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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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202/303

第二百一話 誕生、リジェネレーター ―Leave and call―

『リジェネレーター』の少年たちが『レジスタンス』本部で過ごす、最後の夜。

 レイは父である早乙女博士の研究室へ足を運び、暫しの別れを言いに来ていた。


「父さん……父さんが『リジェネレーター』に密かに出資してくれたこと、マトヴェイ元帥から聞きました。その……ありがとう、ございます」


 ソファに掛け、熱々のホットチョコを淹れたマグカップの温度を両手に感じながら、レイは頭を下げた。

 かつてこの父子の関係は、博士のレイへの誤った態度のためにほぼ絶縁状態にあった。だが、今年の春にレイの側から父との対話を求め、息子が引きこもっていた間に己が一人の親として失格だったと悔いるようになった博士がレイに謝ったことで和解を果たせたのだ。それ以後の二人の関係は良好で、レイはたまに父の研究室を訪れては魔法にまつわる最新の学説を聞いている。

 若干ぎこちない口調で礼を言ってくるレイを安心させるように、博士は努めて穏やかな声音で言う。


「レイ、何も負い目に感じることはない。私は父親として、お前を陰ながら応援している。たとえ離れ離れになっても、それは変わることはない」

「……勝手なことを、と怒られるものかと思っていました」

「だとしたら、最初から匿名で出資などしていないよ」


 顔を上げる息子に父は苦笑をこぼした。

 レイは勝手なことをしたと思っているところもあるのだろうが、早乙女博士としては寧ろ息子の成長を喜ばしく感じている。

 昔は言われたことを言われるままにやるだけの子供だった。父である博士の態度も、レイにそうさせる一因だったのは言うまでもない。

 博士は自分と同じ優秀さを子供たちに求めた。天性の才能を持っていた娘のアスカは期待通りの成績を学校で収めたが、レイは違った。彼は平均よりも上の能力を有していたにも拘らず、ずば抜けた才覚の姉や博士自身と比べられ、劣等感を植えつけられた。

 劣っているから、自分よりも優れた者には従う。それが過去のレイの生き方だった。

 だが、姉を喪い父に見放されたのを機に、彼は変わらざるを得なくなった。これまでのようなやり方では何も通用しないと、知ってしまった。故にがむしゃらに足掻いた。誰の支持も仰がず、ただ己を高めんと独りで戦い続けた。

 そして、その果てにカナタたち現在の仲間と出会い――早乙女・アレックス・レイは、遂に自分らしく輝けるようになった。


「私は『レジスタンス』での研究を継続するが、お前は私のことなど気にせず、自分のやりたいことをやりなさい」


 二度目の親離れは案外早かったな、と博士は胸中で呟いた。

 わだかまりを解消してからからまだ一年と経っていないのに、レイは博士が思うよりずっと大きくなった。


「でも、父さん……ボクの行動はもしかしたら、父さんの顔に泥を塗ることになってしまうかもしれません。本当に、いいんですか」

「お前も大概、強情だな。私に構うことはないと言っただろう。……全く、誰に似たのだか」


 やはり血は争えないものだと博士はまたも、苦笑いした。

 今の自分たちには、その確かな繋がりさえあれば十分。

 父は向かいに座る息子へと身を乗り出して、最後に頭を撫でてやった。

 もはや何時ぶりになるか分からない父との触れ合いに、レイは思わず俯く。


「……と、父さん」

「何だ、嫌だったか?」

「……い、いえ、そうではないのですが……その、は、恥ずかしくて……」


 首を小さく横に振って、つむじを父の掌へ擦りつけるレイ。

「それは済まなかった」と珍しく慌てた声を漏らす父に、少年は心からの笑みを浮かべて言った。


「父さん、改めてありがとうございました。……どうか、お元気で」

「ああ。達者でな、レイ」


 席を立ち、深々と一礼した息子は迷いのない足取りで研究室を出て行った。

 その背中を見送って、早乙女博士は未来を描く。

 また会えるいつの日か、息子はきっと偉大な功績を引っさげて帰ってくるのだろう。月居カナタや皇ミコトら、大切な仲間たちと共に。


「――アスカや母さんにも、報告しなければな」



「お疲れ様です、蓮見さん。いえ、蓮見内閣総理大臣兼『レジスタンス』最高司令官どの」「その呼び方はやめてくれ。事務所内ではこれまで通りでいい」


 当選が確定し、諸々の会見や自他問わない派閥の談話を済ませた頃には、既に時刻は二十三時を回っていた。

 やっと中央B区画の事務所に戻って来られたタカネは、迎えてくれた牧村に溜息を吐く。

 さしもの蓮見タカネといえど、重圧と責任に全く気疲れしないほど鉄人ではない。普段ならば即刻ワインで誤魔化すところだったが、今夜の『尊皇派』幹部との夕食でもう祝杯を飲まされてしまっていた。これ以上の酔の上書きは翌日に響く。


「蓮見さん、数時間前に九重アスマがここに来ました。約束していた件で話がしたいと」

「そうか。よほど楽しみだったんだろうね、彼は」

「ええ、そのようでした。これからは『レジスタンス』司令としての公務もありますから、そこでのスケジュールに彼との面会も組み込もうと考えているのですが……よろしいでしょうか?」

「……珍しいな、君がそのようにお伺いを立てるとは」


 他のスタッフは先に帰宅し、事務所にはタカネと牧村二人きりだった。

 この時間だけが唯一、タカネにも牧村にとっても互いの本当の顔を知ることが出来る瞬間であった。

 座れば沈み込むようなソファに腰を下ろしたタカネは、眼鏡を外して鼻柱を指先で押さえながら牧村を見上げる。

 失礼いたします、そう囁いて女は男の隣にそっと掛けた。


「……済まないな、少し汗臭いかもしれない」

「構いません。遅くまで精力的に働かれていたのですから、それも当然でしょう」

「『それくらいが好みですから』と、以前のように甘い声で言ってくれても良かったのだがね」


 控えめに鼻をくすぐる女の匂いがタカネは好きだった。凛然と佇む花が自分の前だけで醸す誘いの香――それはこれまでも度々、政務に疲れた男を癒してきた。


「いえ……これからはあなたの立場も変わってきますから。それに……あなたには許嫁がいる」

「まぁ、それはそうだが……私が愛しているのは君のほうだよ、牧村。皇室との関係は私の立場を強めるための道具に過ぎない」


 不遜にもタカネはそう言ってのけた。

 都市の頂点に立った男は女の細い肩を抱き寄せ、頬へ口づけする。


「……先ほどの件だがね。もう少し先になるとだけ、九重少年に伝えておいてくれ。諸々の引継ぎが完了するまでは、あいにく彼に構ってやる余裕はない」

「承知いたしました」

「それと……君がただの学生である九重少年に肩入れする理由を、よければ聞かせてくれないか。以前のテレビ電話は私に言われてセッティングしてくれたが、今回はわざわざ君から」


 男の手が女の首元を撫でる。その感触にわずかに身動ぎしながら、牧村という女は少しの沈黙の後、答えた。


「……九重くんの目は、あなたに似ていたんです」


 何かの執念、或いは強い妄執と言い換えてもいいかもしれないものを、牧村は少年の瞳に見ていた。

 黒く大きな丸い瞳に浮かび上がる願いの炎は、女の目にしかと焼き付けられた。


「あの目を見ていると、どうにも放っておけないと思ったんです」

「……なるほどね。年上の女性にそう言わせるとは、九重少年も罪な男だ」


 くつくつと喉を鳴らすようにタカネは笑う。

 少年の目の輝きは彼もよく覚えていた。磨けば一層輝きを強める原石だとあの時は感じたものだった。



 事務所二階の宿泊室のベッドに横たわり、自身の胸板に頭を預ける女の髪を梳くように撫でるタカネ。

 ぼんやりと天井を眺める彼は、ふと先ほどの話の続きを思い出していた。


「そういえば、牧村」

「……なんでしょう」

「【七天使】には一機、空きがあったな」


 上目遣いにタカネを見つめ、女は頷く。

 宇多田カノン中佐の戦死と共に、彼女の愛機である【イスラーフィール】も跡形もなく破壊されていた。軍内でもアイドル的な人気を誇っていた『鋼鉄の歌姫』亡き後、そのポジションは現在まで欠番となっている。


「永久欠番にしておきたい兵たちの気持ちも分からんわけではないが……やはり、戦力は拡充しておくべきだろう。その新たな【機動天使】の設計を、九重少年に一つ任せてみてはどうかと思ってね」


 アスマのSAM開発の腕が確かだということは、【イェーガー・アスマカスタム】や『尊皇派』の戦力だった【イェーガー・リベリオン】で立証されている。

 加えて彼のSAM造りへの執念の強さもあれば、既存の【七天使】に並ぶ――いや、超えてもおかしくないほどの機体が完成するでのはないかとタカネは期待していた。


「彼に予定を伝える際、その旨を言い添えておいてくれ。私は約束を反故にしない男だ、とも」

「相変わらず、嘘がお上手で」

「それも政治家の資質の一つだからね」


 瞼を閉じ、日中よりも和らいだ口調でタカネは言う。

 自由とは永遠に約束されているものではない。限りある時の中でそれを磐石にするためにも、利用できるものは全て使い倒すのだ。



 そして、翌朝。

 現状、非認可組織としてではあるが『リジェネレーター』は誕生した。

 暫定的に拠点となった『神崎財閥』の貸ビルの一フロアにて、マトヴェイ・バザロヴァ総指揮官はカメラの前に立つ。

 まだ制服が出来ていないためスーツ姿のマトヴェイは、都市全体に向けてのビデオメッセージを吹き込んでいった。


「新東京市に住まう全ての皆様、こんにちは。わたくしはマトヴェイ・バザロヴァ。かつて『レジスタンス』にて元帥を務め、そして現在は新組織『リジェネレーター』の総指揮官に就く者ですわ」


 カメラの画角外ではミコトやカナタ、レイたちが組織の門出の声に静かに耳を傾けている。

 自分たちはまだ、市民に理想しか伝えていない。具体的にこれから何を行い、どう「対話」への道を歩んでいくのか――それをこれより、表明するのだ。


「当面の活動に関して、簡潔に申し上げます。私たち『リジェネレーター』は来るべき理智ある【異形】との対話のために、地上への調査隊を派遣します。『対異形調査部隊』――通称『対異隊たいいたい』と呼ばれるSAM部隊を国内各地に展開し、未だ判明していない理智ある【異形】の拠点を捜索します。そうして彼らとのコンタクトが取れた暁には、先日お話した『対話』へと移行してゆきます」


 背後のホワイトボードを回転させ、裏面に予め貼ってあった日本地図をマトヴェイは示した。

 基本の「第一捜索エリア」として基地のある丹沢、大阪、広島、福岡、そして北海道の周辺。そして『レジスタンス』がまだ拠点を作れていない沖縄や北陸地方、小笠原諸島などの離島なども、「第二捜索エリア」として色を分けて記載してある。


「『レジスタンス』がこれまで行ってきた軍事遠征とは異なり、目的はあくまでも探索になります。しかし、知性なき【異形】の脅威に対処するためにも、戦力はあるに越したことはありません。そこで、我々は共に戦っていただける有志を募集いたします。先の演説で『リジェネレーター』の理念に少しでも共感してくださった方は、どうか、どうかお力添えを。SAMに乗って戦えなくとも、メカニックとしての支援や現場で不可欠となる庶務など、やれることは山ほどあるのです。組織の長として、皆様にお願い申し上げます」


 頭を下げるマトヴェイは、最後にミコトへと目配せした。

 頷いた桃髪の少女は静かな足取りでマトヴェイの脇まで移り、マイクを受け取る。


「市民の皆様、ごきげんよう。最後にわたくしから、お話させてください」


 蝶を象った髪飾りを前髪に付け、白無地のワンピースを纏った麗しき少女。

 微笑む彼女はテレビやスマホの前にいる人々へ思いを致しながら、胸に手を当てて声を紡いだ。


「誰かに笑っていてほしい。穏やかな時を過ごしてほしい。それが、わたくしの変わらぬ願いです。聞き飽きた、と思われる市民の方もいるかもしれません。絵空事とか綺麗事に過ぎないと思われる方も、当然いるでしょう。ですが――理想がなければ、世界は何も変わりません。声を上げて行動に出なければ、この現状に甘んずるほかないのです。

 皆様、このお話を他人事などとは思わないでください。先にもわたくしどもが話したように、このまま都市の平和が続けば、皮肉にもいずれ崩壊を迎える時が来ます。いいえ……これまで目を背けていただけで、他にもリスクは幾つもあるのです。大地震は地下都市をいとも簡単に壊滅させるでしょう。疫病は狭い都市内で瞬く間に広まり、静かにわたくしたちの首を絞めるでしょう。市民の皆様、改めて問います。皆様は――平和に、幸せに生きられる未来を模索したいと思いますか?」


 市民たちがタカネを支持するか自分たちを支持するか、そんなものはミコトにとって些細な問題だった。

 肝要なのは、人々に考えさせること。

 自分たちの置かれた現状について真剣に考え、未来のために共に何をすべきか思案することだ。


「わたくしからの話は、以上です。ご清聴、感謝いたしますわ」


 ビデオメッセージはその言葉で締めくくられた。

 国営放送や『リジェネレーター』のSNSから発信されたそれは瞬く間に拡散され、リアルとネットの両方で議論を巻き起こした。

『リジェネレーター』の公式アカウントにはその日のうちに千を超す数のリプライが寄せられ、多くがミコトたちを支持する気持ちの表明であった。国営放送局や『レジスター』紙にも同様の意見が送られ、後者は早速このニュースを夕刊の表紙で取り上げた。

 しかし、無論タカネの影響下にあるマスメディアはその限りではない。

 民放のテレビ局は相変わらずミコトや『リジェネレーター』を叩き、テレビの主要コア視聴層である年配の世代もこれに同調していた。

【異形】との宥和など言語道断という者や、都市はこれまで安全だったのだから心配など要らないという論調の者もいた。そういった者の中には老人のみならず、サラリーマンや主婦などの中高年の者たちから引退した三十代の元兵士まで、様々な層の人々が見られた。


「『リジェネレーター』への入隊を希望していただき、ありがとうございます。まずはこちらの書類に書き込みをお願いしても……」


 ビデオメッセージを発信したこの日の午後、『リジェネレーター』の暫定的な本部となったビルには既に、入隊を求める若者たちが何人も訪れていた。

 エントランスホールで受付の手伝いをしていたシバマル――戦闘以外の庶務は今のところ、神崎グループの社員有志が担当している――は、やって来た者たちの中に見知った顔を見つけ、声を掛ける。


「あっ、日野っち! それにヨリっぺも!」

「犬塚! 今朝のビデオメッセージ見たよ。俺たちも一緒に戦わせてくれ」


 カウンターに着いているシバマルは向かいに座ったイタルへ書類とペンを滑らせながら、「大歓迎だぜ」と目を細めた。

 イタルとヨリの後ろには宮島タイチと橘ヤイチもいて、広々としたエントランスを興味深げに眺めていた。

 と、そこで糸目の少年は見覚えのある顔ぶれが新たに門を潜ったのに目を留め、小さく声をこぼす。


「彼らは、確か……」


 小柄な赤髪の少年と、長い茶髪の少年。その一歩後ろにオドオドとついて来ている金髪ショートの少女。

 イタルの肩越しにシバマルも彼らに気づき、手を振った。


「おっ、春巻きボーイ! 久々だなー!」

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