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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第十章 比翼の絆

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第二百四十四話 策謀 ―A flow-maker―

 連絡のない不安に苛まれている。

『リジェネレーター』が地上探索作戦に出発してから、およそ三日。

 本来ならば帰還の報せが入ってきている頃だというのに、ミユキのもとにはまだ何も届いてはいなかった。


「落ち着いてください、ミユキさん。予想外の事態が起きようとも、彼らを率いているのはあのマトヴェイ元帥です。無事を信じましょう」


 部屋中をぐるぐると落ち着きなく歩き回っているミユキを見つめ、彼女の事務仕事を手伝っているヤイチがなだめる。

 かくいう彼も、先程から全く作業に手をつけられていない。

 本部に居残った士官やメカニックら幹部たちもまた、焦燥感に駆られていた。

 と、その時だった。

 執務室の外から一人の女性士官が飛び込んできて、叫んだのは。


「あ、明坂主任! 大変です、『レジスタンス』の【七天使】が……!」

「何!? 何があったの!?」


 駆け寄ってきた士官の女性はスマホの画面をミユキの前に突きつける。

 そこに映されていたのは「STV」――新東京市テレビ局――の臨時ニュースだ。

「速報」と題し、緊迫のあまり早口になるアナウンサーが【七天使】潰滅の報を伝えている。


『……繰り返します。たった今「レジスタンス」本部より【七天使】の風縫ソラ中佐、毒島シオン中佐が戦死、水無瀬ナギ少佐が『同化現象』により意識不明となったとの情報が入りました。また生駒センリ中将、麻木ミオ中佐は負傷により、【七天使】の地位を降りるとのことです。この責任を受け、蓮見首相はこのあとにも会見を開く模様です。なお、【七天使】の夜桜シズル大佐に関しては生存しているとのことです』


 後頭部を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃に、ミユキは言葉を失った。

 信じられなかった。認めたくなかった。自分も開発に携わった【サハクィエル】をはじめとするネームド機に乗った戦士たちが無残に散ってしまったことなど、受け入れられるはずがなかった。

 メカニックとパイロットとの間にあった信頼関係。『レジスタンス』を離れてからも、ミユキがそれを忘れたことはない。


「シズルちゃん……」


 そしてミユキが何よりも慮っているのは渦中のシズルだ。

 彼女が生きていることには安堵したい。だが、あの部下思いの生真面目な彼女に圧し掛かっているであろう自責の念と喪失感を思うと、素直に喜べなかった。


「何が、何が起こっているの!? 事態と『リジェネレーター』との関係は!? どうしてカナタくんたちは戻って来ないの!?」


 もはやヤイチでさえ、彼女に冷静になれと進言することはできなかった。

「STV」のみならず『レジスタンス』と距離の近しい各テレビ局は続々と、同じニュースを打ち出している。


『「レジスタンス」は本日午後十七時半、地上探索任務中だった二個旅団が第一級【異形】プルソンと遭遇、潰滅的な被害を受けたと発表しました。この事態による死者は四〇〇〇名を超え、中には【七天使】の……』

『【異形】プルソンは九重アスマ大尉率いる後援部隊によって討伐されたとのことです』

『蓮見首相はこの件を受け、『「プルソン」は既に討伐されており、被害が都市にまで及ぶ可能性は限りなく低い」とコメント。また、「レジスタンス」の早急な人事再編を行うと明らかにしました』


 心臓が早鐘を刻んでいる。

 流れ込んでくる情報を前にこの場の誰もが平静さを欠き、溺れる者が空気を求めるように次なる報せに飛びついていった。

 TV、ネットニュース、SNS。マスメディアがこぞってこの『プルソン戦役』について報じているが、そのどこにも『リジェネレーター』にまつわる報道はない。


「『対異隊たいいたい』が帰還できていないこの状況。同時期に起こった【プルソン】の襲撃。……その場に『対異隊』も鉢合わせていたとすれば、戻れないのも辻褄が合う」

「……そんな。そんな、ことって……」


 苦渋に顔を歪めながら推測するヤイチに、ミユキは激しく頭を振った。

 死者四千名という犠牲の規模はあの『福岡プラントの悲劇』に匹敵する。カグヤが病むに至った原因となった戦いトラウマがフラッシュバックし、ミユキの呼吸は徐々に浅くなっていく。

 ――死んでしまった。いなくなった。みんな、あたしの前から――。

 

「ミユキさんッ! ミユキさんしっかり!」

「はっ、はっ、はぁッ……!?」


 女の視界から色彩が失われていく。

 息苦しさが増し、意識が朦朧としていくなか――彼女が最後に思い出したのは、銃口を向けた瞬間に見たカグヤの微笑みであった。



「『レジスタンス』の長として、全ての国民の皆様、そして全てのご遺族の皆さまに謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした」


 およそ二分間、蓮見タカネは報道陣の前で頭を下げ続けた。

 野党時代から辣腕をふるい続けた彼という男の、初の失態であった。

『蓮見神話、崩壊』。

 そう一面に大きく打ち出された親『リジェネレーター』紙の号外を握り潰し、会見を終えたタカネは隣を歩く牧村にそれを押し付ける。


「……蓮見さん」


 この時ばかりは普段から冷徹ながら大胆な物言いの彼女であっても、掛けるべき言葉を見つけられずにいた。

 常よりも早い歩調で首相官邸の廊下を突き進む彼は後ろを振り返ることなく、無機質な声音で言う。


「牧村。私はこれから『レジスタンス』本部へ向かう。既に手は打っている……まだ私は終わらんよ」


 思わず立ち止まり、牧村は瞠目した。

 プランが失敗に終わったというのに、タカネは焦燥をまるで感じていないように見える。

 その揺るぎなさはいっそ空恐ろしく思えるほどだった。

 いや――畏怖すら覚える、というほうが正しいか。


「マスメディアの狗たち……ですか」

「ああ」


 国民感情の誘導はタカネの十八番だ。

 今回は『福岡プラントの悲劇』の時とは異なり、都市住民に直接的な被害はない。遺族さえ不用意に刺激しなければコントロールは十分に可能だと、タカネは見ていた。

 そして何より、彼のバックには皇太子ヤマトがいる。

 この敗北は市民の【異形】への憎しみをさらに増幅させ、反『リジェネレーター』の流れを押し進める起爆剤となるだろう。

 男はほくそ笑み、呟く。


「流れは読むものでも乗るものでもない。作るものなのだよ」



 すっかり板についた軍服姿で『レジスタンス』本部に戻ったタカネは、まず始めに佐官以上の高級将校を集めて会議を執り行った。

【七天使】という柱を失って意気消沈している彼らを見渡し、『円卓の間』の主は語気を強めて訴える。


「今回の作戦は失敗に終わった。だが、ここで立ち止まってはならない。ヤマト殿下の悲願、【異形】討滅のための戦いは依然として続いているのだ。我々が力を失ったとみれば【異形】の勢力はその好機に付け込んでくるだろう。故に、我々は早急に【七天使】に次ぐ機体とパイロットを擁立しなければならない」


【七天使】は空席となった。次にその位置につくのは誰なのか――召集された士官の中に一瞬でも目を光らせた者がいたことを、タカネは見逃さなかった。

 ただの野心家は扱いやすい。地位という餌を目の前にちらつかせてやれば、簡単に尻尾を振ってくれる。

【七天使】の下で目立てなかった者。彼らに活躍の機会を奪われてきた者。あと一歩、英雄の領域に届かなかった者。

 そのように燻ってきた連中を拾い上げ、鍛えさせ、「完全に己の掌中にある」精鋭を生み出すのだ。


「人事発令は一週間後に行う。貴官らのこれまでの働きに応じた評価を下し、上位七名に数えられる者たちを次世代の【七天使】として任命しよう」


 張り詰めた空気を肌で感じながらタカネは議題を次に移していく。

 臨時的に開かれた軍議は休憩を挟みつつ、日付が変わるまで続いたのだった。

 


『だいぶ長丁場だったようだな。この俺を二時間も待たせるとは』

「すまないね。今回の作戦ではあまりに犠牲を払い過ぎた。それを埋め合わせるのに決めなければならないことは多い」


 パソコンの画面越しに溜息を届けてくるのは、褐色の肌の精悍な顔立ちの男、ヤマト皇太子である。

 軍議の後、『レジスタンス』本部内の執務室にて彼とビデオ通話するタカネは、神妙な面持ちで詫びを入れた。


『まあ、そうだろうな……。【七天使】の訃報は残念だった。彼らには対【異形】の旗頭として、今後も前線に立ってもらうつもりでいたが……』

「ああ。だが、悔やんでいても仕方がない。【七天使】の後釜の選定と彼らが搭乗する機体のリリースは急ピッチで進める予定だ」


 ヤマトは苦虫を嚙み潰したような顔で視線を下げた。

 そんな彼にタカネは今後の方針を伝える。皇太子の士気を下げぬよう、一切の揺らぎがない強い口調で。


「まだ、私たちは終わっていない。【七天使】が『レジスタンス』の全てであると思ったら大間違いだ。次代の英雄――彼らの活躍を信じてほしい」

『無論だ。戦場に行けない俺たちは、もとよりパイロットたちを信じるほかないのだから』


 液晶に映る皇太子の瞳は一直線にタカネだけを見据えている。

 その奥に蠢く闇、ちらつく怨嗟の炎を認めたタカネは小さく頷きを返した。


「君の信じる戦士たちを、今度こそ勝利へ導いてみせる」

『頼むぞ、盟友』

 

 全幅の信頼を寄せてくるヤマトにタカネは目を細めた。

 皇ヤマトはまだ、過去に囚われている。表向きにはトラウマに起因する少年時代の失語症を乗り越え、皇太子として立派に公務を遂げている青年としてみられているが、実態は薬漬けだ。抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬などの様々な薬に頼ってようやく生活が成り立っているほど、その精神の傷は深く癒えていない。

 一度だけ、うっかり薬を飲み忘れたヤマトがトラウマのフラッシュバックによって半狂乱に陥ったところを見たことがある。大の男が子供のように泣き叫び、震えている様子はあまりに悲痛で、哀れだと思った。

 ヤマトは『尊皇派』のタカネにとって、神輿として利用されている存在だ。

 だがそのうえで、タカネは盟友として彼の苦しみを取り除いてやりたいと思う。最大限利用し尽くし、その暁に彼の悲願を叶える。神輿でも道具でも、最終的に救われるならそれで良い。


「それでだが、次なる作戦は新型機のロールアウトが済みしだ――」


 と、そこでドアをノックする音に遮られ、タカネは口を閉ざした。

 入れと告げる前に乱雑に扉を押し開けて詰め寄ってきたのは、薄緑の病衣を着たぼさぼさな黒髪の少年である。

 咄嗟に通話をミュートにするタカネの前に立ち、睨みつけてくるアスマ。

 拳を固く握り、小刻みに肩を震わせている少年に対し、タカネの眼差しは冷ややかだった。


「怖気づいたかな、九重くん?」

「……っ、あなたは……僕にSAMを作る機会を与えてくれた。それだけは感謝してる。でもっ、僕は……今回の作戦が正しかったとは思えません! 確かに『リジェネレーター』は【異形】を滅ぼす障害になるのかもしれない、だけど、あいつらも同じ人間なんだ! 命を懸けて仲間を守る、人間なんだ……!」


 男の胸倉を掴み上げ、唾を飛ばしながら少年は湧き上がった思いをぶつけた。

 息を荒げて訴えてくるアスマの腕を掴み、振りほどきながらタカネは言い放つ。


「だからどうした? そんなことは百も承知で、君は戦いに臨んだのではないのか? 作戦上の障害も排除できずに人類の悲願を成就できると、本気で考えているのか? ――もしそうであるなら、考えが甘すぎると言わざるを得ないな」


 どこまでも冷徹にタカネはアスマを非難した。

 突き放されてよろめく少年は唇を噛み、顔を上げる。


「……これ以上あなたが『リジェネレーター』を攻撃すると言うのなら、僕はもう、あなたに協力なんかできない」


 それは彼にとって初めてのタカネへの反抗だった。

 しかし男は一切動じることなく、口角を微かに上げて少年へ持ち掛ける。


「……では、『リジェネレーター』がそこに辿り着くより早く、我々が理知ある【異形】の本拠地を落とせるとすれば?」

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