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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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288/303

第二百八十六話 対話 ―The baton entrusted to us.―

 乱射される熱線が【レリエルLルクス】の防壁を溶かしていく。

 推力全開で上空へ飛び出して『バラム』へと食らいついたマシロを仰ぎ、二人の海軍将校は魔力の全てを費やして『アイギスシールド』を展開した。


「っ――何て威力!?」

「だが、マシロが突っ込んだおかげで光線が止んだ!」


 防衛を引き継いだそばからもたらされる衝撃にグローリア中佐が驚愕し、ミラー大将が好機を叫ぶ。

 生じた隙に飛びつくようにリサたち【イェーガー】兵は【機動天使】の回復を急ぐ。

 時間がない。あと少しで戦える状態まで戻せるというのに、その「あと少し」が長い。


「マシロさん……!」


 魔力と肉体――二種の回復魔法を同時発動しながら、リサはマシロの武運を祈った。

 緑と白の光が【機動天使】たちを覆っていく。中破した装甲が徐々に形を取り戻していくが、まだ全体の三割も修復できていない。


「おおおおおおおおおおおッ!!」


 光線の合間を縫い、一気に『バラム』の懐へと飛び込む【レリエルL】。

 彼は拳に仕込んだ暗器を以て、理知ある【異形】の痩躯を叩かんとするが――『バラム』の蹴りに阻まれる。

 力属性の魔力を纏った右脚。SAMの右腕が弾かれ、激突の反動で蹴った自身もノックバックした。


「肉弾戦も出来なくはない、ってわけか……!」

『得意ではないけどね。ぼくの本領はこっちだよ、マシロ!』


 推進器スラスターのごとく魔力を吹かして後退する勢いを殺し、『バラム』は空中で体勢を立て直す。

 前に突き出し、開かれる掌。

 目映い光輝が視界を満たし、大技の発動を予感させる中――マシロは、叫んでいた。


「君は――何のために戦う、『バラム』!?」


 闇が機体を、その直下にいる【機動天使】たちをも隠匿する。

 極太のレーザー光線が【ブラックオーロラ】を貫通し、【レリエルL】にまで到達するが、マシロは両腕を大きく広げて眼下の仲間たちの盾となっていた。

『ピコ魔力装甲』の粒子が乱舞し、その下に守られていた金属装甲が熱でただれていた。


『こんな時に、何なの――』

「いいから答えろ、『バラム』! ぼくの身体を奪い、人類の裏切り者に仕立て上げたのは一体何のためだったんだ!? 教えてくれ、『バラム』!」


 必要なのは対話の姿勢だ。

 恐れるのではなく、殺そうとするのではなく、向き合うこと。

 己が長い眠りに就く前の最後の記憶が――『パイモン』と取引に臨んだ月居カグヤが、そうせよとマシロに告げていた。

 やがてレーザー光線が途切れる。次なる一撃に備えようとすることもなく、貫かれた闇の間隙からこちらを見上げてくる機体の眼に、『バラム』は狼狽えた。


『構えてよ、マシロ。このままじゃ殺されちゃうよ? 胸部装甲が溶け落ちて人工筋肉まで見えちゃってる……次の攻撃は耐えられない』


 それなのに、なんで?

『バラム』には分からない。自らが死ぬリスクさえも厭わずに敵前へ姿を晒すマシロの意図が。

 

『死ぬよ? 本当に。ねえ、死んじゃうんだよ? マシロ。ぼくが本気を出せば跡形もなく終わる。それなのに……どうして構えないんだよ、ねえ!?』


 開いていた掌を固く握り込み、震わせる。

 赤い眼を潤ませ、あどけない顔を歪めて『バラム』は問いかけた。

 その問いを受け、マシロは気づく。

 この【異形】が最も恐れているものに。翻って、最も求めているものも。

 

「そうか……君は、ただ生きていたかったんだな。僕と同じ……生きるのに必死だったんだ」


 そのための手段が人類への攻撃だった。

 やられなければやられる。『レジスタンス』のマシロとしてSAMの進化を見つめてきたからこそ、彼にはそんな確信があったのかもしれない。

 

『何を、知ったふうなこと――!』

「知っているさ。僕の中には十五年以上も君がいたんだから。僕自身の人格が眠っている間も、朧気ではあったが君を感じていた」


 今にも泣き出しそうな顔で『バラム』はふるふると首を横に振った。

 聞きたくない。知りたくない。これ以上話しかけられたくはない。それなのに――彼は次の魔法をどうしても撃ち込めなかった。

 

「君には迷いがあった。進歩するSAMに対して危機感を抱くと同時に、人類に対する愛着が湧いてしまったからだ。ヒトの世界にいる間は孤独を癒やせた。過酷な生存競争に明け暮れる同胞からも切り離されて、楽になれた。香椎マシロとして皆に認められる居場所が出来たことが、何より嬉しかったんだ」


 言葉にすればするほど、朧気であった『バラム』の記憶が解像度を増して再構築されていく。

 押し殺していた本心を暴かれた理知ある【異形】はそれを否定した。否定しなくてはならなかった。正体を現してしまえばもう、彼が人類の側に戻ることは叶わないのだから。


『違う。そんなの違う。ぼくは理知ある【異形】で人類の敵! 最初から君たちを滅ぼすつもりで、ここまでやってきたんだ』

「だとしたらどうして、僕と相対した時に迷いを見せた」


 突きつけられる事実に『バラム』は言葉に詰まった。

 マシロを殺したくないと思った。それは紛れもない真実だ。十五年以上も自分の肉体であった人間を、どうして一切の躊躇なく燃やせるというのだろう。


『そんなこと――ない。ぼくの裏切りで第一師団の一万の兵が死んだ! ケイトさんを殺して、アスマくんを殺そうとした! ぼくは人類の裏切り者になったんだ! それだけはっ、それだけは確かなんだ!!』


 髪を振り乱して叫ぶ『バラム』に、そこで優しく声を掛けたのは桃髪の少女だった。


「確かにあなたは人類の裏切り者になったのでしょう。あなたの罪は消えない……それも現実なのでしょう。ですが……わたくしにはあなたが本心からそれを望んでいたとは到底思えないのです」


 纏うマントを靡かせて、槍を地面に突き立てて立つ騎士たるSAM。

【ガブリエル】の乗り手である皇ミコトは、回復が不十分な身を押してでも対話に臨むことを選択した。

 今この機体に『バラム』の攻撃を受ければ、確実に消し炭となって散るだろう。

 だが、そんなリスクはもうどうだっていい。対話の果てに殺されるのならむしろ本望だ。

 

『なんで……』

「あなたはここに出現してから一度たりとも、わたくしたちのことを『殺したい』『倒したい』と言っていないからです」


 生き残るために人類を滅ぼさなくてはならない。

 そう主張していた『バラム』だったが、「殺せ」と訴えたのは「雄牛の顔」であって「悪魔の顔」ではない。

 

「マシロさんの言うとおり、あなたはヒトとして生活する中で、ヒトの悪い点だけでなく良い点も知った。そうではありませんか」

『……だとしたら? だとしたら、それが何だっていうの? ぼくは【異形】で君たちはヒト。その違いがある限り――一方が他方を滅ぼさない限り、どちらかが生き残ることなんて有り得ない!』


 ヒトとして、「香椎マシロ」の身を借りて『バラム』は人類に受け入れられた。

 だが、この姿のままだったらどうか。怪物だと悪魔だと唾棄されて排斥される、それは間違いないだろう。

『バラム』は『レジスタンス』の中で散々聞いてきた。【異形】は化け物だと。滅ぼすべき人類の敵なのだと。皇太子も最高指令も、声高にそう唱えている。

 

「有り得ない、ですか。しかし……わたくしたちはその不可能を可能にするために、戦っているのです。わたくしたちだけではありません……『新東京市』の中には、わたくしたちと志を同じくする者がたくさんいる。その理想の輪は今この瞬間も、広がり続けています。

 わたくしたちはヒトと【異形】とを繋ぐ鍵になりたいのです。異なる存在を敵と捉え、滅ぼそうとすること――それだけが生き残る道ではないのだと、わたくしは信じています」

 

 未知なる存在であり、少なくない者が排斥を訴えた『新人』。

 彼らと「友達になってみたい」――そんな少年の声が、自分たち人類と彼らとの関係性を変えた。

 種族が異なっても、【異形】の血が流れていたとしても、意思疎通さえ叶えば交流は可能なのだ。

 それは理知ある【異形】であっても同じだとミコトは思う。


「生き残りたいという思いと、人類を滅ぼしたくはないという思いは矛盾したものではないのです。わたくしたちは共生するために、相互に関係性を模索することができる。戦いではなく話し合いで問題を解決いたしましょう、『バラム』さん。お互いの血を、これ以上流させないために」


【ガブリエル】は全ての武装を解除した。銃も剣も地面に落とした機体はそのまま膝を突き、やがてそのコックピットから桃髪の少女が降りてくる。

 本当に必要なのは武器ではなく、言葉である。

 そう、理知ある【異形】に身を以て示すために。


『知ってたよ。人類の中に、きみたちのような存在がいるってことは。……でも、ぼくは【異形】であって人類の大多数にとっては敵だ。それに……ぼくは人類の裏切り者を演じて、万の兵士を死なせてしまった。きみたちの言葉でいえば、ぼくは『大罪人』だよ。今さら共に手を取って歩むことなんて……許されない』


 生身の肉体を眼前に晒したミコトに対し、『バラム』は悲愴な面持ちで語る。

 先にミコトが述べたように、この罪は消えない。永遠に残り続けるのだ。人類を憎む『プルソン』のように、人々は『バラム』へ永劫の憎悪を向け続けるだろう。


「あなたを殺せば多くの人々の怒りは、多少なりとも鎮まるのかもしれません。ですが、それではこれまでと何も変わらない。討って討たれての戦いの連鎖にどこかで歯止めを掛けなければ、また同じ罪が起こるだけです。『バラム』さん、あなたはその罪を自覚し、その重さを理解している。あなたは贖罪の道を歩める者です。罪は確かに消えない――それでもあがないの意思さえあれば、誰かがきっと認めてくれる。赦してくれる。わたくしはそう思います」


 罪への反省とそれに対する赦しの心があれば、罪の連鎖を止めることができるとミコトは説く。

 それは決して簡単なことではない。加害者側は己の精神にどこまでも真摯に向き合うことを、遺族側は怒りや復讐心を切り離して加害者を見つめることを要求される。

 特に遺族側はやりきれないだろう。どれだけ償おうと、贖おうと、失われた命は帰ってこないのだから。

 無論、ミコトもそうだ。『バラム』によって殺された人々の恐怖や悲痛さを思えば、手放しに笑って彼を受け入れることはできない。

 それでも――同じ罪を繰り返させないために、痛みを抱えても彼女は一歩前に踏み出すのだ。


「共に生きるのです、『バラム』さん。人類と【異形】との新たな関係を築き、この先の未来にわたってこれを継続させていく――それがあなたの贖罪になります」

『ぼくの、贖罪……』


 こちらを仰ぎ、手を差し伸べてくるミコトを見下ろして『バラム』は呟く。

『バラム』は生き残りたかった。ただ穏やかに生きていられれば、それで良かった。人々と争うことも、彼らを殺すことも、本当はしたくなかった。

 自分が香椎マシロの肉体を奪ったのも、どうしても人間の視点で人類社会を知りたかったからだった。

 罪を償うべきだと彼は思う。人類と【異形】が共生する未来を、『リジェネレーター』を中心とする人々と創っていきたいと切に願う。

 それでも――


『ごめんなさい……どうか、ぼくを……止めて、ください』


 ぷつりと糸が切れたかのように、『バラム』はその張り詰めたの顔を脱力させる。

 その時ミコトは気づいた。

『バラム』の右肩に本来あるべきはずの頭部が、ないことに。

 

「――!!」


 瞬間、迫る殺気。

 柔肌を粟立たせるミコトは天を仰ぎ、そして直感した。

 自分はここで死ぬのだと。

『バラム』の肉体から分離した雄牛の悪魔の放つ攻撃が、己を穿ち壊すのだと。

 本能が恐怖という名の警鐘を打ち鳴らす。それでも生身の肉体では回避など到底間に合わない。

 引き延ばされたような時間の中で最後を覚悟するミコトは両手を広げ、上空の雄牛の顔を見据える。

 その時だった。


「ぐッ――――!!」


 セピア色の影が彼女の前をよぎる。

 突き飛ばされて尻餅をついたミコトが見たのは、地面から伸び上がった槍衾やりぶすまのような植物の蔓が【レリエルL】の胸部を貫通している光景であった。

 

「マシ――」

「早く、機体へ……!」


 さらなる蔓が機体へ絡みつき、みしみしとその身を締め付ける中、マシロは決死の覚悟で叫んでいた。

 思考より先に身体を動かすミコトは強ばる足を鞭打ち、駆け出した。

【レリエルL】から漏れ出す漆黒の濃霧が、彼女を守るように拡散していく。


(ああ、くそっ……痛い、痛い、痛いッ……!!)


 胸を穿つ痛苦に呻吟しながら、香椎マシロは思う。

 自分の死に場所はここに決まったのだと。

 本当はまだまだ生きていたかった。取り戻した身体で現在の人間社会を知り、人類の未来を見届けたかった。自分たちが『レジスタンス』を立ち上げ、【異形】に抗ってきた意味を確かめたかった。

 戦う根源的な理由であった、生きることへの欲求。

 それがどうしてか、今はひどく鳴りを潜めている。


(コンマ一秒でも時間を稼げ。ミコト殿下が機体に戻り、再び飛び立つまで――!)


 現在彼の中に沸き立っているのは、己ではなく誰かに「生きてほしい」という願い。

 マシロはミコトに人類の希望を見いだした。『バラム』と向き合う彼女の姿勢に、可能性を感じた。人類と【異形】とが争うことなく共生を果たす未来――それを見てみたくなった。

 

「その結末を、見届けられないのだけが、心残りだけど……」


 彼女らなら大丈夫だろう、とマシロは確信している。

 故にこの選択が間違いだとは思わない。

 最後の力を振り絞って空中へ射出する、幾つもの【ナイトメア・ホール】。

 漆黒の球が魔力で飛び回り、『アームズ』のごときオールレンジ攻撃を雄牛の悪魔に仕掛けていく。

 次の一撃に打って出ようとしていた『バラム』は、飛び回るそれを回避しながら光魔法の迎撃で応戦。

 全ての球を撃ち落とし、【レリエルL】に迫らんとした。


『邪魔だァあああああああああああああッ!!』

「――させはしない」


 吼える悪魔にマシロは冷静に返す。

 瞬間、肉薄せんとしていた『バラム』の姿が掻き消えた。

 視界から完全に失せたその悪魔を、【機動天使】たちもミラー大将ら歴戦の将校らも捕捉できていない中――

 マシロだけは、感じていた。

 そこにその存在がいるという、理屈では説明できない直観で。 

 見た目を隠し、音や臭いも隠し、魔力や空気の流れさえも隠匿してのける『バラム』の不可視の力。

 発動した瞬間、文字通り『消えた』ように誰もに思わせる最強のステルス能力。

 それを破れるこの世で唯一の存在が、彼の悪魔と遺伝子レベルで交じり合った香椎マシロであった。


『――なぜ……!?』

「第六感、かな……」


 掌の中に一つだけ隠し持っていた、最後の弾丸。

 魔力に載せて射出されたそれに額を撃ち抜かれ、雄牛の悪魔は嗄れた声を零した。

 地面に崩れ落ち、その姿を露にする『バラム』はたちまち自由を失っていく身体で叫ぶ。

 それは断末魔の絶叫であり、死に至る呪言でもあった。


『ちくしょおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!』


 機体を拘束していた蔓の表面から新たな萌芽が伸び上がり、鋼鉄の装甲の隙間へと入り込んで侵食していく。

 全身の血管から瞬く間に心臓コアへ。

 

「ああああああああああああああああッッッ――――!!」


 侵される激痛への痛哭を上書きする意志の咆吼を打ち上げ、マシロは見つめた。

 重くなる瞼を穏やかに閉じていく雄牛の悪魔の、少年のように華奢な体躯を。

 あれはきっと、『バラム』が抱えていた人類への怒りや憎しみといった負の感情が具現化したものだろう。おそらく『バラム』は最初は一つの人格だった。それが人間の社会を知ってしまったことで、相反する思いを抱くようになって心を分裂させてしまったのだ。ヒトに友好的だった人間の顔、ヒトを滅ぼそうとした雄牛の顔、何もかもから目を背けようとした羊の顔の三人格へと。


(……託したよ)


 このまま終わらせてしまったら、目を閉じることを望んだ羊の顔と同じだ。

 雄牛の悪魔が目覚めたとき、彼と対話する役割はミコトたちが預かることになる。

 あの凶暴さは恐怖や悲しみの裏返しだと、マシロは思う。誰に胸の内を明かすこともできず、独りぼっちであった『バラム』は、新たな人格にその感情を押しつけることしか己の精神を守る術を持たなかった。

 だがその孤独も、ミコトの慈愛が少しずつ癒やしてくれるだろう。


「マシロ、さん……」


 赤かったカメラ・アイが黒く消灯する。

 それを機に一切身動きしなくなった【レリエルL】を見て、ミコトたちは悟った。

 香椎マシロというパイロットは十五年以上もの時を経て取り戻した人生をも擲って、人類と【異形】とが共生する未来へのバトンを渡してくれたのだと。

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