
カナタの号令に仲間たちの声が重なる。
円陣を組んだ七人の天使たちは頷きを交わし合い、心を一つに飛び出していった。
『私たちが道を切り開きます!』
『偽物なんかにゃ負けねえぜ!!』
討たれてもなお新たに誕生する偽【ミカエル】と偽【ラジエル】に対し、ユイとシバマルは真っ向勝負を挑んだ。
撤退中に回復を挟んでいるとはいえ、彼らの機体は万全ではない。
それでも、彼らには自分たちこそが本物のパイロットであるという誇りと矜持がある。
そして、平和という理想へ向けて進み続ける強い意志も。
『『はああああああああッッ!!』』
踊り狂う紅蓮の炎と吹き荒ぶ烈風が、漆黒に染まった天使の肉体を木っ端微塵に粉砕する。
勢いそのままに周囲の機体も呑み込んでいく【紅蓮華舞】と【大旋風】を横目に、カオルとカツミもそれぞれの大魔法を一気に解放した。
『【バイオレンスレイン】!!』
『【ディバインブレイズ】!!』
打ち上げた弾が炸裂したそばから猛毒の雨を降らし、回転しながら放たれた蒼炎が周囲の敵機を一纏めに燃やし尽くしていく。
天使たちによる大規模広範囲攻撃。それによって数を減らした敵陣へと切り込んでいく【ラファエルO】と【メタトロンO】の後方から、【ガブリエル】の【リリーフプロテクション】が齎された。
少女の強さと優しさを体現したような温かい桃色の光が、少年二人に力を与える。
『信念の剣で、その未来を切り開くのです! カナタ、レイ!!』
前方から光線と実弾の弾幕が張られるも、二人は構わずその中へ突っ込んでいく。
ミコトの加護で機体の耐久性は増している。それでもダメージは避けられない。機体の装甲が凹む。溶け落ちる。被弾の衝撃が身体を揺さぶる。だが、彼らは止まらない。
ここで防御魔法に魔力は割かない。全魔力を注ぎ込むのは【悪魔の花唇】を守る二枚の盾を突破する瞬間だ。
『痛みを乗り越えてボクらは絆を結び、強くなってきた!』
「こっこの痛みがまた、僕たちに新たな力を湧き上がらせる!」
【ガギエル】と【レリエルN】。【水銀の盾】と【ブラックオーロラ】を展開する二機の眼前に【ラファエルO】と【メタトロンO】が躍り出たのは全くの同時だった。
完全なるシンクロ。
一糸乱れぬ動きで剣を抜く天使たちに対し、心なき堕天使たちは一瞬の演算を強いられた。
そして彼らは蓄積された『コア』の記憶から最適解を導き出す。言葉を排した連携で即座にポジションを交代し、【ガギエル】は【ラファエルO】の、【レリエルN】は【メタトロンO】の攻撃を封殺せんとした。
「かっ、かかったね――」
少年の青目が微かに細められる。
その言葉の意味を【花唇】が理解する瞬間にはもう、二人の一撃は防壁を貫通して敵機に肉薄していた。
【ラファエルO】が乱れ撃つ【太陽砲】。
【メタトロンO】が疾走らせる【招雷剣】。
滅却の砲撃が汞の盾を蒸発させ、雷光の剣が闇夜の帳を切り裂いていく。
「「おおおおおおおおおおおおおッッ!!」」
『『―――――――――――――――!?』』
カナタとレイの咆吼が重なる。
堕天使たちの声なき断末魔の絶叫が響き渡る。
巻き起こる爆発の連鎖。
灼熱の乱打が【ガギエル】の装甲を跡形もなく融解させ、閃く白刃が【レリエルN】の張り出した胸部装甲をかち割った。
守りを失い露出した『コア』。撃ち込まれる最後の一弾と剣先から迸る迅雷がそれを捉え、破壊する。
『よくやりましたわ、二人とも!』
爆風を突っ切って舞い踊るは救恤の天使、【ガブリエル】である。
桃色の光を燃やす長槍を引き絞り、投擲。
その一槍は曝け出された花唇の中央へと吸い込まれるように突き刺さり、貫いた。
『これで――終わりです!!』
衝撃に構造を維持できなくなった【悪魔の花唇】本体が、花弁から茎、枝葉の順に灰と化して崩れ落ちていく。
同時にその周辺のSAM群も消滅を始める中――ミコトたちはすぐに違和感を覚えた。
『どういうわけだよ!? 本体を倒したってのに――』
『SAMがまだ、動いているなんて……!』
硝子色の光条がシバマルを追い立て、アリアのごとき超音波がユイの耳朶を打つ。
眼下から差し向けられる『魔力光線砲』の嵐にミコトも回避を余儀なくされ、カナタとレイも急迫する漆黒の光線に防御を強制された。
『くっ!?』
『これは――』
攻勢の更なる激化。空を覆い尽くす弾幕の雨に視界を遮られ、【機動天使】たちは満足に状況を把握することも出来ない。
それでもただ一点、分かることがある。
この戦いはまだ、決して終わってなどいないということだ。
それを裏付けるように――少年たちの眼前で、灰と化したはずの花唇本体が再生を始めた。
「そんな……!?」
大地より芽吹き瞬く間に成長を遂げる【悪魔の花唇】に、ミコトは声を戦慄かせる。
七機の【機動天使】が総力を以て敵陣に風穴を穿ち、盾を破り、ようやく本体を破壊できたというのに――これでもまだ、駄目だというのか。
絶望が少年少女たちの心を蝕まんとする。
が、そんな中、背中合わせに互いを守るカナタとレイだけは、【悪魔の花唇】の討伐方法に気づいていた。
「あっあれは、本物の植物と同じなんだ……ねっ、根が無事ならそこからまた芽が伸びてくる」
「全てを根こそぎ破壊しなければ、この戦いは終わらない……そういうことですか」
不可能、その三文字がレイの脳裏に過る。
現実的に考えて、花の株の一つを壊すのがやっとだった自分たちに【悪魔の花唇】全体を除去できるわけがない。
だが、やらなければ。
ここでやらなければ、自分たちも都市に暮らす人々もみんな死ぬ。
「……カナタ。君に運命を託します。これは最後の、賭けです」
「りょ、了解だよ。きっ君が望むなら、僕は応えるだけだ」
それでも、生きていきたいから。
戦いも、その先の未来も、二人で乗り越えていこうと誓ったから。
早乙女・アレックス・レイは一つの策を、相棒に託すのだ。
そしてカナタも、その思いに全身全霊で報いる覚悟だった。
「み、皆……もっ、もう一度、本体への道を切り開いてほしい」




