第二百十八話 戦慄のアザゼル ―The supreme "SAM".―
九重アスマが欲しているのは、理想でも大義でもない。
彼にとってはSAMが全てなのだ。最高のSAMを作り、その能力を戦いによって示す。
己自身で機体に乗るのは、ひとえに彼がそのSAMを最も理解している存在だから。
真紅の体躯に漆黒の翼。帯びるは赫々(かっかく)たるオーラ。鋼鉄の鎧を纏い、さらに『ナノ魔力装甲』を重ね掛けしたその肉体はまさに鉄壁。
背後から魔法で撃たれようが、正面から銃弾を浴びせられようが傷一つ負いはしない。
「【テュール】型飛空艇に搭載されている対SAMミサイルじゃあ、【アザゼル】の装甲は破れない。もとよりあんたたちに勝つために作った機体なんだ、どんな武器を使おうがこいつは倒せないよ!」
対話を試みようとしていたミコトを遮るように放たれた、【エクソドゥス】の対SAMミサイル。
アスマは全く動じることなくそれを装甲で受けきってみせ、【アザゼル】の力をそう豪語してみせた。
「何だよ、あれ……!?」
「防御魔法もなしでミサイルを受けちまうなんて――!?」
【エクソドゥス】ブリッジの士官たちが驚愕と戦慄の声を連鎖させる。
未だかつて、『アイギスシールド』をはじめとする防御魔法を用いずに無傷で飛空艇の火器攻撃を防いでのけるSAMなど、聞いたことがない。
「怯むな、撃ぇ――!!」
「アンタたち、目標はあくまで【テュール】よ! 飛空艇さえ墜とすことが出来れば、逃げ切れる可能性は格段に上がる!」
【アザゼル】の出現によって焦燥に駆られる部下たちを、マトヴェイが喝破する。
決して方向性を見誤ってはならない。少しのミスが命取りになるシビアな戦場を、自分たちは走り抜けようとしているのだから。
敵は【アザゼル】だけではない。空からは飛空艇の率いる【イェーガー・空戦型】が、地上からは【イェーガー】の大軍勢が攻めてきており、こちらに波状攻撃を仕掛けてきている。
「右舷より砲撃、来ます!」「地上六時の方角より対空ミサイル確認!」
「『アイギスシールド』全面展開! 衝撃に備えて!」
息つく間もなく浴びせかけられる攻撃に、【エクソドゥス】は回避もままならない。
全ての攻撃を耐え抜く覚悟で『アイギスシールド』の展開を指示し続けるマトヴェイだったが、そのやり方ではいずれこちらが魔力切れによって敗北することは分かっていた。
ゆえに敵の数をとにかく減らす――たとえ人が人を殺す禁忌を犯そうとも、やらねば撤退など望めない。
が、それは敵も当然理解していること。
「お姫さん! 僕はあんたのことがずっと気に食わなかった! あんたは力を持ってる、どんな敵だろうが切り伏せられる力を! それなのにあんたは守ることばかり――」
自らを衝き動かす感情に従ってアスマは叫んだ。
右腕の螺旋機構を振りかぶり、撃たれようが構わずにミコトの【リリーフプロテクション】へそいつを突き込む。
魔力と機構が激突し、舞い散る火花が少女の視界を埋めた。
「全てを斬り伏せた後に何が残ると言うのです! 犠牲を払って刃を汚した先に、何が得られると言うのですか!?」
押し壊さんとしてくる少年のドリルをミコトは真正面から受け止める。
回転する鋼鉄に桃色の防壁の表面が削られ、亀裂を走らせていく中、少女は悲痛な声で訴えた。
「どれほどの血を流すことになるか、どれほどの自然を破壊することになるか、あなたはお分かりなのですか!? 復讐に心身を委ねた結果、最後にやってくるのは虚無感だけです!」
過去は消えない。たとえ、その過去の元凶を排除したとしても。
確かに殺戮は一時の満足を得られるだろう。しかし、それでは感情の上書きをして目を背けているだけなのだ。
向き合い、乗り越える覚悟を経て、そして時が傷を洗い流してくれるのを待つ――忌まわしき過去と決別するにはそれしかないのだと、ミコトは思う。
「説教ですか、あんたらしいな! でも残念だったな、僕は端から復讐なんて興味ない!!」
アスマが語気を強めた瞬間、ついに防壁が決壊する。
粉々に砕け散る光の壁を前に、限界まで目を見開くミコト。
――後退は出来ない。【エクソドゥス】を傷つけさせるわけには、いかない。
コンマ数秒の決断に迷いはなかった。
眦を吊り上げて裂帛の気合を放つミコトは、押し込まれたドリルを左肩のチャージで弾き返す。
「はああああッッ!!」
「何っ――!?」
身体の破損さえ厭わない反撃にアスマは驚愕し、そして憤激した。
SAMは人類の叡智の結晶にして、戦いを極めた芸術なのだ。その作品を損なうような真似をするなど、彼が許容できるわけがない。
「この船だけは!」
守るのだと、ミコトは誓いを叫ぶ。
翼の推進器の魔力を燃やし、一気に加速――その勢いで【アザゼル】を突き飛ばし、さらに【リリーフプロテクション・破】を発動。
自らを対象に掛けた魔法で火力強化した弾丸を、悪魔の装甲へ撃ち込まんとした。
「ふざけるんじゃない! そんなッ、戦い方!」
しかしアスマの動きも負けず劣らず速かった。
【アザゼル】の腰部から外れ、その胸の前の空中まで躍り上がったのは臙脂色をした二枚のプレート。
折り畳まれていたそれは瞬く間に展開され、機体を守る二つの盾となる。
「自己犠牲なんてクソッタレだね! SAMに乗ったなら、最後まで壊さずに戦い抜けよ!!」
轟く衝撃音にアスマの声は掻き消された。
魔力の粒子を纏った盾にめり込む弾丸、その威力に少年は笑みを浮かべる。
皇ミコトの本領はそこにあるのだと、一人のSAM製作者としてアスマは見抜いていた。守ること、支援することを是とする彼女であるが――その実、最も優れているのは攻撃なのだと。
「撃てよ『シールドビット』!!」
機体と分離し、独立して動作するオールレンジ攻撃兵器。
レイが乗る【メタトロン】の武装とタイプを同じくするその盾は、アスマの指令に応じて上部から砲口を展開した。
小口径の砲口より、どす黒い魔力光線が【ガブリエル】へと襲いかかる。
「くっ――」
ミコトは腕の一振りで防壁を再展開し、その光線を防がんとした。
桃色の壁の表面を侵食する黒い染み。
光線の連射に【ガブリエル】は攻勢に移ることも出来ない。【アザゼル】のターゲットを逸らすために【エクソドゥス】から離れようにも、あの『シールドビット』がある限り無意味だ。敵はビットと本体の二つ、と見たほうがいい。
(あの盾を破壊できれば――!)
【アザゼル】本体との一騎打ちに持ち込めれば、飛空艇を守り抜ける可能性が高まる。
しかしアスマの側もそれを分かっていて、『シールドビット』による射撃の勢いを止めない。
『ナノ魔力装甲』の技術をそのまま攻撃に転用し、搭載している『シールドビット』の射撃はもはや砲撃といって差し支えない威力を実現している。
【ガブリエル】の光の防壁が闇に溶かされ、失せた。
「――ッ!?」
声にならない呻吟が少女の口からこぼれ出た。
埋め込まれた『魔力増幅器』によって膨らんでいる機体の胸部装甲が、漆黒のビームによって消し炭となる。
腕で胸を覆い、もう一度防壁を張ろうとしたミコトだったが――間に合わない。
急所を守る左腕が魔力光線の連撃を浴び、一瞬にして装甲を溶解される。
「かろうじて急所は防げたみたいですね。だけど……いつまで持つかな」
せせら笑いながらアスマが相手取るのは、【エクソドゥス】を守る【イェーガー・空戦型】部隊である。
マトヴェイの下で鍛え上げられた精鋭たちは高速機動の連携をもって【アザゼル】を攪乱、足止めせんとしていた。
周囲を取り囲んでの射撃の連続。機体性能で劣る分、数で有利を構築しようとしてくる『リジェネレーター』の戦士たちに対し、アスマは――鼻で笑ってみせた。
「ふッ……普通のSAMだったら墜とされてただろうね」
飛んでくる弾丸など、【アザゼル】にとっては綿毛と同じだ。当たろうが痛くも痒くもない。
「でも生憎、僕の機体は特別なんだ。なんたって、この僕自身が作り上げた至高のSAMなんだから!」
肩部に隠れていたそれぞれ二対の砲口が、装甲の下から顔を出す。
解き放たれた対SAMミサイルは魔力反応を頼りに敵機を追跡し、そして。
爆発の連鎖が、空を赤黒く彩った。
「はは、はははっ、あはははははっ! 見てますか蓮見さん、これが僕のSAMの強さですよ! どんなSAMも――たとえ【ゼルエル】が相手でも、この【アザゼル】は破れない!」
空戦型の小隊が壊滅するに伴って発生した爆風も、微風同然。
アスマはそう高笑いしつつ、リアルタイムで機体搭載のカメラから送られてくる映像を観ているであろうタカネへ言った。
「さあ、次はあんたの番だ!」
視界の端で散っていく仲間たちを認めたミコトは、その予告に顔を歪める。
胸部と左腕の装甲を奪われた今、まともに攻撃を受ければ負けてしまう。操縦や駆け引きの腕など関係なしに、圧倒的な機体性能に食われる。
ミコトは自分の中で戦士としてのプライドが崩れていく音を聞いた。
(っ……これでは)
死ぬわけにはいかない。だが【ガブリエル】の能力では、【アザゼル】に一対一の勝負を挑んだところで勝てない。
「こちらを見なさい、アスマ!」
ミコトは拡声器の音量を上げ、芯の通った声で主張した。
倒すのは無理かもしれないが、時間稼ぎくらいはできるはず。大切なのは皇ミコトという一少女の命ではなく、この先の未来へと繋いでいく理想だ。たとえここで散るとしても、仲間たちが生き残っている限り、希望の命脈は絶たれない。
「【リリーフプロテクション】」
魔力が許す限り戦う。
少女の意志を宿した桃色の光が、機体の破損した箇所を修復していく。
しかしその完了を待たずして、身を翻すアスマは『対SAMミサイル』を撃ち放った。
それと同時に『シールドビット』が漆黒の魔力光線を射出し、弾幕と重なって【ガブリエル】へと降り注ぐ。
「決して潰えぬ理想と信念が、わたくしたちの武器ですわ! 対話をせず、いたずらに暴虐の牙を剥くあなた方『レジスタンス』を、わたくしは許容いたしません!」
爆撃を食らった視界が揺れる。
桃色の光輝を纏う天使の大盾が、無造作に叩きつけられた連撃にたちまち亀裂を走らせていく。
それでも残された時間でミコトは己の心を叫んだ。
どこかでこの戦場を観測しているであろう、タカネに届くように。




