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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第七章 理想と現実

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第百八十五話 演説 ―The next villain is you.―

 モノレールで国営放送局から学園への帰路を行くレイたちは、それぞれスマホでネットでの反応を確かめていた。

 SNSアプリでは既に「ミコトさま」がトレンド一位になっている。他には「レイくん」「軍国主義の権化」「フェイクニュース」といったワードが話題だ。

 好意的に捉える者もいれば懐疑的な者もいる。反応は様々だが、どちらかといえばミコトを擁護する発言のほうが多い。

 ただ、一つだけ皆が口を揃えて言うのは「分からない」ということ。

 何が嘘で、何が真実か。自分たちが信じていたマスメディアの正確性が揺らいだことで、彼らは目の前の情報を疑い始めたのだ。

 その動きは蓮見タカネにとっては逆風だろう、とレイは内心で呟く。


(自分に都合のいい情報を流し、世界を意のままにする……そのためにあなたが嘘をばらまくことを、ボクは見逃したくない。嘘で塗り固めた平和なんて、欺瞞だ。たとえ真実が過酷で、残酷で、難しいことだったとしても……目を背けるだけでは、問題の先送りにしかならない)


 蓮見タカネは確かに指導者としては優秀な人間だろう。

 近しい者はその人心掌握術で、遠い者はメディアでの情報操作によって「狗」に仕立て上げる。都市は彼の舞台で、民衆はそこで踊る演者だ。今、新東京市は彼が監督・脚本を務めるステージと化し、それを引っくり返す者はいない。


「どしたの、レイ先生? おれたち、皆にミコトさんの本当ほんとのこと届けたんだぜ。もっと誇らしくしたっていいのに」

「何か、まだ……心配事でも、あるんですか?」


 とん、とシバマルに肩を叩かれてレイは顔を上げた。

 周りを気にして声を潜めるユイに、彼は小さく頷いてみせる。

 ミコトを通じてレイは、蓮見タカネという男の汚い部分を知ってしまった。何も知らない大多数の人々と同じ目では、もうあの男を見られない。


「ええ、まあ……ここじゃあれですし、帰ったら話します」

「ん、りょーかい」

「……っ、ちょっとお二人とも! これ、見てください」


 鋭く叫ぶユイが突きつけてきたスマホに映っているのは、蓮見タカネその人だった。

 STV――新東京ビジュアル局――の選挙特番に彼が生出演している。

 彼の動向をつぶさに追っていたレイでさえ把握していなかった、テレビ出演。まさかもう手を打ってきたのか、と少年は歯噛みした。

 イヤホンを付けて各々のスマホに彼らが見入るなか、蓮見タカネは語り始めた。


『大人の皆さん。我々大人の責務とは、一体何だと思いますか』


 その呼びかけはレイたちへの挑発にも聞こえた。

 君たちは私のターゲットではない、だから聞かなくとも構わない……そういったように。


『自分や家族が食っていけるように働くことでしょうか。子供たちを教育する義務でしょうか。税金や年金を納め、社会や高齢者を支えることでしょうか。……そのどれも正しい。ですが、この新東京市に生きる上で忘れてはならない責務は、そのどれとも異なるものです』


 男の語りに合わせ、画面は映像へと切り替わる。

 二十一年前、世界を混沌へと突き落とした『カラミティ・メテオ』の落下。それが宇宙よりもたらした災厄、【異形】。

 魔力という未知なる力で既存の兵器を受け付けず、本能に任せて人を蹂躙する存在。

 彼らに人々が為すすべもなく食われていく凄惨な光景を、タカネは一切の修正なしに公共の電波に乗せた。

 目の前で大切な人がその牙の餌食になる瞬間。その巨大な足に踏み潰された、名も無き肉塊。戦車の群れをたった一射で木っ端微塵にしてのけた、『第一級』の魔力光線。


『この光景を忘れた大人など、この世界にはいないでしょう。誰もが愛する者を、尊敬する者を、信頼する者を失いました。世界は悲嘆に暮れ、人々は反攻を誓いました。しかし……今の子供たちは、その時のことを直接知るわけではないのです。同胞が殺戮されていようがただ逃げることしか出来なかった我々の無力を、悲しみを、怒りを、子供たちは知らないのです』


 映像が切り替わる。

 仮想空間『第二の世界』における、生徒たちの戦闘シミュレーション。

 今年から導入された【イェーガー version5.0】――既存の【機動天使】と同じ第五世代SAMへと進化を遂げた機体に乗る子供たちの多くは、大して苦戦することなく第三級、第二級程度の【異形】を次々に倒していく。


『ご覧下さい。これが今年の一年生の戦いです。彼らはゲーム感覚で【異形】を殺せる。倒せば成績が上がるから、大人に褒められるから……それだけを理由に倒すのです。彼らの使命感は、実に希薄になっています。今ある生活に満足し、外の世界への憧れもそこまで持たない。我々の牙であった【異形】への憎悪も、地上への渇望も、世代を経るごとに薄らいでいってしまう現状。……本当に、このままで良いのでしょうか? 都市での平穏な生活という幻想は、先の「狂乱事変」で打ち砕かれました。我々は考え直さねばならないフェーズを迎えているのです』


 マイクを固く握り締め、タカネはひと呼吸置いた。

 眼鏡の下から放たれる真摯な眼光が、画面越しに聴衆たちの目を射抜く。


『大人たちよ、語り継いでください。あの日の恐怖を、絶望を、怒りを。我々に必要な牙は、【異形】を絶対に駆逐するのだという強い信念なのです。それを子供たちに継承し、その子供たちもまた未来の兵士たちへ意志を伝える。決して絶えぬ憤怒の炎――それこそが、我々が掲げるべきものなのです』


 立ち上がり、拳を震わせながら男は静かに叫んだ。

 瞋恚しんいの炎を宿すその瞳が、全ての大人たちの忌まわしき記憶を呼び覚ます。


『子供たちよ、君たちは「学園」で【異形】の倒し方を学びます。ですが、今のそれでは不十分だ。君たちは地上を知らず、本物の【異形】の息遣いを知らない。地上の真実を隠し、まやかしの平和を押し付ける「学園」の教育方針は間違っているのです。君たちは、目覚めねばならない』


「学園」に入学した生徒たちの多くは、適正がなかったり戦う意思が希薄だったりして卒業まで漕ぎ着けない。

 その中でも新暦以降に生まれた世代の子は、この先地上に出る機会も与えられぬまま、一生を都市の中だけで過ごすことになるのだろう。

 得られぬものなら知らないほうが幸せ。そういう意見もある。

 だが、蓮見タカネはそうは思わない。何故なら――彼は、この都市が嫌いだから。

 都市という箱庭に閉じ込められる息苦しさを初めに意識した時、彼は思った。

 全ての者は、自分が血筋や親の意思に縛られているように、「与えられた偽りの平穏」に束縛されているのだと。


『この新東京市に、真の自由はない。土地にも食料にも限りがあり、少しでも不足すれば誰かが割を食う。後者については覚えがあるでしょう――四年前の「福岡プラントの悲劇」の際には、都市人口の二、三割が餓死した。主に仕事を失くした貧困層が。これは都市の生活の不安定さと脆さ、歪みを分かりやすく表した事例です。

 ――しかし。我々が地上に生きるための活路を見いだせたならば、少なくとも土地資源の問題については当面解消されます。そこで「プラント」を新設できれば、食料問題の解決にもなる。我々はそのためにも、積極的に戦うべき時代を迎えているのです。【異形】への怒りを語り継ぎ、未来の戦士たちに使命を託すべき時を』


 戦うことを忘れていた大人たちの誰もが、今やタカネの言葉に奮い立っていた。

 学園に通う生徒たちもまた、男の鬼気迫る訴えに胸を打たれていた。

 この瞬間、皆の思いは一つに纏まっていた。

 ――【異形】を駆逐する。この世界に一匹たりとも残さない、と。


『しかし、そんな我々の思いの障害となる者が現れたのです。その者らは理智ある【異形】と結託し、我々に牙を剥く可能性を有している。ヒトと同じ言葉を解し、話せるだけの知性を持った【異形】の存在は、一年前の月居元司令の演説で既に皆さんもご存知でしょう。彼らはヒトの世界に紛れ込み、ヒトと通じ合って内乱をも起こす。『第一次福岡プラント奪還作戦』では似鳥アキラ大尉及び、瀬那マサオミ前文部科学相の娘である瀬那マナカが、人類を裏切って多くの死者を出しました』


 タカネの口ぶりはこの都市に「裏切り者」がいると断定しているようなものだった。

 それは一体誰なのか――スタジオ全体がたちまち緊迫感を帯びるなか、『尊皇派』の貴公子は開口する。


『――その者の名は、皇ミコト』

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