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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百八十四話 災厄 ―Chaotic Stage―

 すめらぎヤマトは壇上に立ち、集まった千を超す聴衆を見渡す。

 今も戦い続けている盟友タカネへと胸中で思いを馳せつつ、彼は語り始めた。


「あの日……人類は全てを奪われました。宇宙より墜落した『カラミティ・メテオ』。その中から出現した未知の生命体【異形】に蹂躙され……人類は全世界の八割の人口と、地上での生活権を失ったのです」


 人々は思い出す。

 誰もが恐怖し、怒り、嘆き、悲しんだことを。

 世界は一日にして【異形】のものとなり、人々は地下に逃げ隠れる生活を余儀なくされた――その屈辱を。


「我々日本人は地下都市ジオフロント『新東京市』に移り住み、奴らの脅威に怯えながら惨めに隠れ過ごすこととなりました。ですが、人類は希望を捨ててなどいませんでした。勇気ある者たちが一丸となって『レジスタンス』を立ち上げ、【異形】に対抗しうる人型機動兵器――【|超兵装機構(SAM)】を生み出したのです。幾人もの兵、幾多の機体を犠牲にしながらSAMは進化し、第一級【異形】や理知ある【異形】をも討てるほどに進歩を遂げてきました」


 人類の叡智と試行錯誤の結晶。

 それが【七天使】であり、【機動天使】と呼ばれるSAM群だ。


「先の『事変』で『プルソン』の首を獲った英雄、九重アスマ。彼が制作し自らもその乗り手の一人として加わっている新【七天使】――蓮見司令が指揮し、彼らが率いる部隊が今、人類の仇敵たる奴らを討ち滅ぼさんとしています! 彼ら『レジスタンス』四個師団は今この時も、富士山麓にて【異形】の軍勢と死闘を繰り広げているのです!」


 演説のために開放されたC区画のスクランブル交差点にて、集まった千を超す人々が沸き立つ。

 積年の悲願、人類の【異形】からの解放。

 皇ヤマトという男は人々のその思いの象徴として、喉が張り裂けんばかりの声で叫んでいた。

 同調する人々の士気が高まり、熱気が一気に膨れ上がる。


「この都市に住まう全ての人々に告ぎます! 蓮見司令の下で『レジスタンス』は新たなる英雄譚を紡ぎ、死線を乗り越えて人類に真の平和を取り戻さんとすることを!」


 その高揚感が最高潮に達したその時――世界は爆発した。


「英雄に、勝利を!!」

『オオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ――――!!!』


 雷鳴のような轟音が響き渡り、稲妻のごとく閃光が迸る。

 虚空に開きしは漆黒の大穴。

 そこより降り立った魁偉の怪物が大量の獲物を前に歓呼の雄叫びを上げ、手始めに最も目立つ位置にいた皇太子を掴み上げた。


 バキリ、と。

 

 青年の身体を軽々と放り上げ、その大口で咀嚼する『巨豚オーク型』。

 獲物の臓腑と血液の涎を口端から垂らす醜悪な【異形】を目にし――人々はたちまち恐慌に陥った。

 

「きゃああああああああああっ!!?」

「逃げろ!!」

「なんで【異形】が――!?」

「おいっ、押すな!?」

「どけ、邪魔だ!!」


 我先にと逃げ惑う人々を嘲り笑うかのように、続々と出現する無数の黒き穴。

 中央区画に、工業地帯に、住宅街に、そして学園に。

 都市の至る所に開いた穴より【異形】の軍勢が投下され、人類への蹂躙を開始する。

 棍棒で地面を打ち鳴らしながら行進する『小鬼ゴブリン型』の兵隊。羽音の重奏を響かせて飛び回る『飛行型』の集団。『狼人型』や『大熊型』といった獣の【異形】が牙を剥き、『百足ムカデ型』や『蜚蠊ゴキブリ型』のような虫型【異形】が這い回る。


「いやっ、止めてええええええええ!!」

「母さんッ、母さん――!!」

「誰か! 誰か助けて!!」


 数多の悲鳴が打ち上がる。

 今や『新東京市』は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 逃げ切れずに足から食われていく女性がいる。目の前で母を失って泣き叫ぶ少年がいる。爪牙に引き裂かれて即死した恋人の遺体に、必死で心臓マッサージを施している少女がいる。

 

「何なんだよっ、これは……!?」

「イタルくん……!」


 都市中央区画の一角、『リジェネレーター』本部にて。

『ダウンフォール作戦』の実行を受け、ミコトたちも動き出すだろうという確信を以て彼女らの活躍の報を待ち続けていた少年少女たちが、一堂に集結する。

 外から聞こえてくる叫喚の声に耳を塞いでしまいたい衝動を懸命に堪え、イタルは縋るような視線を最高責任者に向けた。


「悠長にはしてられない。【イェーガー・リベリオン】を出すわ」


 明坂ミユキはそう決断する。

『狂乱事変』の再来。否――これは二度目の『災厄』に等しい。奇しくも先ほどヤマトが思い出せと訴えた忌まわしい光景が、ここに蘇ったのだ。

 状況の理解は後回しだ。今は迅速に【異形】たちを討ち、人命の救助を最優先とする。


「ここからはあたしたちの戦いよ。行きましょう」

「待ってください――あなたも行かれるのですか、ミユキさん!?」


 本部地下の機体格納庫へと疾駆するミユキの後ろ姿を追いつつ、ヤイチは問う。

 糸目の青年に訊かれたミユキはちらと振り返り、決然とした眼差しを彼に返した。

 

「ずっと考えてきたの――貰った力を使うべきはいつなのかって。その解が今、やっと導かれた」


 カグヤへの愛を証明するために肉体に受け入れた【潜伏型異形】――魂の残滓。

 その力を単なるアクセサリーとしてではなく、都市を守るために使う。

 明坂ミユキはこの新東京市が好きだから。そこに住まう人々の営みを愛しく思うから。

 カグヤの意思など関係なしに、ミユキ自身の欲求に従って戦うのだ。


「さぁ――出撃よ!」


 戦士たちは『アーマメントスーツ』を纏い、格納庫に配備されていた【イェーガー・リベリオン】へと搭乗していく。

 本部正門が開放され、ワインレッドを基調とした【リベリオン・ミユキカスタム】を先頭に部隊は街区へと飛び出した。

 

「魔法の使用は最小限に! 人を巻き込んでしまったら元も子もないわ!」

「「「了解!!」」」


 逃げ惑う人々の頭上、ビル壁面を利用して、【リベリオン】隊は『ワイヤーハーケン』を用いた飛行術で【異形】らへと迫る。

 体高三メートルもない小型機だからこそ実現できる、超高速の立体機動。

 二刀のカッターナイフを振りかぶるミユキは眼下の『小鬼型』の群れへと文字通り切り込んだ。

 

「はあああああああああッ!!」


 緋色の光粒を帯びた刃が閃く。

 回転の勢いを乗せた斬撃が、周囲の『小鬼型』を一気に掃討する。

 今やミユキは【異形】の軍勢の中で暴れ回る台風の目となっていた。


「ミユキさんに続けぇッ!」


 初めての市街戦におののいていた自分に発破を掛けるように、イタルが叫ぶ。

 彼が構える得物は長剣だ。

 追いつこうと必死に訓練に臨んで、それでもついに肩を並べて立つことができなかった友人シバマルと同じ武装。

 イタルは決して強くはない。臆病で一度は戦場から逃げたこともある。それでも、守りたいものがあるから――


「俺は戦う! ダチの帰る場所を守るのが、残された俺のやるべきことだ!」


 またなんてことのない日常を過ごすために。また、共に馬鹿話で笑い合えるように。

 日野イタルは命を張る。

 その思いはヨリも一緒だった。


「見ていてね、ユキエちゃん……!」


『対異形ライフル』ですれ違いざまのヘッドショットを決め、『巨豚型』の一体を仕留める。

 優秀揃いのA組の中で目立たない存在であったヨリは、その明晰な頭脳を以てクラスをまとめるユキエに密かに憧れ続けていた。

 その想いを彼女に伝えることはもう叶わないが――己の戦いぶりを告白に代えて、ヨリは敵へ弾丸を撃ち込み続ける。


「そんな飛び回りながらでよく当てられんな、お前!」

「れ、練習したもん……! 私みたいに弱い子は、一発外すのも命取りになりやすいから……!」

「弱い子、ですか。今のあなたにはそぐいませんね、その言葉は!」


 ヨリの卑下を否定し、その細い目を弓なりにするヤイチ。

 ミユキに引っ張られて先行しがちな部隊の中で、彼は冷静に後方からガトリングガンでの援護射撃を継続していた。

 群れをなして物陰から顔を出す『蜚蠊ゴキブリ型』どもを一切寄せ付けない掃射によって、ミユキやイタルたち前衛の戦線は保たれていた。


「元より全ての都市住民を守るのは不可能! ミユキさん、まずは――」

「あなたの考えは分かってるわよ、ヤイチくん。この大通りを制圧してバリケードを作り、あたしたちの本部に避難民を匿う! そうでしょ?」

「お見事です。共にいると思考も似通ってくるんでしょうね、きっと」


【リベリオン】隊の総数は三十機。

 彼らの戦力では都市全てをカバーすることは不可能でも、通り一つの【異形】を排除しきることくらいならできる。

 ここを一つの生命線とし、都市の崩壊を少しでも食い止めるのだ。


「落ち着いて! 落ち着いてこちらに!」

「『リジェネレーター』本部まで避難してください!」


 SAMのスピーカー機能を用いた懸命な誘導によって、住民たちの避難は徐々に進みつつあった。

 だがその間にも都市中に開いたワームホールからは新たな【異形】が出現しており、それはこの『リジェネレーター』本部前の大通りも例外ではなかった。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ!!』

「あのワームホールを打ち消すのが先決よ! 光魔法をぶち込んで!」


 ミユキの指示に従って数機の【リベリオン】兵が直ちにワームホールを消滅させる。

 しかしほどなくして次なる穴が虚空に発生し、先ほどの光景の繰り返しとなった。


「これではいたちごっこですね……!」

「ワームホールを生み出している【異形】本体を叩かないと、この災厄は終わらないわ。そこは地上の『レジスタンス』の皆さんを信じるしかないけど――」


『ダウンフォール作戦』で『レジスタンス』の主力は富士山麓まで出払っている。

 都市の危機に彼らが舞い戻ってくるのを期待するとしても、今すぐとはいかないだろう。

 それまでの時間、都市に残存する全ての兵力を以てこの脅威に――『プルソン』の暴威に抗わなければならない。

 

「このなまくらめ! もう刃こぼれしやがった!」

「イタル、これ使え! 補給はまだある、焦らずいくぞ!」


 駄目になった得物を捨て、仲間から投げ渡された換えの剣で再び『狼人型』の群れに突っ込んでいくイタル。

 確かに兵站はまだ維持できている。だが、それに余裕がなくなるのも時間の問題であることも、彼らは分かっていた。

 自分たちにこの現状をひっくり返せるだけの力は、ない。

 それでも目の前で人が食い殺されていく悪夢だけは阻止しようと、ミユキたちは足掻き続けた。



 片頬に鳥の片翼のタトゥーを刻んだ黒髪の男は、頭上より地鳴りのように響く足音を聞きながら呟く。


「いい気味だなぁ、兄貴。お前が手にした箱庭が今、混沌カオスに呑まれてる……」


 支配することこそが真の自由だと信じて疑わないタカネにとって、その手綱を離れた現在の『新東京市』の状態は我慢ならないはずだ。

 それがツグミには心地よい。恐怖と暴力が渦巻く世界。そこだけが彼の自由を手にすることができる唯一の場所だったから。

 しかし。


「このまま何もせずに滅ぶ……そんなのはクソ食らえだ」


 カオスは既に十分すぎるほど演出された。

 タカネの神話は再編不可能なまでに崩壊した。

 それは良い。実に愉快。あの兄が顔を歪めて悪罵の言葉を吐き散らしているのを想像するだけで、くつくつと笑みが込み上げてくる。

 だが――それを成し得たのが自分ではなかったことは、ひどく腹立たしい。

 

「確かに混沌はもたらされた。だけど、『俺の』じゃない。『奴ら』のだ。俺の生み出すカオスがこの都市を壊さなけりゃ、無意味なんだよ」


 不快だった。我が物顔で都市を闊歩し、思うがままに人を捕食している【異形】たちの存在が。

 ここはいずれ黒羽ツグミが奪い取る世界だ。【異形】のものではない。

 それ故に男は行動を開始した。

 混沌の指揮権を己が握るために。蓮見タカネの支配する都市に、ピリオドを打つために。


「お前たち……ちょっと行ってくるよ」


 私室から出てきたツグミは、会議室に集っていた団の幹部たちの顔を順に見て言った。

 彼の言葉に硬直する者、驚愕する者、意図を察しきれない者、反応はそれぞれだった。

 だがその中で唯一、待ってましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がった者もいた。


「奴らをぶっ潰すんですね? いいですよ、俺も行きます」


 片目を火傷跡に覆われた、黒髪で小柄な少年。

 彼の名は逸見ショウといった。かつてレイやシバマル、ユイが『尊皇派』の勢力に捕らわれた際、他の暴力団と一騒動起こして三人の解放に助力した人物である。


「馬鹿言うなよ、ショウ。……正直に言うと、これから戦う理由は完全に俺の私情だ。いいや……そもそも黒羽組自体が、俺の個人的な欲望から生まれた組織だった。俺は夢を叶えたかった。あの忌々しい兄貴をぶっ潰すっつーガキみたいな夢だ。それを俺自身で現実にするまでは、終わるわけにはいかないんだよ。俺たちも、この都市自体も」


 己のエゴのためだけにツグミは団員たちを利用してきたし、これからも利用し続ける。

 それをここで部下たちに突きつけたのはツグミなりのけじめだ。

 ここから先は文字通り、命を懸けた戦いになる。ツグミの夢を知って幻滅するまともな感性を持った者を、ここで使い捨てるわけにはいかない。


「だったら尚更、俺がついていかない理由はなくなりました」


 傷跡に囲まれた右目を細め、ショウはツグミの前に進み出る。

 

「俺にも夢があります。戦う理由としてはそれで十分でしょ?」

「相変わらず馬鹿なガキだな、お前は。自分の命の価値を分かっちゃいない」

「うん、馬鹿ですよ俺は。『レジスタンス』の奴らみたいな大義名分もなしに、自分のためだけに戦おうってんだから」


 ショウの口ぶりにツグミは乾いた笑みを漏らした。

 そうに違いない。使命も大義もなく、ただ己の欲望のために命を懸けようという者のことを、他に何と形容すべきだろうか。

 少年を伴って会議室を後にしようとするツグミの後に、足音が幾つも続いていく。

 

「全く……馬鹿ばっかだな、俺の組は」


 振り返らずに呟く。

 地下にて眠っていたエゴイストたちが今、密やかに牙を剥いた。

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