第二百七十五話 空襲作戦 ―The Angel of Killing―
『「七天使」へ通達。富士山麓周辺エリア全域を対象に、「ピコ魔力シャワー」による広範囲爆撃を開始せよ。繰り返す、「七天使」へ通達――』
全ての【七天使】が冬萌大将より告げられる新たな司令を聞いていた。
混沌の現場を見下ろすユウリは隣で愕然としているカオルとユイの機体を一瞥し、彼女らに連絡する。
「上からの指示が出た。この辺り一帯を爆撃するローラー作戦だ。まだ近くに理知ある【異形】がいる、上はそう考えてるんだろう」
「彼らが周辺にいるのだとしたら、理にかなったやり方ではあるかもね。けど……」
「本当に理知ある【異形】の拠点が近辺にあるのなら、それはあまりに愚策です。樹海の全部を焼き払うような真似をすれば、間違いなく彼らの怒りを買いますよ。それだけは避けなければなりません」
カオルの言葉をユイが継ぐ。
ユウリにも彼女らの言い分はある程度理解できた。これから行うのは人間のエゴによる自然破壊だ。それに理知ある【異形】らが怒るというのも分かる。だが、それでも――能美ユウリは『レジスタンス』の【七天使】であり、【異形】を討つという悲願を達成するのだと覚悟を決めてこの場にいるのだ。
「俺は……」
板挟みになる青年に対し、カオルとユイは彼自身に選択を委ねることにした。
この異常事態を前にして、もはや一人のパイロットに構っている余裕はない。
『レジスタンス』側が広範囲爆撃を実行するというのならなおさら、彼らを止め、且つ理知ある【異形】へのコンタクトを図らねばならない。
「行くよ、ユイ! 『レジスタンス』の広範囲攻撃――特に【マトリエル】だけは動かしちゃいけない! あれの毒液が侵食しちゃったら、ここら一帯が不毛の地になる!」
「はい!」
汚染された大地は人も【異形】も住まうことが叶わず、その除染には長い時を要するだろう。
取り返しのつかないことになる前に何としてでも止める。彼女らは元来た道を引き返し、地上で待機している大量のSAMの中から【マトリエルB】を見つけ出さんとした。
赤城ケイト中佐は下された命令に驚きを隠せずにいた。
「富士山麓周辺エリア全域ですって……!? そんなの聞いてないわよ……!」
作戦変更の理由は何なのか。素直に考えれば第一師団の壊滅的被害を受けてのことだろうが――如何せん早計過ぎないか。
『進入禁止区画』全域を対象とする爆撃にかかる魔力量は膨大だ。たとえ【七天使】であってもかなり消耗するのは間違いない。
(仮に『ピコ魔力シャワー』爆撃が功を奏したとしても、奴らの拠点を炙り出した時点で【七天使】が満身創痍になっていたら意味がない。蓮見司令は何を考えているの……?)
そういった疑問が湧き上がる中、それでもケイトは与えられた指示に真摯に向き合った。
軍隊において規律の遵守は絶対だ。地盤が崩落する「地獄」が演出されてもなお全軍が統制を失っていないのは、その大前提があるから。その絶対を捨ててしまえば、迎える運命は一つ――瓦解である。
「やるしか、ないわね」
『ピコ魔力シャワー』――九重アスマが新【七天使】機すべてに実装した、ほとんどの防御魔法を透過して目標へと至る『ピコ魔力粒子』を放散するための機構である。
機体の掌と足裏に設けられたシャワーヘッドのそれに似た幾多もの極小の穴から、白く輝く光の粒をばら撒いていく。
静かに降り注ぐ雪のような光。それらは樹海の木々に触れた瞬間、爆発を巻き起こし、そこに棲む生命ごと何もかも薙ぎ払っていく。
弾ける閃光と爆発音の連鎖。それを尻目にケイトは叫ぶ。
「こちら赤城ケイト! ここから北西側三キロにわたっての魔力放散を開始するわ! ユウリ、コタロウ、アンタらは南西側の一帯を! アスマ、マシロ、二人は北東側を頼むわ!」
後方の部隊に属するサナとチヅルを除いた【七天使】たちへケイトは担当エリアを割り振った。
だが四名のうち、コタロウ以外の返事は精細を欠いていた。マシロに至っては一言すら発していない。
このような事態だというのに、何を躊躇っているのか。そう彼らを叱咤しようとケイトが息を吸い込んだ、その時――。
『あは、あはっ、あははははははは! ケイトさんって凄いなぁ、一万の部下を失ってもなお折れずに作戦を完遂しようとするなんて。軍人としては百点満点ですねっ?』
気づけばケイトの目の前にはセピア色に染まったSAM【レリエルN】が姿を現していた。
漆黒のマントを揺らめかせながら長槍を構える機体を見つめ、ケイトは固い声音で問う。
「何がおかしいのかしら、マシロ? あたくしは【七天使】としてやるべきことをしているだけよ」
『おかしいんじゃありません。褒めてるんですよ。それくらい強く、折れない心じゃないと――叩き潰し甲斐がないですからねッ!』
裏切り者が牙を剥く。
虚を突かれるケイトの【イスラーフィールFF】、その胸部を槍の穂先が貫いていた。
直後、爆発。
迸る閃光、吹きすさぶ爆風。
衝撃と共に発生した黒煙の中からセピア色のSAMは即座に離脱し、次の獲物を狙って背面部より『アームズ』を射出させた。
「赤城中佐!? 一体何が――」
「待てッ、俺たちはみか」
ケイトの指示でワームホールの対処に当たっていた【ベルセルク】隊のパイロットたちがそれ以上の声を上げられることは、なかった。
三日月を模した形の飛行ユニットが白銀の軌跡を宙に刻み、命中したそばから機体の翼を、胸部を、頭部を断絶させていく。
地上でみられた爆発の連鎖は今や、その舞台を上空へと移していた。
「あれは、【レリエルN】……!? マシロくん、どうして……!?」
そう遠くない空で繰り広げられた無情なる殺戮。
目を疑い、目を覆いたくなるほどの光景を前に、ユウリはただ凍り付いていた。
信じられない。人類を救う英雄たる【七天使】の一人が、あの香椎マシロが、ケイトたちの部隊を強襲するなんて――。
「なんで……何でなんだよ、マシロくん!?」
『香椎マシロを討て。九重アスマ』
聞かされた真実を紐解いて、九重アスマは悟っていた。
自分が『ピコ魔力通信』で『リジェネレーター』に危機を知らせた際、そこに一瞬混線した魔力の正体を。
『ピコ魔力』による通信を使えるのは【七天使】機のみ。あの時は作戦上その通信を用いる必要のなかった場面であったが、香椎マシロが【異形】の勢力に与していたとすれば辻褄が合う。
「僕がお姫さんに警鐘を鳴らしたように、あいつも理知ある【異形】に『レジスタンス』の進軍を報せてたんだ……!」
だとしたら、とアスマは胸中で続けた。
敵はこちらの戦略を完全に見通している、ということになる。
それが事実であるならば、『レジスタンス』の勝算は限りなくゼロに近い。こちらは相手の手札が読めないのに対し、相手側にはこちらのカードが筒抜けなのだ。そんな状況で一体、どうやって勝てば良いのか。
「あいつを止めなきゃ――これ以上、【七天使】が人を殺めてしまう前に!!」
タカネの命令などもはや関係ない。
人を救うために作った機体。【異形】を討つためだけに作った機体。
それを同胞殺しの道具にするなど許せない。制作者として、そしてSAMを愛する一人のメカニックとして、九重アスマはマシロを倒さなければならない。
「マシロ!!」
紅に燃えるオーラを纏い、【アザゼルΧ】は飛翔する。
推進器の魔力を爆発させて一気に加速した彼は、【レリエルN】へと『シールドビット』を一斉に差し向けていった。
*
「そんな――有り得ないっす! ケイトさんが、ケイトさんが死ぬなんて……!」
『ピコ魔力』の粒子を散布しながら走っていた【ゼルエルC】の足が止まった。
突然の訃報と裏切りの判明に茫然自失となるコタロウに、随伴する『騎兵部隊』の面々は掛ける言葉を見つけられずにいた。
ケイトはコタロウが密かに思いを寄せていた女性であった。
高飛車だが負けん気は人一倍で、人の上に立って先導していくカリスマのある人物だった。そんな彼女にコタロウはいつも尻に敷かれっぱなしで、彼女から異性として意識されていないことも分かっていたが、それでも好きだった。
「生駒中将も、麻木中佐も、ケイトさんも……! なんでっ、どうして、俺の大切な人は、俺のもとからいなくなってしまうんだ……!」
遣る瀬なさをぶつける先を求めて、青年はコックピットのモニターに拳を叩き付ける。
無骨な背中で導いてくれた『阿修羅』も、高らかな声で引っ張ってくれた大女優も、もはや側にはいない。
コタロウは、一人だ。
「……郷田少佐」
道標を失った青年に声を掛けたのは、彼の副官となった壮年の士官であった。
「貴官の哀しみは我々にも十分、分かります。ですが、ここで立ち止まっているわけにはいきません。戦いはまだ終わってなど……いえ、始まってすらいないのですから。理知ある【異形】を討ち、人類の恒久的な平和を実現する――赤城中佐はその使命に燃えておられる方でした。戦い続けるのです、少佐! 赤城中佐に報いるために」
悲嘆を押し殺し、力強い言葉で信念を訴える年長の士官。
込み上げてくる熱いものを飲み下し、コタロウは幾つもの黒い穴が開いている空を見上げた。
あのワームホールを打ち消していた【ベルセルク】隊ももういない。誰かが役目を継がなければ、戦いは終わらない。
「『騎兵隊』諸君……諸君は散開し、ワームホールより降り立つ【異形】の討伐に努めよ。自分はこの一帯を駆け抜け、『ピコ魔力シャワー』による爆撃を継続する。……頼んだっすよ」
「「「はっ!!」」」
迷わず敬礼を返し、鋼鉄の騎馬兵たちは狩るべき敵を求めて散らばっていった。
ケイトの指示をもとにコタロウは単騎、第一師団を嵌めた「罠」の領域から南西側のエリアの炎上作戦を続行していく。
【ラミエルL】を駆るチヅルは一直線に最前線へと急行し、冬萌大将の命令を忠実に果たしていた。
『ナノ魔力シャワー』による空襲。
【レリエルL】との戦いを【アザゼルΧ】に任せ、彼女は理知ある【異形】の所在を炙り出さんとした。
燃え盛る大地が赤く染まっている。
「……ケイトはん、かんにん。うち、あいつを疑うことすらしてへんかった……!」
無邪気なように見えて本心を語りたがらない子だとは感じていた。
だが、そのあどけない仮面の裏でこのような凶行を画策していたとは夢にも思わなかった。
香椎マシロは似鳥アキラ大尉と同じく、【異形】側に寝返った人間。
マシロを捕まえて問い詰めなければ気が済まない。なぜ戦友は殺されなければならなかったのか。なぜ人類を裏切って【異形】の側についたのか。
聞いたところで納得などできはしないだろう。それでも、何でも良いから動機を知りたかった。その上で一発、あいつの顔面をぶん殴ってやりたかった。
「アスマ、頼んだで。うちはうちの任務を終わらすさかい、あんたはマシロを倒して!」
憤怒を理性で抑え、その念を仲間へと託す。
自分がやるべきことはマシロの裏切りの元凶である理知ある【異形】を見つけ出し、殺すことだ。それで全てが終わる。平和がもたらされる。
『【七天使】の皆さん! 行動を停止してください! 繰り返します、【七天使】の皆さん――』
聞こえてきたのは少女の声だった。ミコトではない。チヅルには直接の面識はなかったが、映像で彼女の声は何度か聞いていた。
劉雨萱。【ミカエル】のパイロットだ。
「停止しろって? なんで――」
『闇雲に空襲し、この地の自然もろとも犠牲にするやり方は間違っています! これから私たちの仲間が『交信』能力を用いて理知ある【異形】へのコンタクトを図ります! 彼らの位置はそれで特定できるはずです! ここは私たちに任せて、みな――』
懸命に訴えかけてくる声がそこで、途絶えた。
何が起こったというのか。気になりはしたがチヅルは首を横に振り、ユイの言葉を無視して作戦を続行した。
樹海を燃やし尽くすことにチヅルも多少は心を痛めている。だがこれは必要な犠牲だ。樹は時が経てば植えられる。しかし理知ある【異形】を討たねば、人類を脅かす【異形】たちが排除されることは永遠にない。
「任務続行! 各師団の【ベルセルク・空戦型】隊は近場の樹海を徹底的に焼き払え! 陸戦型【イェーガー】は一時撤退! 第四師団は既に動き出してる――第二、第三師団も順次後退!」
ケイトがいない現在、【七天使】のナンバーツーはチヅルだ。
彼女の意志を継いでチヅルは部隊全体に指令を飛ばし、火災に巻き込まれないよう最前線のラインを引き下げる。
山火事を起こしてしまえば飛べない【異形】らは死に絶え、理知ある【異形】もそこに潜伏できなくなる。『ピコ魔力』で生み出される火は並大抵の魔法では消せない。まさしく天使が振りまく浄化の炎だ。
「――コタロウ、【ベルセルク】から飛行ユニットを受け取って! 馬は一旦乗り捨てて空襲にシフト!」
『はっ、はいっす!』
コタロウにそう命じつつ、チヅルは先ほどの【ミカエル】の違和感が頭から離れず、その機体を探してカメラアイを回した。
戦場を見渡し、すぐに捕捉する。三対の翼のうち一対で頭部、もう一対で胴体を抱き隠している熾天使。それと対峙しているのは――【イェーガー・空戦型】、に見えた。
(いま飛ばしてる空戦型SAMは全部【ベルセルク】のはず。【イェーガー】がなんで――)
胸中で呟きながら彼女は気づきに至った。
【異形】側のSAMだ。マシロの裏切りに伴い、【異形】の尖兵として彼らもこの場に召喚されていたのである。




