第二百五十一話 観戦者 ―Both camps approaching―
「おはようございまーす。今どんな感じですかー?」
そう間延びした口調で訊いてきた中性的な声に、タカネは振り向くことなく返した。
「遅刻だぞ、マシロ。状況は両陣営、未だ会敵せず……といったところだ」
「ごめんなさーい。……ふむふむ、アスマくんたちが北東の補給ポイントで魔力タンクを、ケイトさんたちが南西で武器を手に入れたと」
モニターに映る地図上に光っているのは、各陣営のSAMを示す赤と青の点。
チーム・女子の赤い点は真っ直ぐ北上しているのに対し、チーム男子の青い点はその場で激しく動き回っている。
「ケイトさんたち、すっごいハイペース! 息切れ怖くないのかなぁ。それからアスマくんたちは……【異形】さんたちとぶつかっちゃったみたいだね。実力的に苦戦することはないと思うけど、ちょっと敵の数が多いかな」
タカネの座す椅子の肘掛けに身を乗り出して、マシロは楽し気に状況を分析した。
「ぼくも参加したかったのになー」と残念そうに呟くマシロに、タカネは「仕方ないだろう」と言いながら横目で彼を仰ぐ。
「ま、人数的にもぼくが加わるとどっちかが一人多くなっちゃうし。それに、男女で分けられるのもあんま好きじゃないですし……何より、」
肩口まで伸ばした名前を体現するような真っ白い髪に、真紅の瞳。
顔立ちは端正で、小柄な容貌も相まって小動物的な可愛らしさを感じさせる。
一見すると女の子のように見える彼であるが、一応は男子だ。
ただ、当人は性別というものにさしたる拘りはないようだが。
「ぼくが入ったら、戦場のパワーバランス、ぶっ壊しちゃうから」
香椎マシロ。
新たな【七天使】の最後の一人にして、最強のSAMパイロットである。
「自信家だな」
「事実ですから」
不敵に笑むタカネに、マシロもえへっと笑ってみせる。
初めてSAMに乗ったその日、香椎マシロは自分が異常なまでに魔力を生み出してしまう体質であると知った。
SAMが求めるよりも多く。乗った機体を潰してしまうほどの過剰なエネルギーが、彼の脳からは溢れ出てしまうのだ。
早乙女博士によれば、遺伝子欠損のために魔力生成量の調整が狂い、通常では身体の安全を守るためにリミッターがかかるはずのところ、歯止めが利かなくなってしまっているという。
「でも……乗りたいなぁ。ぼくも、みんなと一緒にSAMに」
「必ず乗れるようになるさ。そのための機体を、九重くんが開発してくれている」
溢れすぎたエネルギーが機体とパイロットを潰してしまうのなら。
それを常に吸い上げ、放出できるだけのSAMを作ればいい。
理論としては単純だ。しかし、それを実装するにあたってクリアしなければならない障壁が幾つかある。
第一に機体の『魔力液チューブ』の耐久性だ。これまで軽量化のために改良が重ねられてきている『チューブ』であるが、今の規格ではおそらくマシロが放つ魔力量に耐えられない。人体で例えるなら血圧が上がり過ぎている状態、といえるだろう。
『魔力液チューブ』はSAMの身体中に魔力を巡らせるパイプだ。それが血圧に耐えきれずぶち切れてしまうリスクは、絶対に排除しなければならない。
第二に――
「タカネさん、なに難しい顔してるの? せっかくの対戦なんだから、しっかり見ないと! ……あ、それともぼくに見惚れちゃってた?」
「……君を思っての考え事だったのだがね……。まあいい、観戦に集中するとしよう」
額に手を当て溜息を吐くタカネにもマシロはどこ吹く風で、戦闘の局面を映し出すモニターに釘付けになっていた。
これだから子供は苦手なのだ、と内心で呟き――マシロは『学園』を飛び級で卒業した16歳である――、タカネは目の前の画面に向き直った。
*
『数が多いんだよっ、全く!』
能美ユウリはそう、盛大に愚痴を吐き散らした。
彼らが通過した道筋には幾多もの虫型【異形】の死骸が転がっている。
進行する足を止めず、魔法を用いて障害となる最低限の敵を焼き払って進む彼らだったが、その代償は決して軽くはなかった。
『はぁ、はぁ……済まないっす、九重さん! 魔力タンク、ちょっと使わせてほしいっす』
「もう、か……予定より早いですが、やむを得ませんね」
補給のために立ち止まったコタロウ機のそばに付き、アスマは護衛を務める。
かさかさかさ、という耳障りの悪い虫たちの足音を聞きながら、彼はこの状況を努めて冷静に見極めていた。
「通常よりも明らかにゴキブリどもの数が多い。……蓮見司令かマシロの馬鹿か知らないですけど、たぶん設定が『大量発生』に変えられてますねこれ」
くしゅん、と管制室で可愛らしいくしゃみが飛び出たがそれはアスマたちの存ぜぬところである。
『マジかー。ま、単純な決闘みたいな形式じゃない時点で何かしら仕掛けてあるだろうなとは思ってたけど……よりにもよってGの大群とか悪趣味すぎだべ!』
うんうん、と頷くコタロウ。
補給を手早く済ませ、先程までより多少は顔色の良くなった彼は、まだ残量に余裕のある魔力タンクを背負い直した。
それを確認がてら雷魔法で湧き出した『蜚蠊型』を撃退し、アスマはモニターの端に表示されている時刻に目をやる。
十三時ちょうど。模擬戦が始まってから一時間が経過していた。
「当初の予定よりかなり遅れてます。赤城中佐たちが滞りなく作戦を進められているとすれば、彼女らは二個目の補給ポイントまで辿り着いていてもおかしくない。僕たちも急がなくては、差を埋め合わせられなくなります」
『おう! ルート変更は?』
「プラン続行です。新しい得物を手に入れなければ、魔法に頼り切りになってしまう。魔力タンクがあるとはいえ、魔力は出来る限り温存したいですから」
確認してくるユウリにアスマは改めて方針を示す。
走り出した彼は掌に火炎の球を浮かべ、道を塞ぐように現れた『蜚蠊型』の一団へとそれを投げ込んだ。
巻き起こる爆風。立ち上る黒煙。
その場にあった倒壊したビルの残骸ごと吹き飛ばしてのけたアスマは、迷いなく炎上するそこへと飛び込んだ。
「ちょっと熱いですが駆け抜けてください!」
『マジかよっ!?』『り、了解っす!』
障害物もろとも敵を片づけ、強引に道を切り開くアスマに一瞬狼狽える二人。
だが腐っても彼らは【七天使】。即座に覚悟を決め、年少のリーダーに続いていく。
「さっきまでより魔法の威力を高めました。燃え広がった炎が壁になって、奴らは僕らを追ってこれなくなるはず」
『さっすがアスマくん!』
「温存したいと言ったそばから魔力を使ったんで、多少痛い部分はありましたけどね……もう少し走ったら僕も魔力を補給します」
『オッケーっす! 補給中はしっかり護るっすよ!』
燃える瓦礫を乗り越え、駆け抜け、三機は大量発生した『蜚蠊型』たちを置き去っていく。
アスマの狙い通り、背後から追跡してくる気配はない。進行方向を魔力探知しても引っかかるものはなく、彼らはようやく一山越えられたのだと安堵した。
「北西の補給ポイントまで近づいてきました。赤城中佐たちが僕らと同じプランを取ったのであればまだ鉢合わせることはないでしょうが……違った場合、そこで戦闘になる可能性があります。覚悟しといてください」
懸念材料は相手陣営にチヅルがいることだ。
あの女はとにかく勝利に貪欲。わずかでも勝ちの目が見えるなら博打でさえ厭わない、それが彼女という勝負師である。
チヅルの提案を受け入れてケイトが堅実さを捨てたとすれば――アスマの口にした後者の可能性が生まれてくる。
『最初っから出来てるよ、覚悟なんて。あのおっかないお姉さんたちと戦うんだ、どーんと行こうぜ!』
『うぅ、俺はまだちょっと怖いっすね……。三人とも気が強くていらっしゃるから』
『まだそんなこと言ってるんですかコタさん! いい加減慣れてくださいって』
正直ビビっているコタロウ機の背中を、ユウリ機がバンと叩く。
喝を入れられた青年は背筋を伸ばし、表情を引き締めた。
ここは仮想現実、『第二の世界』。もう一つの現実。
たとえ模擬戦であっても本物の戦闘と相違なく、演じられるのは命の奪い合い。
横顔に張り詰めた緊張感を纏い、三人の戦士は会戦の場へ進んでいく。
*
『ちッ、また……! 鬱陶しいっての!』
サナは腕の一振りで青白い光線を放ち、目の前の『蜚蠊型』の群れへ照射した。
その輝きを浴びた刹那、蠢く【異形】たちの動きは停止する。
銅像のごとく固まった彼らの足元から徐々に地面を侵すのは、冷気だ。
にわかに広がる銀盤を前に彼女らは、足底部の滑り止めをポップアップさせる。
「助かったわ、サナ!」
『どーも。……あと、ちょっと二人とも止まってくれる?』
凍てつく大地をものともせず走っていく二人をサナは呼び止めた。
歩調を緩めながら振り返る彼女らに、サナは掌に宿した青い魔力の球を見せる。
『槍も剣も血糊でべっとりっしょ。あーしの水魔法でキレイにしたげる』
『あは、貸し作ってしもたわ』
『……別に、貸し借りとかどうでもいいから。戦いに必要だからやっただけ』
ドライだが仲間としての責任は果たそうというサナに、チヅルはにやりと笑う。
得物の汚れを洗い流した彼女らは道なき道の先を見据え、一呼吸ついた。
目標である補給ポイントまでは直線距離にしてあと一キロを切った。倒壊したビルや劣化した道路など、障害物を考慮すると多少のロスは否めないが――このペースならば早くてあと十五分もあれば目的地に辿り着けるだろう。
「テンポ上げていくわよ。まだバテちゃいないわよね?」
『そないなこと聞くなんて、無粋な人やねぇ』
『とーぜんでしょ』
訊くまでもない問題だった。
「行きましょう!」と高らかに号令をかけるケイトに、チヅル、サナの二人は勢いよく続いていった。
*
チーム・男子もチーム・女子も、向かう先は同じだった。
徐々に彼我の距離を縮めていく両陣営を地図上で観察しながら、マシロは鼻歌混じりに言う。
「ふんふーん♪ ねえ司令、どっちが勝つと思いますー?」
「断言はできないな。だが、現状では先に目的地に辿り着けそうな女子側が有利だろう」
「じゃ、ぼくはアスマくんたちに賭けちゃおー」
画面の前に身を乗り出して、落ち着きなく片足をぶらぶらと揺らす。
そんなマシロを後ろから一瞥して溜息を吐くタカネは、「大人しく座っていなさい」と教師のような口調で彼を諭した。
「座るとこないから肘掛け借りますねー。あっ、あと賭けに勝ったほうはジュースの奢り! ぼくが負けたらお酒でも何でも司令にご馳走しますよっ」
「では私が勝ったなら『ロマネ・コンティ』をいただこう」
「はーい。……ふむふむ、えーっと……うっわ、たっか! 司令の意地悪、こんな額払えないですってー!」
すぐに件のワインについてスマホで調べたマシロは、その値段に思わず悲鳴を上げた。
もちろんタカネとしては冗談のつもりである。
しかしマシロはどうやらタカネのことを子供に三桁万円の額を吹っ掛ける大人げない男だと文字通り受け取ったらしい。ふんわりした白い髪をぐしゃぐしゃと掻きまわしながら「どうしよどうしよ~」と冷や汗を流す彼に、タカネは無言を決め込んだ。
「……あっ、ケイトさんたち止まったー!」
映像で確認すると、チーム・女子の前には最後の砦として用意された【異形】たちが立ちはだかっていた。
対する男子たちはほぼ滞りなく目標へと接近している。両陣営の補給ポイントまでの距離はもはや大差ない。
「女子側もあの【異形】らを突破すれば目的地に到着する。さして時間はかかるまい」
「それはそうでしょうけど……でも、この数分が勝敗に響いてくるかもですよ」
先ほどまでの子供っぽいはしゃぎっぷりも鳴りを潜め、マシロは神妙な気配を纏っていた。
ルベライトの瞳が射止める先、そこには新型の『狼人型』や『豚人型』、『小鬼型』等の集団が映っている。
「あの【異形】たちの個々の力は大したことない。けど……血に飢え、魔力の臭いを嗅ぎつけてやって来たそれぞれの群れが激突したら?」
「戦場は混沌の様相を呈す、か。魔法で一掃すればすぐ片付くだろうが、そうなると魔力補給に時間を取られるのは必至だ。おまけに彼女らは魔力タンクを確保していない。回復役の韮崎少佐の負担は大きくなり、この後の戦闘にも響くだろうな」
【異形】たちの登場によってチーム・女子の勝ち目は薄れつつある。
この苦境をどう乗り越えるか――ケイトたちを試すタカネの眼差しもまた、真剣だ。
「――見せてもらおう。君たちが英雄に足る存在であるか否かを」




