第二百九十話 不戦の意志 ―Why continue the war?―
時間をください。
【ドミニオン】一機のみで目の前に出てきた少年のその申し出に、『プルソン』は真っ向から否定を突きつけた。
『拒否する。時間は物事を解決しない。むしろ悪化させる。ここで時間をくれてやったところで人類は更なる軍拡を推し進め、我々を滅ぼす力を蓄えるだけだろう』
「違う、です! ぼくが言いたいのは……プルソンさん、あなたとお話がしたいということです」
一時停戦を求める意味で言ったのではなく、対話するためだとテナは訴える。
少年の真意を理解した獅子面の【異形】は微笑みとも失笑とも取れない笑みを僅かに浮かべ、言った。
『話、か……では一つ話をしよう。人類は総力を挙げて我々を殺しにきた。それが何故か分かるか、少年よ』
「……ヒトが、【異形】のみんなを怖がるから」
『それも要因の一つとしてあろう。恐怖は時に他者への排斥の原動力となる。だが、それらの感情の根本にある生命としての本能……それが戦いを生むのだよ』
気づけばテナのみならずアスマもタカネでさえも、『プルソン』の語りに聞き入っていた。
にわかに戦場に訪れる静謐の中、『プルソン』は話を続ける。
『生命は他者との生存競争の中で淘汰を繰り返し、進化してきた。生命の生存戦略の一つとして攻撃行動があり、我々が争う理由もそこに帰結する。そこに善悪などない。ただ生き残るか滅びるか、二者択一の運命があるのみなのだ』
人類も【異形】も生命の一種である以上、『プルソン』の言い分は確かに一理あるかもしれない。
だが、人類と理知ある【異形】はその他の多くの生物にはない高度な知性を有している。
「あ、争うことだけが、ぼくらのせいぞんせんりゃくではないと思う、です。ぼくたちには言葉がある。おたがいの思いを伝えることができる。ぼくたちはミコトたちに、それを教わった……」
自分たちは話し合える。
『新人』が人類との交流の中で互いのことを理解し、尊重し合えるようになったように、同じ関係が人類と理知ある【異形】間でも築ける可能性があるとテナは思う。
弁の立たない少年にはそれを上手く言えなかったが、『プルソン』はその意思を汲んでいた。
汲めて、しまった。
『私もかつて同じことを考えていたよ。私たちもヒトと同様に、言語を扱える。だから交流や共生も可能なのではないかとね。だが……あの星の人類は迫害の果てに我々を追放し、この星の人々も我々に総攻撃を仕掛けてきた。私は思い知ったのだ。どれだけ賢い生命であっても、結局は本能には抗えないのだと』
たとえ少数が理性の声を上げようと、大多数が本能に従って攻撃行動に出れば意味がない。
大半の人類は【異形】にとって種としての外敵なのだ。その姿勢が変わらない限り、『プルソン』も生き残るために抗い続ける覚悟だ。
『ヒトが獣である限り、ヒトが愚かである限り、私はヒトの敵であり続ける。少年よ……君たちは聡い。だから……残念だ。ここで君たちを抹殺せねばならないことが……』
絶望に声を震わせ、『プルソン』は暗く淀んだ瞳でテナたちを見下ろす。
拳を握り込んでそこに魔力を溜め始める彼に対し、アスマたちの制止を無視して声を上げたのはニネルだった。
「なんでっ……なんで、殺さなくちゃいけないの!? 『プルソン』さんだってさいしょはわたしたちと同じことを考えていたんでしょ!? お願い、『プルソン』さん! ヒトの全部が悪いわけじゃない……【異形】の血がながれるわたしたちを受け入れてくれるやさしいヒトだっているの! だから……だから、もう一度しんじて……!」
「そうだよ、『プルソン』さん! ぼくたちのなかまはヒトにうたれて死んだ。でもっ、ぼくたちがこうして生きていられるのも、笑っていられるのも、ヒトのおかげなんだ……!」
青い肌の少年少女の叫びに、アスマも意を決した。
武器などいらない。本当に必要なのは他者に歩み寄り、理解しようとする姿勢なのだ。殺し合いの結果として残るのは、後悔と虚しさだけ――それを彼は『プルソン事変』と『ダウンフォール作戦』の中で嫌というほど思い知った。
「僕たちに理知ある【異形】と敵対する意思はない! 僕たちは一刻も早い終戦と、人類と【異形】との恒久的な共生を望んでいる!」
『我々を殲滅しにかかった君たちがそれを言うか、少年! そんなものが人類の総意であるはずがない!』
「確かに人類の総意じゃないさ。でも、この戦場で命を懸けてる人間の中には僕も含めてそういう奴らがいるんだ。そして、その意思は人類社会に広がっていく可能性を持っている! 『リジェネレーター』という組織はそれを証明した!」
一時は『新東京市』の半数もの人たち、特に若い世代の者たちが『リジェネレーター』の理念への共感を表明した。
終わりの見えない戦いを継続することよりも、それにピリオドを打って新たなる時代を作り上げることを望む。
そんな者たちも少なくない数、人類にはいるのだ。
「僕はかっこいいロボットが大好きで、それを創るのも誰より大好きだけど――愛するSAMが命を無為に散らすために使われ続けるというなら、そんなもの全部壊したっていい! これが僕の覚悟だ、『プルソン』!!」
銃も刃も『シールドビット』も全て捨て、【アザゼルΧ】は『プルソン』の前にその身を晒した。
少年の純粋な瞳が真っ直ぐ【異形】の暗い目を射貫く。
美しい信念だと『プルソン』は思った。全人類が彼のように尊い精神を持っていたらどれだけ良かったかと、彼は現状を嘆いた。
『共生など不可能だ。君や「リジェネレーター」とやらがそれを望んだとしても、都市に住まう人類は我々の滅びを支持している。もはやそれは覆るまい。他ならぬこの私と、そこの『レジスタンス』司令が、この運命を演出してしまったのだからな――!』
人類側は【異形】を自然もろとも抹殺し、【異形】側はあの災厄を都市に再現してしまった。
それが起こった時点で決まっていたのだ。戦いは一方が他方を滅ぼすまで終わらないのだと。
『少年よ。君たちを賞賛しよう。だが仕方がなかったのだ。私も、『レジスタンス』司令も、愚かにも戦いを望んでしまった! 全ての同胞のために、私は都市を壊滅させることで責任を果たす! 邪魔者は消えてもらおう!!』
「下がれニネル、テナッッ!!」
『プルソン』が魔力をチャージしていた掌をこちらへ向ける。
喉が張り裂けんばかりの声で警鐘を鳴らすアスマは両腕を広げ、背後の『新人』二人を咄嗟に庇った。
彼我の間に遮蔽物は皆無。
放たれた超火力の光線を【絶対障壁】で受けた少年は、その高熱と衝撃に歯を食い縛る。
「ぐぅっ……!! なんでっ、こうなる……!?」
自分たちの意思は、希望は、『プルソン』の心を動かすに至らなかった。
彼だって本当は争い合わず、共に生きることを望んでいたはずなのに。
「どうして戦わなくちゃいけないんだ、僕らは!!」
光に満ちた視界が歪んでいる。頬に熱を帯びた水滴が垂れる。
同じ思いを抱えているにも拘わらず戦いを止められない哀しさに、アスマは一人、涙を流した。
直後――漆黒の防壁が崩壊し、無数の粒子となって霧散していく。
『シールドビット』を手放した機体は極太の光線に呑まれ、爆発した。
*
「そん、な……」
夜桜シズルは嗚咽を漏らしそうになる口元に手を当て、静かに目を伏せた。
対話の拒絶。その証として九重アスマは残酷にも撃たれてしまった。
これで戦闘が終結する可能性は、完全に閉ざされた。一方が他方を殲滅するまで、この戦いは永遠に終わらない。
「出るぞ、ツグミ。対話は決裂した」
「了解だよ」
彼ら兄弟にはその短いやり取りで十分だった。
【アザゼルΧ】が大破したのを視認した瞬間、その時を待ち構えていた二人は即座に出撃していった。
一直線に向かってくる二機のSAMに対し、『プルソン』は掌底突きの動作と共に放つ光線で応戦。
降り注ぐ閃光の雨の合間を掻い潜って、タカネとツグミは瞬く間に会敵を果たす。
「――遅いぜ獅子面!」
「あれだけの【異形】を出現させた後だ。奴といえど消耗している!」
【カーオス】の投擲する『ツェアシュトーレン』が炸裂し、【輝夜】の操る黒薔薇の蔦が漆黒の大蛇へと変身していく。
飛来する幾多の爆弾と大蛇の吐く猛毒の血潮。
思考よりも先に反射で【絶対障壁】を発動させた『プルソン』はそれを難なく防ぎ、自らの足元にワームホールを展開した。
二機が次の一撃を叩き込もうとした瞬間にはもう、その姿は消えている。
「チッ――!」
第六感で殺気を察知した時には既に、機体の背後を敵に取られていた。
【カーオス】に覆い被さるように背中で光線を受けたタカネは機体を揺さぶる衝撃につんのめりながらも、思考だけで【輝夜】を操作して反撃に移る。
槍衾のごとく勢いよく伸び上がって獲物を貫き殺さんとする茨の蔦。
しかし『プルソン』は己の身体の前面にワームホールを開かせ――
『死ね』
そこから繋がるもう一方の穴を、【輝夜】の胸部正面へと設置していた。
その瞬間、突き飛ばされて浮遊感を覚えるツグミは見た。
【輝夜】の胸部装甲から『コア』、そして背面部の翼と推進器までを硬質な茨の蔦が貫通する光景を。
「兄さ――」
一撃だった。
閃光の瞬きの直後、たった一人の兄弟を想う男の声は轟音に掻き消され、そして。
衝撃波と爆風が彼を機体ごと巻き込み、吹き飛ばした。




