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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百二十八話 殺戮のオーケストラ ―The Beginning of Hell―

 地底より出でた魁偉の大熊。

 それに騎乗する青い肌で獅子面の【異形】を前に、『レジスタンス』『リジェネレーター』両軍のパイロットたちは身構える。

 全身を総毛立たせるほどの恐怖。そこに存在するだけで周囲の者の肌をじりじりと焼く、圧倒的な魔力。


「……そう、です」


 自分を呼んだのはお前かと訊かれ、テナは真っ直ぐ獅子面の【異形】へと向き合わんとした。

 心臓は狂ったように早鐘を打っている。呼吸が激しく乱れる。全身から血の気が引き、手足が己の意思とは無関係にがくがくと震えだす。

 それでも、カメラアイ越しに敵を見つめる視線だけは逸らさない。

 

「あなたは、何者……です?」


 こわい。こわい。こわい。

 今すぐにでも逃げ出して、自分を脅かすもののいない安全な場所に戻りたい。

 否――そんな場所はない。ゆえにテナは戦っているのだ。自分が自分らしく生きるために、テナはミコトやカナタが掲げる【異形】とヒトとの宥和を目指したい。


『我が名はプルソン。人はかつて、そう呼んだ』


 掠れた声で淡々と、プルソンという【異形】は言った。

 自分たちを追放した星の人々が勝手に付けた、忌まわしい名。それを敢えて自ら名乗るのは、かつての怒りを決して忘れまいとするため。


「ぷっ、プルソン、さん……! ぼくたちは、戦いなんてしたくない! だれかが死んで、こわい思いをするのは……いやなんだ」


 鼓動が荒ぶる胸を押さえ、テナは懸命に訴えた。

 魔力と魔力の感応。プルソンの脳内に直接、少年の悲痛な声が響く。

 恐れられて、憎まれて、忌み嫌われて。その結果として同胞の命を奪われ、自らも追われ。

 彼がこれまで味わってきた痛いほどの恐怖は、プルソンにも酷く共感できた。

 それはプルソンをはじめとする異端の怪物たちがかつての星で、人間から与えられてきたものだったから。

 

『そうか……君は、苦しんできたのだな。仲間が流した血の臭いが、無残な死に顔が、記憶の奥底までこびり付いて癒せない。……そうだろう?』


 言葉を放った、その刹那。

 魔神の左腕に巻き付く蛇の赤き眼が、チカチカッ!! と数度、瞬いた。

 

「何だっ!?」


 シバマルの驚愕の声がテナの耳に届いてくる。パイロットたちは皆、反射的に『アイギスシールド』を展開し、敵の攻撃に備えんとした。

 直後、虚空に開かれし幾つものワームホール。

 漆黒の穴よりいでるのは、『小鬼ゴブリン型』や『巨鬼オーガ型』、『甲虫型』『鎧鳥型』『蜻蛉型』等々の魑魅魍魎ちみもうりょう


『さあ奏でよう、我が殺戮のオーケストラを!』


 叫び、プルソンは右腕に抱えていたラッパを高らかに吹き鳴らした。

 それはまさしく怪物たちにとっての号令。

 首魁が上げる鬨の声に呼応して、獣たちも蛮声の重奏を打ち鳴らす。


『アアアアアアアッッ!!』『オオオオオオオオオッッ――!!』


【異形】たちの目は赤々と血走り、唾を飛ばして吼える口元からはだらだらと涎が垂れ流しになっている。

 その様子は普通ではない。怒り狂って我を忘れているようだ。

 

「みんな、こわがってる。くるしんでる。あばれたくなんかないのに、あばれちゃってる……!」


 震える身体をテナは抱き竦める。

【異形】たちを駆り立てているのは恐怖だ。プルソンが現れる以前からこの戦場に送り込まれていた【異形】たちと、状態は同じ。

 しかし、その程度は今のほうが遥かに酷い。もはや敵味方の区別すら付かず、彼らは手当り次第近くのものを攻撃している。


「あのラッパの音に乗せて拡散された魔力……それが【異形】たちを狂乱させていると見て間違いないでしょう。彼らを鎮めるには――」

「あっ、あの理知ある【異形】に、この魔法を解除させる!」


 推察するレイに続いて叫ぶのは、カナタだ。

 無論、力ずくでプルソンを倒し、魔法を止めることも選択肢としてはある。大抵の魔法は発動者がいなくなれば効力を失うため、策としては確実だといえるだろう。

 しかし、相手は意思疎通の叶う理知ある異形だ。

 対話を理想に掲げるのならまず、それを試すのが道理。

 だが、この狂騒の中では――。


「てっテナ! そっそれにニネルも! あっあのプルソンって【異形】と『交信』するんだ! 方法はそれしかない!!」


 突貫攻撃を仕掛けてくる『鎧鳥型』を『アイギスシールド』で必死に受け止めながら、カナタは二人へ呼びかけた。

 銀髪の彼に役目を託されたテナは、戦慄を振り払って眼下のプルソンを見据える。

 ニネルも同じだった。汗を滲ませ怯えに表情を強張らせていようとも、少年の声に発破をかけられ前を向く。

 この戦いを止められるのは自分たちしかいない。ならば、逃げてはいけないのだと。

 どれほど恐ろしく困難な使命であっても、やらねばならないのだと。


「『交信』中の二人はわたくしたちで守るのです! レイ、あなたはワームホールへの対処を!」

「光魔法を使えるパイロットはレイくんを支援しなさい! 補給が十分に済んでいない者は【テュール】へ!」


 ミコトの一声で『リジェネレーター』『レジスタンス』両軍のパイロットが一丸となった。

 消耗していた者たちはマトヴェイの命令に従い、一斉に『レジスタンス』の飛空艇に雪崩なだれ込む。

 テナ機とニネル機を取り囲むようにSAMたちは円陣を組み、二機を背にした。

 幾重にも張られる【防衛魔法】へと『蜻蛉型』が超高速で翅を震わすことで生まれるソニックブームが叩き込まれるなか、衝撃を受け止めるアキトたち『超人ハイソルジャーの面々は顔を歪めていた。


「一撃一撃の威力が、重い……!」

「いいや、違うね! ……僕たちが疲れてるから、そう感じるんだ」


 第二級以下の【異形】の攻撃など、彼ら精鋭たちにとっては容易く凌げるものだ。

 それが今、こうも苦渋を強いられているのは、単純に彼らが消耗してしまっているから。

 細い顎にしたたる汗を手の甲で拭いながら、フユカは唇を噛む。


「わたし、負けたくなんかない。みんなと一緒に、生きたい」


 生きるために戦う。それはフユカのみならず、この場にいる皆の総意だ。

 理想も、真実も、生きていなければ何が正しいのか確かめることすら出来ない。

 過ちを認め、やり直しの未来を歩むことも出来ない。


「……あなたに救われた命、無駄にはしませんよ、御門ミツヒロ」

 

【エクソドゥス】格納庫内。ありあわせの魔力タンクから補給を受けた【ラミエル】へと、麻木ミオは乗り込んでいた。

 鹵獲された機体に捕虜扱いのパイロットが搭乗するなど前代未聞であるが、マトヴェイがそれを許可したのだ。

 シズルとの協議のもとで停戦を取り決め、理知ある異形を前にした今、両軍に敵味方の区別は最早ない。


「麻木ミオ、【ラミエル】――いざ、出陣!!」


 光を統べる天使が一、【ラミエル】。そのSAMはガラス色のボディを日光に煌めかせ、羽音の重奏を奏でる『蜻蛉型』の大群へとプリズムを通した七色の光線を乱れ撃った。 

 乱舞する光はその出力を抑えつつも、下級の軍勢を蹴散らすには十分すぎるほどの効力を発揮した。


「――【プリズムレーザー】!」


 魔法名を高らかに叫び、ミオはさらに前へ前へと突き進んでいく。

 新たなワームホールが開くそばから光線をぶち込み、消滅。それを繰り返しながら、彼女は出現済みの【異形】たちを七色の熱線で掻き消していった。


「麻木中佐、やるじゃん! アタシももうちょっと張り切っちゃおっかな~~ッ!」

「でも僕たち、魔力はさっきの大空洞でほとんど使いきっちゃってるよ。どうすんのさ、シオンさん」


 仲間の戦いぶりに奮起させられるシオンに、ナギが訊ねる。

 視界の端で赤く点滅する魔力残量を示すゲージを気にしている彼に、シオンはニヤリと笑みを返した。


「そんなの、決まってんじゃん。銃だよ銃! 初心に帰ろうぜ、ナギきゅん?」


【七天使】固有の強力な魔法ではなく、全ての機体に共通で配られている「銃」を。

 そう言ってくるショッキングピンクの髪の彼女に、ナギは無言で頷く。

 水無瀬ナギは少佐だ。ここ最近魔法に頼りがちだったのは否めないが、それでも駆け出しの頃に叩き込まれたことを忘れるほど堕ちてはいない。


(生駒中将は地上の敵をまとめて相手取ってる……流石だ。何十、何百に膨れ上がる【異形】を前にしても、遅れを取ってない)


 視線を下に向けると、【異形】の大群の中央で単騎、猛攻している機体が見える。

 回し蹴りの一閃で『小鬼型』どもを一気に吹き飛ばすその様は、まさに台風の目。

 武の極致、力を司る天使の名は【ゼルエル】である。


多銃身機関砲ガトリングガンを寄越して!」

「はっ!」


 ナギは部下に命じて受け取ったガトリングガンを構え、即座に斉射。

 回転しながら空を切る無数の銃弾が『蜻蛉型』の体躯を貫き、緑色の血液と臓腑を飛散させた。


「プルソンは……!?」


【テュール】のブリッジにて戦場を俯瞰していたシズルは、そう眉間に皺を刻む。

 モニターの映像に『蜻蛉型』の一群が映り込み、過ぎ去ったその後――つい数秒前まで観測できていたプルソンの姿を、見失ってしまったのだ。


「魔力探知しようにも、これだけ敵味方が入り乱れた状況ではノイズが多すぎてアテにならないわ! やはり、頼るべきは『新人』の『交信クロッシング』しか……!」


 この戦場を一言で表すならば、混沌カオスだ。

 この状況下では最早、まともな統制を期待することなど不可能。【テュール】から全軍のコントロールを狙うより、現場の士官ごとに小規模な部隊単位での連携を図ってもらうほうが確実だろう。


「【テュール】の役目は支援に徹すること! 消耗した全ての兵と機体を受け入れ、補給に努めなさい! もう帰路なんて気にしてられないわ、魔力タンクの在庫をフル活用して! いいわね!?」

「「「はっ!」」」


 シズルの大号令に士官たちが応じる。

 手が足りない整備士たちに助太刀せんと駆け出していく数人を尻目に、シズルは乾ききった唇を指先でなぞった。


(【七天使】の皆が奮戦してくれていることで、全体の士気は保たれている。理知ある【異形】、プルソン……確かに難敵だけど、この勢いを継続できれば勝機はあるわ)


 確認できているプルソンの能力は三つである。

 一つ、【異形】を別の座標から転移させる『ワームホール』。

 二つ、出現させた【異形】を狂暴化させる付与魔法。

 三つ、大空洞を丸ごと崩壊させる威力の魔法。空間を揺るがす純粋な力――おそらくは「力属性」の魔法だとシズルは推察している。


「プルソンは圧倒的な物量で私たちを潰そうとしている。だけど、消耗してしまうのはあちらも同じことよ。ワームホールを生み出すのも運んできた【異形】を狂暴化させるのにも、相当の魔力を消費するはず。加えて、彼は既にあの大空洞を崩落させる大魔法を発動しているわ。魔力残量は多く見積もっても、総量の半分を切っているでしょう」


 敵も味方も持久戦は望めない。

 つまるところ決着をつけるならば、どこかで仕掛けなければならないのだ。


「敵の策に乗せられるのは避けたいところだけど……私たちの側から勝負に出るしかないわ。消耗しているとはいえ、戦場の主導権をプルソンが握っていることには変わりない。彼のほうからむざむざ姿を晒す理由がない以上、こちらから行かなくては」


 そう思考を言葉にしたシズルは、コンソール上に指を走らせて通信回線を繋げる。


「あなたに託すわ。これから言うことをよく聞いて、プルソンを戦闘不能まで追い込みなさい。いいわね?」


 画面の向こうで少年が頷きを返す。

 凛とした眼差しで応えてくれる彼を心強く思いながら、シズルは作戦を手短に伝えていった。

 まだ年若い少年が背負うには、あまりに重い使命。ヒトと【異形】の今後を決定づける、失敗の許されない極限のミッション。

 

『……大人として、ガキにそんな大役を押し付けるのが申し訳ない。そう言いたげな顔ですね?』

「それは……」

『いいですよ、別に。もう戦うって決めたんだ、なら最後までやり通します。SAMの創られし理由、僕もそれに殉じますよ』


 言ってから少し恥ずかしくなったのか、ぼさぼさの髪を掻きながら視線を外す少年。

 そんな彼に微笑みを浮かべ、シズルはその背中を押してやった。


「さあ行きなさい、九重ここのえアスマくん! あなたが高みへ至ろうとした道筋を、その過程で生まれた【アザゼル】という名の結晶を、あの者に見せつけるのよ!」

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