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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
最終章

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265/303

第二百六十三話 探り合い ―approach―

『蓮見さん。これは……!?』


 七月十五日午後五時〇分。

『リジェネレーター』を名乗る数名の集団による無許可の演説が、中央区画C区画のスクランブル交差点にて強行された。

 その様子はSNSや動画投稿サイトでの生配信で都市中の人々の目に触れ、彼らは『リジェネレーター』の者たちの思いを知ることとなった。


「気にするな。明坂女史が行動を起こすのは予想外だったが、これが趨勢に及ぼす影響はさしたるものではない」


 秘書の牧村からの着信に、『レジスタンス』本部での職務中であった蓮見タカネは早口に応える。

 それだけ言ってすぐに電話を切った彼は、目の前のソファに掛ける男性に改めて向き直った。


「失礼しました。お気になさらず」

「『リジェネレーター』、か……。本当に大した影響はないといえるのかね、蓮見くん?」


 恰幅の良い初老の、ブランド品のスーツを着こなした男は渋い重低音でそう問うてくる。

 彼の名は能美マサル。【七天使】の能美ユウリの父であり、能天使パワーズ工業の社長であった。


「彼らがどう動こうが、現状のプランに変更はありません」

「なら良いがな。我が社のSAMの実力を都市に宣伝する最大のチャンス、それを逃すわけにはいかん」


 能美社長には既に、新【七天使】機および追加投入される汎用機イェーガーを発注してある。

 それに伴って彼には、理知ある【異形】の拠点を叩く『ダウンフォール作戦』の実行も伝えてあった。

 能美氏からすればSAM最大シェアを誇った九重重工を出し抜き、業績を上げる一世一代の好機だ。

 赤字覚悟での急ピッチなSAM開発。一時的に損はするが、作戦に協力した企業へ政府から支払われる補助金があれば大体の元は取れる。


「では、今日のところはこの辺にしておこう。……末永く付き合い続けられることを願っているよ、蓮見司令」

「ええ。もちろん」


 去っていく能美氏へタカネは不敵な笑みを返した。

 動き出した計画は止まらない。ミユキの行動など些事に過ぎない。

 絶対の自信を以て男は突き進む――人類の敵である【異形】を絶滅させ、歴史に新たな一ページを刻むために。



 似合わない黒のパンツスーツを身に纏い、明坂ミユキは久々に訪れる『レジスタンス』本部の廊下を歩いていた。

 足早に行くその表情は険しい。周囲の視線も意に介さず、彼女は前だけを睨み据えて目的の応接間へと迷わず進んでいく。


(昨日の演説……それについての話かしら。たとえ何を言われようとも『リジェネレーター』は守り抜く。そこだけは絶対に、譲れないわ)


 タカネが『リジェネレーター』の存続を阻もうというのなら、ミユキはそれに真っ向から抗う心づもりでいた。

『レジスタンス』時代に何度も九重重工をはじめとしたメーカーとの商談に使った応接間の前で立ち止まり、掌を固く握り込む。

 コンコン、と拳の背でドアを叩くと、すぐに内側から「どうぞ」と応答があった。


「失礼します」


 毅然とした態度で部屋に足を踏み入れたミユキを、タカネは立ち上がって迎えた。

 貴公子のような微笑みを湛えている彼を見つめ、後ろ手にドアを閉めながらミユキは言う。


「余所行きの顔はして頂戴、蓮見さん。『尊皇派』として協力してた間柄じゃない」

「……懐かしいですね。あの時の私はどうかしていた。腐った政府を正すため、武力を蓄えるなど……」

「その結果、『狂乱事変』の解決に繋がったわ。私たちの【イェーガー・リベリオン】が出撃したことで【輝夜】は討たれ、都市は救われた」


 語りながら二人はどちらからともなくソファに腰を下ろした。

 感傷に浸るふりをして、互いに探り合う。男の眼鏡の奥底に映る瞳は、暗い。


「……そうでしたね。あの時、あなたはあの戦いの舞台、地下空洞に降り、月居元司令を撃った――」

「ええ」

「事変の首謀者が亡くなったことで事態は一応の解決となり、都市の混乱は治まった。それは紛れもなくあなたの手柄であり、あなたは事変解決の功労者の一人として称えられる人物となった。にも拘らず、あなたは再びこの都市に混乱を呼び込もうとしている」


 真っ直ぐな眼差しが女を射止める。

 タカネの言葉に嘘は含まれていなかった。彼は一つの大事件に幕を引いたミユキを素直に称賛し、敬意を抱いていた。

 だからこそ――惜しいと思う。


「混乱……そうね。確かに私たち『リジェネレーター』の考えは都市中に議論を巻き起こし、国民感情を二分してしまったのかもしれない。けれど、私はそれを悪だとは思わないわ。人間と同等の知能を有し、意思疎通を可能とする生命がいるならば、その人権は認められるべきよ。市民たちの多くが私たちの考えを受け入れるには時間がかかるでしょう。それでも……私たちは人類と【異形】との戦いに平和的着地点を見出すためにも、彼らとの対話を諦めたくない」


 理知ある【異形】のそれぞれを、人権を持つ一個人として認める。

 そうして対等な立場で話し合い、互いに共生する社会を模索する。

 それが『リジェネレーター』の平和への理念だ。

 絵空事であるのは百も承知。それでもミユキは、『新人』たちと交流し、彼らと親睦を深めることのできた少年少女たちの可能性を信じたい。


「あなたが『リジェネレーター』を認めないというなら、私はそれに抗う所存よ。昨日の演説を聞いた人々は再び考え始めた。この流れはもう、あなた一人じゃ止めることなんてできない」

「なるほど。それがあなたの言い分ですか」


 それだけ呟いて、タカネは腕時計に視線を落とした。

 彼女の意志は固い。タカネが何を言おうが、理知ある【異形】の拠点の座標について吐きはしないだろう。

 それが確かめられれば十分だ。アプローチの手段は他にもある。


「話を聞けて良かった。どうやらあなたの意志の強さは、月居元司令譲りのようだ」

「どうも。……それだけのために私をここに呼んだのかしら、あなたは?」


 言うべきことを言った。そのはずなのに、何かが引っかかる。


「てっきり、昨日の演説の件をとがめられると思っていたのだけれど」


 訊くとタカネは薄く笑み、つらつらと答えてみせた。


「やろうと思えばあなた方を逮捕することもできますがね。政権支持率を考慮すればそうもいかない。『リジェネレーター』の賛同者たちを完全に敵に回すようなことをすれば、政権運営は立ち行かなくなります」


 全盛期の『リジェネレーター』支持率は国民の半数にも迫っていた。それだけの票が離れるリスクだけは、何としても避けなければならない。


「……っ」


 ミユキは唇を噛み締め、目の前の男を睨み据えた。

『対異隊』への急襲を命じておいて、どの口が言うのか――拳を固く握り込み、彼女は湧き上がる怒りを堪えるのに努めた。

 ここでそれを指摘するわけにはいかない。その真実を伝えてくれたシズルや情報のリーク元である九重少年に迷惑が掛かる。今は我慢の時だ。


「あの演説、見事でしたよ。心を打たれる人もきっと多かったでしょう。ただ……無茶はほどほどにしておいた方がいい。それだけは忠告しておきます」

「……そう。肝に銘じるわ」


 最後にそう圧力を掛けられ、ミユキは重苦しい声音で応じた。

 面談はそれで終わりだった。タカネから退出するよう告げられたミユキは無言で一礼し、その場を後にする。


(……ただの警告のためにわざわざ時間を設けるメリットがあるとは思えない。さっきまでの会話には何か意味があったに違いないわ。私自身の意志の主張――それを聞いてあの人は満足した……聞くまでもなさそうなことを、どうして……?)


 確かめる必要があったのだろう、とミユキは推察する。

 だが、何故?

 思考するがミユキには辿り着けない。

 彼女が最後にシズルと会った時、得られた情報は『プルソン戦役』の真実と、『対異隊』の生存についてのみだった。『レジスタンス』が【異形】の拠点に攻め入るのだという情報は、まだ彼女含む『レジスタンス』外部の人間の耳には入っていない。

 

(タカネは私の『狂乱事変』での功績を認めるようなことを言った。自惚れかもしれないけど、私に価値を見出して利用しようとした……? だけど私の意志が固いのが分かって、諦めたってこと……?)


 腑に落ちない。とにかく情報が足りない。

 シズルを頼ることはもうできない。アスマも【七天使】という肩書のために許可なくミユキらとコンタクトを取ることは叶わない。

 他に頼れる情報源はないのか。現在も『レジスタンス』におり、さらにタカネの監視下から抜けられるような立場の人物は――。


(……早乙女博士なら何か知ってるかもしれない。あの人はレイくんのために秘かに『リジェネレーター』を金銭面で支援してくれた……けれど、彼が『機密情報の漏洩』という軍法違反を犯してくれるとは思えない。個人としての寄付と、『レジスタンス』所属の科学者としての行動とでは訳が違う)


 浮かび上がった選択肢の一つを削除する。

 ジャンルは違えど科学の徒として、ミユキは早乙女アイゾウ博士との交流が少なからずあった。彼が規律を重んじる生真面目な性格であることはよく分かっている。

 

(……待って)


 もと来た道を戻り、『レジスタンス』本部の門から出ようとしたところでミユキは立ち止まった。

 確かに早乙女博士は頼れない。だが、彼の傍にいた、かつての学び舎で共に過ごした後輩の彼女ならば――『レジスタンス』の監視の目をすり抜けて真実に迫れる可能性がある。


(一か八か、賭けるしかないわ)


 元『レジスタンス』ネットワーク部主任にして、AIによる都市の管理システムを築き上げた天才エンジニア。

 鏑木かぶらぎリッカ女史。

『狂乱事変』で月居カグヤ司令に手を貸してしまった責任を取って辞職し、現在は野に下っている彼女であれば、『レジスタンス』の情報ネットワークに介入できるかもしれない。


(犯罪なのは百も承知。だけど、もうなりふり構ってられないわ。タカネは何か隠してる――それが『リジェネレーター』に危険が及ぶようなことであれば、未然に防がなければ)


『プルソン事変』のような過ちは絶対に繰り返させてはならない。

 もはやストッパーのいなくなったタカネに対しては、多少の強硬手段もやむを得ないだろう。

 

「……これが私の戦いよ。カグヤ」

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