第二百二十六話 突入 ―indescribable anger―
空にぽっかりと開いた得体の知れない大穴。
異なる座標の空間を繋ぐそれは、「向こう側」の光景を鏡の如く映し出している。
遠目にも蠢動している【異形】たちの姿が窺える。翼を持つもの、持たぬもの、その種類は様々だ。
ワームホールへ先陣を切って飛び込んでいったのはシバマルである。
彼に続き、穴を通った経験のあるカナタやレイたちも迷わずに突き進んだ。
「……だいじょうぶだ」
テナは呟く。
この穴を怖がっていては理知ある【異形】のもとに辿り着くことすら出来ない。カナタたちが行けるのだから心配はないのだと、彼は何度も自分に言い聞かせた。
『頑張れよ、「新人」! ……いいや、テナ!』
『俺たち、お前を信じてる』
激励してくれたのはハルとアキトだ。同じ能力を持つ同性の仲間として、二人とテナにはささやかな交流があった。
「テナ、アスマ。決して離れぬように。入ったら即座に戦闘になると考えてください」
「言われなくても分かってますよ、お姫さん!」
「う、うん……!」
ミコトは左手をテナに、右手をアスマに差し出して言った。
その意図を汲んでアスマは顔をしかめ、テナは安堵の表情を浮かべる。
手を繋ぎ合った三人は『リジェネレーター』と『レジスタンス』の仲間たちに見送られながら、一思いにワームホールの中へと身体を投げうった。
「――っ、『シールドビット』!!』
突然の侵入者を迎え撃つ『飛行型』の一斉射撃。
視界に閃く赤き光を遮らんと、アスマは二基の『アームズ』を以て防御を展開する。
二枚の盾の表層を覆う漆黒の魔力が一挙に拡散、三人の前方をカバーする大きな魔力の壁を生み出した。
自分たちのもとへ達する前に打ち消されていく緋色の光線を前に、テナは思わず息を止める。
「……っ」
「恐れないで。攻撃はアスマが防いでくれます」
今だけは九重アスマは皇女の剣であり、盾となる。
ミコトを嫌いながらも彼女に従うアスマは頷き、『シールドビット』から先の戦いでミコトを大いに苦しめた闇属性の魔力光線を乱れ撃った。
眼下に犇めく【異形】どもの断末魔の悲鳴が連鎖する。
「ひ、ひっ広い……!」
「ここが【異形】たちの生産所ってわけですか。まさか、これほどの規模だったとは……!」
簡潔に言い表すならば、巨大な地下空洞。
それが【異形】たちの苗床であるこの空間であった。
カナタたちが飛び込んだワームホールが位置する天井付近から床面までは、およそ百メートルの高度差がある。空洞の直径は軽く見積もっても数キロはありそうだ。
地面はびっしりと苔に覆い尽くされ、悪臭を放つ繭のような形状の肉塊――福岡プラントでも確認された【異形】を生産する機構だ――が無数に転がり、この瞬間も【異形】を産み続けている。
「おいおいおいおいっ、何だよこの数!」
産声を上げたそばから何かに衝き動かされるように飛び立ち、光線を乱射してくる『飛行型』たち。
一瞬覗けた床面をたちまち覆い隠すほどの数で攻め立ててくる【異形】に、シバマルは声を裏返しながら応戦した。
「吹き飛べ、【大旋風】ッ!!」
彼らの数は百、千、万……いや、それ以上の桁にも達しているだろう。
ここはまさしく怪物たちの坩堝だ。そこへ侵入した自分たちの行いは何と無謀なことか――むせ返るような熱狂と喧騒、圧倒的な物量を前に少年たちはそう思わずにはいられない。
「【リリーフプロテクション・破】!! ――皆さん、まずは【異形】を生み出しているあれらを破壊してください! この数をまともに相手取っていては、理知ある存在になど到底辿り着けません!」
ミコトの叫びと共に、【ガブリエル】の掌から濃い桃色のオーラが解き放たれる。
彼女の魔法を受け取ったカナタたちは加速し、増幅した魔力を以て一気に怪物たちを掃討していった。
「まっ【マーシー・ソード】!!」
「『太陽砲』、発射ッ!!」
「【紅蓮華舞】!!」
閃光が走り抜け、炎の花弁が舞い踊る。
半透明な翅を忙しなく震わせ、その大顎で食い千切らんと肉薄してくる『蜻蛉型』の大軍勢は、その攻撃を受けてたちどころに数を減らしていった。
発生する熱波に汗を垂らしながら、少年たちのSAMは散りゆく灰塵の中を突っ切って高度を落としていった。
理知ある【異形】が有翼の怪物たちに紛れて空中にいるとは考えにくい。彼らが身を隠すなら地上のどこかだろう。【異形】の群れに遮られてそこが観測しにくい以上、高さというアドバンテージを捨てる形にはなるが降下するほかない。
「っ……うるさすぎるっ……!」
テナが理知ある【異形】に呼びかけようとしても、周囲の低級【異形】たちの絶叫に搔き消されて何も発信出来ない。
脳内にぐわんぐわんと反響する騒音に頭を抱えて悶えるテナの声を聞き、ミコトは自らも攻撃に参加することを決めた。
少しでも【異形】たちの数を減らし、テナの負担を軽減しなくては。
目標に辿り着く前に彼が潰れてしまっては意味がない。
「アスマ、『シールドビット』でテナの守護を! 攻撃と防御の両立、あなたならば容易いでしょう!?」
「当たり前ですよ、それくらい!」
テナの機体を前後から二基の『シールドビット』で挟み、展開した防壁で囲い込む。
六角形の防壁を隙間なく組み合わせた形状の、漆黒の壁。生半可な攻撃では壊せない【絶対障壁】の完成だ。
「ぶっ飛ばす!」
鋭く叫び、肩部の装甲下から顔を出す砲口から『対異形ミサイル』をばら撒く。
巻き起こる爆発。間髪入れずに黒煙を切り裂いて降下する【アザゼル】は、ドリルを猛回転させる腕の横薙ぎで程近い敵を粉砕し、並行してミサイル攻撃も続行した。
『ガアアアアアアッッッ!?』
その螺旋の一撃は『鎧鳥型』の強固な羽毛をも貫通する。
骨まで抉られた痛苦に絶叫する鳥たちを横目に、アスマは小さく舌打ちした。
仮想空間での訓練とは全く異なる生々しさ。ドリルに付着する生温かい血液の感触に、少年は顔を歪める。
『アアアアアアァ――――ッッ!!』
通常、低級【異形】の多くは仲間が倒されれば恐れをなして散り散りに逃げていくものだ。
だが、ここにいる有翼の怪物たちは違う。目の前で同胞たちが焼かれ、急所を貫かれたとしても意に介さず突っ込んでくる。
まるで特攻兵だ、とアスマは内心で吐き捨てた。
「命を粗末にしやがって……なんか、むかつく!」
理屈を並べ立てて説明は出来ないが、それがアスマの中で湧き上がった感情だった。
向かってくるのなら討つしかない。【異形】らを鎮められるニネルは生憎、ワームホールの外だ。
これは命と命のやり取り。やらなければ、やられる。
「ちくしょうッ!」
アスマは格好いいSAMが大好きだ。
それを設計し、作り出すことに何よりやりがいを感じている。
戦いの舞台で機体を輝かせ、自らの手がけたSAMこそが至高であると示したい――それが彼の戦う理由だった。
断じて、弱い【異形】を蹂躙したかったわけではない。
「出てこい、理知ある【異形】ッ! お前の相手は僕がする!!」
求むべきは好敵手。機体のフルスペックを引き出すに値する相手。
以前まではそうだった。しかし今は――己の深奥にある怒りが、彼を衝き動かしている。
「クソっ、倒すのは簡単だけど数が多すぎるぜ……!」
「ミコトさん、わたしたちだけで対処していてはすぐに魔力切れを起こしてしまいます! 応援を呼びましょう!」
直径数キロにわたる床面に等間隔で置かれた、【異形】の『繭』とでも言うべき物体。その殆どを破壊しない限り、理知ある【異形】とのコンタクトは図れない。圧倒的な物量に対して少数精鋭で勝負するのは、【機動天使】の高スペックがあっても分が悪い。
指揮官を務めるミコトはユイの進言を首肯し、すぐさまワームホール外のマトヴェイらに通信を繋げた。
『増援ね、分かったわ。すぐにカツミ君たちSAM部隊を向かわせます』
『【テュール】からもそちらへ戦力を送ります。この戦いで、ヒトと【異形】との歴史に新たな一ページを刻みましょう』
マトヴェイの動きにシズルも追従した。
打たれた二人の将の指示に、【異形】たちが鎮まっているうちに補給を済ませんとしていた両軍のパイロットたちは応じる。
物資も魔力も尽き果てる寸前だった【エクソドゥス】は地上に降下し、隣に着地した【テュール】から魔力を送ってもらっていた。『リジェネレーター』のパイロットたちも【テュール】に身を寄せ、必要な手当を受けている。
『ありがとう、シズルお姉さま。お姉さまのおかげでどうにか一命を取り留められましたわ』
『困ったときはお互い様でしょ、マトヴェイちゃん。私たち、昔っからそうだったじゃない』
所属が分かれても、かつて育んだ絆は未だ解けていない。
笑みを交わし合う二人は願う。こうして共に戦う機会が、今このとき限りにならないことを。
「さて、私もやるべきことをやらなきゃいけないわね。――整備班、【レリエル】の出撃準備をよろしく」
流れる黒髪を後ろで束ねながらシズルは席を立った。
何をなさるおつもりで、と副官に訊かれた彼女は、穏やかに目を細めて答える。
「……おばさんなりのお節介を、ちょっとね」




