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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第九章 運命の相克

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第二百八話 会敵 ―The first campaign of a team―

 音もなく高層ビル群の上から飛び降りてきたのは、黒い痩躯。

 丸まった背になびたてがみからして、彼らは『狼人型』だろうかとカナタは推測する。

 散らばった【イェーガー】は銃口を天へ仰がせ、急襲してくる敵を迎撃せんとした。

 昇る弾丸が敵の頭部を射抜き、脳漿を炸裂させる。


「皆こっちへ!」


 スズの手を掴んで駆け出すカナタ。

 彼は【イェーガー】から五十メートルほど離れた廃ビルの入口に転がり込み、物陰へとスズを押し込む。

 リンもそれに倣い、荒れ狂う左胸を押さえながら建物の中に身を隠した。

 動かなくなった自動ドアの脇に立つ銀髪の上官は外の様子を尻目に窺いながら、潜めた声で命じる。


「……い、いいかい? ぼっ僕が合図するまで、何も考えてはいけないよ」


 先ほどよりもさらに意味不明な指示に、リンたちは返す言葉さえない。

 この先輩の狙いが何なのか、二人には全く分からない。

 だが、迷いを一切感じさせない口振りからして何かの策であることは確かだと思えた。ゆえに、リンたちはカナタを信用した。


『ちっ、撃ち漏らした――!』

『おい、あっちに行かせるな!』

『こっち来やがれ、狼野郎ッ!』


 襲撃してきた『狼人型』らしき【異形】は計五体。そのうちの三体は一撃で射殺できたが、残る二体が地面に降り立つことは許してしまった。

 このままでは離れたカナタたちが危ない。そう危惧して焦る指先でトリガーを引こうとする兵士の青年だったが――


『シャオラアァァッ!!』


 獰猛なる殺意に燃える赤い獣のまなこは、自分たち【イェーガー】だけを逃すまいと睥睨してきていた。

 長い爪に漆黒のオーラを纏わせ、二体がかりでSAM一機へ狙いをつけて突撃してくる『狼人型』らしき【異形】。

 標的にされた一機が咆哮による威圧に足を竦ませてしまう中、しかしそこで仲間の一人が声を飛ばす。


『怯むな、撃て!』

『――お、おうッ!』


 コケを蹴飛ばし、地面に爪痕を刻みながら猛進する【異形】に対し――正面から迎え撃つ兵士は奮起した。


『これでどうだッ!』


 心臓に咲く、徒花あだばな一輪。

 しかして逃す、もう一狼。

 そこに割り込む、「狩人」一機。

 唸る白刃、その一閃。


『――はああッ!!』


 裂帛の叫びと共に抜き放たれた居合が、黒き人狼の首を刈る。

 刃に付着した緑色の血液を振り落とし、仲間の討ち漏らしを片付けた青年は不敵な笑みを浮かべてみせた。


『危なかったな、ケイタ。僕が剣を抜いていなかったら、お前はこんなところで機体に傷を付けることになっていた』


 気障きざったらしい口調でそう言ったのは、少しウェーブのかかった栗毛色の髪を伸ばした青年だ。

 新庄マリウス。

『対異隊』の最終試験にて優秀な成績を収め、カナタ直属の班――通称カナタ班に選出された元『レジスタンス』少尉である。

 剣道とフェンシングの両方を幼少期から習っていた彼は、剣術にかけては抜群のセンスを有している。


『わりぃ……こっち来やがれとか叫んだくせに、いざ敵を前にしたらビビっちまった』

『二度はないぞ。僕たちの失態はそのまま月居中佐の失態となる。それを忘れるな』


 マリウスに厳重注意されてしまっている彼の名は、新堂ケイタ。

 常から被っているニット帽がトレードマークである、狙撃を得意とする兵士だ。遠距離からの命中精度はかなりのものを誇るが、しかし敵に近距離まで接近されると若干怖気づいてしまう欠点がある。


『次頑張ろうぜ、ケイタ。お前は遠くの敵なら当てられるんだ、あんま肩落とすなよ』


 そう仲間を励ます黒髪黒目の好青年は、高城たかじょうカズヤ。

 飛び抜けて優れた点はないがオールラウンダーとして潤滑油的な役割を果たす彼は、そのリーダーシップを買われてカナタ班の副班長に任命されている。


『月居中佐、出現した【異形】は全て討伐しました』

「あっありがとう、皆。とっ特にマリウス君、あの剣はファインプレーだったよ」


 計五体の黒い人狼が倒れたのを確認し、カナタは物陰から顔を出した。

 スズとリンを連れて駆け寄ってくる上官に、ニット帽のケイタはさっそく皆の疑問をぶつけてみる。


『あのー……今の作戦、どういう意味があったんすか? 地上の任務ではSAMの側を絶対に離れるなって教官ユイさんの教えとは真逆をいってましたけど……』


 上官の言葉だから従ったものの、仮に同階級かそれ未満の相手に言われていたら、この場の全員が馬鹿なことをと一蹴していただろう。

 カナタは真っ直ぐな瞳で【イェーガー】三機とスズ、リンを順に見つめ、そして己の意図を明かした。


「いっ【異形】にはより強い、或いは多量の魔力に飛びつく性質がある。そっそれが彼らが過酷な自然で生き抜くために身につけた本能であることは、きっ、君たちも学んでいるね。ぼっ僕はただ、それを利用しただけなんだ」

『し、しかし……! 理屈では分かりますが、それはあまりに危険な行為ではありませんか? 離れた先に新手が現れないとは限らないはずです』


 マリウスにそう指摘され、カナタは苦笑するしかなかった。

 地上での戦いの常識を真っ向から無視したこのやり方は、決して彼らの憧れとなってはいけないものだ。


「ぼっ、僕にはね、分かるんだ。こっこの、『獣の力』によって発動する『交信』能力のおかげで」


『獣の力』――【潜伏型異形】によってそれが開花させられれば、人は生身での魔法使用が可能となる。

『狂乱事変』の際、暴れ狂った人々が魔法で冬萌ユキエらのSAM部隊を襲ったのがその揺らがぬ証拠だ。

 あれを受け、カナタは同じ状況を再現できないか自分で試してみていた。

 これまで発想すらしてなかったその実験を行った結果、魔力消費量の少ない魔法に限れば発動が叶ったのだ。

 ニネルやテナのように生身では範囲をかなり絞っての使用に限定されるが、それでも担当する狭いエリアの哨戒は十分にできる。


「てっ敵意ある存在がそこにいれば、僕には分かる。そ、それが本能に根ざした強烈な殺意を秘めているなら、なおのこと。……こっ、こんな手本にもならないやり方をしたこと、れっレイやユイさんには内緒にしてね」

「やっぱり月居さんはすごいねんな! うち、ますます尊敬しちゃいます!」


 苦笑しながらカナタが言う間にも、スズは彼の両手をがっちり握って目を輝かせていた。

 

「もうホンマにすごいねん! うち、マジ惚れや! 結婚しぃ!」

「あ、あはは……。あ、ありがとう? って言えばいいのかな……」

「なに乗っかってんですか月居さん! そんなこと言ったら調子に乗るだけですって。……ところで、まだ気になったことがあるんですけど訊いてもいいですか?」


 リンの質問をカナタは快諾した。

 部下たちに教えることが上官の最大の役目。マトヴェイからのその教えを、彼は忠実に守っている。


「合図があるまで何も考えるなと、月居さんは言いましたよね。あれにはどういう意味があったんですか?」

「あ、あれはね……ま、魔力が生物の脳の生み出す力っていうのは、君たちも知っているよね。さっ早乙女博士は最近の論文で、魔力を『思考によって強化される力』と定義づけたんだ。ま、魔法を発動する際、その魔法について強く念じれば念じるほど、威力は増す。しっ思考が脳を活性化させ、連鎖的に魔力を生み出す領域を刺激することで、ま、魔力を発しやすくなるんだ」


 つまり逆に言えば考えなければ魔力は発生しにくいのだと、カナタは締めくくった。

 彼の解説になるほど、と頷く一同。

 これまで論文というものをほとんどチェックしてこなかったスズやリンは、これからは少しくらいは目を通すことにしようと反省する。

 

『……先程の【異形】、やはりこれまで確認されていた『狼人型』とは違ってますね』


 副班長のカズヤの呟きにカナタは「そ、そうだね」と応じた。

 既知の『狼人型』は体色が灰色であり、体高は小柄な個体で1.5メートルほど、大柄なものでも1.8メートル程度である。

 それに対して今回現れた黒い『狼人型』は、見たところ体高2メートルは超えていた。


『斬った感触もこれまでの『狼人型』よりも硬かった。より強くなった新たな亜種、と見るべきなのだろうな』

「う、うん……い、いずれ、既存の『狼人型』は淘汰されて、彼ら黒い『狼人型』がその地位に就くだろうね。ぼっ僕らがSAMをどんどん開発していっているように、【異形】たちも強くなるよう進化していっているってことだ」


 マリウスの独白をけ、カナタはそう予測を口にした。

 無残な姿と化している【異形】たちの亡骸に目礼した後、銀髪の少年はそれらの撮影を開始する。

 理智ある【異形】や心持つ『新人』らとは違い、ただの【異形】とは対話が出来ない。襲いかかられた場合、倒すか捕獲するか以外に方法はないのだ。そして後者は、物資に余裕がなく人員も最低限に削らねばならない『リジェネレーター』が取るには非現実的な手段だ。

 殺らなければ、殺られる。そう割り切るしかない。


「い、入野さん、彼らの血液だけでも採取して。も、持ち帰って既存の種と遺伝子がどう違うのか、調べてもらおう」


 血液と聞いて一瞬顔を曇らせるスズだったが、リンの「俺がやろうか?」という自然に思わずぶんぶんと頭を振る。

 

「い、嫌だったらやらなくてもいいよ」

「ぜ、全然やないねん! む、むしろ大歓迎! うち【異形】の血液だーいすき!」


 何とも言えない沈黙が一同の間に降りた。

 副班長たちにはかなり引かれてしまった。特にリンはドン引きしていた。カナタは一体どんな表情でこちらを見ているのか――確かめるのが怖くて顔を上げられないスズは、とにかく必死にスポイトや容器をポーチから漁り始める。


「……い、入野さん」

「はっ、はい!?」


 カナタの声は僅かに掠れ、そして震えていた。

 もしや女の子として意識されなくなるレベルで引かれてしまったのか――そうスズが恐る恐る彼の様子を窺ってみると、そこには何故かやたらと瞳を輝かせた男の子の顔があった。


「いっ【異形】の血液はまだまだ研究しがいのあるテーマなんだよ! たっ例えば『グラシャ=ラボラス』の血液には『力』属性と『光』属性の魔力を伝導しやすい独自の成分が入ってたり、らっ、ら、『ラウム』の血液は身体の割に少量でも十分に魔力伝達できるようになってたり、えっSAMの開発研究に活かせそうな要素がたくさんあるんだ! 『レジスタンス』が開発した第五世代以降のSAMにはこれまでに討伐された第一級【異形】の血液を元にした魔力液エーテルが云々……」

 

 スズの肩を掴み、ぐっと顔を近づけて熱弁するカナタ。

 意中の先輩に真っ直ぐ見つめられて頬をオーバーヒートさせるスズは、思わず瞳を潤ませる。


「す、すごい熱意……! 流石は月居さん、詳しいんやね!」

「何を言っている入野、そんなことは今更だろう? 中佐は【異形】と人類との架け橋になろうとしている人間。それくらいは余裕で語れるお方だ」

「ああ、その通りだなマリウス」


 尊敬する上官についてマリウスが誇らしげに言い、カズヤが同調する。

 一歩離れたところに立つリンは、肩を竦めてつい溜息を吐いた。


「何で誰も突っ込まないんだ……」

「ボケが多いとツッコミは大変だな」


 他人事のようにニット帽の下の髪の毛を掻くケイタに、リンは「全くだ」と心の底から同意するのだった。



「よっ、カナタくーん。そっちはどうー?」


 一時間に一度の定時報告にて、【エクソドゥス】管制室からカナタとの通信に応じたのは風縫カオルだった。

 行きではSAMに乗りっぱなしだった彼女やカツミは、調査班が出ている間はブリッジでの任務を請け負っている。


『ごっ、ごめんね応答が遅れて。ちょ、調査の方は順調だよ。しょ植物のサンプルも予想以上に集まってきてるし、げっ現状では誰ひとりとして負傷もしてない。そっ、それに新種の『狼人型』らしき【異形】とも遭遇したんだ。そっ、そいつの血液を回収した』

「なるほど、やるじゃん。ところで、カナタくんに忠告しておきたいことがあるんだけど」


 定時連絡の際には、時間を迎えたら【エクソドゥス】側と調査班の端末との通信が自動的に繋がるように設定されている。

 時間を忘れてカナタが仲間と談話していた音声を聞いて、カオルには一点、危ういと思える部分があった。


『なっ、何?』

「……アンタに対する班員の視線よ。皆、アンタがすごい人間だって疑わずに信じてる。それって結構危ないことだと思わない?」


 その関係は確かに信頼と呼べるものなのかもしれない。だが、無条件の信頼など言い換えてしまえば盲信に過ぎない。

 上官が間違った指示を打ったとしても、部下たちは何も考えずに応じてしまうだろう。


『……そ、そう、かもしれない。だっ、だとしたら僕は……』

「ちょっと失礼」


 迷うカナタの声を聞き、横入りしてきたのはマトヴェイ・バザロヴァである。

 流れる赤髪を指先に巻きながら、彼は長年高級将校として戦ってきた経験を基に持論を展開する。


「部下から信頼されるってのは、もちろんリーダーにとって大事な資質よ。大前提、と言い換えてもいいわ。でも、いわゆる『カリスマ』が絶対的な効力を発揮するのは巨大なコミュニティに限られる。たとえば蓮見タカネの『尊皇派』みたいな感じね。けど、アンタの班のように現場で戦う小規模部隊になると、話は変わってくるわ」


 一拍置き、マトヴェイは続けた。

 

「小規模部隊に求められるのは、緻密な連携。それは部下からの上官への一方的な信頼だけでは成り立たないわ。チームはいわば一つの身体よ。そしてアンタは頭。言葉という神経で繋がってる身体のパーツをどう動かすか……それは頭であるアンタ次第」

『ぼ、僕、次第……』


 睫毛を伏せて少年は考え込む。

 リーダーとして戦い始めた彼に、マトヴェイは先達として最後にこう授けた。


「アンタの思いが人々に届いたから、『リジェネレーター』はこうして遠征に出られている。真摯に向き合えば班の子たちとも、対等な信頼関係を築けるわ。……ま、とにかく頑張って頂戴。何か悩みがあれば、アタシたちに相談することね」


 銀髪の少年は顔を上げ、赤髪の上官を正視する。

 使命を託され、責任を負う者として、月居カナタは更なる覚悟を胸に刻んだようだった。

 

『は、はい。……では、定時報告を終わります』


 通信が切られた後、カオルとマトヴェイは顔を見合わせた。

 彼ならばきっと大丈夫――二人の認識は一緒だった。

 緩んだ口元をすぐに引き結んだマトヴェイは、ブリッジを見渡して「アンタたちも気を抜かないことね」と喝を入れる。

 リジェネレーターの地上探索作戦は、まだ始まったばかり。 

 自分たちは張り詰めた糸の上を歩いているようなものなのだと、カオルもマトヴェイも立場を正しく理解していた。

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