第二百七十六話 凶刃 ―You're not going to let him go, are you?―
「なんってことなの、これは……!」
マトヴェイ・バザロヴァは唇を噛む。
『レジスタンス』側からやや遅れて、【エクソドゥス】の乗員たちもその地獄を目の当たりにしていた。
半径数キロの範囲の地盤が完全に沈み込み、陥落に巻き込まれたSAMたちは土砂や倒れた樹木の下敷きとなってしまっていた。
さらにそこへ追い打ちを掛けるようにワームホールから投下される、【異形】の軍勢。
「『レジスタンス』の兵たちを助けないとです!」
「待て、この状況を作り出した理知ある【異形】との接触が先だ!」
「人が死んでるのよ!?」
「だとしても、俺たちであれをどうしろってんだ……!?」
ブリッジの士官たちが口々に意見を叫んでいる。
恐慌に駆られる彼らを後ろから見渡して、マトヴェイは声を張り上げた。
「静かに! ……みんな、落ち着いて。手短に作戦を話すわ」
最高指揮官の一声で場は即座に静まり返る。
全員の視線を一手に集める赤髪の将は一呼吸置いて皆に心の準備の時間を与えてから、開口した。
「結論から言うと、アタシたちでは『レジスタンス』のパイロットたちを救えないわ。第一に、被害規模に対してこちらの人員も物資も設備も不足しすぎていること。第二に、大量の【異形】を相手取りながら土砂や倒壊物を取り除き、かつSAMを救助するような真似は、現実的に考えて困難を極めること。この二点が理由よ」
キャパシティが足りなすぎる。そう現実問題を突きつけてくるマトヴェイに、ユリーカ大尉をはじめとする士官たちは反論できなかった。
ここには海軍の者も、元『レジスタンス』空軍の者もいる。所属は違えど志を同じくして戦ったかつての仲間たちが傷ついている状況には、マトヴェイも胸が張り裂ける思いだ。
それでも彼は指揮官として選択せねばならない。
「アタシたちがやるべきことはただ一つ。この戦いを早期に終結させること、それだけよ。戦況は悪い方に傾いてる――理知ある【異形】に辿り着き、可能ならば対話を実現する。さっき出撃させた【ドミニオン】隊はそのためにあるわ。アンタたちはここから彼らを全力でサポートなさい。この先の運命はニネルとテナの『交信』にかかってる」
進むべき道を定められた士官たちは、一切の迷いを捨てて動き出した。
ニネルとテナを含む五機で構成されている【ドミニオン】隊は今、【エクソドゥス】の前方よりやや高度を落とした座標に位置している。
【イェーガー・ドミニオン】。かつて【潜伏型異形】を宿した『超人』の専用機として設計された、【イェーガー】のマイナーチェンジ機である。
「やっぱこいつが一番しっくりくるぜ。なっ、アキト?」
「ああ……今ならいいセッションができそうだ」
この【ドミニオン】に搭乗しているのは『新人』の二人に加え、来栖ハル、朽木アキト、最上フユカの三名だ。
元『使徒』の彼らは『交信』を扱える上に【ドミニオン】の操縦にも熟達している。この部隊の人材としては最適であった。
「ひどい……みんな、苦しんでる。人も、【異形】も……草木も、虫も……」
『交信』を使えばたちまち頭の中に響いてくる痛苦の呻きに、フユカは顔を歪める。
目を擦って零れそうになる涙を拭い、彼女はただ前だけを見据えた。
「ニネル、テナ……わたしたちの『交信』よりも、あなたたちの声のほうが、遠くまで届く……。だから、二人は、『交信』に集中して……」
「そうだぜ、二人とも! お前らは僕たちで守る。絶対に傷つけさせないから、安心しとけ」
ハル、アキト、フユカの三名の役割は護衛だ。
自分たちの盾となってくれる彼らに、ニネルとテナは威勢良く「はい!」と返事をする。
「いい子だ。頑張ろうぜ」
「なんか、お兄ちゃんみたい……ハル」
「はっ、はああっ!? 何言ってんだよフユカ! 僕が、おっ、お兄――」
「いいじゃないか、ハル。お似合いだ」
「アキトまで……からかうなよ、もう!」
顔を真っ赤にしてハルは一人先行する。
彼を先頭に三角形を描くようにニネル機、テナ機を囲んだアキトたちは、陣形と呼吸を一緒に整えた。
にわかの団欒が緊張をほどよく解してくれた。気持ちを切り替え、彼らはこの戦場を俯瞰する。
開いたワームホールに光属性の攻撃魔法を撃ち込んでいる【ベルセルク】隊。樹海へと魔力の粒子をばら撒いている【イスラーフィールFF】。生き残った空戦型のSAMたちが理知ある【異形】を討つために戦い続けている中、それは起こった。
結果は既に語られたことである。
*
「【レリエル】が【イスラーフィール】を討った……!?」
衝撃が【エクソドゥス】CICの士官たちを襲った。
SAMがSAMを攻撃する。その矛盾した光景には覚えがある。
「【異形】側の存在――アキラくんの同類が潜り込んでいたのね」
「どうする、総指揮官! 【機動天使】で【レリエル】を止めるか!?」
「ええ、ミラー大将。日和ってる余裕はないわ。カツミくん、アンタが出るのよ。整備班は【ラグエル】に【アラエル】の換装急いで!」
判断を仰ぐミラー大将に頷きを返し、マトヴェイはカツミの出撃を決定した。
駆け出していくカツミを一瞥した赤髪の将はモニターに映る戦場を見渡して、目を眇める。
「『レジスタンス』よりも理知ある【異形】のほうが一枚上手だった……。【七天使】の立場にスパイがいれば作戦内容も筒抜けでしょうし、その者が蓮見タカネに近しければ大勢の兵を罠の位置に誘導できるプランの立案も可能だったでしょう」
早口で呟き、マトヴェイは爪を噛んだ。
敵が手にしたのがよりにもよって【レリエル】とは。
あれは命中したものの動きを停止させる魔法を使用できる。【ラグエル】で倒すにはその攻撃を一撃も食らうことなく接近し、急所を破壊するほかない。
「……カツミくん。信じているわ」
分の悪い賭けだ。それでも成功を信じるしかない。
彼や他の【七天使】が時間を稼いでいる間に、【エクソドゥス】は真の【異形】の領域へと辿り着くのだ。
「ミコトさん、シバマルくん! アンタたちはカツミくんのサポートを! ユイさん、カオルさん、二人は【エクソドゥス】に戻りなさい!」
了解、と【ラジエル】および【ガブリエル】のパイロットはカタパルトから飛び出した【ラグエル】へと続いていく。
『ちょっとマトヴェイさん! 何でアタシらは下がらないといけないの!?』
「相手が【レリエル】だからよ。あれの防御は魔法攻撃をほとんど通さない。ダメージを与えるには物理的な攻撃を仕掛けるしかないの。そのための【ラグエル】よ」
理由を聞かされてもなお食い下がるほど、カオルは子供ではなかった。
指揮官の指示に従って彼女がユイを伴って戻ろうとした、その時――。
空中に開いた新たなる黒い穴より、有翼のSAMが複数、姿を現す。
帰投せんとした【ウリエル】と【ミカエル】を阻むように、『魔力光線砲』を構える彼らは立ちはだかった。
『ちっ、簡単には合流させないってわけか。――ユイ、通信を切り上げて! 「レジスタンス」の奴らに構ってる場合じゃない!』
『ピコ魔力シャワー』による爆撃を止めようとしていたユイを、そう中断させる。
叫びながら掌を前方に突き出し、防御魔法【破邪の防壁】を展開したのと同時――隊列を組んだ敵SAM部隊も一斉に砲撃を開始していた。
純白の防壁に極太の魔力光線が激突し、発生した衝撃によって機体がノックバックする。
『ぐっ!? 相変わらずの馬鹿火力ね、奴ら! けど――』
『こちらは二機とも魔法に特化したSAM! この程度の砲撃なら防ぎつつ反撃できます!』
カオルが防壁を張るのに並行して、ユイは【紅蓮華舞】を発動待機状態へと持っていく。
敵の砲撃が途切れた間際、カオルはすぐさま防壁を解除し、そして。
ユイの炎の渦を解放した。
『今だよ! 飛び出せッ!』
放たれた魔法を回避せんと敵のSAM部隊が散開する。
動きが乱れた隙を突いて【ウリエル】と【ミカエル】は敵陣の中央を強行突破し、【エクソドゥス】めがけて一直線に駆け出した。
が、しかし。
『――行かせるわけないよね?』
中性的な声が耳朶を打つ。
指揮棒を揮うように腕を振る、一機の【イェーガー・指揮官機/空戦型】。
その動きを視界の端に捉えた瞬間、足をロープで縛られたかのような感覚を覚えてカオルとユイは青ざめた。
――がくん、と空中で機体が強引に足止めされる。
『魔法はいつどこから飛んでくるか分からない。油断は禁物だよ、風縫ソラの妹さん?』
『似鳥、アキラ……!?』
停止した一瞬を狙って向けられる砲口の数々。
その輝きを視認し、カオルは全て受けきる覚悟で再度防壁を展開した。
アキラが何か仕掛けてくる――その懸念は拭えないが、彼に対処するための策を練っている余裕は最早なかった。




