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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百八十八話 再起 ―Love that fills emptiness―

 時は少し前へと遡る。

 全ての兵力を都市防衛と『基地』死守に注ぐ『レジスタンス』本部へと、夜桜シズル元陸軍少将を同乗させた【イェーガー・空戦型】が帰投した。

 それとほぼ時を同じくして、【イェーガー・カーオス】なる市街戦型SAMが二名の元【七天使】を連れて本部正門前に降り立っていた。

 周囲には押しかけた避難民が大勢おり、二機のSAMと舞い戻った英雄の姿にざわめいていた。


「私も共に戦わせて。と、言いたいところだけど……そのSAMは何なのかしら、麻木中佐?」


 すぐ近くに停止している漆黒のSAMを見遣り、機体より降りたシズルが問う。

 当然の疑問を投げかけてくるシズルに対し、雑に地面に放り出されたミオは転がった杖へと這って手を伸ばしながら、首を横に振った。


「私にも……私にも訳が分かりません、夜桜少将。分かるのは……この機体のパイロットが、今の惨状をどうにかしようとしていることだけです」

「そう。事は急を要するわ。説明は上に向かいがてら聞きましょうか」


 ここまで送り届けてくれた兵士に敬礼で応え、シズルは先へ急ごうとした。

 が、【カーオス】のコックピットから姿を現した男を目にして息を呑む。


「その刺青……まさか、黒羽ツグミ……?」

「おや、【七天使】の夜桜シズルに名を知られていたとはねぇ。光栄ですよ」


 タカネに瓜二つの顔と声で、彼とは似つかない粘っこい笑みを浮かべるツグミ。

 黒いハットを外して仰々しく礼をしてみせる『黒羽組』の長に、周囲に集まってきた『レジスタンス』職員が拳銃を向ける中、シズルは彼らを制止した。

 彼女の視線の先には、虚ろな目で車椅子に座っている生駒センリがいる。


「待って。彼が『黒羽組』の長であり都市の秩序に反するものであることは、この際どうでもいいわ。重要なのは彼が新型SAMを以て、麻木中佐と生駒中将をこの場に連れてきたこと。そうでしょう?」


 それでも職員たちは銃を下ろさず、強ばった面持ちのままツグミとシズルとの間で視線を移ろわせていた。

 無理もない。むしろ自然な反応だ。ただでさえ人類の存亡がかかったイレギュラーの発生で混乱している中で、冷静に状況を見極めて的確な判断を下せる人間などそういない。

 戦いの空気を知らない非戦闘員の職員たちにとっては、なおのこと。

 野次馬の避難民たちがツグミへと悪罵の言葉を吐き散らす中、敵意と警戒の視線を一手に引き受ける彼はよく通る声を張り上げる。


「物分かりがいいなぁ、夜桜少将! その通り、俺はこの都市を救うために麻木中佐と生駒中将をここに連れてきた! あんたら『レジスタンス』とゴタゴタを起こすためじゃない。このクソみたいな状況において、そんなのはナンセンスだ!」


 都市を救うためだとかいう心にもない大義を掲げ、黒羽ツグミは職員たち一人一人を鋭利な眼差しで射貫いていく。

 

「ここで俺を止めるということは、この都市の滅びを肯定するということだ。それでも銃を向けられるってんならそうしてなぁ。お前の指がトリガーを引く前に、俺の弾丸が脳天をぶち抜いてるぜ」


 そう言われて銃を構えたままでいられる者は、ここにはいなかった。

 不敵に笑うツグミは【イェーガー・カーオス】のコックピットへと戻り、開かれた門へと無遠慮に足を踏み入れていく。


『「頂の階段」まで案内してくれよ、夜桜少将』

「……分かったわ。とはいえ、今の私には階段を上がる権限がない。他の職員に権限を持つ誰かを呼んでもらう必要があるわ」


「その役割は私が担おう」と。

 そう、声を掛けてくる男がいた。

 果敢にも『本部』内から戦火が間近に迫っている正門前へとやって来たのは、白衣を纏った冴えない眼鏡の中年男性。


「早乙女博士……」

「研究室の窓から、未知のSAMに掴まれてこちらへ飛んでくる生駒中将と麻木中佐の姿が見えた。そこで二人の意図を察し……何か手助けできることはないかとここに来たのだ」


 息子のレイは人類と【異形】とが共生できる未来を目指して、命懸けで戦った。

 そんな息子に恥じない父でありたいと、早乙女アイゾウ博士は思う。

 人類を救う。そのためなら未確認のSAMに乗った暴力団の長にでも、心身に傷を負った元パイロットにでも力を貸そうと。


「感謝します、早乙女博士。では早急に階段へと向かいましょう」

「ああ。二人はそこのSAMに運んでもらうとしよう。その体高なら本部内も通過できるだろうしな」


 頷きを交わし合い、博士の先導で彼らは『頂の階段』入り口へと急行した。

 本部外から響いてくる人々の叫喚はますます高まっている。【異形】の侵入を防ぐために締め切った各所の門を開けろと、人々が頻りに訴えかけているのだ。

 

「不味いな……あのままでは一部の人々が暴徒化するのも時間の問題だ。ヤマト殿下がいらっしゃれば、あの場を収めることもできたのだろうが……」

「【異形】を発生させている大元、『プルソン』さえ倒せばどうにでもなりますわ」


 一直線に走り、本部の塔を貫くエレベータの入り口まで辿り着く。

 生体認証でその扉を開いた博士は、塔の中腹に位置するSAM格納庫がある階へと向かった。

『頂の階段』は基本的にSAMを一台ずつしか乗せることができない。まず先に【レリエル】とシズルを地上へと送り出し、その間に博士はミオに訊いた。


「麻木中佐。君ならSAMを問題なく動かせるだろうが……彼は、大丈夫なのか?」

「今は……難しいかもしれません。ですが……私は、信じているのです」


 がらんどうになった格納庫にぽつんと残された【ラミエル】と【ゼルエル】の前で、ミオは力強い口調で言う。

 彼女は車椅子に座すセンリの前に跪き、静かに語り始めた。


「生駒中将……『ダンタリオン』に敗れた後、あなたが何故立ち上がれなかったのか――いえ、そもそも何故あなたが『ダンタリオン』に敗北してしまったのか、私は考え続けてきました。あなたが己を失ってから、何ヶ月も考え続け……私は一つの結論に至りました。生駒中将……いえ、センリさん。あなたは常に死に場所を求めて戦っていたのではないのかと。あの時、あの瞬間、『阿修羅』としての生駒センリは死んだのです」


 その結果、残った抜け殻が現在のセンリなのだ。

 人々が英雄と仰ぐ『阿修羅』の仮面が剥げ落ち、露見した本来の彼こそが今の彼だった。

 

「天涯孤独なあなたの過去を知る者は多くなかった。あなた自身も過去を語らず、一切の記録にも残っていませんでしたから、その孤児院に辿り着くのには大変苦労しました。当時の職員から幼少の頃のあなたの様子を聞き……そして私は知りました。あなたが常に虚無感を抱えて生きてきたことと、その空虚さを埋め合わせていたのが『阿修羅』として戦うことだったのだと」


 眼鏡の下で睫毛を伏せ、胸に手を当てながらミオは声を震わせる。


「あなたは家族の喪失による虚無感を、【異形】への復讐という形で誤魔化し続けてきた。でも、それでは駄目なんです。愛情を失ったことによる虚無は、同じ愛でないと埋められない。どれだけ【異形】を殺しても、どれだけ英雄として称えられても、あなたは永遠に救われない……」


 終わらぬ虚無からミオはセンリを救い出したい。

 憧れから生じた恋心は、彼の本当の姿を知ったことで心から湧き上がる慈愛へと変わった。

 あとはセンリがそれを受け入れるだけだ。たとえミオがいっぱいの愛情を注いだとしても、彼の心という器がそれを拒んでしまえば、その愛は溢れて流れていくだけ。


「私と家族になりましょう、センリさん。この戦いが終わったら、答えを聞かせてください」


 膝立ちになり、ミオは両腕でセンリの痩せ細った身体を抱き締める。

 その時――彼女は半袖シャツから覗く腕に、ぽたりと雫が落ちる感触を覚えた。

 泣いている。喜怒哀楽の「怒」以外を置き去りにしてしまったような彼が、ミオの言葉に涙を流している。


「お……おれは……なん、で……こ、こんな、簡単なことに……気づけ、なかったんだ……」

「もう、大丈夫です。私がそばにいます」


 男の腕がミオの身体をきつく抱き返してくる。

 声を震わせて少年のように泣くセンリの耳元で、ミオは一人の女性として穏やかに囁きかけた。


「今、都市に危機が訪れています。共にこの戦いを乗り越え、二人で未来を歩みましょう」


 抱擁が許される時間は長くはなかった。

 センリから身体を離し、切迫した面持ちでミオはそう告げて【ゼルエル】を見上げる。

 

「あの機体はあなたの虚無と憤怒の象徴。ですが、これからは……愛と希望の象徴になってくれるはずです。SAMとは乗る人の心を映すもの……かの月居博士も、著書でそう説いていましたから」

「素直に、思うがままに乗りなさい、生駒中将。【ゼルエル】が君を導いてくれる」


 ミオと早乙女博士に背中を押され、生駒センリは車椅子のハンドリムを握って動き出す。

 ずっと、ずっと戦いという終わらぬ地獄の中で藻掻き続けてきた。死に場所を求め、しかし強さ故に死ねず、気づけば『阿修羅』というペルソナに縛られていた。

 その長い悪夢が今、ようやく覚めたのだ。生駒センリを『阿修羅』ではなく一人の男性として愛した、麻木ミオによって。


「さぁ、行こうぜセンリさんよぉ。夜桜少将が首を長くして待ってる」

「お前は……?」

「細かいことは後です。早乙女博士、黒羽さん、ご迷惑おかけしますが私たちの介助をお願いします」


 ツグミに促され、ミオとセンリはそれぞれの愛機へと搭乗していく。

 死ぬために戦うのではなく、生きるために。

 人類の英雄としてではなく、一人の人間として、生駒センリは再起した。


 

 見渡す限りの【異形】の軍勢を睥睨し、センリは舌打ちする。


「数が多いな。だが、【ゼルエル】の敵ではない!」


 周囲の兵たちを置き去りにして単騎、突撃。

 雑魚を前に得物など不要だ。ただその身体だけがあればいい。

 両手を地面に突いて屈み込む体勢から一気に駆け出し――突進する。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』


 弾丸のごときチャージがたちまち敵陣を壊滅させた。

 地響きを鳴らしながら加速する鋼鉄の巨躯が向かう先に存在する【異形】全てを蹴散らし、吹き飛ばし、踏みつける。

 その機体が通過した道には瞬く間に屍の山が築かれた。


「阻むな。本命はお前たちではない……!」



【ベルセルク】隊や駐屯部隊の【イェーガー】が苦戦を強いられていた【異形】の大群が、三機の【七天使】と【イェーガー・カーオス】の参戦によって一気に数を減らしていく。

 前衛と後衛を分断する肉壁たちが薙ぎ払われ、生まれた好機。

 増援を得て単騎で前衛を担う必要のなくなった【輝夜】は一旦後退し、体勢を立て直した。


「蓮見司令。不肖ふしょう夜桜シズル、今一度戦場に帰還いたしました」

『自らが追放した者に、こうして、助けられるとは……なんと、情けない……』

「己の浅慮を恥じるのは後ですわ、司令。これまでのしがらみなど捨て、今は共に戦うべき時です。魔力残量はどのくらいで?」

『……半数を切った、というところだ』


 シズルは静かに目を見張る。魔力半分を使い切るまで【輝夜】に乗り、無事であるというだけでも賞賛すべきことだ。

 月居カグヤ、月居カナタに次ぐ【輝夜】の乗り手としての資格を、蓮見タカネは確かに持っている。

 それでも彼にもはや余裕はない。少しでも精神を緩ませれば、すかさず【輝夜】が彼の人格を蝕み廃人へと変えるだろう。

【輝夜】は乗った者に『同化現象』を強制し、その精神を――記憶を取り込もうとする機体だ。これまで何人ものテストパイロットがその記憶を奪われてきた。

 それこそが【輝夜】の強さの理由なのだ。幾人ものパイロットの戦闘の経験値――それが【輝夜】の『コア』には刻み込まれている。


『だが、心配は無用だ。月居カグヤの魔法……あれを使えば周囲の魔力を根こそぎ吸収できる。【異形】の軍勢が目の前に陣取る限り、【輝夜】は不滅だ』

「だとしても、司令ご自身の身体はそうではありませんわ。一刻も早く『プルソン』に巡り会えなければ、【輝夜】はその真価を発揮する前に乗り手を食い潰して停止します」


 それはタカネ自身も理解していることだった。

 しかし、魔力レーダーが『プルソン』の魔力を感知できていない現状、こちらからはどうすることもできない。


「司令。『鍵』はまだ残されています。その『鍵』を信じるならば……彼らは間もなくこちらへやって来るでしょう」


 冬萌大将が口にした『鍵』とは、自分たち旧【七天使】のこと。

 そしてシズルがいま挙げた『鍵』とは――対話を求めて戦い続ける勇気ある戦士たちのことだ。


「彼らが『プルソン』との対話を諦めていないはずです。彼らは必ず、『新人』の交信を以てあの理知ある【異形】へと辿り着く。信じましょう、司令。希望はまだ潰えてなどいません」

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