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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百二十四話 災禍を超えし者 ―total war―

「ま、マトヴェイさん! 【テュール】より通信が入っておりますが、応答いたしますか!?」


【異形】の大軍勢に総力をもって対処している最中、舞い込んだ報せ。

 それにマトヴェイは迷わず応じた。


「繋げて頂戴。丁度、向こうの指揮官と話がしたかったところよ」


 赤髪の総指揮官の頷きに、通信担当の士官はすぐさま動き出す。

 兵力と物資を消耗した現状、『リジェネレーター』には『レジスタンス』まで相手取れる余裕などない。

 故に停戦の取付は急務であった。ここで交渉をしくじれば、三勢力の中で最も数で劣る自分たちは潰されるのみ。


「こちら『リジェネレーター』総指揮官、マトヴェイ・バザロヴァ。【テュール】の司令官どの、どうぞ」

『バザロヴァ元帥……いえ、総指揮官どの。私よ。夜桜シズル少将』


 正面モニターに映し出された敵司令官の顔にマトヴェイは驚かなかった。

 シズルは決してこういう作戦に賛同しない人間であると、マトヴェイは知っている。だが、同時に彼女が立場の上でタカネに逆らえないのだという事情も分かっていた。


「お久しぶりです、少将。先程までの指揮、お見事でしたわ。飛空艇へSAMを寄せつけない、息もつかせぬ波状攻撃……流石の手腕で」

『そんなお世辞を聞きに来たわけじゃないわ。マトヴェイちゃん、私たちはもう敵対している場合じゃない。協力して理知ある【異形】との接触を目指すべきなのよ。無条件での停戦、呑んでくれるわね?』


 引き出すまでもなく期待していた言葉を口にしてくれるシズルに、マトヴェイは「もちろん」と快諾する。

 だが皮肉屋の彼はシズルの背後にいるタカネを睨み据えつつ、一応言っておいた。


「いいですけれど……そちらからそれを言い出して良くって? あくまでも『レジスタンス』が譲歩したという形にした方が……」

『どうせこの戦いの情報は後で揉み消されるわ。司令に公表するメリットなんてないもの。……もとより、誇れる戦果なんてない争い。組織としての外聞など、気にする意味もないわ』


 溜息交じりにシズルは答える。

 彼女の豊かな黒髪は以前までの艶やかさを失い、乱れていた。

 小皺の目立つ目元を指先でなぞりながら、シズルは簡潔に作戦を説明し始める。

 それを最後まで聞いたマトヴェイはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、即座に指示を打った。


「全軍に通達! 『リジェネレーター』と『レジスタンス』との戦いは停戦したわ! それに伴い、これより両軍による理知ある【異形】との接触作戦を開始します! カナタくん、レイくん、ユイさん、シバマルくん、ミコトさんの五名は機を見てワームホールへの突入を! 他の皆は『レジスタンス』と協力してこの場の【異形】への対処を! いいわね!?」


「「「了解!!」」」


 補給を済ませて出撃していくカナタたちと、戦いを継続しているカオルやアキトたちが揃って応じる。

 理知ある【異形】があのワームホールの裏にいるならば、対話せねばならない。それが『リジェネレーター』が掲げ、叫んできた理念だから。

 レイは共に飛び出した【ガブリエル】を横目にミコトへ訊く。


「――ミコトさん、その機体で大丈夫なんですか!?」

「急場しのぎではありますが、魔法を使う上では支障はありません。とはいえ防御力は弱まっています。あなたたちには、わたくしを守りながらの戦いを強いることになってしまうでしょう」


【アザゼル】との戦闘で破損した【ガブリエル】の左腕と胸部の装甲は、控えていた【イェーガー】のパーツを換装することで補われていた。

 重大な任務を前にしても落ち着き払っているミコトの声に、レイは僅かに口元を緩める。

 彼女は『リジェネレーター』の精神的支柱だ。その柱がしっかりと立っていてくれるならば、自分たちは大丈夫だとレイは思う。


「構いませんよ。あなたが支えてくれるなら、ボクたちはより強くなれる。その強さがあれば、守りながらの戦いなんて苦ではありません」


 一斉に真紅の光線を照射してくる『飛行型』の集団へ照準を合わせ、【メタトロン】は二十五基の『アームズ』を以て掃射を開始する。

 こちらへ迫る光線は【ガブリエル】が【リリーフプロテクション】にて防ぎ、レイは無傷でおよそ五十の【異形】たちを撃破してみせた。


「カナタ、レイ、ユイ、シバマル。ワームホールに突入する前に、なるべく多くの【異形】を吐かせるのです。向かった先で【異形】の大軍勢に囲まれては、理知ある【異形】との対話もままなりません。よいですね?」

「わ、分かったよ!」「おっけー、ミコトさん!」


 柳眉を吊り上げてカナタは【異形】たちを見据え、シバマルはいつもの快活さで任務にあたっていく。

 レイとユイは常の冷静さのまま、絶え間なく湧き出る『飛行型』や『蜻蛉型』の大群を焼き続けた。

 ワームホールの下に出来ている巨大な蚊柱に対し、元『使徒』の三人やカナタ班の面々も各々の兵器や魔法を次々と撃ち込んでいく。


「殲滅ッ!!」

「ぜああああああッ!!」

「皆、無理だけはするなよ! 魔力切れだけは常に注意しておくんだ!」


【異形】の蛮声と人の雄叫びが激突した。

 閃く鎖鎌が、死神のデスサイズが、二刀が、有翼の怪物たちの群れをズタズタに引き裂いていく。

 そこに慈悲も容赦もない。大半の敵は雑魚だが、油断をすればすぐ数の暴力に足を掬われる。ひたすらに武器を振るうことしか、少年たちが生き残る道はないのだ。


「月居さんたちの行く道を、うちらで開く!」

「僕たちの本気を見せて差し上げようか!」


 スズが覚悟を叫び、マリウスが誇り高く笑う。

 五人で重ね掛けした『アイギスシールド』をもって『飛行型』の一斉掃射を防ぎ切ったカナタ班は、魔力を吐き尽くした敵へ一転して反撃を仕掛けていった。

 各々が構えた銃やランチャーをぶっ放し、魔力光線や『対異形ミサイル』で空を舞う【異形】たちを一気に墜としていく。


「空の奴らには負けてらんないよ! アタシたちもこの場を守り切る!」

「【異形】を振り払える者は撤退! とにかくこの戦場から離れるんだ!」


 そして地上で戦うカオルとナギは、『レジスタンス』部隊にこれ以上の損害を出すまいとワームホールが出現した瞬間を狙って、降り立たんとしている【異形】を即座に焼き払っていた。

 シズルとマトヴェイが両軍の共闘を締結する以前より、示し合わせずとも二人は背中を預け合って戦っている。

 空の部隊と異なり、地上部隊は突如として出現するワームホールから投下される【異形】たちに対する逃げ場を持たない。

 ゆえにカオルたちは何としても、漆黒の穴より出でる敵の軍勢にいち早く対処する必要があった。

 既に何十発も魔法を発動しているカオルは限界を迎え、血涙と鼻血を流している。

 真紅に輝く両眼で敵を睥睨し、赤い吐息を吐きながら戦う彼女の姿は鬼神のようだ。『コア』との『同化現象』――機体との同調を極限まで高めた彼女を止める者は、既にいない。


「おらおらおらァッ!!」


 走る雷、燃え盛る火焔、翔け抜ける颶風ぐふう。【ウリエル】の飛ばす魔法の連続に、『巨鬼型』をはじめとする怪物たちはなすすべもなく倒れ伏していく。

 視界が明滅し心臓が壊れたように早鐘を打つ中、彼女は何者かに肩を叩かれたことに気づいて振り返った。

 そこにいたのは三機のSAM。漆黒の巨躯を誇る【ゼルエル】と【アザゼル】、そして蜘蛛の如き八足の機体【マトリエル】である。

【マトリエル】はカナタによって自身の魔法をコピーされ、その罠にかかって身動きを封じられていたのだが、既にセンリの手によって解放されていた。

 

「ちょっとカオルたーん? あんた、飛ばしすぎだよ! こっからはアタシたちが引き受ける!」

「そういうことだ。お前は一旦退け。【エクソドゥス】には【アザゼル】が送り届ける」

「分かったら魔法使うのやめて、大人しくしててください。雑用はさっさと片付けたいので」


 先程まで殺し合っていた相手からの手助けをカオルは拒まなかった。

【アザゼル】に抱えられて上昇していく【ウリエル】を見送り、センリとシオンは互いに背中を預ける。


「ちょっと『毒の雨』使いますけど、問題ないですよね?」

「俺を誰だと思ってる?」

「アハッ、そうでしたね。あなたは『阿修羅』、最強のSAMパイロットなんですから♡」


 陸にいるパイロットはあらかた撤退が済んでいる。

 カオルとナギが奮戦したおかげで阿鼻叫喚の戦場にこれ以上の被害が及ぶことは防がれ、得られた猶予の中で『レジスタンス』兵たちはどうにか体勢を立て直すのに成功していたのだ。


「――んじゃ、思いっきり暴れちゃいますか!」


 甲高く笑い声を上げ、シオンは掌に浮かべた毒液の弾を宙に打ち上げる。

【テュール】や【エクソドゥス】が戦っている高度より僅かに下、弾が爆ぜると同時に出現したのは紫煙の如き雲。

 シオンが指を鳴らすのに呼応し、雲は毒々しい紫の雨を降らしていった。

 腐食、そして絶滅。

 毒素の雨に打たれたそばから【異形】たちの肌は泡立ち、見る影もなく溶かされていく。

 骨すらも消え、残るはどす黒い水溜まりだけ。


『ウウッ、ウウウウウッ……!?』

『ァァァアアアアアアアッ……!』


 表皮の分厚い『巨鬼オーガ型』等の一部の個体は、すぐには死にきれず激痛に悲鳴を漏らしていた。

 理知ある【異形】に戦いのための道具として遣わされ、絶えていく命。それは何と空しく悲しいものかとセンリは思う。それをただ殺し続けてきた自分もまた、虚ろなものだとも。


「月居、カナタ……あいつらが示す道が本当に実現するのだとしたら、俺は……」


 カナタが理想に懸ける信念の強さをセンリは知った。

 もう、唾棄すべき思想だと一蹴することは出来ない。後世であれは絵空事でしかなかったのだと笑われるのを承知で、彼らは突き進んでいる。一縷の希望を信じて。

 その希望が信じるに値するからこそ、彼らは多くの人の支持を集め、都市を二分するほどの論争を巻き起こした。


「『リジェネレーター』の理想が現実になったとしても、アタシたちのやることは変わりませんよ、中将。きっと【異形】の脅威は何処までも付いて回る。理知ある【異形】はともかく、普通の【異形】を完全に制御して共生するなんて、出来たとしても何十年も先でしょう。それまで『レジスタンス』は人々の守護者であり続ければいい」


 揺らぐセンリにそう言ってみせたのは、シオンだった。

 戦闘を愛してやまないバーサーカーが彼女という人間だったはずだ。それがこのような物言いをするなどどういう風の吹き回しだと、センリは自分を棚上げにして思ってしまう。


「……自分の魔法に引っかかって、何も出来ずに戦場を見つめている間、ずっと考えてました。人同士で傷つけあうこの戦いに、一体何の意味があるのかって。アタシ、弟を殺そうとしたんです。弟の機体をどろどろに溶かしました。そんなこと絶対にしたくなかったのに。弟を殺したいなんて一ミリも思ってなかったのに。自分が自分じゃなくなってしまったみたいで怖くなりました」


 センリが訝しんでいるのを察したのだろう、シオンはおもむろに語りだした。

 軍人として上に従うのは当たり前。だからこそシオンは、相手が弟だろうが見知った者たちであろうが殺すつもりで臨んだ。

 だが、一度その「歪み」に気づいてしまえばもう、以前のように盲目ではいられない。

 本当にやるべきことは何なのか。命令だからといって肉親を殺すのが正しい選択なのか。芽生えた疑問は彼女の目を外へ向けさせた。

 敵として戦った彼らへ。この戦場の外にいる、『レジスタンス』の者たちへ。


「アタシは間違えました。姉失格でした。でも、もし、許して貰えるのなら……アタシはかっちゃんに謝りたい。それで以前のような関係に戻れるのなら、他に何も要りません」


 汗で滲んだアイシャドウを指先で拭い落としながら、シオンは空を見上げる。

 ワームホールから投下されていく【異形】たち――彼らを捕えんと、彼女は蜘蛛の糸を放つ。


「だから、そのやり直しの一歩を踏み出すために、この災禍を超える! 生駒中将、ナギきゅん、少しアタシの我儘に付き合って!」


 言われ、センリは迷わず頷く。そしてナギは、彼女の言葉に己の戦う理由を見つめ直していた。

【異形】を討滅する使命という大義のもと、ナギはここに参戦している。だがそれは建前だ。彼の心の底で燃え続けているのは【異形】への怨讐の炎。

 仇討ちの障害となる者もまた仇。そう思ってきたナギだったが、果たしてそうかと自分に問いかける。

『リジェネレーター』には元『レジスタンス』の兵や士官たちがいる。顔なじみの【機動天使】たちもいる。元『使徒』であるハルやアキト、そしてフユカもそこにいる。

 戦いの果てに彼ら彼女らを討ったとして、後悔せずにいられるか。いや、いられない。いられるわけがない。

 大切なものを失った後の、心が引き裂かれるような痛みは、ナギ自身が身をもって理解している。


「僕は……僕らは、やり方を間違えた。その贖いは、戦いで!」


 掌に水の魔力を溜め、【ガギエル】は天を仰ぐ。

【マトリエル】より魔力光線銃の一丁を受け取り、【ゼルエル】はそこに肩を並べる。

 繰り返し、繰り返し湧き出してくる【異形】の軍勢に対し、三人の【七天使】は魔法と銃での一斉射撃を浴びせかけた。

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