第二百九十五話 破滅の胎動 ―The Devil's Flower Lips.―
雷の剣が無数の触手群を一掃する。
突き込まれる刃を【絶対障壁】で受けた『プルソン』は【ラファエルO】のカナタを見据え、叫んだ。
『何故抗う? 君の行動の全ては無意味だ! 回り出した歯車は最早止められない!!』
「むっ無意味かどうかなんて、まだ分からない!」
結晶の『アームズ』を招集し、花弁のような肉塊へと浴びせる一斉射撃。
踊り狂う光条が防壁の表層を焼き切り、たちまち臨界点を迎えたその盾は崩壊していく。
『分かるさ! この【悪魔の花唇】はもう止まらない! 止められない! この私でさえもな!!』
障壁が破壊された隙に叩き込まれた光の槍に対し、繭のごとく包み込むように巻き付いていく触手たちが『プルソン』本体を守った。
深淵の闇が希望へと繋がる光を拒絶する。
その一本一本が帯びる魔力に【マーシー・ランス】を完封されたカナタは顔を歪め、咄嗟に飛び退いた。
魔力を感知する第六感に従って動いたその直後、触手の表層から顔だけを出した『悪魔型』たちが開口する。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ――――!!!』
爆発の衝撃波にも等しい轟音が響き渡り、防壁ごと【ラファエルO】を吹き飛ばした。
機体を包む壁の外にあった『アームズ』が振動の強さに耐えきれず、砕け散る。
『くっ――!?』
その威力にマオは瞠目し、歯噛みしていた。
『花弁の結晶』が纏う魔力は『ナノ魔力装甲』よりも強度が高く、だからこそ『コア』が直接露出する形態での運用が出来ていたのだ。
それをこうも容易く破壊されてしまうとは――『プルソン』もとい【悪魔の花唇】の力は想像を優に超えている。
『不味いよカナタ! 「アームズ」がなければ敵の全部に対応できない!』
「すっ全ての『アームズ』が壊されたわけじゃない――だから」
大丈夫だと、カナタは焦るマオをなだめる。
圧倒的な脅威を前に冷静さを欠いては駄目だ。敵を見て、己を見て、どうすれば勝てるのか答えを導き出す。
それが今のカナタたちのやるべきこと。
「ぷっ『プルソン』さんの魔力は無限だ。じ、持久戦は絶対に挑めない。でっ電撃戦であの肉壁と触手の防御を突破し、本体を討つしかない」
空中で体勢を立て直しつつ結論づける。
『アームズ』と【ラファエルO】本体での同時攻撃を以て、敵の守りを打ち砕き、『プルソン』本人を殺すのだ。
「――いっ行くよ」
『あいあいっ、任せときな!』
残像が見えるほどの速度で一気に加速、【悪魔の花唇】へと急行する【ラファエルO】。
真紅の呼気を吐き、血の涙を垂れ流しながらヒトを超えた力を引き出したカナタは、悪魔たちの迎撃もものともせず突き進んでいく。
刹那にして詰まる彼我の距離。
爆音波に装甲の表面を粉砕される中、ゼロ距離から連射される白光が触手の防御に一つの風穴をぶち開けた。
それと同時、過負荷に耐えきれなかった残りの『アームズ』たちが爆散する。
『――カナタ!』
「ぜああああああああああッッ!!」
少女の呼び声に応え、少年は穿たれた間隙へと剣を突き込んだ。
全体重と全魔力を乗せた一撃。
迸る迅雷が触手の全てを一挙に燃やし尽くし、【悪魔の花唇】がその姿を晒す。
肉塊の「核」となっている『プルソン』の視線とカナタの視線がにわかにかち合った。
「ふッ――!!」
閃く白銀。その四連撃。
『プルソン』の四肢を狙って放たれた斬撃が、彼を肉塊から切り離す。
飛散する緑血を浴びながらカナタは『プルソン』を抱え、その場から離脱していった。
『カナタ、あんた――』
本体を討つしかない。カナタはその覚悟で敵の懐に飛び込みつつも、対話を求める意志を最後まで捨てずに殺さない選択肢を取ったのだ。
どこまでも馬鹿で、甘くて、そして優しいカナタに、マオは溜め息まじりの笑みをこぼす。
「核」となる『プルソン』が別離した今、【悪魔の花唇】はもう状態を維持できないはずだ。人類を滅びの寸前まで追いやった戦いは、ここに終結した。
「ぜっ、全部を滅ぼすなんて哀しいこと、言わないでください、『プルソン』さん。ち、知性を持つ僕たちは、そっそのせいで間違えることもある。でっでも、知性を持つからこそ、失敗から学んでやり直すことができる。ぼっ僕たちは誤った方向に進んでいるのかもしれない……けれど同時に、より良い方向に進むことだって、不可能ではないと思います」
今、カナタと共に戦っているマオがその証明だ。
彼女は『レジスタンス』兵たちを殺戮する大罪を犯した。それでも己の過ちを反省し、カナタと一緒に罪を償っていきたいと思っているからここにいる。
誰かが手を差し伸べ、その手に応える意志があれば、人はやり直せる。
カナタはそう信じている。だから、『プルソン』にだって語りかけるのだ。
「ぼっ、僕らと一緒にやり直すんです、『プルソン』さん。ほ、滅び以外の道はきっとある。お互いにそれを探しましょう、『プル――」
『止められない、と言ったはずだ』
その『プルソン』の言葉にカナタは息を止めた。
咄嗟に振り仰いだ瞬間、上空から降り注ぐは漆黒の魔力光線。
展開した防壁ごと吹き飛ばされるカナタは、【ラファエルO】の腕の中で哄笑する男の声を呆然と聞くしかなかった。
『ふふふッ、ふふふふっ、ふははははははははは!! 言っただろう、あれはもはや私でさえも止められないと! 私はあれを目覚めさせるための鍵に過ぎなかったのだ! 全ての生命を食らい尽くし、膨れ上がった魔力に耐えきれず自壊するまで【悪魔の花唇】は鼓動し続ける! 止まる頃には何もかもが滅び、原初に帰る! 原始生命体の時代へのリセットだ! この終末は誰にも覆せない!!』
漆黒の魔力光線――と思われたものは、肉塊の花弁から生え出でた「茎」であった。
大地の魔力を吸い上げて、その茎は太く硬く強靱に変化していく。
それと連動するように花弁もまた肥大化していき、自重に引かれてだらりと垂れ下がっていった。
「なっ……!?」
茎から枝のように伸びていき、先端に「実」をならす触手。
地面に根を張り雨後の筍のごとく芽吹く、幾多もの花の株。
瞬く間に繁茂する【悪魔の花唇】を前にカナタは絶句し――そして、激しく首を横に振った。
『あんだけの数の触手――さっきまでとは比較にならない数の悪魔どもが生まれてくる! 「アームズ」全部が駄目になった状態で、勝てるわけ……』
「かっ勝てる勝てないじゃない! ぼっ僕たちは、僕たちだけは、諦めるわけにはいかないんだ! こっここで諦めたら、冬萌大将や『レジスタンス』の皆、『リジェネレーター』の皆の戦いが、何もかも無駄になる!」
絶望に屈しそうになるマオを叱咤し、己に発破をかける。
狂ったように笑い続ける『プルソン』を地面に放り出し、カナタは天高く屹立した【悪魔の花唇】本体の花唇を見上げた。
「ぼっ僕たちの命も、重ねてきた歴史、紡いできた思い出も……全部、全部なくしてしまうなんて絶対間違ってる! みっ皆がこの世界に絶望したわけじゃない……とっ都市の人たちは、こっ、この残酷な世界でも生きていきたいと思ったから、そこで暮らそうと決めたんだ! とっ、都市で生まれた僕たちのような子供だって、未来に希望を持ちたいと……そう願っているんだ――!」
だからカグヤは『レジスタンス』を創設した。
だからカナタたちは『リジェネレーター』を発足した。
全ては希望ある未来のために。皆で共に生きていくために。
最後までみっともなく足掻きたい人たちの集合体がこの都市であり、SAMを有する両組織なのだ。
「あっあの本体を討つ! それだけ――」
結晶の『アームズ』を失った機体のみで【ラファエルO】は急上昇していく。
寄ってくる害虫を叩き落とさんと振るわれる触手の鞭を刻み、断ち、斬る。
「【招雷剣】ッ!!」
『楽土』で『ベレト』に師事して身につけた流麗なる剣技を以て阻むものを切り払ったカナタは、そのまま本体の花唇の直上へと躍り上がった。
青白い雷光を宿した刃を振り下ろす。露呈した雌蕊へとその刃が触れる、その寸前――。
横槍が入った。
「ぐっ――!?」
薙ぎ払われたのは槍の穂先。
弾かれた刃が跳ね上がる瞬間、少年は目にした。
長槍を振り抜いた体勢でホバリングしている一機の、SAMを。
「なっ、なん、で……!?」
トサカ付きの兜を被った、背にマントを靡かせる女騎士のごとき機体。
体色はどす黒く染まっているが、その容貌をカナタが忘れるはずもない。
【機動天使】が一機、【ガブリエル】。それと全く同型のSAMが今、ここに現れていた。
(不味いッ、来る!)
漆黒の【ガブリエル】が桃色の光輝を纏う。
【リリーフプロテクション・破】。機体性能と魔力が一世代分の進化を遂げる、破格の付与魔法である。
「それでもッ……!」
本体さえ討てば全てが終わるのなら、この機体など惜しくはない。
【ガブリエル】の攻撃を食らう覚悟でカナタは打ち上がった剣を再び振り下ろした。
が――全身の骨を揺さぶるような衝撃が彼を襲い、【ラファエルO】はノックバックしてしまう。
【ガブリエル】のいる右手側ではない。左手から来た攻撃だった。咄嗟に【絶対障壁】を展開して周囲の様子を窺うカナタは、息を呑む。
肋骨に走る痛みに顔をしかめる彼が見たのは、もう一機のSAMであった。
「【ラグエル】……!」
毒島カツミの愛機である、筋骨隆々な類人猿を思わせる黒き【機動天使】。
その背後にカナタはおぞましい光景を目撃する。
触手の先に膨らんだ「実」が割れ、緑の内容液を浴びながら産声を上げる闇色に染まったSAM。
一株につき十本ほどの触手。それが十株。
その数――都合、百機。
【機動天使】や【七天使】、【ベルセルク】や【ドミニオン】を初めとした【イェーガー】の派生機など、歴代SAMのコピーとでも言うべき存在がそこに誕生していた。
「……ッ」
少年は戦慄する。少女は悪罵の言葉を吐き散らす。
『悪魔型』だけならまだ何とかなった。だが、出現したSAMたちの性能が本物と同一だとすれば――全てを捌き切れる可能性など、限りなくゼロに近い。
「そっそれでも、時間稼ぎくらいは出来る。まっ、マオさん――『コア』のデータベースから魔法を検索して発動まで実行して。ぼ、僕は持てる武器の全部を使って、あれの本体を落としにいく」
『了解』
もはや軽口を叩く余裕もなく、マオは意識を『コア』の記憶へと集中させていく。
魔法の制御を彼女に一任したカナタは剣を構え、己を取り囲むSAM群を見渡した。
これまで共に戦ってきた仲間たちの機体が、敵として立ちはだかっている。それらを見ていると否応なしに友達の顔が脳裏に浮かんできて、少年は哀しげに目を伏せた。
「――うっ、討つよ」
飛び出す。剣を振り抜く。
時間にしてコンマ一秒にも満たない一瞬で、落ちたSAMの首は三つ。
爆発四散する【イェーガー/指揮官機】の残骸を背後に、【ラファエルO】は再び【悪魔の花唇】の本体へと迫らんとした。
マオの操る【ジャッジメントウィング】が接近する敵機を牽制、あるいは飛び回る羽根の先端より撃ち出す魔力光線で撃破していく。
が、それを阻む者たちもやはり存在した。
物理攻撃の衝撃を完璧に殺す【水銀の盾】を掲げる【ガギエル】と、【ブラックオーロラ】で魔法攻撃を遮断する【レリエルN】である。
「ちっ――!」
雷の一閃を銀白のベールが押さえ込む。
衝撃を殺す流体の盾にカナタは舌打ちし、即座に剣へ【大旋風】を纏わせた。完全な破壊には至らなかったものの、絡みつく水銀を吹き飛ばすことに成功する。
『ああもうッ!』
【ジャッジメントウィング】を封殺されたマオは苛立ちを露に魔法を切り替えた。
飛び交う羽根たちをそのまま『アームズ』代わりとして撃ち出すのは、七色に輝く【ラミエル】の光魔法――【プリズムレーザー】である。
虹色と漆黒の激突。
二つの魔力が相殺され、霧散する。
「まっ【マーシー・ランス】!!」
投擲される光の一槍が暴風に引き裂かれる水銀の間隙に突き刺さり、その向こうの【ガギエル】を貫き殺す。
同時に横殴りに降りかかってくるのは『魔力光線砲』の乱射だ。
魔力消費を鑑みない埒外な火力の極太レーザーが、マオの展開する【絶対障壁】を消し炭へと変える。
防御が崩れたそこにすかさず叩き込まれるのは、桃色に縁取られた灼熱の光弾――【メタトロン】の【太陽砲】が火を噴いていた。
「あああああああああああッッ――――!!?」
放たれる砲撃の数は二十五。【ガブリエル】の加護も加算されて光よりも速く突き抜ける魔力の粒子は、もはや誰にも躱すことなど叶わない。
被弾する。装甲の表面が弾け飛び、焼け爛れ、その激痛に少年は絶叫した。
それでも――マオは止まらなかった。
機体のダメージをパイロットに全てフィードバックさせている彼女が痛みを感じるのは、『コア』が破壊されるその時だけ。それまではどれほど傷を受けようが、パイロットが死なない限り機体を動かせるバーサーカーとして戦える。
『耐えてよカナタ! ここはアタシが!』
機体の制御を奪取する。
マオは再び『魔力光線砲』を構える『新人』の改造【イェーガー】らを乱れ撃つ閃光で消し飛ばし、その背後にいた【ベルセルク】の一群もまとめて片付けた。
しかし――直後、放った光線が一斉に【ラファエルO】のもとへ蜻蛉返りしてくる。
急上昇してそれを躱し、光線の通過していった先にいた数機が大破するのを尻目に、マオは忌々しげにその名を呟いた。
『【ドミニオン】……!』
『反光線塗装』の施されているこの機体は、光属性の攻撃を主力とする【ラファエルO】にとっての天敵ともいえる存在だ。
「まっ……魔法だけじゃ駄目なんだ! ぼっ僕も、戦う、から……!」
『無理よカナタ! そんな身体で――』
「むっ、む、無理じゃない!!」
強制的にコントロールがカナタに奪われる。
痛哭してもなお『獣の力』の発動は止めていなかった銀髪の少年は、鎖鎌を構える【ドミニオン】へと急降下していき――すれ違いざまに一撃、浴びせた。
「ぼっ、僕の力も、まっマオさんの力も……ど、どちらも欠けちゃいけないんだ」
頭頂部から臀部にかけてを縦に真っ二つに割られ、【ドミニオン】の一機が爆散する。
掠れた声でそう口にするカナタに言葉を返そうとしたマオだったが、その時、彼女は目にしてしまった。
【ガブリエル】をはじめとする【機動天使】や、【リベリオン】や【カーオス】などの五十機を超える【イェーガー】派生機たちが『丹沢基地』へと攻め込んでいく光景を。
『やばいッ――止めなきゃ!!』
進攻する敵軍を上空から【太陽砲】の連射で掃討せんとするも――【ドミニオン】の『反光線塗装』や【レリエル】の【ブラックオーロラ】によってその大半をカットされる。
人類を護るために作られた機体が、逃げ惑う兵士たちを無感情に殺戮し、最後の砦たる基地を爆撃していく悪夢。
それを止められない己の不甲斐なさを呪う暇さえ、カナタたちには与えられなかった。
飛行ユニットを背負った【マトリエル】の実弾銃が機体を掠めたかと思えば、【ゼルエル】の鉄拳がひび割れた装甲を完膚なきまでに粉砕する。
「ぐうっッッ――!?」
少年による【絶対障壁】の再展開。
しかし本来漆黒であるはずの防壁は灰色に薄れ、力の弱まりを呈したそこへ【カーオス】の『ツィアシュトーレン』が炸裂した。
爆発の連鎖。
それによって一切の守りを失った【ラファエルO】へと向けられるのは、円陣を組んだ旧【七天使】機の銃口だ。
『――――』
声にならない悲鳴がマオの喉から漏れ出る。
機体を覆っていた『ナノ魔力装甲』の光芒が、ふっと消え失せる。
魔力の限界だ。装甲も殆どが破砕されて、人工筋繊維や『魔力液チューブ』が露出してしまっている。
『嫌っ、アタシは――』
引き延ばされる時間の中、生存を求めてマオは必死に『コア』の記憶を手繰り寄せた。
そして一瞬で結論に至った。
単純な話だ。歴代SAMの魔法を扱える機体であっても、その魔法を使うための魔力が切れてしまったら、ただの鉄人形にしかならない。
終わりなのだ。今、攻撃を食らったら確実に死ぬ。
『コア』としてカナタと添い遂げんとした少女の第二の人生は、ここで終焉を迎える。
だがその時を目前にしているにも関わらず、月居カナタという少年の表情は、凪のように穏やかであった。
『なんで……そんな、顔』
「しっ信じているからだよ。僕が、彼を――」
微かな笑み。
その直後――実弾と光線の銃が撃ち出されるのに先んじて雲を割ったのは、救済の白光であった。
『これ以上の暴虐は許しません!』
天使の浄火が偽りの【七天使】たちを葬送する。
その爆煙を切り裂いて降り立ったのは、赤き結晶の羽衣を纏いし天使。
カナタの親友にして戦友、運命を共にすることを誓った相棒である早乙女・アレックス・レイの、【メタトロンO】である。




