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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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第二百八十一話 声 ―will and hope―

【アザゼルΧ】を除く全ての【七天使】の魔力反応が絶たれた。

 豹の悪魔『シトリー』の遺骸を脇に立ち尽くすアスマはモニターに視線を釘付けにして、凍り付く。

 こんなの嘘だ。何かの間違いだ。【七天使】はタカネが選んだ『レジスタンス』最強の七人。そんなパイロットたちが敗れるはずがない。

 感情が現実の直視を拒んでいた。だが理性は、己が手がけたSAMが嘘の情報を表示することなど有り得ないと告げていた。

 少年はがくりと膝を折る。震える拳を握り締め、身体の奥底から湧き出す怒りと悲しみとが綯い交ぜになった激情を地面にぶつけた。


「は……ははっ……あははははははははははは!! ほんっとうに馬鹿だよお前は! 役立たずでクズの、最低最悪のクソ野郎だ!! 【七天使】も【エクソドゥス】も誰一人守れないなら、お前はっ、何のためにここまで来たんだよ!?」


 狂ったように笑いながら泣きじゃくり、自身への罵倒の言葉を連ねる。

『第一師団』は大地の崩落に飲まれて壊滅した。第二、第三師団も半数が『第一級』出現時の爆発に巻き込まれて死亡し、残る半数はその悪魔の軍勢に蹂躙された。後方の第四師団だけは前線の引き下げに伴う撤退を始めていたこともあって生き残ってはいるが、大半が世代遅れの【イェーガー】兵だ。

『第一級』に抗える戦力は事実上、壊滅したと言っていい。


「うああああああああッ、あああああああああッ、あああああああああああああッ!!?」


 狂乱するアスマは頭を抱えてコンソールに何度も、何度も打ち付けた。

 鼻が曲がろうとも目から出血しようとも彼はそれを止めなかった。

 喉が張り裂けんばかりの声で絶叫する少年に対し、世界は残酷であった。

 いや――彼にとってはもはや救済であったかもしれない。

 駱駝に騎乗する女性の悪魔が次なる獲物を見つけて、にじり寄る。

『グレモリー』。彼女に見初められた者はその愛をもって、彼女自身の中へと取り込まれる。

 その悪魔はヒトがそのとき最も求める存在へと姿を変える。

 今、アスマの眼前に現れていたのは能美ユウリその人だった。


「ユウ、リ……? 生きてたんですか……? 良かった、僕、みんなが死んで、本当にもう駄目かと――」


 温かい何かに抱かれるような感覚だった。

 涙を流して目の前のユウリを抱きしめようとした瞬間――

  

『そいつはお前の言うユウリってやつなんかじゃない。騙されるな、前を見ろ。お前が見るべきものは何だ?』


 声が、聞こえた。

 若い男の声だった。

 少し哀しげな響きを帯びたその声を、アスマは知っていた。

 忘れるはずがなかった。ずっと、ずっと、もう一度会いたいと、会って話がしたいと思い続けてきた先輩の声を――どうして忘れられようか。


「イオリ、さん……?」

『アスマ。自分を信じろ。お前は捻くれ者で皮肉屋で、可愛げの欠片もないやつだけど……その実優しくて、仲間思いで、強いやつだ。――お前ならやれる。俺は信じてる』


 他人から信頼され、自分でも自分を信じることができたとき――人は己の真価を発揮することが出来る。

 ユウリの幻影が掻き消える。

 戦意が噴出し、自己の奥底から溢れんばかりの力が湧き上がってくる。

 顔の前に垂らしたベールの向こうで『グレモリー』の目が限界まで見開かれた。


「――死ねよ」


 悪魔の胸元へ突き込まれる、【アザゼルΧ】の右腕。

 肉を抉り骨を砕き回転する螺旋の機構は止まらない。

 肋骨を破砕され心臓を攪拌かくはんされる『グレモリー』は甲高い悲鳴を打ち上げ――やがて、その声も出なくなった。


「……はっ、はぁっ……」


 引き延ばされていた時間の流れが、悪魔の死と共に徐々に元通りになっていく。

 一瞬の間に見た幻覚――あれは何だったのかと問おうとして、アスマは緩慢な動作で首を横に振った。

 考えるのはどうでもいい。必要なのは自分を目覚めさせてくれたイオリへの感謝だけだ。


「……行こう」


 戦場に流れる音の数は、地獄の開幕と比較して少なくなっていた。

 流れた血は、散った仲間の命は決して無駄ではなかったのだ。

 理知ある【異形】は使える強力な駒の大半を放出し、それも残るは半数を切った。

 空を仰げば五機の【機動天使】が母艦を失ってもなお、ミコトの支援魔法を糧に戦闘を継続している。


「第四師団補給艦【フレイヤ】に命じる――直ちに最前線まで至り、『リジェネレーター』の【機動天使】五機に対する補給を行え」


 ケイトもチヅルも戦死し、現場の指揮権はアスマに委ねられた。

 まだ生きている第四師団の補給艇を用いて戦線を維持し、『第一級』の軍勢を退ける。

 自分以外の【七天使】がいない状況でやり遂げられるかは分からない。それでもやるのだ。やらなければ死ぬ。やらなければ、生きられないのだから――。


『九重大佐……!? 戦況はどうなっているのですか!? 巫中佐は……!?』

「死にました。韮崎少佐と共に、『第一級』七体と差し違えて。他の【七天使】も同じです。もう現場には僕しかいないのだから、僕に従ってもらいます」


 反論は許さない。

【フレイヤ】の司令官に淡々と命じ、それからアスマは北西の空を仰いだ。

 真っ直ぐ迷いなく進んでいく四機の【ドミニオン】。

 彼らこそが人類と【異形】とを繋ぐ鍵だ。

 

「僕は行きます、【機動天使】。理知ある【異形】のもとに鍵を届ける――それがきっと、今の僕の使命なんだ」


 傷ついた翼に魔力を回し、高熱の蒸気を立ち上げながら【アザゼルΧ】は肉体を回復させていく。

 周囲に漂う死者たちの魔力、その残滓。それを吸い取ることで【アザゼルΧ】は破壊と再生を繰り返せるのだ。


「待っていろ、『プルソン』――!」


 堕天使は飛翔する。

 その先にある一縷の希望を信じて。



 冬萌大将は蓮見タカネ司令に迫らなければならなかった。


「九重大佐より戦況報告が入りました。ワームホールを用いて出現した約五十体の第一級【異形】の攻撃により、第一、第二、第三師団はいずれも壊滅。【七天使】も大佐を除いて全滅したとのことです。……司令、ご決断を」


 混沌の現場からようやく情報が届いたのは、アスマが『グレモリー』を討ち、戦いがある程度落ち着きを見せ始めた頃だった。

『第一級』の悪魔の軍勢による、大虐殺。

 想定を遙かに超える事態に将校たちは言葉を失った。ある者は床に膝を突き、ある者は無力感に天を仰ぎ、またある者は涙を堪えて真っ直ぐ司令を見つめていた。

 

 敗戦。


 その二文字がこの場の将校すべての脳裏に過る。


「出現した『第一級』は既に半数以上が討伐されており、残る敵は現在、『リジェネレーター』の【機動天使】が相対しているようです。第四師団の【フレイヤ】は九重大佐の指示で最前線へ急行しているとのことですが……司令、ご判断を」


 皆が全軍撤退を望んでいた。【アザゼルΧ】も【フレイヤ】も呼び戻し、第四師団の兵たちも都市まで下がらせ、体制を立て直すべきだと考えていた。

 だが――タカネにはそうは思えなかった。


「常識的に考えれば撤退もやむなしと言える敗北だ。これが国家間の戦争であったなら、私も負けを認めていただろう。しかし――これはもはや戦争ではないのだ。人類と【異形】、どちらが地上で生き残るかを賭けた生存競争。その闘争の決着は、一方が他方を滅ぼすまで終わらない」


 タカネは早口で淡々と語る。

 将校たちはそれを黙して聞いていた。


「確かに我々は【七天使】の大半と三個師団を失った。あまりに痛い損失だ。だが、同時に【異形】の勢力も『魔導書』とやらに記されている七十二の『第一級』のうち、未確認であったおよそ五十体を放出し、その半数を討たれている。つまるところ、敵側も切り札を使った上で壊滅的な被害を出しているということだ。その意味が分からないほど貴官らは愚かではあるまい」


 絶望に染まっていた将校らの瞳に、司令の意図に気づいた者から順に光が蘇っていく。

 彼らは理解した。

【異形】側からしても人類側からしても、もたらされた損害は戦略的に敗北と見做されるほど大きく――今こそが互いの喉笛を噛み千切る最大の好機であるのだと。


「どれだけの被害を出そうとも、どれだけの犠牲を払おうとも――理知ある【異形】さえ討てれば我々の勝利。そう仰るのですね、司令」

「そうか……だがしかし、【七天使】は【アザゼルΧ】を除いて全滅しているんだぞ! いくら九重大佐であっても理知ある【異形】複数相手に渡り合えるとは思えない!」

「【機動天使】を頼ろうにも奴らは『第一級』どもにかかりきりで消耗しているはずだ。十分な戦力には数えられまい」

「待て、そもそも【機動天使】は『リジェネレーター』だぞ。戦力に数えられるか!?」

「いや、もうこの際借りられる手は借りておくべきだ! 奴らだって人類の滅びなど本望ではないだろう! 対話などという甘い考えも、あの大蹂躙を前に打ち砕かれているはずだ」


 一人が声を上げたのをきっかけに、将校たちは各々の思いを口々に噴出させていく。

 一つの希望が見えた。だが誰しもが同じ懸念を共有していた。たとえ理知ある【異形】に辿り着けたとしても、それを討つだけの戦力が自分たちにあるのだろうか、と。

 

「――静粛に!!」


 張り詰めた空気を震わせるタカネの大音声が、この場を再び支配した。

 眼鏡の奥、男の両眼には貪欲に渦巻く執念の炎がまだ、燃え盛っている。


「我々には切り札が残されている。そして私にはそのカードを切ることの出来る資質がある」


 まさか、とこの場の将校たちが一斉に顔色を変える。

 冬萌大将が制止の言葉を発する機先を制して、タカネは言った。


「【輝夜】だ。あの機体ならば理知ある【異形】にも対抗できる。それは先の『第二次福岡プラント奪還作戦』にて月居少年が実証している。もはやこれを駆り出すほかあるまい」

「それは否定できません。しかし――」

「大将、私は【輝夜】に搭乗し何度も月居元司令の記憶を覗き見たのだ。あの機体を操ることくらい、どうということはない。それとも、貴官は私があの機体を駆るに足らぬ俗物とでも言うのか?」


 いいえ、と答える以外に冬萌大将の選択肢はなかった。

 それに頷きだけを返したタカネは大将にこの場を任せ、足早に【輝夜】の安置されている『レジスタンス』本部地下へと向かっていく。




 鮮血の色をした結晶が咲き誇っている。

 暗がりに片膝を突いて鎮座する鋼鉄の巨人が、二体。

 肩や腕、腰や脚、身体の各所を『カラミティ・メテオ』に侵食されたその二体の前に、少年二人は佇んでいた。


「きっ、聞こえる……あっあの子たちが、戦っているんだ」


 ばさり、と纏っていたコートや上着を順に脱ぎ捨てていきながら銀髪の少年が言う。

 同じように脱衣して、足下に置いておいた『アーマメントスーツ』を拾い上げながら金髪の少年はゆっくりと頷いた。


「行きましょう。心の準備は? カナタ」

「でっ、出来てるよ、レイ」


『スーツ』を着用した二人のパイロットは眠りから目覚めようとしている機体へと静かに歩み寄っていった。

 握った拳を互いの拳に軽く当て、青とあおの視線を交わす。

 多くは語らずとも、それで十分だった。


「しゅ、出撃だよ――マオさん、マナカさん」


【機動天使】は覚醒する。

 その身に新たな力と、意志を宿して。

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