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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百五十話 害虫たちの宴 ―The world is a battle for life―

「二時の方角より敵襲! 迎撃してください!」

『了解っ!』『承知したっす!』


 アスマの警告に従い、出現しようとしている【異形】に備えてユウリとコタロウの二人は銃剣を構える。

 廃ビルの屋上から飛び降りてくる黒い影。

 胸の前でクロスさせた腕を解き放ち、その鉤爪かぎづめの一撃を浴びせかけんとするのは新種の【狼人型】だ。

 これまで確認された種よりも一回り体高の大きいこの種は、スピードやパワーといった戦闘力においても優っている。

『第一級』でないとはいえ、決して侮ってはならない相手だ。

 とはいえ――。


『「第二級」上位の能力、だっけ? ま、俺の前では関係ないけどなっ!』


 ユウリは目を細め、空中に身を躍らせた敵の痩身を睨み据える。

 確かに速い。並みの兵士だったら対応がワンテンポ遅れ、初撃を食らう可能性の高い攻撃だろう。

 だがユウリには見えている。こちらの上を取り、不意打ちの一撃を叩き込まんとしている獰猛な眼に宿る輝きまで、全て。


『――撃つよ』


 朗らかさが一変、纏うのは冷たき殺意。

 視界に映る一瞬を切り取り、鮮明に捉えた狼人の逆三角形の上半身――そのこちら側から見て右側を狙い、彼はトリガーを引く。

 空を切り裂く銃弾。

 刹那、炸裂する。


『ヴオオオオオオッ!?』


 断末魔の叫びを後にして、進行を続ける。

 地面に落下した獣の骸は顧みない。『狼人型』は群れる習性があり、近くに仲間がいる可能性が高いからだ。見つかる前にこの場を離れるに限る。


『流石っすね、能美中佐!』

『あんくらい楽勝だべ! スナイプなら俺に任せとけっ!』

「喜ぶのはいいですけど、あんま調子乗らないでくださいよ」

『なんだよアスマくんの塩対応ー』


 そう口を尖らせるユウリだが、その眼の剣呑さは戦闘時のままだ。

 仮想現実とはいえ、ここは地上。いつ、どこから新手が来てもおかしくはないのだ。

 未知の【異形】はいつだって前触れなく現れる。第一次、第二次ともに『福岡プラント奪還作戦』に参加していたユウリは、それを弁えていた。

 無論、コタロウとアスマも同様である。

 野生の【異形】戦で魔力を消耗してしまっては、本命の女子チームとの戦闘で全力を発揮できない。一分一秒でも早く魔力タンクにありつくため、彼らは警戒を払いつつ先を急いだ。



『とうちゃーく。案外はよう着いたねえ』


 操縦席に背を預け、上下する豊満な胸元に手を当てながらチヅルが言う。

 息を荒くする二人は彼女に画面越しの頷きを返し、目当ての物資が詰まった鉄製ボックスの前に立ち止まった。

 呼吸を整えるのは必要なモノを手に入れた後だ。

 チームを代表してケイトがボックスに機体の掌をかざすと、ほどなくして認証を済ませた箱の蓋が開く。


「ライフル、長槍、双剣が各一セットずつね。チヅル、サナ、どれを装備しましょうか?」

『ちょ、ちょっと待って。息つく時間くらい、くれないわけ……?』


 可愛くなくなるから無駄に筋肉を付けたくないと言い、プロテインより野菜ジュースを好むのがサナという女子である。

 魔力はあるが体力についてはそうではない彼女に苦笑いし、それからケイトは割かし余裕そうなチヅルの希望を聞いた。


「じゃ、チヅル。この作戦の発案者であるあなたに、一番に選ぶ権利をあげるわ」

『あら、おおきに。じゃ、あたしはこれで』


 そう柔らかく笑って彼女が引き出したのは、黒い光沢を帯びた長槍だった。

 体力の少ないサナに白兵戦をさせるのは下策だろうと、ケイトは双剣を手に取る。

 残ったライフルをサナに投げ渡し、ケイトはすぐにこの場を撤収せんとした。

 電撃作戦において行動の遅れは命取りとなる。無駄口を叩く前に身体を動かせ――常日頃から口ずっぱく、彼女が他の【七天使】に言っていることだ。


「残弾には気をつけるのよ、サナ。追加のストックもそう多くはないのだから」

『どっかの誰かさんと違って、あーしはバトル中に熱くなり過ぎて自分の状況が分かんなくなることとかないから。心配なんて要らない』

『あはっ。それ、誰のことなん?』

『ウザ。分かってんなら絡まないでくれる?』


 笑みとともに圧力をかけてくるチヅルに、サナは素気なく言い返す。

 少女の歯に衣着せぬ物言いに、しかし女も笑顔を崩さなかった。


『随分とおはんなりなこと。どこで育ったのかしら?』

「その辺にしなさい、チヅル。口喧嘩は戦いに勝ってからよ」


「あら、ごめんなさい」と一言詫び、チヅルは表情をすっと真剣な顔に戻す。

 サナのあれは若者特有の跳ねっ返りだ。チヅルも本気で怒っているわけではない。ただ、サナという子が分かりやすくちょっかいに乗ってくれるのでついつい嫌味を言いたくなるだけだ。

 チーム女子が新たな得物を手にしたのは南西の補給ポイント。

 そして現在、彼女らが向かっているのは北西の補給地点だ。そこで武器や防具といった装備を男子たちに先んじて入手する。それが目下やるべき事項である。


『……あらあら。急がないといけへんのに』


 舌なめずりし、ため息交じりにチヅルは言う。

 足元のほうから微かに聞こえてくるのは、かさかさかさ、という掠れた音だ。

 敵の姿はまだ、目に見えない。だがすぐそばまで迫ってきているのは確かだ。


『ケイトはん、分かっとったんでしょう? なんで言わなかったん?』


『魔力ロケーション』で安全なルートを探っているケイトには、そいつらが察知できたはず。

 訊ねてくるチヅルにケイトは何も答えない。モニターに映るその顔は、心なしか青ざめて見えた。ついでにサナも不快感を隠そうともせずに顔を歪めている。

 二人の様子を怪訝に思っていたチヅルだったが、ややあって、ぽんと手を打つ。

 がりがりがりがり――舗装された地面の下から聞こえてくるのは硬い何かを削るような音。


『お二人はん、まさか怖いん?』


 心の底から小ばかにしたような笑みを浮かべて、チヅルは長槍を担ぎ上げる。

 彼女が目を弓なりに細めると同時、地面を食い破って地表に顔を出したのは黒光りする虫たちの巨大な体躯であった。


『きたきたっ! ゴキブリはんたちの宴やで!』


 

 地上を我が物顔で闊歩する【異形】たちの種類は、観測された限りでも数千種を超える。

 未発見の種、新たに進化した種、交雑種……それらを合わせれば数万、或いは数億にも上る種が存在していると推測されている。

 そのうちの大半を占めるのは、『甲虫型』に代表される虫型の【異形】たちだ。

【異形】の食物連鎖ヒエラルキーの下位に置かれる彼らは、多くが自分たちより弱い植物型の【異形】や、獣たちの死骸を食物としている。


 だが――中には非常に好戦的で、SAMにも臆さずに襲い掛かってくる種もいるのだ。

『甲虫型』『百足ムカデ型』『蜻蛉トンボ型』をはじめとする、『福岡プラント奪還作戦』の際も確認された者たちである。

 そして、今日この日にチーム・女子の前に現れた『蜚蠊ゴキブリ型』もその一つ。

 ゴキブリのような【異形】は数多く、その殆どが臆病な性質である。しかし突然変異的に現れた『蜚蠊型』だけは例外だった。

 魔力で維持している最大で体長一メートルを超す、巨大な外骨格。口元の大顎は鉄筋コンクリートも噛み砕き、集団で襲い掛かってSAMの装甲をも破壊できる。普段は廃都市の地下などに潜み、獲物が近づくやいなや一直線に飛び掛かってくる。


『そーらっ!』


 軽快な掛け声とともにチヅルは長槍をぶん回した。

 真っ向から急襲してくるゴキブリたちをそのひと薙ぎで一掃し、弾き損ねたのを逃さず足で踏み潰した。

 足裏に生温い体液が纏わりつく不快感に顔をしかめながら、チヅルは身動きできないケイトとサナを叱咤する。


『何ぼうっとしてるの! 突っ立っとったら死ぬで!』

「っ、――その通りね!」


 忌避感と恐怖感に身を竦ませてしまっていたケイトだったが、嫌味抜きの本気で怒鳴ってきたチヅルの言葉に発奮した。

 先ほど獲得した双剣の柄を固く握りしめ、腰を少し落とす。

 すぅ、と深呼吸し、直後、地面を蹴飛ばし一気に駆け出す。


「ふッ――!」


 すれ違いざまの一閃、その連撃。

 白刃が煌めくそばから【異形】特有の緑色の血液が飛散し、SAMの黒い鎧を彩った。

『蜚蠊型』はとにかく数が多い。全てまともに取り合うのは時間の無駄だ。ここは強引に前進し、突破するほかない。

 進む先の地面が割れ、潜んでいたゴキブリたちが次々と現れる。

 舌打ちするケイトは決して足を止めず、淡々と目の前の敵を刈り取っていった。


「あぁ嫌ね、臭くてたまらないわ」

『汚らしい、けどそれが命!』


 獰猛な笑みを浮かべ、チヅルは群がる虫たちを力任せに振り飛ばした。

 生きるために【異形】たちは人を襲う。それは人も同じことだ。生き残るために敵を殺す。場合によってはその肉も食う。都市住民たちが食している肉の一部が【異形】のそれであるということは、『レジスタンス』で『プラント』関連の業務に携わった者だけが知る真実である。


『殺し殺され、お互い様よ』


 世は命の奪い合い。その無常さに嘆息し、チヅルは長槍を薙ぎ続ける。

 だが、しかし――聞こえてきたケイトの切迫した声に、彼女は足を止めた。


「――チヅル! サナが……!」

『はぁ? あの……!?』


 振り返って見えてきたのは、『蜚蠊型』に囲まれて身動きが取れなくなっているサナ機の姿だった。

 ライフルの残弾を惜しんでか彼女は銃剣の刃で応戦しているが、敵の数に押されつつある。

 一体を切り払ったそばから別の一体に脚を噛みつかれ、腕に飛びつかれ。

 放ってはおけまいとケイトとチヅルは前進を止め、すぐさま引き返した。


『ドアホ! 一秒でも早う助けを求めへんからこうなる!』


 顔を歪め、吐き捨てる。勝つことが大好きなチヅルにとって、敗北はこの世の何よりも大嫌いなものだ。

 ちっぽけなプライドに邪魔されて声を上げられず、負けという最悪の贈り物を押し付けてくる輩には反吐が出る。


『あたしの槍じゃ小回りがきかへん! 雑魚はあたしが引き受けるから、ケイトはんはあの娘に引っ付いてるのを剥がしい!』

「分かったわ! サナ、いま助けるわよ!」


 先行するチヅルが長槍の大薙ぎで向かってくるゴキブリたちを掃き散らす。

 その後から駆けるケイトはチヅル機の頭上を飛び越えて、一気にサナ機の前まで躍り出た。

 白刃の嵐が少女の周囲を吹き抜けていく。


「はあああッ!!」


 うごめく虫たちの脚部。その付け根のみを的確に狙い、断つ。 

 その様は勇猛なる演舞のごとく。刃の煌めきと濃緑の血飛沫の軌跡を空に描き、そして女は少女の前まで舞い戻った。

 

『……ケイト』


 サナは足元に散らばった虫たちの死骸を呆然と見下ろして、助けてくれた彼女の名を呟く。

 恐怖に竦んで何も出来ず、ケイトとチヅルの手を煩わせた。それがサナにとっては屈辱だった。


「救われるくらいなら放っておいてほしかった……そんな台詞、言わせないわよ」

『……べ、別に、そんなこと……』

「あなたがいなければ作戦に支障をきたしてしまうわ。だから助けた。それだけよ」


 本当はそれだけではなかった。

 チームの一員としてチームメイトの危機には駆けつける。どれほど気に食わない相手であっても、それだけは例外なく実行すべき使命だ。


『ケイトはんもサナに負けず劣らず、素直ではおまへんどすねぇ』


 くすくすと笑い、それからチヅルは弓なりにしていた目を静かに開いた。

 

『サナ。……次は無いで』

『分かってる。……ごめん』

『分かっとるならええわ。装甲もそこまで傷ついてないようやしな。ほな、魔力補給頼むわぁ~』


 しょげているサナの肩をぽんと叩き、普段の柔らかい調子で補給をお願いする。

 嫌味や皮肉が十八番のチヅルだが、怒るのは趣味ではない。叱るのはさっさと止め、気持ちを切り替えてマップに視線を移した。


『今ので進行がちょい遅れたわな。作戦に変更は?』

「……きっと向こうも魔力タンクの一つを手に入れて、次は北西の補給ポイントを目指すはず。坊やたちよりも先に辿り着ければ問題はないけれど……今の遅れを考えると、鉢合わせる可能性が高いかしら」


 当初のプランであった武器を予め全て入手したうえでチーム・男子との対決に臨むことは、叶わないかもしれない。

 作戦を変更し、男子たちがまだ手をつけていないであろう南東の魔力タンクを狙うか。

 堅実にいくならそれもありだろう。だが――。


「このままいけば、魔力タンクを獲っていないあたくしたちが不利よ。男子たちにあるそのアドバンテージ……それをひっくり返すには、やっぱり当初の計画通りいくしかないわ」

『そうなるわな』


 頷き、チヅルは不敵に笑む。

 魔力タンクを持っていないこちらが優位に立つには、男子たちに先んじて彼らが得るつもりだった装備を回収するほかない。

 

『とりま、これで補給は終わり。あーしの魔力にはまだ余裕あるから、遠慮なく使って』

「感謝するわ、サナ。さあ、スピード上げて行くわよ!」


 話している間に魔力補給を済ませてくれていたサナに礼を言い、ケイトは二人を先導していく。

 負けたくない――その思いが彼女たちに、ペースを上げたことによる負担を忘れさせていた。

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