第百六十三話 偽物だとしても ―Swampman―
【異形】たちとの激烈な戦いを終え、『プラント』復興作業に取り掛かり始めた『レジスタンス』第一~第三師団。
彼らの作業自体は何の障害もなく進められた。
だが、唯一……どう対処すべきか決めかねる問題があった。
「……何ですって? とにかく、そいつらは絶対に逃がさないで。どう扱うかは、実際に見てから考えるわ」
『基地』司令室で積み上がった職務に当たっていたマトヴェイは、部下から入ってきた通信に眉を顰めた。
剣呑な空気を帯びた女装の麗人に周囲の側近らが緊張を帯びる中、マトヴェイは席を立って命じた。
「この場はあなたたちに任せるわ。生駒少将、あなたはアタシと来て」
「……分かりました」
寡黙な青年の頷きを確認したマトヴェイは、それから思い出したように付け加える。
「ああ、それと……誰でもいいわ、月居少尉も呼び出して。場所は『プラント』南ブロック、第一穀倉前」
マトヴェイの仕事を引き継いで彼の席に座った側近の男性士官が、すぐさまカナタへと連絡を取る。
足早に部屋を出たマトヴェイは一歩後から付いてくるセンリに苦虫を噛み潰したような声で呟いた。
「……ちょっと面倒なことになるかもしれないわ。何しろ、全くの『未知』が相手になるのだから」
*
『犬塚くん、ユイさん、本当に……ごめんなさい。私がマオを止められなかったせいで……』
基地内のSAM格納庫の一角にて、【輝夜】は他のパイロットが立ち入れぬよう厳重な監視下に置かれている。
そういった状況の中、シバマルとユイはカナタが起動したコックピットのモニターに映る瀬那マナカのアバターと対面を果たしていた。
「確かに、起こった惨劇はもう取り返しがつかないことですけど……マナカさん自身には、何の悪意もなかったんですよね。わたしたちの友達であるマナカさんが、人を憎しみ、傷つけたわけではないんですよね」
「顔上げろよ、マナっち。お前がちゃんとそこにいて、また会えたってだけで、おれたちは嬉しいんだぜ」
開口一番に謝罪してきたマナカへ、ユイとシバマルは穏やかに笑ってみせた。
事情は既に昨日、カナタから聞いている。マナカにはマオをどうにも出来なかったという非はあれど、彼女自身は自分たちの知る「マナカ」のままであると分かっている。罪は消えず、『瀬那マナカ』が人類の戦犯として名を刻まれてしまったのは変えられることではないが……これから償うことはできるだろう。
『二人とも……全然、変わってないね。ほんとうに、優しい……前と、同じ』
ユイに「友達」と言われ、シバマルにあだ名で呼びかけられ、マナカは嬉しさのあまり胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
そう感じるはずの肉体も既にないはずだが、不思議と幻肢痛のように脳には感覚が残っていた。
「でも、不思議だよな。ここにいるのってマナっちみたいだけど、マナっちじゃ――」
「シバマルくん! そういうことは……!」
シバマルの言葉を遮ったのは、操縦席に掛けるカナタの隣に立つレイだ。
気を遣ってくれた金髪の少年にお礼を言いつつ、マナカは首を横に振る。
『いいの、早乙女くん。私が本物の『瀬那マナカ』じゃないってことは、私自身が一番分かってるから。肉体なんてないし、皆と触れ合うことも叶わない私は、偽物に過ぎないのかもしれないけど……それでも、いいの。カナタくんや皆にまた会えた――それだけで、十分』
自分が「自分」でないのだと認識し、アイデンティティの崩壊を起こす。もはや精神しか存在しない彼女がそうなれば、人格を維持するのも難しい状態になるのではないか――そんな懸念がレイにはあった。
だが、マナカとマオは【ラファエル】の『コア』の中で目覚め、その後『エル』や『カムパネルラ』と交流するうちに自らを見つめ直し、自分がどういう存在なのか徐々に理解していった。
今ではコピーに過ぎないと自覚しながらも、罪を償うためにカナタらと共に戦おうと決意している。
「ま、マナカさん、まっマオさんを呼んでもらってもいい? か、彼女のことも、知ってもらいたいんだ」
カナタの求めに応じ、アバターのマナカは瞼を閉じた。
それからほどなくして彼女が目を開くと、そこには先程までとは違った鈍い光が宿る。
『……何よカナタ? また戦いなの?』
「ち、違うよ。え、えっと……き、君に、僕の友達を紹介したくて。き、金髪の子が早乙女・アレックス・レイ、あっ青い髪の女の子が刘雨萓さん、そ、それから最後に犬塚シバマルくん」
マナカとは打って変わって棘のある声音のマオに、三人は目をぱちくりさせた。
彼らを品定めするように睨んだマオは、『顔面偏差値は高いわね、一人除いて』と見た目だけの批評をした。
「わ、悪かったな普通で!」
『突っかかんないで、めんどくさい。カナタが友達っていうくらいなんだから、いいやつだってことは分かってる。マナカみたいに仲良しこよしなんてしたくもないけど……戦いでは手を組むことになるかもね』
ちょっと気にしているところを突かれてシバマルが顔を赤らめる。
溜息を吐くマオは三人をそれぞれ見て、案外素直に手を差し出してみせた。
物理的に握手は出来ないが、シバマルたちは気持ちだけ受け取っておく。
「ま、マオさんの機体制御は凄いんだよ。ふ、普通じゃ出来ないような機動をびゅーんってやったり、てっ敵を避ける時はぐいーんって飛ぶんだ」
「あ、相変わらずの表現力だなツッキー……」
知り合ったばかりの昨年四月、魔法について個性的な語り方をしていたカナタをシバマルは思い出した。
マオへ各々「よろしく」と三人が言った、その時――レイのポケットの中でスマホが震える。
「はい、早乙女です。……えっ? は、はい。分かりました。すぐに月居少尉と共に向かいます」
呼び出しの電話に応じたレイが纏う鋭い雰囲気に、シバマルやユイも表情を引き締めた。
不安げに見つめてくるカナタにレイは、囁くように言う。
「……【異形】のようでもあり、ヒトのようでもある……そんな生き物が、倉庫の中で発見されたそうです」
その説明に思い当たる節があったのはシバマルただ一人であった。
彼は唯一、『ベリアル』と相対した時にその存在について聞かされていた。
「おれも行く。そこにいるっていう生き物のこと、おれなら分かるかもしれない」




