第百六十話 再会 ―Reason of a tear―
がらっ。
揺れるカーテンの向こうに映る三日月を眺めていたレイは、そのドアの開く音に首を回した。
目に入ったミコトの微笑みにベッドの上で姿勢を正した彼は、がたんと何かが引き戸のレールに乗り上げる音を聞いて、視線を下げた。
「……や、やあ」
ぎこちなく笑って声をかけてきたのは、車椅子に乗せられた銀髪の少年。
忘れもしないその笑顔を前に、レイは両眼をあらん限りに見開く。
もう目覚めないのではないかと思いすらした相棒がここにいることを、彼はにわかに信じられなかった。
しかし何度瞬きしても、少年の姿が消え去ることはなかった。
「……カナタ? ほ、本当にっ、月居カナタなんですか……!?」
「う、うん。ぼっ僕は、カナタだよ。ひ、ひ、久しぶりだね、れっレイ」
過ぎ去った日々の長さを申し訳なく感じているのか、カナタは言ってすぐに睫毛を伏せてしまった。
前髪の奥に隠れた顔がもっと見たくて、レイは思わず覚束無い足取りでベッドから抜け出そうとする。
「……っ」
「無理をなさらず、レイ。わたくしが支えますから」
ミコトの肩を貸してもらい、銀髪の彼の前にレイは立った。
ゆっくりと床に膝を突いて、痛ましいほど細いカナタの指先へ手を伸ばす。
「……ずっと、ずぅっと、ボク、会いたかった。君の声が聞きたかった。また一緒に笑える日を、待っていました」
視界の中の少年の実像がぼやけた。声はどうしようもなく震えて、込み上げてくる熱いものが抑えきれずに嗚咽を漏らしてしまう。
できることならカナタを思いっきり抱きしめてあげたかった。だが、そんなことをすれば衰弱した身体は折れてしまうかもしれない。
嬉し泣きしながらも理性で自分を抑えているレイを温かく見守るミコトは、優しく彼の肩に手を添えた。
「優しくて、聡明で、おまけに可愛らしい顔立ちで。添い遂げられないのが惜しいくらい、素敵な人」
顔を上げたレイが見つめる先のミコトの眼差しは、凛然と前だけに向けられていた。
カナタの手は弱々しい力ながらも、レイの手を確かに握り返してくれた。その温かな感触にレイが赤く腫らした目を弓なりに細めるなか、ミコトは言う。
「これからはわたくしの騎士としてではなく、カナタのパートナーとして戦いなさい。これは皇女としての『お願い』ですわ」
「ミコト、さん――」
ミコトが自分に異性として好意を寄せてくれていたことに、レイは気づいていた。だが、分かっていながら明確な答えを出すのを避けていた。自分が彼女と「恋人」と噂されるほど親密に付き合っているのは、抱えた孤独を誤魔化すためでしかなかったという自覚はあった。
「そんな顔はおよしなさい。あなたが輝ける場所にいてくれることが、わたくしの一番の望みです」
傷の舐め合いは止めて、互いに一歩前に進み出す時が来たのだとミコトは儚げに笑った。
緩慢な所作で背中を向けてくる彼女の桃髪が、ふわりと揺れる。
それはあの頃の――ミコトと初めて出会った昼下がりの桜と重なって見えた。
レイは皇女から視線を切り、それから真っ直ぐカナタを見つめて言った。
「人はどうして涙を流すのだろうと、いつの日か君は訊きましたね」
「……そ、そんなことあったかな」
「ありましたよ。ありましたけど……忘れてるなら、それでいいです」
きょとんとするカナタに口を尖らせつつ、あの夜の自分の泣き顔を思い出されずに済んだことに少し安堵するレイ。
ごほんと咳払いして、金髪の少年は言葉を続けた。
「大きく、強い想い――それが、ボクらに涙を流させるんです。いま、身をもって理解できました」
「……そ、そうかも、ね。だっ、だって、レイ、いっ今、すごく泣いてるもん」
そう微笑むカナタの透き通った青い瞳からも、一筋、雫がこぼれて落ちていった。
「ごっ、ごめんね、レイ。ぼっ、僕、ばっ馬鹿みたいに長い時間眠りこけて……み、みんなに、迷惑かけた。きっ君にもすっごく心配かけた。だ、だから……ご、ごめん、なさい……」
溢れ出す涙が幾筋も少年の薄紅の頬に垂れ、膝の上で握った手の甲を濡らした。
涙声で何度も「ごめん」と繰り返すカナタの手をもう一度握って、レイは静かに首を横に振る。
「いいんです……君が目覚めてくれたのなら、それで……」
会えなかった日の寂しさは、これから過ごす時間で埋め合わせてくれればいい。
――最初はいけ好かない奴だとしか思わなかった。
だが互いに銃を向け、そして共闘し、同じ勝利をもぎ取ることで次第にその心象は変化していった。
彼と過ごす日々は、かつて姉や仲間たちと過ごした日常を思い出せて楽しかった。戦場での毅然とした顔も、隣で控えめに笑う普段の顔も、いつしかかけがえのないものに変わっていた。
今ならはっきりと言える。この気持ちは――まさしく、好意だ。
「……ボクは、君のことが大好きです。だから――もう、二度と、離れたりなんかしないで……」
失ってようやく、自分の中を占めるカナタへの想いがどれだけのものかレイは気づいた。
素直になるのが怖くてこれまでは言えずにいたことを、レイは逃げずにカナタへ伝えた。
「あ、ありがとう」
銀髪の少年の返事は、たった一言。
分かっているのか分かっていないのかいまいち判然としない答えではあったが、それでもレイには十分だった。
伸ばした指先で目元を拭ってくれるカナタへ、レイはただ破顔するのであった。




