第二百七十四話 暴かれる裏切り ―indignation―
理知ある【異形】の拠点とされるエリア全域の地盤が陥落し、そこに侵入を果たしていた第一師団の大半が犠牲になった――。
管制塔にてもたらされた報告に、蓮見タカネは耳を疑った。
「上空に開いたワームホールより無数の【異形】どもが投下され、陥落した大地は阿鼻叫喚の様相を呈しているとのこと! 現在、赤城中佐らの空戦部隊が理知ある【異形】の捜索およびワームホールへの対処に当たっております!」
「第二師団の空戦部隊と【アザゼルΧ《カイ》】、【レリエルN】を現場へ向かわせろ。空挺団を含む他の部隊は待機だ」
沈み込んだ地盤では有翼のSAM以外、まともに戦うこともできない。
やむなく大多数の部隊を待機させることにしたタカネは、矢継ぎ早に指示を打っていく。
「映像を出せ。この目で確かめたい」
「は。間もなく現場から届きます」
部下の言葉に違わず、一分後には眼前の大モニターに現場の映像が届けられた。
へし折れた倒木と土砂とが混じり合い、その下敷きとなってしまっているSAMの数々。身動きの取れない彼らへと襲いかかる、数多の【異形】たち。動ける者たちは上空のワームホールの対処に駆り出されて地上は放置せざるを得ず、怪物たちの蹂躙は止まるところを知らなかった。
管制塔の士官たちはその惨劇を目にし、絶句する。
だがそんな中、タカネだけはある違和感を拭えずにいた。
「違う……おかしい。ここは……この場所には、見覚えがない」
特に張り上げてもいない声であったが、その呟きは管制室の中によく響いた。
発言者以外に意図が読み取れない台詞に質問したのは、冬萌ゲンドウ大将であった。
「司令。どういうことです?」
「貴官らには話しておかねばならないな。私は密かに【輝夜】に搭乗し、月居元司令の記憶を暴いたのだ。全ては『ダウンフォール作戦』のため……【異形】の拠点が隠されている可能性の高い『侵入禁止区画』を知る者の記憶を、覗き見る必要があった」
男は静かに語る。
冬萌大将も含め、月居元司令の機体に無断で乗ったことに思うところがある者もいたが、この非常時にあって誰も口を挟むことはなかった。
「私がそこで見たのは、後に『進入禁止区画』に指定されるエリアを調査する月居司令の記憶だった。彼女らはそこで理知ある【異形】の『パイモン』と遭遇し、ある取引を交わした。『生きて返す代わりに人間の男女ペアを、生きたまま引き渡せ』――それが『パイモン』の提案だった。当時のSAMでは理知ある【異形】に敵うわけもない。月居司令はやむなくそれを承諾した。その時に引き渡された男女のうち、一名が香椎マシロという青年であり、彼が私に理知ある【異形】の拠点にまつわる情報を提供してくれた」
蓮見タカネは立ち上がる。
関節が白く浮き上がるほどの力で拳を握り締め、彼は力任せにそれを椅子の肘掛けに叩き付けた。
「しかし、香椎マシロは謀ったのだ! 私が月居司令の記憶を追体験した際、【異形】の領域に入り込む直前に通ったのは『コア』のごとき赤い結晶が林立した道であった。だが、いま画面に映っている光景を見てみろ! そんなものは何処にも生えていない! マシロは私に嘘を吐いたのだ――彼はあの似鳥アキラと同じく、【異形】に与する人間であった!」
タカネは憤激していた。香椎マシロに怒っているのではない。マシロの謀を見抜くことのできなかった己自身が、彼は許せなかった。
「そんな裏切り者に、私は【七天使】の地位と特別なSAMを与えてしまった。私の人生史上最悪の取り返しのつかない失態だ。第一師団の兵たちは、私が殺めたも同然だ。その咎は決して許されるものではない……だが、どうか貴官らには最後まで私の下で戦ってもらいたい。ヤマト殿下の悲願である【異形】の討滅を果たすことで、亡くなった者たちへ報いたいのだ」
全軍の司令官として言葉を紡いでいく裏でタカネが戦っていたのは、己の理想が崩れ去っていくことへの恐怖であった。
仮に使命を果たせたとしても、今後一生タカネには「万の兵士を死なせた司令」という烙印が押され続ける。人類を救う完璧な英雄像が崩壊する――彼にとってそれだけは何よりも耐えがたい苦痛であった。
「司令……我々も、最後まで戦います。司令を謀り、第一師団の者たちを無残にも死に追いやった香椎マシロを許しておくことはできません」
「どうか、どうか奴を討ち果たせと指示をください! そうしてくだされば私が、奴の首を取ってみせます!」
「司令!」「司令!」「どうかご指示を!」
政治家としての仮面が男の本性を見事に覆い隠し、部下たちを仇討ちに燃え上がらせていた。
男の理想を、プライドを、欲望を、王道を破壊した大罪人――香椎マシロ。
彼を葬ることはタカネとしても望むところであった。ただ、部下たちにその役目を任せるわけにはいかなかった。
「――静まれ。奴を討てとの指示は出す。だが、その務めを果たすのは貴官らではない」
タカネの一声で士官たちは皆、一様に口を閉ざした。
義憤に駆られながらもそれを抑え、静粛さを取り戻した士官らへタカネは言葉を続ける。
「マシロの機体は【レリエルN】だ。九重アスマが設計した最高のSAMの一つであり、【七天使】以外の誰に倒すことも叶わない。故に私は奴の討伐、その全権を【七天使】の長たる九重アスマに預ける」
「九重大佐に、ですか? しかし、それは……」
一人の士官が疑問を表明しようとして口ごもる。
九重アスマは名目上は【七天使】の長とされているが、実態は異なる。指揮官としてより優れる赤城ケイトや、戦闘経験豊富な巫チヅルに任せる方が良いのではないか――ほぼ全ての士官たちがそう考えていた。
「あくまでもこの作戦の目的は理知ある【異形】の拠点を叩き、奴らを滅ぼすことだ。裏切り者の始末ではない。赤城中佐や巫中佐には当初のプラン通り『ダウンフォール作戦』の現場司令官として働いてもらう」
裏切り者という汚点は清めなければならない。
だが、それを果たせたところで『ダウンフォール作戦』を成功に導けなければ、蓮見タカネの後世における評価は地に落ちるだろう。
バッドエンドなど許せない。この世の全てを掌握し、完全な自由を掴み取るために、【異形】どもには贄となってもらう。
「九重大佐以外の【七天使】には富士山麓エリア一帯への『ピコ魔力シャワー』爆撃を命じる。予定よりも前倒しになるが致し方ない。悠長に奴らの拠点を探り当てる時間などない――ローラー作戦で一纏めに叩く」
計画では拠点を発見してから行うはずだった『ピコ魔力シャワー』――アスマが開発した『アイギスシールド』などの防壁も透過して効力を発揮する魔力を放散する機構――による爆撃作戦。
その決定に冬萌大将は一人、顔を歪めていた。
彼が周辺の自然もろとも焼き払うこの作戦を快く思っていなかったことをタカネは知っている。
それでも大いなる目的のためには必要な犠牲だと、タカネは無言の圧力を送ってくる冬萌大将を黙殺した。
「【七天使】に繋げ。作戦を通達する」




