第百七十七話 開幕、文化祭! ―Contact person―
そしていよいよやって来た、文化祭当日。
授業と訓練の合間を縫って準備を進めてきた生徒たちが戦い以外で輝く、一日限りの晴れ舞台である。
湧き出でる非日常感への興奮はひとしおで、『学園』は朝から早くも熱気に包まれている。
生徒の保護者や関係者などの一般客も招かれ、初の文化祭は大いに賑わいを見せていた。
「ぶははははっ! かっ、かっちゃん似合ってねぇー!!」
「笑ってんじゃねえぞ駄犬! てめーも他人のこと言える出来じゃねーだろ!」
A組の教室の中、出し物のブースの奥に作られた着替え用スペースにて。
鏡の前に所在なさげに立っていたカツミを指差し、シバマルは爆笑していた。
身長180センチを超える大柄な彼が着ているのは、白いフリルの付いたエプロンドレス――いわゆるメイド服である。
「はぁ? アタシのメイクとコーデにケチ付けようっての!?」
「あ、姉御……今のは聞かなかったことにしてくださいっ!?」
姉御というのはカオルのあだ名である。拝むように手を合わせるシバマルを睨みつつ、カオルは彼に歩み寄って唇に口紅を押し付けた。
「うぇっ!? 何だよこれ!」
「これでチャラにしたげる! お似合いよ、ワンコちゃん」
鏡の中から見つめ返してきた自分に、げんなりとするシバマル。
そこには激辛料理でも食べたのではと思えるほど真っ赤に腫れた……ように見える唇に、ひと目でヅラだと分かるお下げ髪の女装男子がいた。
「くっそぉ、これで客の前に出るなんてやだよおれ……」
「元気出してくださいシバマルさん! わたしもいますから、一緒に頑張りましょう」
と、ユイが仕切りのカーテン越しに声を掛けてくる。
「失礼してもいいですか」と訊いてくる彼女に「大丈夫そうだぜ」とシバマルが応じると、布を捲って少女――もとい、美青年が姿を現した。
「こ、この衣装、似合ってますでしょうか……?」
黒い燕尾服にタイを締め、きりっとした出で立ちの男装女子。
長い髪の毛を一つ結びにしたことで普段のふんわりとした雰囲気は鳴りを潜め、凛然とした執事への変身を遂げていた。
「似合ってるわよー! あたしと結婚してー♡」
「んー、思ったより酷い出来ですねー」
女の子になりきりながらどさくさ紛れにプロポーズするシバマルに、オブラートに包まない感想をこぼすユイ。
がっくりと首を折る彼にユイは「悪いのはメイクですから」とフォローするが、今度はカオルに頭を下げねばならなくなった。
「さてと、今回の『男女逆転喫茶』の目玉にもそろそろ出てもらわないとね」
「ほっ、ほんとに僕、これで出ないといけないの……?」
カオルが声をかけたのは、着替えスペースの隅っこで膝を抱えて座っている銀髪の少年だ。
既に着替えもメイクも終え、次のシフトでメイドとして出ることが決まっているカナタだったが、未だ覚悟を決められずにいた。
「アンタが出ないでどうすんのよ。ゲテモノばっかり出すわけにもいかないでしょうが」
「だっ、誰がゲテモノだっ、誰が!?」
「ワンコちゃんは引っ込んでて! ……ね、カナタくん。レイくんの代わりだと思ってさ」
レイの名を出されるとカナタは弱い。
この場にいない相棒を思い、彼は「投げ出すわけにもいかないよね」と重い腰を上げた。
レイには女装できない並々ならぬ理由があるのだ。彼は詳しい事情をクラスメイトにも明かしていなかったが、カナタにだけは話していた。
父の興味を引くために、姉になりきるように女装した過去。その時父親に拒絶されたことで、レイは二度とメイクすることも女物の服を着ることもなくなったという。
「ぼ、僕がレイの代わりになるのなら……」
恥ずかしさと困惑とが綯交ぜになった顔でカナタは呟き、立ち上がった。
ミニスカートのメイド服を着用し、銀髪ロングのウィッグを付けた彼は紛れもない美少女であった。
母親そっくりの顔を羞恥に染めるオドオドとした姿は、見る者の庇護欲を掻き立てる。
「カナタさん、可愛いです!」
「くっ……しょーじき、女として負けた気分ね」
ユイが素直に褒め、カオルがその出来の良さに唇を噛む。カツミら女装メイドも本物の女子と遜色ないカナタに目を奪われていた。
「母親似だから似合うとは思ってたけど、予想以上だなツッキー。あれで男だなんて信じらんねえよ。なあ、日野っち?」
「えっ? ……あぁ、何か新しい扉を開いちゃいそうな気がする」
「おいおい、変な気は起こすなよ? マナっちとかレイ先生とか、あとユイとかミユキさんとか諸々のこえー人たちに怒られる」
「ちょっ、犬塚。ユイがめっちゃおっかない目でお前のこと見てるぞ!」
教室の隅に決まり悪そうに佇んでいたイタルに、シバマルが話を振る。
何を言えば良いのか分からずに適当な冗談を飛ばした彼に対し、シバマルは大真面目に返した。
うっかり口を滑らせた彼は友の指摘に「やべっ」と顔を青ざめさせるも、既に遅し。
「誰がおっかないですって?」とユイに迫られ、ひた謝らざるを得ない状況に追い込まれた。
「相変わらずだな、犬塚は……」
「そうでしょ? あのワンコちゃん、あんなにでっかい戦い乗り越えてきたってのに、あんなふうに騒げるんだよ。アタシらより一足早く地上を見てるのに、すごいよね」
久々に見た友の変わらない様子に苦笑するイタルに、カオルは寄り添うように穏やかな口調で言った。
「せっかくの文化祭だから、アンタもここに来たんでしょ? ぼーっと突っ立ってないで、これ着なよ。メイクはアタシがやったげるからさ」
戦いが嫌でイタルは教室を去った。それでもちっぽけなプライドが邪魔をして、『学園』を退学する選択も取れないままの時間を過ごしてきた。
今日、文化祭に足を運んだのも深い理由はなかった。イタルはただ、何となく見てみたかったのだ。それだけだ。
「戻ってくる理由も、きっかけも、何だっていいんだよ。今日アタシらと一緒に文化祭やって、それで息苦しいって思うこともなかったら、戻ってきなよ。楽しいと感じられたら、そこがアンタの居場所だから」
仲間より一足先に『レジスタンス』に首を突っ込んで、兄に追いつこうと「大人」になりたがった少女。
小さいながらも背伸びしている彼女は、自分より背丈の高い同級生を見上げて微笑んでみせた。
「なあ、姉御……俺も、月居みたいに可愛くしてくんない?」
「あいあい。んじゃ、まずは服、着替えてちょうだい!」
イタルの表情に、教室に恐る恐る入ってきた時の硬さはもうなかった。
張り切った子供のような笑みにカオルは頷きで応じ、彼の背中を押していく。
一人の少年の止まっていた時間は、こうして再始動していった。
*
二年A組の『男女逆転喫茶』は当初の想定よりも大幅に上回る盛況っぷりだった。
配置についた全員が休みなく動かざるを得ない回転率の原因となったのが、カナタやユイといった美男美女の存在である。
「えっ、ぼっ、僕写真は苦手で……」
「いいじゃないですか、ちょっとくらい! はいチーズ!」
カナタは軽食やドリンクを運ぶついでに十数回は写真を求められた。サインも数回。握手に至っては三十回を超えた。
さしずめ人気アイドルの気分だ、と内心でげんなりするカナタは壁の時計を見やる。
あと十分程度頑張ればお昼休みだ。他の客の相手をしているユイと一瞬目が合って、気を引き締め直すカナタは次の客のもとへ注文を確かめにいった。
「い、いらっしゃいませ。ごっ、ごちゅもんは――ご注文はいかがいたしますか?」
「ふむ、そうだね……ではホットコーヒーでも頂こうか。砂糖やミルクは要らない。できれば君に運んできて貰えると嬉しいよ」
そう頼んできたのは、滑らかな響きを持った声の男性であった。
机に肘を置き、組んだ指の上に顎を乗せる男性は髪を七三分けにしていて、真面目そうなサラリーマンといった雰囲気である。少し風邪っぽいのかそれとも予防か、マスクを着けている。
「あ、はっ、はい。たっ、ただいまお持ち致します」
運ぶ担当まで指名してくるなんて、よほど僕のことを気に入ったらしい――そう困ってしまうカナタだったが、お人好しな彼には断れなかった。
注文通りホットコーヒーを砂糖とミルク抜きで持ってきたカナタは、数時間のうちにだいぶこなれてきた所作でそれを男性の前に置いた。
「ありがとう、月居……カナタくん」
礼を言いながら男性はマスクを外した。
露になったその端正な顔に、カナタは息を呑む。普段かけている眼鏡こそないものの、『尊皇派』トップ蓮見タカネその人だ。
「あっ、あなた、は……!?」
「お忍びで来ているのでね、あまり大きな声は上げないでもらえると助かるよ」
彼がわざわざ一番奥の端という目立たない席を選んだのは、そのためなのだろう。
タカネはコンタクトを入れた黒い眼差しでカナタを見つめ、そして潜めた声で口にする。
「私は君を一目見てみたくてね。『福岡プラント』奪還に貢献した英雄――世間には君を犯罪者の息子としてバッシングする声もあるが、私はそうは思わない。親がどうとか、そんなことで人を評価したくないのでね」
鋭い視線に瞳を射抜かれ、カナタは汗ばんだ拳を握り込んだ。
タカネから悪意は感じない。彼にあるのは、ただ純粋に他人を測ろうという眼だ。それはどこまでも無遠慮に、相手の懐を探らんと忍び寄る。
一歩後ずさった少年を牽制するように、タカネは言葉を飛ばしていく。
「私は優秀な者への投資を惜しまない。君の才能については、これまでの戦いのデータをもとに分析しているつもりだ。もし君に興味があれば、ここに記した連絡先にメールしてくれ。悪いようにはしない」
折りたたまれた紙を懐から抜き出し、男はテーブルの上に滑らせた。
カナタは数秒迷った後、それを取ってエプロンのポケットに突っ込む。
「つっ、次のお客さんに対応しなければいけないので……す、すみません」
「良い返事を期待しているよ。文化祭、頑張ってくれたまえ」
コーヒーを手に取るタカネに一礼し、カナタは足早に給仕を待っている客のもとへ急いでいった。
蓮見タカネとの出会い――それが自分に何を齎すのかを考えながら、メイド姿の少年は客からのオーダーを取るのであった。




