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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第八章 転換の刻

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第百八十七話 貫く信念 ―New pilotsー

「急患の子がいます。カナタくんやミコトさまを降ろしたら、私はその子を連れてメディカルルームへ向かいます」


 凍える身体をさすりながら助手席に乗ってきたミユキに、アズサは早口に告げた。

「了解したわ」と答え、黒髪の女は懐から市民証を取り出してアズサへ渡す。

 ミユキのそれで改札口を抜けたアズサは、『レジスタンス』関係者専用の駐車場へと車を入れていった。

 九時過ぎの駐車場に人気はない。月居司令の時代なら居残っていた職員らがちらほらと見えていたものだが、マトヴェイ司令の「労働改革」によって残業は大幅に減らされていた。


「バザロヴァ元帥の改革に感謝しないとね。『レジスタンス』はセーフティネットではあるけれど、誰もが味方であるわけではないもの」


 ミユキの言葉にアズサは神妙な面持ちで頷く。

 降車した彼女はバックドアを開け、袋の中に身を潜めていた二人へ声をかけた。


「着いたわよ、二人とも」


 ごそごそと黒い袋の中から姿を表すカナタとミコト。

 車から出てミユキの前に立った銀髪の少年は、母親がわりの女性を縋るように見上げる。


「あっ、あのっ、ミユキさん。れっ、レイや犬塚くん、ユイさんから連絡はありませんでしたか!?」

「しっ、声を潜めて。……残念だけど、こちらにもまだ通信は入ってないわ。あの演説の後、SNS上に『中央広場駅』付近で彼らを見たという情報は確認できたんだけど……消息は掴めてないの」


 いてもたってもいられない少年の悲痛な問いかけに、ミユキは努めて落ち着き払った口調で答えた。

 彼は自分が名づけた子であり、カグヤの忘れ形見だ。何としてでも守り抜かねば、いつか落ちる地獄で彼女へ顔向けできない。


「明坂主任、私はもう行きます」

「ええ。医療棟の受付にはあたしが入場許可を出したって言って。それで大丈夫なはずよ」


 小さく頷き、アズサはリサの肩を支えながら近くのエレベータへと向かっていった。

 彼女に連れられながら振り返ったリサは、その強い信念を刻んだ瞳でカナタを見つめる。

 

「か、神崎さん……」


 信じていてほしい。そんな思いを眼差しに込めて、カナタは胸に手を当て深く頷いてみせた。

 病に弱りながらも瑞々しさを保つ唇を微かに笑みの形に曲げ、金髪のお嬢様は前を向く。


「わたくしたちには味方がいる。それをまずは喜びましょう、カナタ。レイたちは見つからず、タカネには人類の敵へと仕立て上げられてしまいましたが……希望は残されていますわ」


 開示された情報に誰もが惑わされる中で、ミコトはそれでも凛然としている。

『新人』らを守るために蓮見タカネと対立する道を選んだ時点で、彼女はもう後戻りはできないと覚悟していた。

 意志を貫かねば誰もついて来ない。何かを成すにはまず自分から動いて、人にその思いを伝えていかねばならないのだ。


「信じるのです、カナタ。わたくしたちの行動が、やがて社会を変えていくのだと。敵を作ることよりも分かり合うことを望む、皆が愛し合うことで生まれる平和の尊さ――時間はかかるかもしれませんが、それを説いていけばいつの日か必ず分かってもらえます」


 成功を信じずに生まれる変革などない。偶然で全てを解決できる者がいるとしたら、それはきっと神だ。

 運命に翻弄される人の子は、意志を強く持たねばその荒波に飲まれてしまうだけ。

 その言葉を受け、カナタの瞳には少しではあるが光が戻った。


「さあ、とりあえず司令室へ行きましょう。あなたたちの処遇について、マトヴェイ司令と話を付けておく必要があるわ」


 ミユキに促され、二人は彼女と共に足早にエレベータへ乗り込んでいった。



「初めに言っておくけど、アンタたちを蓮見タカネに突き出すような真似はしないわ。政敵にわざわざ塩を送るほど、馬鹿なアタシじゃないからね」


 豊かな赤髪を背に流す女装の麗人は、カナタとミコトに不敵な笑みを浮かべてみせた。

 彼らが対面しているのは司令の執務室の隣にある、オレンジ色の照明が暖かい応接間だ。ソファに向かい合って掛け、ミユキが淹れてくれたコーヒーを飲みながらマトヴェイ・バザロヴァは現状を整理していく。


「レイくんたちの声明を受け、対抗策として打たれた『偽りの事実』の開示。声明の後、忽然と姿を消したレイくんたち。ミコトさんへの誤解を晴らそうとしたレイくんの行動は、アタシたちにさえ知らされてなかった『不意打ち』の一手だったわけだけど……蓮見タカネにとっては、それも想定内のことだった」


 でなければ、あれほど迅速に対処できるわけがない。

 ミコトが【異形】の血を引く者と交流を始めていたことは、いずれマトヴェイらの側からも公表するつもりでいた。だが、それは国民感情に「受け入れ」の下地ができてから行う予定だった。ミコトがその理念を繰り返し訴え、国民も対話へ前向きになってくれたタイミングで明かすのが最善。慎重派のマトヴェイはそう考えてきた。

 

「……申し訳ございません、バザロヴァ司令。こうなった全ての原因は、わたくしにあります。わたくしがタカネと決別したあの日、もう少し穏便に話し合いを終えられていれば、このようなことには……」

「済んだことよ、ミコトさん。反省はすれども、謝る必要はないわ。今は過去を悔いるよりも、これからの未来について思索するべきでしょう」


 平和な未来を望み、いつかその目で臨む。そのためにやれることを考え、早急に行動に移していく。

 図抜けた実行力とその速さを持つタカネに対抗するには、こちらも早く正確な一手を打つほかないのだ。


「司令選挙の開票日は日曜。つまり、ここがアンタたちのセーフティネットだと断言できるのはそれまでってことよ。今から考えるのは最悪の事態にどう備えるか。アンタたちに着せられた『人類の敵』という汚名をそそげなかった場合にどうするか……逃げるか、立ち向かうか、その選択をしなくちゃならないわ」


 選択は避けられない。そして猶予はあと一週間もない。

 深刻な面持ちで顔を見合わせる二人を前に、マトヴェイは腕組みしながら唸るように呟く。


「……アタシはアンタらの選択が無意味に終わるように、一票でも多く票を得られるよう尽力する。ただ……ミコトさんに関して国民感情が真っ二つに割れた今、彼女の側にいるアタシから離れていく者たちもいるでしょう」


 一夜明ければ情勢はマトヴェイの不利に傾くだろう。

 彼に絶大な信頼を寄せる直属の部下が寝返ることはないだろうが、海軍、陸軍の士官たちが掌を返す可能性は高い。そうなれば三分の二の将校がタカネに票を投じることになり、マトヴェイの勝ち目は失われる。


「……ミコトさん、改めてアンタから声明を出してもらえないかしら。『お気持ち』などではない、アンタ自身の包み隠さぬ意思を国民に伝えるのよ」

「ええ、無論そのつもりですわ。このまま隠れ続けるわけにもいきません。『新人』たちを巡って嘘を吐くことも、したくはありません。わたくしは、わたくしの愛する国民たちに正直でありたいのです」


 胸に手を当て、思うところを偽らずにミコトは口にする。

 毅然とした面持ちの彼女に頷き、マトヴェイはさっそく部屋の隅に待機していた部下へと指示を出した。


白鳥しらとり大尉、『丹沢基地』と連絡を取って。明日の午前、『新人』らの中からミコトさんたちと特に仲を深めた子――ニネルさんとテナくん、エイトンくんを本部へ移送するようにって」

「移送って……本気でありますか、司令!?」

「アタシが無駄な手を打つと思う? さあ、急いで!」


 マトヴェイに睨まれ、白鳥という空軍大尉は鉄砲玉のように飛び出していった。

『新人』らとミコトが笑みを交わし、手を繋ぎあうところを国民に見せる。そうして彼らが危険な存在ではないことをアピールする。それが、マトヴェイの考えであった。


「アンタたちはもう寝ちゃっていいわよ。眠れないようなら睡眠薬を出してもらうから、とにかく身体と頭を休めて。カナタくん、アンタはその前にメディカルルームに行って、打った所を先生に看てもらいなさい」

「はっ、はい。み、見抜いてたんですね」


 寮から中庭への脱出の際、カナタは背中や腰を痛めていた。大した怪我でもないため言う必要はないだろうと本人は思っていたのだが、どうやら歴戦の元帥にはお見通しのようだった。


「まあ、ね。最前線を退いてから長いけど、傷ついて戻ってきた兵たちは何度も見てきたから」



 脱走に手を貸してくれた橘ヤイチは、無事だろうか。

 アズサに怪我を看て貰った後、そのままメディカルルームで寝させてもらうことになったカナタは、薄闇の中で見える仄白ほのじろい天井を眺めながら考える。

「人類の敵」扱いの自分たちに協力したヤイチはおそらく今頃、先生たちに捕まって事情を聞かれているはずだ。

 学園の教師が生徒である彼に手酷い仕打ちはしないと信じたいが、状況が状況なだけにそうならないとは言えない。


『狂乱事変』の後、都市の時間は穏やかに過ぎていったと思っていた。

 だが見えないところで人々の不安や不満は蓄積しており、蓮見タカネはそれを巧みに利用して彼らを味方に付けていたのだ。

 主に三十代以上の大人世代は【異形】への憎しみを煽られ、カナタたちへ怒りの炎を燃やしている。

 二十代以下の若い世代はとにかく困惑している。何が正しいのか、何を信じれば良いのか分からず、ただ成り行きを見守っている。


 レイたちの言葉は確かに全ての世代に届いていた。

 それはミコトの愛が皆に理解されうるものだという証左だ。

 もう一度、彼女の愛を――誰もに等しく向けられる愛情に偽りなどないと伝えれば、分かってもらえるかもしれない。

 

「ち、違う者同士でも、僕らは分かり合うことができるはずなんだ。そっ、そうでしょう、レイ……ま、マナカさん、マオさん」

『そうかもね、カナタ』


 天井が青白く照らされ、カナタは目を細めた。

 枕元に置いておいたスマホが起動し、マナカとマオのアバター表示アプリが開いたのだ。


「まっ、マオさん……聞いてたの」

『何、悪い?』

「わ、悪かないけど……。ね、ねえ、マオさんはもう把握してる? ぼっ、僕らが今、世間でどういう風に見られてるか」


 マオは即答で「知ってる」と素っ気なく答えた。

 天井を見つめたまま、カナタはざらついた声音で言う。


「ぼ、僕は人類の敵になってしまったみたいなんだ。ふ、ふふっ……む、昔の君と同じだね」

『馬鹿カナタ。何も笑えないし、同じじゃないわよ。あたしは望んで人類の敵になったけど、あんたは違う。あんたは誰かを傷つけようだなんて、これっぽっちも思っちゃいない。そうでしょ?』


 少しの間を置いてカナタは「うん」と答えた。

 彼の優しさを確かめたマオは、くすっと小さく笑みをこぼす。


『だったら、それでいいじゃない。あんたはあんたらしく、ひたむきにやってけばいい。……そうだ、明日「第二の世界」で模擬戦やりましょ』

「えっ……とっ、唐突だね。い、いいけど、こんな時に……」

『こんな時だからこそよ。気分転換には一番楽しめることをやる――あんたにとってのSAMバトルをね』


 父が作り、母が理念を込め、矢神キョウジが夢を乗せたロボット。

 ここ最近の変容する都市情勢の中で意識することも少なくなってしまったが、カナタはSAMが大好きだ。

 SAMに乗っていると不思議と安心できた。他人が怖くて仕方なかった頃の自分は、一人きりになれるコックピット内だけが居場所だった。

 だが、今になって思えるのだ。自分がSAMの中で安心感を抱けるのは、そこに両親との繋がりを感じられるからではないかと。


「う、うん。ま、マオさんにはいつも通り【メテオール】の制御をやってもらうとして……対戦相手はどうするの?」

『そりゃあ決まってるじゃない。新型機のパイロットよ』


 え、ええっ!? と思わず声を上げるカナタ。

 同室で寝ていたミコトが何事かと飛び起き、マオに叱られてしまった後、少年は興奮に眠れぬ夜を過ごすのだった。



 翌朝。

 身支度と朝食とを済ませたカナタは、ミコトを伴って『VRダイブ室』へ足を運んだ。

 逸る足取りで廊下を歩いていく銀髪の少年の手にはスマホが握られており、そこに映る少女のアバターは彼を見上げて穏やかに笑っている。


『カナタくん、ちゃんと眠れた?』

「い、いや……なっ、何だか色々ごちゃごちゃしてる感じ。もっ、模擬戦は楽しみだけど、れ、レイたちは心配だし……こっ、これからどうなっちゃうのか考えると、不安もあって……」


 深い憂いを湛えた青い瞳を、マナカは真っ直ぐ見つめた。

 その眼差しは液晶が描く光の演出に過ぎなかったが――少年の胸に確かな安心感をもたらした。心強さ、と言い換えてもいいかもしれない。

 身体が離れ離れになっても、二人の心はまだ繋がっているのだ。

『大丈夫だよ』と彼を勇気づけるマナカの音声を小耳に、ミコトはどうしても羨望を抱いてしまう。

 しかしそれを押し殺して、彼女はカナタへ申し出た。


「模擬戦、わたくしも共に戦いますわ。新型の【機動天使】は二機……わたくしたちの連携を確実なものにするためにも、それがベストでしょう」

「でっ、でも、いいの? 今日はこの後、『新人』たちとのビデオメッセージの収録が……」

「わたくしを甘く見ないでくださいまし? 多少の戦闘で息切れするほどか弱くはありませんわ」


 心配してくるカナタの気持ちをありがたく受け取りつつ、ミコトは勝気に笑ってみせた。

 心のモヤモヤは激しいバトルで吹き飛ばす――かつてミユキがカナタへ言っていたことだ。

 少年も小さく笑みを返し、ミコトの手を取って『VRダイブ室』へ急いでいく。


「かっ、カナタ……その、怒られませんか? マナカさんに」

「な、何で?」

「なんでって、それは……その……」


 カナタの手の温度を感じていると、ミコトの頬は無性に熱くなった。

 皇女として生きてきた彼女にはそもそも、異性との接触がほとんどなかった。その免疫のなさ故に少しの接触で意識してしまう――そう自己分析する。

 これは心身が吃驚びっくりしただけなのだ。そうに決まっている。


『カナタくんって、とんでもない天然ジゴロなんですよ。ミコトさんも骨抜きにされないよう気をつけてくださいね』

「は、はあ……」

「ねっ、ねえマナカさん、じごろって何?」


 マナカのほうは最早、ある種の悟りの境地にあった。

 ミコトは熱の引かない頬を両手で押さえ、どうにも自分は目移りしやすい女らしいと胸中で呟く。

「許嫁」に対してどうにも昔から納得がいかない気がしていたのは、おそらくそのためだろう。

 と、その時だった。


「随分と楽しそうにお喋りしてんのね、アンタたち? まさか、遊びに来たってわけじゃないでしょ?」


 気の強そうな少女の声がミコトたちを迎えた後、『VRダイブ室』に面した廊下の角から二つの人影が現れる。

 制服姿の男女――一人は背が高く不良っぽい男子、そしてもう一人は背の低い白髪赤目の女子だ。

 

「きっ、君たちが……あ、新しい【機動天使】のパイロット……!?」


 毒島カツミと風縫カオル。

 カナタのよく知る同級生であるこの二人こそが、新たな【機動天使】・【ウリエル】と【ラグエル】の乗り手であった。

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