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暁の機動天使《プシュコマキア》  作者: 憂木 ヒロ
第六章 覚醒・急

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第百五十一話 反逆者の参戦 ―"It's a heart, return primitively."―

 世界は残酷だ。運命は容赦なく人を弄んでしまう。

 それでも、人はその渦中にあっても足掻くことができる。

 ミユキにそのことを教えてくれたのは、キョウジだった。

 彼が自らの命をもってミユキを先に進ませたからこそ、「カグヤと再び向き合う」という彼女の至上命令が果たせるようになったのだ。

 

(あなたが託してくれた使命、必ず遂げるわ――矢神くん)


 涙を流している場合ではない。

 ミユキは走らねばならない。仄暗い螺旋階段をひたすらに、下へ、下へと。

 空気が淀んでいる。静寂と変わらぬ景色が精神を蝕む。永遠にも思えるその螺旋を、ミユキは無我夢中で駆け下りていった。



 塔を突き抜けるエレベータ『頂の階段』は、二機の小型SAM【イェーガー・リベリオン】を載せて『レジスタンス』本部深奥の大空洞へと下っていく。

 膝立ちで縮こまった姿勢になる二機のパイロット――アスマとイオリは、エレベータが終点に辿り着くまでの僅かな合間に言葉を交わしていた。


『イオリさん……いなくなってた間、あんた、どこにいたんですか』

『それは……』


 イオリは言葉に詰まった。アスマが本心からイオリを心配してくれていたのは分かる。だが、自分の行動を打ち明けた結果、彼の心が自分から離れてしまうのが恐ろしかった。


『……俺は、暴力団の「黒羽組」の奴らに捕まっていた。夜の街を歩いていたら、奴らに見つかって……』


 黒髪の少年は簡潔に己の事情を明かした。

 罪を隠してのうのうと生きようというのは、傷つけてしまった者たちに対してあまりに不誠実だと思えたから。

 

『俺は馬鹿だったよ。奴らに騙されて、お前や「尊皇派」の人たちを危ない目に合わせた。俺があんなことを言わなければ、街でのテロも、お前の親父さんへの襲撃も起こらなかったはずだった』


 少年は懺悔する。この事態の全てを片付けた暁には、彼は然るべき裁きを受けるつもりでいた。

 アスマは黙っていた。衝撃に呆然としているのか、怒りに打ち震えるあまり声が出ないのか――どちらにせよ、彼はイオリを罪人として認めただろう。

 

『……馬鹿』


 エレベータの液晶ディスプレイが最下層に到達したことを告げたその時、アスマはぽつりと呟いた。

 音もなく扉が開く中、彼は自らが先んじて出ながら言葉を続ける。


『お人好し過ぎるんだよ、あんたは』


 と、次の瞬間。

 女の絶叫のような甲高い咆哮が打ち上がったと思えば、放たれた衝撃波がエレベータの外に出たアスマらを吹き飛ばした。


『うぐっ!?』

『何っ――!?』


 一歩踏み出したタイミングでの魔力波の暴威に、彼らは身体をくの字に折りながら壁際へと叩きつけられる。

 背骨に伝わる衝撃に乾いた呼気を漏らす少年たちが見たのは、大空洞の中央に咲き誇る巨大な漆黒の薔薇。


『何だよ、あれ……!?』


 魔力の塊が黒き花弁として実体化したもの。

 その上に銀色の光芒を纏って浮遊しているのは、銀髪をなびかせる白銀の女武将のごときSAM。

輝夜カグヤ】――月居カグヤの分身たる、彼女が創り出した最強の機体である。


『アアアアアッ、アアアアアアアッ、アアアアアアアアアアッ――――!!』


 炎のように揺らめく暗黒のオーラの中心に立つ【輝夜】は悲鳴にも似た砲声を何度も、何度も繰り返した。

 大空洞全体を震撼させる大音声に、イオリとアスマは立ち上がることもできず顔を歪める。

 その威容に彼らはおののいていた。自分たちなどの力では決して敵いはしない――脳が生理的にそう訴えてくる。

 と、その時。

 

『あっ、あなたたちは……!?』


 上空より舞い降りてきたのは【機動天使プシュコマキア】、【ラファエル】。

 黄を基調としたカラーリングで胸元に白い十字――左胸の十字は【機動天使】に共通する意匠だ――を刻んだその機体から発された少年の声に、イオリは目をあらん限りに見開いた。


『つ、月居……!? ほ、本当に、月居カナタなのか!?』


 信じられなかった。だが、事実としてその声は忘れるはずのないカナタのものであった。

 イオリの隣でアスマも息を呑み、着地した【ラファエル】の背中を見つめる。


『そ、その声……七瀬くん!? それに、その機体は……?』

『ああ……だけど話は後だ! あの機体が事態の元凶なんだよな!?』


 カナタは「うん」と肯定した。

 戦慄わななく身体をどうにか立ち上がらせたイオリとアスマは、【ラファエル】の両隣まで上がって銀髪の少年に訊く。


『あの機体、何なんです? 誰が乗ってるんですか?』

『き、君は……?』

『九重アスマといいます。それで情報は?』

『あ、あれは【輝夜カグヤ】……の、乗ってるのは、月居司令だよ』


 スピーカー越しの若干ざらついた声に、二人は絶句せざるを得なかった。

 月居司令は人類の抗戦の象徴。そんな人物が、都市を混乱に陥れた? ――馬鹿げている。ありえるはずがない。カナタは目覚めたはいいものの、脳に異常が残ってしまったのだろうか?


『じょ、冗談なんかじゃないよ。あ、あれには僕の母さんが乗ってるんだ』


 そう口にした直後、カナタはその場に膝を突いた。

 

『つ、月居!?』

『ま、魔力切れだ……ら、【ラファエル】のでかい魔法、撃ったから……』


【輝夜】は未だ叫びをあげ続けたままで、他に動きはない。

 そんな中で判明した【ラファエル】の電池切れに、アスマは申し出る。


『僕の魔力を使ってください。僕は動けなくなっても構いません。あなたが動けない方がこちらの損失だ』

『ま、待てよアスマ! そんなことしたら、お前、逃げることすらままならなくなるぞ!』

『じゃあどうするって言うんですか? 他に手段なんて――』

『あるさ。俺とお前とで半分ずつ、月居に魔力を分ける』


 半分の魔力よりも満タンの方がパフォーマンスは良くなる。故にアスマは一人が動けなくなってでもカナタを全快させる選択を取ったのだ。

 反駁はんばくしようとするアスマに先んじてイオリは言う。


『多少パフォーマンスが落ちようが、俺たちは「できるやつ」だ。こんな時くらい、自信持って行こうぜ』


 モニターに映る年上の少年の笑顔に、アスマは片手で額を抑えた。

 戦いは理論と計算だというのがアスマの信念である。にも拘らず、彼はイオリのその台詞に「そうかも」と一瞬でも思ってしまった自分が悔しくて仕方ない。


『んっ……勘違いしないでくださいよ、あんたとやったコンビネーション戦法の訓練を無駄にしたくないってだけですから』

『そーいうとこ相変わらずだな、お前』


 苦笑するイオリは【ラファエル】の斜め前に立ち、その胸部に手を触れさせた。

 魔力供給の間はアスマが二機を守り、イオリが終わると今度は彼が護衛を担う。

 

『あ、ありがとう、二人とも』


 魔力供給を済ませたカナタはライフルを手に取り、黒薔薇を眼下に浮遊する【輝夜】を見据えた。

 最大火力の【アポカリプス・レイ】でさえ通用しなかった相手に、勝つ術など正直カナタはまだ思いつけていない。

 だが、これは勝たねばならない戦いなのだ。都市の命運はカナタたちにかかっている。


(僕はどうすれば……レイ)


 胸中でそう呟いてから、カナタはすぐに頭を振った。

 困ったときに相棒レイに頼りがちなのは彼の悪い癖だ。レイはここにはいないのだから、カナタ自身が母親に打ち勝つ道を探らねばならない。


『い、行くよ』


 自らが先頭に立ち、カナタは翼を広げて飛び出す。

 今ここに、母と子の最終決戦が幕を開けた。



 少年たち三機のSAMの接近を認めた瞬間、【輝夜】は動いた。

 広がる黒薔薇の花弁はおもむろに横回転を始め、土の床を削りながら前進していく。

 花弁の下部からはとげを生やした無数のつたが伸び上がり、むちのごとくしなって近づく小蝿どもを蹴散らさんとした。


『数が増えようと同じことよ。薔薇の香りに惑わされ、【異形】たちはその力を目覚めさせる。暴かれたその姿、それこそが我々の原初なのよ』


【ラファエル】が放った莫大な魔力によって【輝夜】の奥義は完成した。

 存在し続ける限り永続的に【異形】の闘争心を駆り立てる魔力を発し続ける、【狂惑の黒薔薇】。


「げっ、原初――そ、それを実現させるのが、母さんの望みなの……!?」


 槍衾のごとく床より突き上がってくる茨の蔦を躱し、旋回するカナタ。

【モードチェンジ】によって飛行形態へと変じた彼は、両翼の砲口から白い魔力光線を撃ち込みながら驚愕の声を漏らした。


『ええ、そうよ。文明に溺れ、自分たちが踊らされていることにさえ気づけない蒙昧な者どもなど必要ない。獣は獣らしく生きるのが幸せ――そうではなくって?』


 カグヤが一言話すごとに、彼女の足元で魔力を放散する黒薔薇の輝きは強まった。

 その情念が放つ紫紺の光に、そこへの接近を試みるイオリたちは目を細める。


『この魔力は……!?』

『近づけない――【防衛魔法】の類か、それとも……!』


 二人を拒んだのは見えざる壁だった。

 黒薔薇本体に触れることも叶わず、彼らは壁が持つ斥力によって弾き飛ばされる。

 すかさず襲い来る蔦の群れ。

 少年たちが歯を食いしばって何とか体勢を立て直そうとした瞬間――上から光線が降ってきて、二人に迫った蔦たちを焼き切った。


『た、助かったぜ月居……!』

『恩に着ます』


 二人の無事を一瞥で確かめ、カナタは一旦彼らに後退するよう指示を出した。

 カナタが撃った光線も蔦への対処には有効だったが、その根元――黒薔薇本体には届かなかった。そこに至る前に空中のある範囲で、光線は掻き消えたのだ。数度撃って試したが、いずれも同じ結果だった。


 ――黒薔薇自体が展開している防護フィールド……あれをどうにかしない限り、母さんに攻撃をぶつけることさえできない。


 カナタが考えている対策は二つ。

 一つは黒薔薇の魔力切れを狙うこと。どんな魔法も魔力というリソースを消費するものであり、それが一定期間を過ぎれば枯渇する。方法としては確実だろう。

 そして二つ目は防護フィールドのどこか一点に穴をぶち抜いて、内部の【輝夜】に直接攻撃を浴びせること。強力な防壁といえども、負荷の許容量を超えれば崩壊するはず。集中攻撃による一点突破――成功するかは不確実だが、試す価値はある。

 何より――。


「あ、あの薔薇が【異形】たちを活性化させているのなら、もたもたしてる時間なんてない。ぼっ僕たちが苦戦すればするほど、ち、地上では誰かが傷つく」

『じゃ、じゃあ……』

「う、うん。あっ、あの見えない壁をぶち抜くしかない」


 カグヤは悠然とカナタらを見下ろしていた。

 彼女からしたら、防壁の中で時間を稼げればそれでいいのだ。戦いは彼女にとって敵から魔力を奪うための儀式に過ぎず、それは既に済んだこと。

 せせら笑っているだろう母親の機体を睨み据え、カナタはイオリの言葉に頷きを返した。

 

「ぼ、防壁の範囲はおそらく半径五メートルほど……突破さえできれば、中の【輝夜】に達するまではすぐだ。だ、だけど、あれだけ余裕な母さんの様子を見るに、壁は相当硬い」

『月居さん――僕のドリルなら、壁を破れるかもしれません』


 邪魔者を排除せんと暴れ狂う蔦の鞭を【破邪の防壁】――通常の【防衛魔法】の上位互換魔法――で防ぎながら、アスマが申し出る。

 その言葉にカナタは数秒黙考した後、「わ、分かったよ」と応じた。

 知り合って間もない相手だが、何せ今は余裕がないのだ。自分たちの魔力を全て足しても敵の総魔力量に届かない現状では、なりふり構っていられない。


『月居さんとイオリさんは蔦の攻撃から僕を守って! さあ、行きますよッ!』


【リベリオン】の電磁浮遊機構で滑るように駆け出し、叫ぶアスマ。

 彼と並走するイオリは背中に負っていた薙刀を抜き放ち、笑みを刻む。


『頼むぜアスマ! お前の力、見せてやれ!』


 前方より大挙して押し寄せる蔦の大群。

 アスマの前へ躍り出たイオリは半円を描くように薙刀を横に閃かせ、その第一波を突破する。

 彼の刃が届かない範囲の蔦はカナタが光線で燃やし尽くし、道を開く。


『うおおおおおおおおおおおおッ!!』


 吼え猛るイオリが思うのは、かつて共に戦った親友の姿。

 試験の際、道を切り開かんと俊足を活かして一騎当千の活躍を見せていた犬塚シバマル――普段はふざけるが決める時は決めるムードメーカーの彼のように、イオリも戦いの中で誰かの希望になりたかった。

 誤った自分にその資格はないのかもしれない。光を浴びて生きることなど許されないのかもしれない。だが、それでも――七瀬イオリという男の正義は、ここに来て燃え上がってしまっている。

 その炎は決して途切れない。アスマとカナタ、守りたい後輩と友がそこにいるのなら、全力を尽くすことに罪だの何だのという制約など要らない。


『はああああああああああああッ!!』


 穂先の白刃が煌き、繰り出される薙ぎ払いの連撃が蔦どもを切り裂いていく。

 一気に肉薄した蔦はイオリとカナタの奮戦によって勢いを弱めた。

 その隙を逃さず、アスマは飛び出して右腕のドリルに最大限の力を込める。


『行きますよ――【ドリルスマッシャー】!!』


 回転する赤き灼熱の螺旋が、不可視の防壁と激突した。

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