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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百二十二話 貫く理念 ―Even when we make mistakes.―

 空に開いたブラックホールより投下される、魑魅魍魎ちみもうりょう

 蛮声を上げて襲い掛かってくる彼らを前に、『リジェネレーター』と『レジスタンス』の両軍は応戦を余儀なくされた。


「邪魔すんなっつーの!」


 ナギのことは一旦無視し、カオルは雷属性の広範囲攻撃【ディザスターボルト】を容赦なく【異形】たちへと撃ち込んだ。

 雷鳴が鳴り響き、閃光が迸る。

 天より落ち、大地を走る稲妻が怪物の大群を蹴散らし、焼き尽くした。


「ギャーギャーと耳障りが悪いんだよ、君たちは!」


 眼下の『巨鬼オーガ型』をはじめとする【異形】たちを睥睨し、ナギはそう唾棄する。

【異形】は滅ぼすべき敵であり、恋人の仇。憎悪と憤怒を燃え上がらせる青年は掌に浮かべた水の魔力を凍てつかせ、生み出した幾つもの氷の矢を撃ち放った。

 連鎖する絶鳴。伝播する恐怖。

 同胞たちが抵抗すら許されず殺戮されていく光景に、怪物たちはたちまちパニックに陥った。


「くそッ押すな!」

「怯むな、迎え撃て! 所詮やつらは数だけの雑魚だ!」

ぇ――! 撃てぇ――ッ!!」


 最も【異形】たちが食いついたのは多くのSAMを擁する『レジスタンス』の陸戦部隊である。

 土煙を巻き上げて押し寄せる怪物の鯨波に、彼らは銃撃と砲撃、『対異形ミサイル』など持てる兵器を惜しまず使って応戦した。

 体勢を崩されれば人と【異形】の入り乱れる混戦となり、統率が取れなくなる。そうなれば終わりだ。

 故に指揮官たちは何としてでも【異形】の進軍を阻み、部隊の形を留める必要があった。

 だが、しかし。

 敵は理知ある【異形】である。戦いの常識もルールも、彼らは躊躇なく打ち破ってくる。


『『『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!』』』


 怪物たちの咆哮が降り注ぐ。

 兵士たちは上を向いた次の瞬間、投下された怪物たちの巨体に圧し潰された。

 運よく圧死せずに済んだ兵たちも、赤く目を血走らせ興奮状態にある『巨鬼型』や『凶狼型』に殴打され、噛みつかれていく。

 潰れた仲間たちを顧みることすら出来ず、阿鼻叫喚の地獄と化した戦場で彼らは懸命に抵抗するほかなかった。


「くっ……これじゃあ範囲攻撃が撃てない……!」

「どーすんのさ、水無瀬ナギ!?」


【ガギエル】や【ウリエル】の広範囲攻撃魔法ならば、大量に出現した【異形】を一纏めに蹂躙することも可能だ。

 しかし既に人と【異形】の入り混じる戦場となってしまった現状、その手は使えない。

 共に戦ってくれている仲間たちを犠牲にすることなど、ナギには出来ない。


「どうするって言われても……!」

「何それ、ダブルスタンダードもいいとこじゃない!? アンタ、もう人間撃ってんのよ!? 人殺しなの! それが今さら、撃つ相手が変わったからってやれないっていうの!? ふざけんのも大概にしなさいよ!!」

 

 声をわななかせて叫ぶカオルに、ナギは反駁の言葉を持たなかった。

 そうだ。確かに水無瀬ナギは既に殺人という咎を背負った罪人なのだ。それが今になって何を躊躇うというのか――カオルのその主張は理解できる。

 だが、理解できるのと実行するのとでは話が別だ。あまりにも虫がよすぎていると自分でも思うが、眼下で怪物たちに揉まれているのは紛れもない自軍の兵士たちなのだ。そんな彼らを殺めることは、ナギの最後の良心が許しはしなかった。


「……無理だ。出来ない。僕には仲間たちを巻き込む魔法なんて……」

 

 きつく握った拳を震わせて言うナギから視線を外し、カオルは飛んできた『飛行型』の熱線への対処に当たる。

 防御魔法を展開して防いだ後、即座に反撃。『対異形ミサイル』を数発射出し、接近してくる有翼の【異形】たちを爆殺した。

 飛び交う熱線や爆風の熱を鋼の肌で感じながら、【ウリエル】と同調するカオルは大混戦の戦場を見やる。


(【異形】の数が多すぎる! このままじゃ『レジスタンス』部隊が消耗しきるのは時間の問題……次にいつ第二波を投下されてもおかしくない現状、やはり狙うべきは――)


 残存魔力は少ない。それでも苦境を打開すべく、カオルは陸戦部隊の上空に開いているワームホールへと光線を放たんとした。

 

「レイくんの【太陽砲】には劣るけど、これでも魔法特化の機体なのよ!」


 胸の前に浮かべたのは、魔力で生成した三角柱プリズム。掌に光属性の魔力を溜めた彼女は、腕を引く動作から一気にそこへ掌を突き込む。

 プリズムを通過して分散した七色の光はワームホールのみならず、周囲に飛ぶ有翼の【異形】たちをも纏めて焼き切った。


「よっし!」


 拳を振り上げてカオルは歓喜する。

 光に呑まれてワームホールは消えていた。だがそれも束の間、新たな黒い穴が矢継ぎ早に出現してしまう。


「ナギ、アンタも光魔法でワームホールに対処して! とにかく【異形】を出させないようにしないと、部隊を立て直せない!」

「う、うん! やってみる!」


 光魔法は【ガギエル】の領分ではない。ワームホールを消滅させるに足る威力を出せるかは分からないが、それでも何もしないよりかはマシだろう。

 

「みんな落ち着いて! 出てくる敵は大したやつじゃないわ、冷静に対処すれば切り抜けられる! ワームホールはアタシらがどうにかするから、とにかく戦況を立て直すのよ!」


 混沌の戦場に規律を取り戻さんと、カオルは部隊の垣根を越えて指示を打つ。

 魔力と体力が限界に差し掛かってもなお、彼女は戦意の手綱を握り締め続けていた。

 ここが分水嶺だ。突破されれば全てが崩壊する。

 兄は何故死ななければならなかったのか。何故この戦いは起こってしまったのか。互いに尊い人命を散らせた果てに残るものとは、何なのか。

 それらの問いへの答えをカオルはまだ、聞いていない。それを語るべき者の口から聞くまでは、死ねない。

【異形】に全てをめちゃめちゃにされるなどまっぴらごめんだ。蓮見タカネから納得のいく言葉を得るまでは、カオルは地獄の果てまで突き進む覚悟でいる。


「相容れないから殺す。気に入らないから潰す。そんな酷いことするクソ野郎の顔、いっぺん引っぱたかないと気が済まないのよアタシは!」


 その激昂に呼応するように、少女の身体の奥底からは秘められし力が湧き上がる。

 身体の芯から脳天までを衝く熱。敵を求める激しい情動。高揚感と全能感に駆り立てられ、赤く瞳を輝かせる少女は光線を乱れ撃った。

 その気の赴くままに。空を制さんという怪物たちへと、七色の制裁を。



「『対異形ミサイル』、ぇッ! 被弾は避けられないわ、総員暫しの間衝撃に備えて!」


【テュール】の舵を取る夜桜シズルは鋭くブリッジの面々に指令を下した。

 突如としてワームホールより出現した【異形】の軍団に、士官たちは動揺している。普段であれば決して動じることはなかったであろう歴戦のパイロットであってもなお、だ。

 彼らの心は本人たちも及びつかぬところで疲労していたのだろう。人が人を撃つという戦争においては、『レジスタンス』の者たち皆が初めて。最高司令官の指示だから従っているだけで、精神的に折り合いを付けられていない者も少なからずいる。

 シズルもそれは分かっていた。彼女自身も同じく、その一人であったから。

 だが彼女には立場があった。そして今、自分がこの立場を捨てるわけにはいかない理由もあった。

 兵士たちが迷い惑う状況の中、シズルが思い出すのは旧友ミユキの言葉であった。


『「レジスタンス」を黎明期から支え続けてきたのはあなたよ、シズルちゃん。あなたの心にはカグヤが唱えていた理念がまだ生きてる、そうでしょう? あなたは『レジスタンス』の柱。そこで支えていることにこそ意味がある。もうあの組織にいられないあたしに代わって、どうか……カグヤの理想を、守って頂戴』


 人を守る。人を生かす。人の平和を取り戻す。

 それがシズルの仰いだ月居カグヤの理想だった。

 確かにタカネは人類のために【異形】を討滅せんとしている。しかし、それは自らの考えに沿わない人間まで強引に排除するという、かつてのカグヤの理念に反するやり方だ。もはやそこに、当初の『レジスタンス』の理想は生きていない。


(社会が揺れている時勢において、過激な手段は人々の注目を集め、支持を得られやすい。敵を作り、人々を扇動することであの人は支持者を集めてきたわ。でも、それは……政治家や戦争屋のやり方でしかない。私たち『レジスタンス』の元来の精神は、人をただ守りたいという奉仕の心であったはずだわ)


 今でこそ復讐を望む者や単に世間体を気にして入る者もいるが、元々『レジスタンス』は希望を掲げる理想家の集団であった。

 もうパイロットを引退していてもおかしくない歴のシズルが未だに【七天使】の一員でいるのは、その精神を守るため。


「目標ワームホール! 『グングニル』ぇッ!」

「ぐ、グングニル撃て――ッ!!」

「焦らずやるのよ! ここで敗れては、私たちがここまで来た意味がなくなる!」


『対異形ミサイル』の継続的な射出に加え、『アンチビーム爆雷』の射出もシズルは指示していく。

 一瞬でも隙は見せられない。理知ある異形に足元を見られては、これからのシズルの計画が水の泡だ。


(まずは敵に可能な限り戦力を吐かせる! ワームホールの中へ突入するのは、その後よ)


 夜桜シズルは人間同士の戦いに【異形】の勢力が介入することを予測していた。そのうえで彼女は、敵がこれまでのようにワームホールを展開してきた場合、そこへ自分を含む精鋭を送り込んで理知ある【異形】との接触を果たそうと計画していたのだ。

 シズルにはタカネを止めることが出来なかった。それでも人を守り、生かすために己にやれることをやろうと思った。それがこれだ。


(どうか死者よ、不甲斐ない私を嘲笑わらってほしい。だけどその上で、背中を押してほしい。理想の炎を燃やす私を。あなたたちの死は決して、無駄にはしないわ!)


 夜桜シズルは決意する。この戦いに己の全てを費やすのだと。

 それが彼女という指揮官に許された、この戦いで失った部下たちへの唯一の償いだ。

 

「全体傾聴! 作戦を説明するわ!」

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