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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百八十九話 失格者 ―The End of Desire―

 結論から言ってしまえば。

 蓮見タカネという男には、軍人としての、司令官としての才能がなかったということなのだろう。

 味方の裏切りを見抜けずに一個師団を壊滅させた。『第一級』の軍勢の登場を想定できず、【七天使】までも失った。

 死なせた人員の数は三万を超えている。新暦史上最悪といわれた『福岡プラントの悲劇』の倍以上の死者数だ。都市の中で蹂躙の限りを尽くしている【異形】たちによる被害を含めれば、その何倍、何十倍にも膨れ上がる。

 この戦いが始まらなければ生まれなかったであろう犠牲だ。

 人類の総攻撃で【異形】を滅ぼせると思い上がり、愚かにも理知ある【異形】をいう火薬庫を刺激してしまった愚物。

 後世の人々はきっと、蓮見タカネをそう評価するのだろう。


『無様だなぁ、兄貴。お前が築いた箱庭は、もう見る影もなくぶっ壊されちまったよ』


【イェーガー・リベリオン】にも似た闇色の市街戦型SAMから聞こえてきたのは、忘れもしない弟の声だった。

『新人』という『鍵』の到着を信じろ――そうシズルに言われ、己の無力さに口を閉ざしていたタカネは力なく口角を緩める。


「……そのようだ」

『なんだぁ? それだけかよ。もっと悔しがって喚いてくれりゃあちょっとは溜飲が下がったんだけど。ま、無理もねえよなぁ。兄貴、学生時代からSAMなんてそっちのけで政治の勉強ばっかしてたからなぁ』


 戦場にありながら弟は昔を懐かしむような声音だった。

 その口ぶりにタカネは声にならない笑みを漏らす。

 全くその通りだ。自分には軍を率いる資格などなかった。にも拘わらず己が完璧だと思い上がり、この失態を演じた。


 両親に生き方を決められる運命が許せなかった。己が全てを支配することで、真に自由な人間になれると思った。政治と軍事、双方を掌握し人類の仇敵である【異形】を排除すれば、世界は意のままになると信じた。

 ――その結末がこれだ。


「お前ももう少し、私を責めてくれてもよかったのだがな。この結果は私の欲望の果てに招かれたものなのだから」

『責めることで綺麗さっぱり事態が片付くなら、そうしてるよ。でも、現実は違うだろ? だったら戦うしかないよ、俺たちは』


 自由とは責任を伴うものだと、いつか彼は独白していた。

 その責を今、果たさねばならない。この歪んだシナリオにピリオドを打つこと、それこそが最高司令としてタカネがやるべき償いだ。


「罪を清算する。力を貸してくれ、ツグミ」

『初めて頼ってきたなぁ、兄貴。いいぜぇ、俺たち兄弟で理知ある【異形】とやらをぶっ潰す!』


 己の傲慢を自覚し、無力に打ちのめされ、男は完璧超人の仮面を捨てた。

 軍人としての蓮見タカネは未熟者に過ぎない。それでも自らの罪に向き合い、その贖いを果たそうという意志は本物だ。

 その意志が【輝夜】の侵食から彼の精神を守り、かの機体を統御するに至っていた。


「『鍵』は間もなく届く。奴の居場所が判明し次第、早急に向かうぞ」

『――了解したよ』



【アザゼルΧ】と【ドミニオン】四機は一切減速することなく東へと真っ直ぐ進んでいた。

『交信』が捉える『プルソン』の魔力反応は徐々に高まりつつある。間違いなく、あの理知ある【異形】は都市の近辺にいるのだ。


「分かる……聞こえる。あのひとのこどうが……はげしい、いかりとにくしみが……」


 囁くように呟くテナは、哀しげに項垂れる。

 言葉で説得しても収まらないであろうと確信できてしまうほど、『プルソン』は瞋恚しんいの炎を燃やしている。

『レジスタンス』が【異形】やその他の生命の棲まう樹海を焼き払ってしまった、その報復に『プルソン』は人類を滅ぼそうとしているのだ。


「プルソンさんは言ってた……自分たちはなかまを、人にころされたんだって……。同じことがまた、おこってしまった……だから……」

いかっている、っていうのか? それで人類を攻撃したって殺戮の繰り返しにしかならないのに――」


 アスマはやりきれない思いを拳に込め、モニターに打ち付けた。

『プルソン』の思いは理解できる。大多数の人類だって【異形】に大切な人を奪われたから、彼らの討伐を推し進めていったのだ。そこに何ら違いはない。

 それでも、『プルソン』の行いを肯定することはできない。

 軍人が、一部の人間が過ちを犯したからといって、人類全体を悪と決めつけて攻撃するのは間違っている。

 それを彼に伝えなければならない。


「見て、『基地』が……!」

「そっちは気にしなくていい、フユカ。『プルソン』を探すことに専念するんだ」


 数キロ先の基地直上では有翼の【異形】たちが黒々と空を覆い隠しており、地上では数多の種が無秩序な行進を繰り広げている。

 考えられる限りで最悪の事態だ。しかしアスマたちはそこから目を背け、『プルソン』の捜索に集中しなければならない。

 

(『プルソン事変』の際、『プルソン』は僕たちの前に登場してから一度姿を消し、再び出現した。その出現のタイミングは、『第一級』四体が討伐された直後。奴は自分が手を下さざるを得ない状況になるまでは、直接の攻撃を仕掛けてこない)


 ワームホールで手駒の【異形】たちを投下し、圧倒的な物量で攻めるのが『プルソン』の戦闘スタイルだ。

 この戦場を見るに現状、彼が出るまでもないように思える。

 だが『プルソン』とて魔力は無際限ではないだろうし、送り込める【異形】の在庫にも限りがあるはずだ。既に約五十体の『第一級』を送り込み、基地のほうにも幾万もの低級【異形】を投入しているとなれば――相当に消耗しているに違いない。


(卑怯ではあるけど、相手が弱っているなら交渉を優位に運びやすい。奴を対話のテーブルに着かせることができれば、戦闘の決着も見込める!)


 心中でそう独り言つアスマ。

 と、そこに『レジスタンス』の緊急回線を用いた通信が舞い込んできた。


『こちら【レリエル】パイロット、夜桜シズル。アスマくん、聞こえる?』

「よ、夜桜少将!? 聞こえていますが、何故あなたが……!?」

『詳細は後回しよ。情報を共有する必要があるわ、手短にお願い』


 そうして二人は互いに情報交換を済ませた。

 富士山麓側と都市側、伝えられた相手方の戦況にアスマとシズルは深刻な面持ちになる。

 被害は想定を遙かに超えている。これ以上の犠牲を出せば軍も、人類社会も再建が困難になるだろう。そうなる前に何としてでも『プルソン』を止めなければ。


「『プルソン』の居場所が割れたら【異形】たちは【輝夜】と旧【七天使】のお三方に任せ、僕が『新人』たちと共に対話の席に着きます。それで大丈夫ですか?」


 アスマの提案をシズルは快諾する。

 と、そこで割り込んできたのはツグミであった。


『【輝夜】を除け者にするとは随分と腕前に自信があるようだねぇ、坊や? それに俺のことも忘れてもらっちゃあ困るな』

「誰ですか、あんた」

『泣く子も黙る黒羽組のボスだ。機体は【イェーガー・カーオス】……『尊皇派』の【リベリオン】の進化形と捉えてもらえばいい』


【リベリオン】の進化形と聞いてアスマの目の色が変わる。

 その気配を察してニヤリと笑うツグミは、少年にこう持ちかけた。


『対話したければ勝手にすればいい。だが、それが決裂した暁には……俺と兄貴が「プルソン」とやらを叩き潰す。それでいいな?』

「……分かりました」


 黒羽ツグミは兄より劣る男ではあったが、兄と同じく他人よりも聡明な人物であった。

 対話か戦闘か。『プルソン』を前にしてそれを決めるために争うことは百害あって一利なしだ。人間同士戦っているところを『プルソン』に攻められて共倒れするのがオチだ。

 

『奴が現れるまでもう少しかかりそうだ。ちょいと暴れてくるよ、兄貴』


【輝夜】の肩から飛び出し、【カーオス】は空を切って突き進む。

 推進器の魔力を全開にして一気に『鎧鳥型』の一団の上へと躍り上がった彼は――対SAM用クラスター弾『ツェアシュトーレン』を一発、落とした。

 炸裂と同時、中に封じられていた幾多の小さな爆弾が降り注ぐ。

『鎧鳥型』の硬質な羽毛もその火力の前では無力だった。

 巻き起こる衝撃が【異形】たちの肉体を木っ端微塵にし、爆風が黒ずんだ残骸を吹き飛ばしていく。


『凄まじい威力……! 私も負けていられない!』

『無意味に命を捨てるな。俺の前からね、【異形】ども……!』


 ツグミに対抗心を燃やすミオの閃光が、西方の空の『飛行型』たちを呑み込んで消し飛ばす。

 戦いの無益さを嘆くセンリが投擲する岩塊を砕いた石礫が、東方から迫る新手の行進を蜂の巣にする。

 敵味方問わず死を哀しむシズルの展開する黒きカーテンが、北方の軍勢を睡魔に襲わせ、足を止めた前列の者たちが障害となりその後方側の進行が滞る。

 三機の旧【七天使】機と【カーオス】の参戦から、およそ十分。

 気づけば『基地』を包囲していた【異形】の数は、最高潮の半分を下回っていた。

 テナとニネルを護衛しながら戦場を俯瞰するフユカとアキトは、確かな手応えをそこに感じる。

 

「集まった【異形】で黒くなっていた空の青色が、だんだん見えてきた……!」

「新たに出現している【異形】の数も減ってきている。……間違いない、在庫切れは近いぞ」


 瀬戸際をどうにか乗り越えられた。その認識は『基地』の兵たちにも伝播していき、彼らは大いに沸き立つ。

 天使登場まで場を繋いだ名もなき戦士たちは、後方から援護射撃を放ちながら誰よりも敬愛する上官たちの武運を最後まで祈った。


「ニネル、テナ!」

「うん……! あのひとの魔力が高まってる――」

「来るんだ――『プルソン』さんが、来る!」


 どくん、どくん、どくんどくんどくんどくんどくん。

 鼓動が高まる。荒ぶる。殺意と憎悪の気配が膨れ上がり、迫る。

『新人』のみならず、その登場を誰もが直感した。

 刹那――虚空が引き裂かれ、開かれた黒き穴から悪魔が身を乗り出す。

 

「『プルソン』、さん……」


 漆黒のローブを纏いし青い肌の男が、天と地のSAMたちを睥睨する。

 戦慄する兵士たちを他所にテナは凜然とした眼差しで上空の理知ある【異形】を見据え、その名を呟いた。

 アキトやフユカの咄嗟の制止を振り切って、少年は『プルソン』の眼前へ飛び出す。


「『プルソン』さん! 少し、時間がほしい……です」

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