第二百三話 深まる亀裂 ―The darkness which doesn't clear up―
十二月十五日時点で『リジェネレーター』に集った入隊希望者の数は、一万人を超えた。
兵士志望者が約四千人、メカニック志望者が約二千人、それ以外のスタッフを志望したのが約四千人。
提出された書類から自ら選考を行うマトヴェイは、人事を手伝ってくれるかつての仲間たちに改めて礼を言った。
「ありがとうね、皆。わざわざ『レジスタンス』を離れてアタシの元に来てくれて」
「俺たちは元帥どのに……いえ、総指揮官どのの背中をずっと追ってきましたから。どこまでもお供いたすであります」
「ふふ、頼もしいわね」
『リジェネレーター』を肯定する声をマスメディアが取り上げ始めた頃、これまで口を噤んでいた『レジスタンス』の者たちも動き始めていた。
マトヴェイ・バザロヴァの直属の部下を中心に、彼を慕う士官や兵たちがこぞって『リジェネレーター』へと鞍替えしたのである。
「正直、士官経験者があまりに少なかったから助かったわ。今後ともアタシの下で組織を支えてくれるわね?」
「勿論でありますよ、総指揮官どの!」
頷き合う青年将校たちにマトヴェイは笑みを向けた。
【異形】とのコンタクトを図るための『対異形部隊』――通称『対異隊』の現場指揮官は彼らが担うことになる。自分のやり方を熟知している士官らが下に付いてくれたことで、マトヴェイの憂慮は一つ解消された。
「犬塚少年、久しぶりですー! 私のこと覚えてるです?」
と、廊下でシバマルに声を掛けたのもかつての空軍士官の一人。
ウェーブのかかった金髪に青い目、小柄ながらも胸はしっかりと主張している妙齢の女性士官の名は、ユリーカ・クインシーといった。
「えっと、『第二次プラント奪還作戦』で一緒だった……」
「覚えてくれてて感謝です! 『対異隊』の編成は今、総指揮官どのたちが決めているです。けど、ユリーカはうるさいからって追い出されちゃったです!」
「得意げに言うことじゃないと思うんですけど、それ」
「元気は一番です! 同じ元気さん同士、ユリーカは犬塚少年と仲良くしたいですです!」
跳ねるような足取りで後ろを付いてくるユリーカに、シバマルは内心で参ったなあと呟いた。
お互いそういう気持ちなどないことは分かっているが、こういう状況――例えばユリーカがシバマルの腕に自分のそれを絡めて引っ付いているとか――を見られたら不味い人物がいる。
「あら、シバマルさん?」
――げっ。
何も悪いことはしていないのに固まってしまうシバマルの目の前、廊下の角から書類を抱えて顔を出したのはユイである。
「どういうことですか、これは?」
「い、いやぁ、別にやましいことは何もないんだ」
「ほんとですか? わたし、知ってるんですからね。『学園』寮のシバマルさんの部屋に、その……小柄な白人女性のいやらしいビデオが隠してあったこと!」
「あっ、あれは貰い物で、断りきれなかっただけなんだよ! ってか、それと今の状況は関係ないだろ!」
「関係大アリです! その人はまさしく、あのビデオと同じ小柄な白人女性じゃないですか。何だかんだ鼻の下を伸ばしてるんでしょう、シバマルさん!?」
少々ジェラシーと独占欲が強いところが玉に瑕なのが、ユイという少女だった。
仄かに赤らんだ頬を膨らせる青髪の彼女に、シバマルは大慌てで弁明する。
「そんなことないぞ! おれはいつだってユイのことが一番だ! 初めて見た時一目惚れして以来、ずっとそうだ!」
言って数秒経ってから、シバマルは自分が相当照れくさいことを叫んでしまったことに気づいた。しかもユリーカにばっちり聞かれている。
一気に顔を真っ赤にしてぷいと顔を逸らすシバマルに負けず劣らず、言われたユイも頬を紅潮させていた。
「……シバマルさん、あなたって人は……」
「ゆっ、ユイ……もしかしてまだ怒ってる? 神様に誓って言うけどおれに変な気持ちは全く――」
「あなたって人は、本当にお馬鹿さんです!」
そう叫んでマトヴェイらのいる会議室の方へ走っていくユイ。
その背中を呆然と眺めるシバマルの肩を――実際は身長差のせいで肋骨の辺りだったが――ポンと叩き、ユリーカがしみじみと言う。
「犬塚少年、愛されてるです。羨ましいですー」
「え、でも今めっちゃ怒ってなかったっすか?」
「乙女には素直になれない時もあるです。犬塚少年は勉強が足りてないです」
「そういうものなのか?」と困惑してしまうシバマルに、ユリーカはジト目を送った。
選ばれし【機動天使】とはいえ、恋愛面ではまだまだ初心者。年上のお姉さんとして教えてあげるのはお節介だろうかと、ユリーカはつい思ってしまうのであった。
*
『国民の皆さんへ、私より伝えねばならないことがあります。これは私、皇ヤマトの偽らざる真意であるのを念頭に、話を聞いていただきたい』
テレビ画面に映し出されたのは皇太子・皇ヤマトその人だった。
蓮見タカネとの密会から三日後の夜、予告なしに届けられた皇太子からのメッセージに市民たちは驚きと興味とを露にする。
『リジェネレーター』暫定本部の神崎ビルの一室にて休憩していたミコトもまた、手元のスマホで兄の言葉に耳を傾けていた。
「兄上……一体、何を言うつもりなのでしょう」
兄のヤマトは平和を愛し、公務でもプライベートでも慈善事業に自ら参加してきた人物だ。【カラミティ・メテオ】墜落で家族を失った者たちへの慰問も、彼は大学生の頃から継続的に行っている。国民からはミコトと並んで敬愛される皇族である。
『結論から言いましょう。昨今、都市の話題を持ち切りにしている組織「リジェネレーター」……私にはかの組織を支持するつもりは微塵もないのだということを』
突きつけられた敵対の宣告に、ミコトはあらん限りに目を見開いた。
凛然とした眼差しの奥に黒い炎を燃やすヤマトは、マイクを握る手に固く力を込め、僅かに嗄れた声で続ける。
『私の家族は――幼い頃に敬愛していた従兄弟たちは皆、【異形】に命を奪われました。あの日以来、私は深い悲しみを抱えて生きてきました。涙が絶えた日はありませんでした。どれだけ公務で微笑んでいようとも、私の胸の中には常に影が差していました。忘れられぬ悲哀と憤怒は今も、私の心を苛み、蝕み、腐らせているのです』
毎日のように同じ時間を過ごした従兄弟たちとの、永遠の別れ。
自分を実弟のように可愛がってくれた従姉は【異形】の爪に腹を裂かれ、ヤマトの目の前で臓腑を飛散させた。従兄の死に際は見られなかったが、大学の構内で『豚人型』に撲殺されたとだけ聞いた。
ヤマト少年はあの日から約十年間、ショックのために誰とも口を利けなくなった。大学に進み、妹の許嫁でもある蓮見タカネと親交を深めるまでは。
『今でも夢に見るのです。従姉が目の前で惨殺されたあの光景を。そしてその度に思うのです――【異形】とは決して許されざる存在だと。奴らを駆逐するその時まで、私の心の闇は晴れない。奴らを滅ぼすまで、私は死んでも死にきれないのです』
語気を強め、ぎりぎりと歯を食いしばってヤマトは思いを吐き出す。
『――私は戦います。この世界から【異形】を討滅し、人類が平和を取り戻すその日まで』
皇ヤマトのその宣言は『リジェネレーター』への宣戦布告にも等しい。【異形】との融和を図らんとするミコトたちの思想に、彼の願いは真っ向から反対している。
「兄上……!」
スマホを握る手を震わせ、ミコトは唇を噛んだ。
出来ることなら兄とは対立したくなどなかった。ミコトが幼い頃は失語症を患って誰とも関わってこなかったヤマトであるが、立ち直ってからは彼女との関係も良好だったのだ。最後に皇族全員で会談した際に意見を戦わせはしたが、まさかあの穏健派の兄が「戦い」を宣言するとは、ミコトにとって思ってもみないことだった。
『故に、私は「リジェネレーター」なる組織の存在を認めません。【異形】は滅ぼすべき絶対悪。奴らさえいなくなれば、人類は再び地上での繁栄を望めるようになります。「リジェネレーター」の叶うかすら知れない理想よりも、「レジスタンス」が発展させた兵器で【異形】を滅ぼす未来の方が確実に平和を掴める。そうは思いませんか』
誰だって早期に平和を取り戻せるなら、それで良いのだ。
『狂乱事変』を機に人々はより一層安寧を渇望するようになり、ゆえに『リジェネレーター』という新たな可能性に飛びついた。
しかし、『リジェネレーター』の理念よりも確実に人類の再びの繁栄へと歩んでいける手段があるとしたら――そちらの方が魅力的に映っても、仕方のない話だった。
翌日の国会ではさっそく、ヤマトのビデオメッセージが取り沙汰となった。
皇太子の口から直に放たれた「『リジェネレーター』を認めぬ」という文言は、政治家たちにとって決して無視できない効力を有している。
「これが次なる天皇の偽らざるお気持ちなのです。我々『尊皇派』としては、ヤマト殿下の意見を無下にするわけにはいきません。国民感情を鑑みても、昨日のヤマト殿下の言葉に同調する者は多い」
タカネの論調に神崎家出身の若き名手、神崎ジュンコも反駁を抑え込まれていた。
ヤマトのメッセージへの反響は絶大だった。各民放テレビ局や各紙は速報でそれを伝え、SNSでは五十万件を超えるコメントがどっと湧いてその夜のトレンドを彩った。
『ヤマト殿下の言う通りだ』
『リジェネレーターの理想は絵空事でしかない』
『【異形】は滅ぼせるなら滅ぼすべき』
『#ヤマト殿下を支持します』
『ミコトさまの考えも分かるけど、現実を見るならヤマトさまの考えの方がいいのかも』
……等々、枚挙に暇はない。
今や、国民の声は真っ二つに割れている。ヤマトの宣言を受けてもなお『リジェネレーター』を支持しようという若い世代と、【異形】は断固滅ぼすべきだと主張する中高年以上の世代とで。
政治家たちが顔色を窺うのは主に後者の世代だ。【カラミティ・メテオ】墜落以前、少子高齢化が問題となっていた時代からその構造は変わっていない。
「ヤマト殿下のお気持ちは我々『尊皇派』の総意であります。また、私は『レジスタンス』最高司令として殿下の意向に従い、総力を以て【異形】征伐に臨む覚悟でおります」
敵さえいればそれで良いのだ、とタカネは胸中でこぼす。
ヤマトの思いなど利用するだけの道具に過ぎない。元より蓮見タカネに、【異形】を完全に滅ぼしてしまいたいという願いはないのだ。
「人類はこの二十年の間、【異形】に打ち勝たんとSAM技術を発展させ、軍を強化してきました。その進化は決して止めてはならない流れなのです。いつの時代もそうです――戦乱の世界を乗り越えて平和を掴み取るのに求められるもの、それこそが絶大なる武力」
最も強かった者が天下を統べることで戦国時代は幕を閉じた。
大量の戦死者を出したかつての大戦は、原子爆弾という禁忌の力によってピリオドが打たれた。
今が戦いの世であるならば、歴史の流れに沿っていけば良いとタカネは説く。
【異形】という敵を、圧倒的な武力を以て滅ぼす。必要なのはそれだけだ、と。
「蓮見総理。ミコト殿下を『軍国主義の化身』と批判した貴方が、それを言いますか」
「情勢を読む目力は政治家に求められる資質の一つですよ、神崎くん」
すかさず切り返されて神崎ジュンコは唇を噛んだ。
財閥の都合で主張を変えてきた覚えは彼女にもある。そのため、タカネへの非難は彼女にとってブーメランとなってしまう。
「無論、私とて軍国主義者ではありません。先の『狂乱事変』のようにトップの暴走で民を苦しめる事態は繰り返させない所存です。しかし、それを恐れるあまりに『力』を使わないのは実に勿体無いことではありませんか。私が統べることで政府の直接的なコントロールを受けられるようになった『レジスタンス』に、以前のような腐敗や暴走のリスクは最早ないのです」
与党の各員や神崎ジュンコをはじめとする野党の者たちを見渡し、タカネは芯の通った力強い口調で表明した。
これから政府、そして『レジスタンス』が定めるべき指針も併せて。
「政軍関係の天秤を釣り合わせ、その両者を天皇陛下に統べていただく。その上で我々は【異形】征伐に舵を切るのです! それが今『尊皇派』が最も実現させるべき理念であります!」
錦の御旗を掲げ、『尊皇派』の党首は己の信念を叫ぶ。
『リジェネレーター』と『レジスタンス』――理想を違えさせる組織の対立は、これによって修復不能なまでに深まることとなった。




