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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百五十三話 共犯者 ―true feelings―

「あないなやり方、うちは認めへん!」


 模擬戦が終了して間もなく、『VRダイブ室』を出たチヅルはアスマに詰め寄った。

 

「はぁ……そうすか」

 

 肩を怒らせる彼女に対し、アスマは大層気だるそうだった。

 ぼさぼさの黒髪をくしゃくしゃと掻きながら、それだけ言って踵を返す。


「ちょい! あんた、メカニックでしょ!? SAMが好きで作ってるんでしょ!? それなんになんよ、かな戦い方! まるで使い捨てん道具みたいに!」


 声を荒げ、今にもアスマに手を出しそうな勢いのチヅルを、ケイトやサナたちが制止する。

 彼女らが怒れる女戦士を宥めているのを背中で聞くアスマは、立ち止まり、「……そうですね」と自嘲気味に笑った。


「……道具ですよ。SAMも、僕たちパイロットも、メカニックも。でも、そんなの当たり前のことじゃないですか。僕たちは軍人です。上官の駒として忠実に動く、その在り方が道具でなくて何と言うんですか?」


【七天使】の面々は一様に押し黙った。

 確かにそれは否定できない。だが、気持ちとして認めがたい部分もあった。

 

「そうね……確かにそうかもしれないわ。でも、あたくしたちが言いたいのはそういうことじゃないの。アスマ、あなたがもし、本物の戦場であのような――」

「温い。温いですよ、赤城中佐。あなたは実際に『プルソン』の力を目の当たりにしていないから、そんなことが言えるんだ」


 年長者として、ケイトは自らの犠牲を厭わないアスマのやり方を諫めようとした。

 しかし、少年に事実を突きつけられて反駁の言葉を失ってしまう。

 ケイトはあの戦いに参戦してはいなかった。彼女のみならず、アスマとコタロウを除いた【七天使】全員が『プルソン戦役』の死闘を知らない。


「アスマくん、ちょっと――」


 そう、アスマの腕を引いたのはユウリだった。

 女性陣に頭を下げつつ彼を連れ出し、廊下の突き当り近くにある一室へ入る。

 

「なん、ですか」

「アスマくんさ、人付き合い下手すぎ」


 されるがままに物置と化している部屋に連れ込まれたアスマだったが、ユウリの直球な指摘に顔を真っ赤にした。

 そんなこと、言われなくても分かっているのだ。それを今さら言おうだなんてユウリこそデリカシーがない――と、声を荒げそうになるアスマに先んじて、ユウリは穏やかな口調で続ける。


「でも、言いたいことは分かる。甘さとか温さとかに足を掬われたら、そこで終わり……皆に死んでほしくないから、あんな風に言ったんだろ? アスマくんって、優しいよな」


 ――あなたが優しい人だからですよ、アスマさん。

 かつて戦場でかけられた言葉を思い出す。

 優しい。そんな言葉は自分には相応しくないと、アスマは思う。

 九重アスマは本当の英雄ではない。蓮見タカネに利用され、祭り上げられているだけの存在。断れず、逃げられず、流されるままに動いているのみ。


「僕は……僕には、そんな……優しいだなんて、言われる資格とかない」


 そんなアスマのか細い声を、ユウリは静かに聴いていた。

 それから少し間を置いて、彼はゆっくりと言う。 


「……分かってる。偉い人に振り回されてると、自分が何なのか分からなくなるよな。俺にとってはそれが親父で、アスマくんにとっては、蓮見司令だった……」


 外堀を固められて、上の思うように誘導されて。

 自分で道を選べずに、他人が定めた運命に従うしかない。

 そんな苦悩をユウリも経験してきた。『能天使工業』の次期社長になるための英才教育を受けてきた彼は、当初、『学園』を卒業して軍人になる予定などなかった。

 だがユウリはそれが嫌だった。嫌で嫌で仕方がなかった。家庭がめちゃくちゃになった原因である「親の仕事」に全てを縛られるのが、我慢ならなかった。

 

「親のためじゃなくて、他の誰かのために何かしたかった。だから俺は軍人になった。親父は相当反対したけど、俺が離婚したお袋を味方につけたら『勝手にしろ』ってさ」

「そんな話……!」


 されたところで、意味がない。

 アスマはユウリを睨みつけ、唇を噛んだ。

 ユウリは良い。自分でやりたいことを主張して、それが通ったのだから。

 しかしアスマにはどうすることも出来ない。相手は蓮見タカネという、この箱庭で最高の権力を持つ男なのだ。

 彼の意思に反した者がどうなったか――結果的に片づけられることとなった旧【七天使】たちを思うと、従順でいるしかなかった。


「アスマくん。自分のやりたいことをやれ。お前がやりたいことを見つけられたなら、俺は全力でそのサポートをしてやる。今のお前はちょっと……ぎこちなく見えるぞ」

「……ユウリ。……なんで、そんなに……」

「趣味だ。義務感とか使命感とか、そんなんじゃないよ。俺は一人っ子だからさ、なんか弟が出来たみたいで楽しいんだわ」


 世話焼きな先輩は若干照れくさそうに笑う。

 そんな彼にアスマは小さく、けれど確かに頷いてみせるのであった。



 都市中央区画からモノレールで数駅を過ぎた、郊外。

 手渡された紙の地図に時折視線を落としながら、駅のホームを降りたアスマは徒歩で近くの住宅街へと足を進めた。

 時刻は昼過ぎ。人々の多くは仕事で中央区画まで出払っていて、喧騒は一切ない。

 閑静な道路にはテンポの早い少年の足音だけが響いている。

 

「……ここか」


 とある一軒家の前で立ち止まったアスマは、巻き付けていたマフラーの首元を緩め、インターホンのボタンを押した。

『どうぞ』と艶やかな女性の声が彼を迎え、ほどなくして周囲を憚るようにドアが開けられる。


「……待っていたわ。久しぶりね、九重アスマくん」


 束ねた黒髪を胸の前に垂らし、エプロン姿で顔を出した女性にアスマは会釈した。

 夜桜シズル。元【七天使】にして、かつてアスマの上官であった人物である。



「あなたから手紙が届いたときは驚いたわ。それと同時に、嬉しかった。表舞台を退いた私をこうして気にかけてくれるなんて……蓮見司令の差し金かしら?」


 キッチンでお茶を淹れながら訊いてくるシズルに、アスマは「いいえ」と答えた。

 通されたリビングには必要最低限のものしか置かれていない。テレビと一人用の小さめなテーブル、ソファ。ただでさえ広い部屋がより広く感じられる気がして、アスマはどうにも落ち着かなかった。


「随分と、物が少ないんですね」

「ああ……何だか物欲が湧かなくて。集めていたものも全部、捨てちゃったの」


 そうですか、としかアスマは言えなかった。

 夜桜シズルは現在、『レジスタンス』を脱退して単身、ひっそりと暮らしている。

『プルソン事変』での損害の責任を取り、【七天使】を辞任した――表向きにはそういうことになっているが、実態はタカネによる追放である。


「蓮見司令の差し金でなければ、どういう理由で? あなたも知ってるでしょうけど、私は監視されているのよ。当然、あなたが私と接触したという事実も蓮見司令の側に伝わるでしょう」

「見張りを買収しました。これでも九重財閥の御曹司なので」

「あら。嫌なお金の使い方を覚えたのね。それも司令に教わったこと?」


 テーブルの上に湯気の立つコーヒーを淹れたマグカップを並べながら、シズルは薄ら笑いを浮かべる。

 口調は穏やかだがその言葉には棘がある。自分は信用されていない――そうアスマは感じ取って、すぐに本題に入ることにした。

 隣に座るシズルのほうを向く。真っ直ぐ目を見て、深呼吸を重ねる。

 意志は固めた。かつて父に反抗したユウリのように、アスマも自分のやりたいことをやるのだ。

 

「僕は……僕は、『リジェネレーター』の人たちに恩がある。なのに……これまで蓮見司令の言いなりになって、彼ら彼女らについて見て見ぬふりをしてきた。彼らの死を喧伝して、その仇討ちをする英雄になれと、司令に言われて……」


 声が震えた。言ってしまえばもう引き返せないと分かっていた。

 しかし、これ以上嘘で自分を固めたくはなかった。誰かに気持ちを伝えたかった。決められた運命に少しでも抗いたかった。


「僕は『プルソン』を討った英雄なんかじゃない。僕をそんなものに仕立て上げるために『リジェネレーター』の人たちが都市から締め出されてるなんて、そんなの、おかしい……!」


 記された台本シナリオをなぞっていれば確かに楽ではあるだろう。

 そうしていればアスマは現在の肩書も、人々からの称賛も手放さずに済む。

 だが、胸の奥に残った罪悪感は消えないままだ。


「僕たちはあのとき、『プルソン』を前にして一緒に戦った! 確かに強大な相手に対して共闘できた! もう一度同じことが出来ないと、どうして言える……!?」


 シズルの細い手を握り込み、訴える。

 確かに『レジスタンス』と『リジェネレーター』の目指すところは異なる。その対立が【異形】討滅という究極の目標の障害となってしまうことも理解している。

 それでもアスマは『リジェネレーター』の生存者たちを死者として葬り、地上へ追放するそのやり方が正しいとは思えなかった。

 時間とともに胸の中で膨らんだ疑念、葛藤、後悔。それらを抑え込み続けることはもはや、出来なかった。


「夜桜少将。あなたにも分かるでしょう? バザロヴァ総指揮官との共闘を決めたあなたなら……!」

「……辛かったわね。九重くん。蓮見司令という圧倒的な権力者に従わざるを得ない状況のなか、それでも自分の思いを打ち明けたその勇気……私は尊いと思うわ」


 瞳を潤ませて見つめてくる少年の身体をそっと抱き寄せ、彼の癖毛の頭を撫でる。

 涙ぐんだ彼の顔を豊満な胸で包み込むシズルは、しばらくそのままでいた。

 弱冠十六歳の少年が背負うには、あまりに重い罪であっただろう。せめて今だけはその重荷を共有してあげたい――シズルは心からそう思った。


「……私はね、諦めてたの。この都市は蓮見司令が支配する箱庭であり、自分はそこに生かされているだけの名もなき市民であると……。流れる情報は政府の検閲のもと統制されている今、私一人が声を上げたところで何も為せない、って」


『プルソン事変』の後、あの戦いに参加していた『レジスタンス』の士官ふたりが不審死を遂げたという。

 その噂を聞いて『事変』の生還者たちは沈黙し、シズルもまた、かつての部下たちに何かがあっては困ると行動を起こせずにいた。

 けれども、状況は行動を起こさない限り何も変わらない。

 塗り替えられた歴史を見過ごし、彼らの理想を葬るなど、あってはならないことだ。


「……九重くん。あなたは今後、どうしたいの?」


 具体的な策はまだなくてもいい。今はとにかく、九重少年のプランの萌芽を少しでも引き出したい。

 方向性が見えてくれば計画の細部はシズルのほうで練れる。これまでの軍人生活で、作戦の立案は飽きるほどやってきた。


「どう、って……」

「私を頼るのもいい。けれど、あなた自身の意志がなければ私も手助け出来ないわ。誰かの言いなりではなく、自分で自分の指針を打ち出しなさい」


 大人として言い渡す。

 気持ちだけではダメなのだ。その思いを実際に行動に変換しなければ、他人を動かすことなど不可能。

 

「僕は……」


 何を為すべきだろうか、とアスマは考える。

『リジェネレーター』が亡き者として葬られた現状をどうにかするには、まず人々にそれを周知してもらう必要がある。

 だがアスマの立場上、派手に動くことは難しい。今回シズルの見張りを買収したのだってかなりの賭けなのだ。タカネからの信用を失うリスクを何度も冒すことは避けたい。


「……【七天使】の立場を失うわけにはいきません。『リジェネレーター』の人たちを助けるのも大事ですけど、僕は僕の一番好きなことを捨てたくない。だから、僕自身が先頭に立って『プルソン事変』の真実を語るのは、難しいです」


 自分本位であると分かっている。それでも、そこだけはどうしても譲れない。

 

「でも、保身に走って現状が変えられるかしら?」


 痛いところを突かれた。試すような眼で見てくるシズルに挑戦的な眼差しを返し、アスマは答える。


「蓮見司令がまた、過ちを犯そうとした時――その時が来てしまった場合、僕はあの人を止める。僕は【七天使】の一人として、『レジスタンス』の暴走を戒める者になる。組織の内から働きかける、僕の現状為すべきことはそれです」


『レジスタンス』内部にはストッパーが必要だ。『プルソン事変』の罪を繰り返させないため、トップを諫める者が。

 その役割を自らが担いたいと、アスマは確固たる信念をシズルに表明した。


「そう。……そうね。私には最後まで出来なかったことだわ」


 シズルは深い哀惜の念を讃えた瞳を、静かに閉じる。

 救えなかった者。傷つけてしまった者。過ちの結果、喪った人たちはもう、還る事はない。


「あなたがその信念を最後まで貫くというなら、私も力を貸しましょう。監視され、実質的に軟禁された状態とはいえ、アテがないわけではないわ」

「じゃ、じゃあ……!」


 目を輝かせる少年に微笑んでみせる。

 以前より皺の増えた手を彼に差し伸べて、彼女は申し出た。


「ええ。九重アスマくん。これより私は、あなたの共犯者になる」

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