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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百三十三話 絶望と希望の境界で ―mercury shield―

 投げられた光の一槍に左胸を刺し貫かれ、【ゼルエル】は仰向けに倒れゆく。

 力の天使が敗れた。最強であったはずの生駒センリが、『ダンタリオン』の魔法の前に屈した。

 その事実が『レジスタンス』『リジェネレーター』双方のパイロットたちに与えた衝撃は大きかった。

 体力も魔力も限界まで消耗した彼らを最後まで支えていた、気力。

 それが崩壊していく。いとも簡単に、砂で築いた城のように。


「まさか……! そんな、ことって……!?」

「うそ、だろ……!?」


『レラジェ』と対峙していたユイとシバマルは、罅割れた声を漏らした。

 既に力の殆どを消費している二人は、地面に膝をついているのがやっと。

 敵を倒したと思ったのも束の間に解放された、真の力。それに追い打ちをかけるように齎された「生駒センリの敗北」という結果は、彼らの希望を真っ二つにし折った。


「生駒、中将っ……中将っ、中将、中将ッ……!」


【マトリエル】との装備の交換を果たしたミオは、眼前で倒れた男の名を何度も何度も叫んでいた。

 嘘だ。違う。何かの間違いだ。生駒センリが散るわけがない。武を極め、SAMを極め、全てのパイロットの頂点に座していた憧れの彼が、こんなところで終わるはずがない。

 認めたくないとミオの心が激しく訴えかけている。だが、視界に映っているのは紛れもなく、左胸から赤々とした『魔力液エーテル』を流出させている【ゼルエル】だ。

  

「中将っ、中将っ!? 嫌ですっ、こんな――まだ、貴方に教わっていないことが、たくさん、あるのに……!」


 半狂乱になってミオは頭を振る。眼鏡がずり落ちるのも構わず泣き叫ぶ彼女に対し、シオンは感情を押し殺した声音で言った。


「……生駒中将の思い、無駄にはしないよ。麻木中佐、貴方から受け取った翼で絶対に仇を取る。だから最後まで、勝利を諦めないでいてください」


 それからシオンは自分が換装を行っている間、守り続けてくれた三人へ礼を言った。


「アンタたちもありがとう。絶対アイツを捕えて、皆で勝利してやるから」


『反光線塗装』を纏って敵の光線を受け続けたハルとアキト、フユカの機体は、既に装甲の各所が焦げ付いてボロボロだった。

 当然だ。魔法で光線に耐性を持たせたとはいえ、彼らの機体は汎用機。【七天使】や【機動天使】でも苦戦する第一級【異形】の攻撃を無傷で防ぎ切れるわけがない。

 身体を張って時間を稼いだ三人には、もはや言葉を発する余裕もなかった。

 通信を繋げ、モニターの映像で頷きだけを返してくれたハルたちに、シオンは精一杯の笑顔で応える。


「ヒーローなんてなれないし、そんな柄じゃないけど……まあ、信じといてよ」


 自分本位の贖罪のためではなく、仲間の思いに報いるその一心で。

 毒島シオンは立ち上がる。メイクの崩れて格好のつかない顔に、泥臭い覚悟と戦意を宿して。


「――いくよ、『ダンタリオン』!!」



【ガギエル】が掌から放ったジェル状の液体に足元をすくわれ、転倒した『キマリス』の騎馬。

 落馬した【異形】へミコト、カオル、ナギは時間差での魔法攻撃を三発浴びせ、敵の【防衛魔法】を打ち破ることに成功したが――しかし。


『――――オオオオオオッ!!』


 戦闘開始から初めて『キマリス』は叫びを発する。

 同時に膨れ上がるのは殺意と、魔力だ。

『プルソン』の加護によって、【異形】の真の力が解放されていく。


「二人とも備えてください!!」


 ミコトが鋭く警戒を促したその刹那。

『キマリス』が腕を振るう動作に呼応して、三人の魔法が跳ね返された。

 炎と暴風、そして氷の三連撃が、その魔法の主へと反射されていく。


「【リリーフプロテクション】!!」


 桃色の輝きを宿す盾を展開し、ミコトは【ウリエル】と【ガギエル】を守り抜かんとした。

 盾の表面を襲う衝撃。魔法の威力を殺しきれずに吹き飛ばされ、地面に背中を打ってもなお、ミコトはすぐさま起き上がった。

 絶望は戦士にとっての死を意味する。折れた心に身体はついてこない。心身の均衡が取れてこそ、パイロットは本来の実力を発揮できる――生駒センリが部下たちへよく説いていたことだ。

『リジェネレーター』の精神的支柱であると自負するミコトは、ミコトだけは、どれほど絶望的な状況でも心を挫けさせてはならない。

 

「わたくしは、戦場に咲く華。決して散らず、誰にも手折られることなく、そこに在り続ける者――」


 己という人間を誇示するように、ミコトは胸を張って高らかに表明する。

 桃色の盾の表面に浮かび上がる不死鳥のエンブレムは、彼女の覚悟そのものだ。


『オオオオオオオッ!!』


 敵の戦意を全身で感じ取り、『キマリス』はその筋骨隆々な肉体を震わせながら吼える。

 その震えは恐れからくるものではない。武者震いだ。騎士の精神を高揚させるほどの高潔なる意志を、『キマリス』はミコトの内に認めた。


「どうするんだい、ミコトさん?」

「……小細工なしの真っ向勝負を仕掛けます。『キマリス』もそれを望むでしょう」


 正面から速さと力をもって捻じ伏せにくるのが『キマリス』という【異形】だ。

 戦いを通して彼と「対話」を行うならば、こちらも同じく正々堂々迎え撃つのみ。


『――――』

 

 ミコトが防御を行っていた隙に、『キマリス』は取り落とした槍を拾い上げていたようだった。

 二足で大地を踏みしめ、槍を回しながら構える騎士の【異形】は真っ直ぐミコトたち三機を見据える。

 ――来る!

 ナギとカオルが胸中でそう叫んだ瞬間、『キマリス』は行動に出た。


『――コォォオオオオオッ……!!』


 息を深く吸い込み、腹の底から闘気を湧き上がらせる『キマリス』。

 踏ん張る腿や脹脛ふくらはぎ、腹筋や胸筋が隆起していくなか、その身は黒い炎のごときオーラを背負う。

 これまでと何かが違う。

 ミコトがそう思った時には既に、『キマリス』は牙を剝いていた。

 槍を振るうと同時、現出するは幾つもの魔力の渦。

 その中央から竜巻のようにせり上がった炎や雷、水の一撃がミコトたちへ一斉に襲い掛かっていく。


『――カアアアアアッ!!』


 激しくのたうち、地面を削りながら肉薄する魔力の竜巻の威力は尋常ではなかった。

 神々しく輝く不死鳥のエンブレムを印した【リリーフプロテクション】が、たちまち罅割れていく。


「――魔法ッ!?」


 驚倒するミコトの顔が歪む。

『ゴエティア』には『キマリス』が槍以外の攻撃を仕掛けてくるとの記述はなかった。故にミコトは槍での接近戦に備え、盾の背後に待機させた【ガギエル】のジェルをもって、『キマリス』の動きを封じる策を練っていたのだが――敵はまだ見ぬカードを切ってきたのだ。


「ぐっ!?」


 殴打のごとき連撃が防壁を揺さぶる。

 衝撃によって、急ごしらえの胸部と左腕の装甲が弾け飛ぶ。

 倒れまいと踏ん張る【ガブリエル】の背中を【ガギエル】が支え、さらに『アイギスシールド』を重ね掛けした。


「――させないッ!」


 汗を飛ばしながら顔を上げ、ナギは『キマリス』の顔を睥睨した。

 彼の視線と、兜の奥に光る赤い眼に宿る殺意とが激突する。

【異形】は憎むべき敵だというナギのスタンスは変わらない。恋人を【異形】に奪われたその日から一生涯にわたって、彼の怒りは消えないだろう。

 それでも【異形】たちとの対話を望むミコトたちをナギは守りたいと思う。

 どんな思想を抱えていようが、人は救うべきものだから。人が傷つき、苦しみ、悲しむ姿をナギはもう見たくない。


「『リジェネレーター』の思想を間違いだと断じて潰すなんて……それこそ間違いだった。異なる考えの相手と戦って、取り返しのつかない被害を出して……そうなってからじゃ遅いんだって分かった。過ちは繰り返させない――『リジェネレーター』はもう、敵じゃない!」


 青年の意志に応えるように【ガギエル】の身体が蒼く発光する。

『コア』に蓄えた魔力の解放。パイロットを守るために課せられたリミッターの解除。

 右腕に帯びるのは銀の水だ。

【ガブリエル】の前に躍り出た【ガギエル】は腕を横に一振りし、溢れるみずがねのベールを描く。


「【水銀の盾マーキュリーイージス】!!」


 ――遮断する。

 炎、雷、水の三連撃は広がる水銀に呑まれ、その勢いをみるみるうちに弱めていった。

『キマリス』の赤眼が驚愕するように見開かれる。

 人間たちは虫の息であるはずだった。しかし、【異形】側と同じく人間側も残された魔力を解き放ち、新たなる力を目覚めさせた。

 

「ナギ……!」「水無瀬中佐……!」


 カオルとミコトは息も絶え絶えに彼の名を呼ぶ。

【ガギエル】が纏う蒼きオーラはまさしく、少女たちにとっての希望の光だった。

 彼女らを背に『キマリス』と相対するナギは、眦を吊り上げ、口角を吊り上げて見せる。


「まだまだ、負けちゃあいないよ」


 絶望の中にこそ希望を見いだす。

 それが、数々の窮地を乗り越えてきた【七天使】としての矜持だ。

 

『――ォォォオオオオオオオッ!!』

 

 騎士の咆哮がびりびりと空気を震わせる。

 掲げる槍に纏いしは、燃え上がる漆黒。『キマリス』の戦意の高まりに呼応するように、周辺の大地からも魔力の流れが湧き起こった。


 ――大魔法が来る。


 ナギは歯を食いしばり、眼前で発動せんとしている攻撃に備えた。

 魔法は威力が高ければ高いほど、使用者に代償を強いる。撃った直後、反動で『キマリス』の動きが僅かでも鈍れば――それはナギたちにとっての勝機となるだろう。

 その隙を突くためには大前提として、ナギが相手の魔法に耐えなければならない。

 気合でどうにかなるとは思えない。勝ちたいと願っても、人はなすすべもなく負けてしまう時もある。

 

 ――それでも。


 生き残ることを望むなら、立ち向かえ!


「ねえ、【ガギエル】。今なら僕たち、一つになれると思わない!?」


『アーマメントスーツ』の胸部に輝くオーブが熱を放ち、温かく脈打っている。

『コア』の鼓動とパイロットの鼓動が、共鳴していく。

 胸に手を当てるナギは湧き上がる高揚感に全身を任せながら、笑っていた。


「気持ちいい……織部くんもこんな気分だったのかな。不思議な気分だよ。自分が自分でなくなっていく……身体を超えて、心と魂とが溶け合っていく。そんな感じ……」


 渦巻くほどにどす黒さが増していく『キマリス』の漆黒。

 筋力の全てを燃やして引き絞り、そして放たれる至上の一突き。

 穂先より解き放たれた黒い爆炎が急迫し、視界を塗り尽くしていく。

 巻き込んだものを何もかも溶かすであろう圧倒的な高熱を前に、ナギは雄叫びした。


「遮れッ! 【水銀の盾マーキュリーイージス】!!」


 銀の水が広がっていく。

 人を守りたいという青年の願いに応えるように、どこまでも、どこまでも。

 ナギたちの機体を覆う水銀のドームが守護するのは、もはや彼らに留まらない。

 ハルやアキト、フユカたちの汎用機までも取り込んで、第一級【異形】から防衛せんとした。


「何だっ!?」「これは……!」

「冷たい……けど温かい……。ナギ、ナギが守ってくれてる!」


 瞳をきらきらと輝かせて声を上げるフユカに、瞠目していたハルたちは頷きを返した。

 見上げる水銀から感じるのだ。水無瀬ナギの人を想う心を。一度誤ったが故にその大切さを知っている、彼の優しさを。


(僕が、【ガギエル】だ。僕が【ガギエル】なんだ――)


 走馬灯がよぎっていく。

 彼女と笑い合った瑞々しい日々。

 先輩と共に上を目指した鍛錬の日々。

 そして、後輩たちに囲まれて過ごした団欒の日々――。

 幾つもの笑顔と涙とが浮かんでは消えていく。

 鮮明だった彼ら彼女らの顔が、次第に、ぼんやりと輪郭を失い始める。


「あとは託したよ」


 背後に守るミコトとカオルへ、ナギは微笑んでみせた。

 獄炎と水銀の激突は間もなく終わる。

 溢れる魔力の光輝が途切れ、全てを溶かす灼熱が徐々に、収まっていく。

 やがて訪れる静寂。

 対決に勝ったのは――


「水無瀬、中佐っ……!」


 消し炭と化した水銀が崩れ去っていくなか、立っていたのは【ガギエル】であった。

 盾を構えた体勢のまま仁王立ちしているその機体は、もう微動だにしていない。

 水無瀬ナギという青年の心は、『コア』と完全なる同化を果たしたのだ。

 彼は自らの魂と引き換えに、『キマリス』の大魔法を凌ぎ切った。


『――――!?』


【異形】は無言の驚愕を発する。

 大魔法を撃った直後の反動で、彼はまともに動けない。

 魔力欠乏によって今にも倒れそうな身体に鞭打って、ミコトは足を踏み出し、そして右手を持ち上げた。

 

「ミコトさん……!」


 その肩にカオルがそっと触れる。僅かではあるが温かな魔力が、機体内に流れ込んでくる。

 開いた掌から放つ魔法――それはカオルから託された天使の御業であった。


「――【ディバイン、ブレイズ】」


 呟きと同時、火種が放られる。

 落ちたそれはたちまち膨れ上がり、地に膝を突いている『キマリス』の周囲に火焔の壁を張り巡らせていく。

 

『――――――――ッ!!?』


 声なき絶叫が響き渡った。

 防衛魔法の発動すら許されなかった『キマリス』の体躯が、天使の炎によって焼かれていく。

 炎が弾ける音に耳朶を打たれつつ、ミコトとカオルはその場に崩れ落ちた。

 機体との神経接続を遮断し、操縦席に全体重を預けた彼女らは、コックピットに備えてあった魔力補充薬を腕に注射した。


「わたくしにもう一つ、強さがあれば……対話するだけの余裕が、生まれたかもしれなかった……」


 勝利の喜びに先んじて生じたのは、己の至らなさに対する後悔だった。

 それから彼女は零れる涙を拭うこともせず、胸に手を当て、ナギへの感謝を言葉にする。


「……感謝、いたします。貴方の力があったからこそ、『キマリス』を、破れた……」


 声が弱まっていく。精神に反して肉体のほうは、徐々に力を手放してしまう。

 限界だ。皇ミコトの戦いは、ここで幕引きとなる。

 それを悟ると共に、彼女は聞いた。

 荒れ狂う竜の咆哮を。風を切り裂く弓弦の音を。

 現状はまだ、一体の第一級を打ち破ったに過ぎないのだ。

【異形】たちとの戦いは未だ、終わってなどいない。

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